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第39話―1 制圧

 グーシュが叫んだと同時に、屋根の上にいる女達が一斉に手にした黒い塊を構えた。

 騎士達は知るよしもないが、それは地球連邦軍異世界派遣軍正式採用のARK55アサルトライフルだ。

 

 武骨で、SS達の体格に比してやや大型のその小銃から、6.8mm樹脂薬莢弾が一斉に発射された。


 銃声自体はルーリアトの鉄弓とそこまで変わりない。


 そのため、お付き騎士達の妙な動きなどで混乱していた近衛騎士達も、自分たちが攻撃を受けているらしい事にすぐに気が付いた。


 しかし、その後の対応が悪かった。


 近衛騎士達は、鉄弓の発砲音を聞くや否や、部下達に盾を持った者を先頭にしつつ、密集するように命じてしまったのだ。

 地球人の感覚では悪手としか言いようのない対応であるが、ルーリアトにおいては合理的な反応だった。


 ルーリアトの鉄弓とは、地球でいう所のマスケット銃に似た性質の武器ではあるが、火薬の質や運用思想の関係で、弾の威力が低いという特徴があった。

 そのため、盾などの装備者を前面に押し立てて密集し、弓や鉄弓による集団応射や、隙を見ての突撃で敵射手を撃破するという対応が基本とされていた。

(そのため鉄弓の運用は、厄介な単体ないし少数の腕利きを集団で殺害する。突出してきた敵を待ち伏せて迎撃するなどの方法が中心とされた。部隊規模の敵に正面から撃つ武器ではないとされていたのだ。)


 結果生じたのは、虐殺としか言いようのない光景だった。


 歩兵型SSの射撃精度は、内蔵された射撃管制装置により、最低基準レベルの個体でも一キロ圏内の静止目標ならば確実に命中させる。


 つまり、ほんの数百メートル先で盾を構えて密集する数百人の人間など、射撃用の的よりも簡単な目標だった。


 最初の発砲では、驚きと密集体系の号令が掛ったため、近衛騎士達は気が付いていなかった。


 二射目で、彼らは気が付いた。

 倒れる者が、彼らが知る鉄弓による攻撃では考えられない程多いことに。


 三射目にして、そもそも射撃の間隔が異常に短いことに気が付いた。


 これが人間の兵士による攻撃ならば、四射目以降の様々な反応が見られたことだろう。

 しかし、これはServant Soldierによる攻撃だった。


 近衛騎士達は、普通なら悲鳴や狂乱が訪れるであろう四射目が済んだ段階で、文字通り全滅していた。


 近衛騎士団本部を包囲する約千名の兵士たちが、二百数十名のSSの射撃を数秒受けただけで、だ。

 もし彼らが、発砲音と同時に地面に伏せ、遮蔽物に隠れる対応を取っていれば多少の見せ場(無論、地球側を引き立てる)があったかもしれないが、ルーリアトの軍事常識がそれを許さなかった。


 近衛騎士団本部周辺には、正確に額を撃ち抜かれた死体が累々と転がっていた。


 本来なら歓声や勝鬨を上げるべきお付き騎士達も沈黙している。

 むしろ、死した近衛騎士達以上にその沈黙は、深い。


 彼女たちとて、海向こうの軍勢に関する情報は聞き及んでいた。


 家の様な大きさの鉄の馬車で軍勢を輸送する。

 鉄弓が主要武器である。

 布で出来た装束を身に着け、露出が多く軽装である。

 

 グーシュの死や近衛騎士達との抗争によって半ばで放棄されていたが、彼女たちも得られた情報を基に海向こうの軍勢との戦闘を想定した訓練を準備していた。


 だがこの虐殺を見れば、そんなものに何の意味も無かった事は明らかだ。


 幼いお付き騎士の中には、思わず泣き出す者すらいた。

 グーシュと出会ったセーレというお付き騎士もそうだ。

 同期の少女と思わず抱き合い、歯をカチカチと鳴らして震えていた。


 純粋な恐怖。

 

 そして何より、自分たちが生涯をかけて鍛えた技術が”無”になってしまう、海向こうの軍勢と技術が恐ろしかったのだ。


 しかしそんな沈黙を打ち破ったのは、他ならぬグーシュの声だった。

 その朗らかな声は、沈黙の中にあって物見の塔から、近衛騎士団本部正面に集結したお付き騎士達全員にしっかりと聞こえた。


「いやー、見事見事。千人からの軍勢が数秒で全滅とは……思わず笑みが浮かぶな」


「そうですね。ろけっとらんちゃーの出番が無かったのもあって、思ったよりも静かに済みましたね」


 グーシュが言うと、地球の軍事力に慣れたミルシャがさも当然の様に頷く。


 グーシュはもちろん、ミルシャにとっても予想通りの光景だったので漏らした言葉だったが、お付き騎士達にとってはいささか刺激の強い言葉と反応だった。


 あまりの事に、カナバが思わず声を漏らした。


「ポスティ殿下……あなたは……あなた様は一体、何と手を組まれたのですか……あんな……あんな所業、人間技ではない……あれではまるで……」


 ここでようやく、ミルシャは同僚たちがどういう気持ちなのかに思い至ったが、すでに遅かった。


 だがグーシュは知ってか知らずか、満足げな笑みを浮かべるだけで、カナバの問いに言葉を返さなかった。

 

 ただ、満面の笑みでお付き騎士達をじっと見ただけだった。


 沈黙には、力がある。


 グーシュの持論である。

 グーシュはその言葉通り、お付き騎士達の疑念や困惑を沈黙によって封じ込めた。

 カナバ達はグーシュの沈黙と視線、表情によって。

 城壁に集ったお付き騎士達は、沈黙がもたらした言い知れぬ不安によって、問いかける意志を封じられた。


 その場が収まった事を確認したグーシュは、兄の生首を抱えて楽し気に物見の塔を下り始めた。


「さあ、いくぞ。跳ね橋を下ろせ。お付き騎士全員を本部前に整列させろ。海向こうの軍勢との初顔合わせだ。無礼の無いようにな」


 ミルシャ以外のお付き騎士達は、グーシュに聞きたいことが山ほどあった。

 しかし三人のお付き騎士達は、ただ親に置いて行かれないように急ぐ子供の様に、後をついていくことしか出来なかった。


 そしてそれは他のお付き騎士達も同様の様で、入り口に向かう途中に告げられた、ミルシャの「総員外に出て整列!」という言葉にろくな反論も無く従っていた。


 誰もが、無慈悲な殺戮をもたらした謎の女達と、その光景に歓声を上げたグーシュを恐れていた。


 チラリと窓から外を見れば、嫌でも目に入る屋根の上にいる奇妙な服装の女達。


 グーシュの一言で容易く命を奪う事の出来る、恐ろしい鉄弓がお付き騎士達の心をすっかり砕いていた。


 そうして、青い顔をしたお付き騎士によって城門が開けられ、跳ね橋が下ろされる。

 すると、そこにはグーシュを出迎えるように立っている一人の長身の女がいた。


 二十一世紀初頭の個人用装具そっくりな純白の装備に身を包んだマナ大尉だ。


 ヘルメットにボディアーマー。

 厚手の野戦服や肘あて、膝当てまで身に着けたその姿は、スカートにノンスリーブ装備の他のSSとは一線を画した重厚さを醸し出していた。


 とはいえ、実のところこの重量感ある装備は、人間の救助や治療を専門とする衛生兵用の装備なのだが……。


 そんな事は知らないお付き騎士達にとっては、マナ大尉のその姿は不気味に感じられたらしく、白装束の大女の姿を見た彼女たちは狼狽えたように後ずさった。


 そんな空気を壊したのは、またしてもグーシュとミルシャだった。


「マナ大尉!」


「マナさん……」


 ホッとしたように二人は小走りでマナ大尉に駆け寄った。

 しかしそんな二人を見たマナ大尉の表情は険しい。


 グーシュのしたことと、左腕を失ったミルシャの惨状を見れば無理もないことだが。


「ひどい怪我です……すぐに手当てをします。後ろの方々にも、負傷者がいるのでは?」


 マナ大尉の問いに、グーシュは後ろで怯えた群衆の様に固まったお付き騎士達を振り返った。

 グーシュが見回すと、若い騎士達がビクリと体を震わせた。


「何をしている! ルーリアトの騎士が危機を救ってくれた海向こうの方々に無礼だろう。ミルシャ、お付き騎士の長として整列させろ」


「は、はい」


 ミルシャとしては、仲間たちの気持ちも痛いほどわかった。

 ほんの少し前まで、自分もああして怯え、戸惑う側にいたのだから。


 だが、アンドロイドの軍勢。

 空を駆ける強大な航空戦力。


 宇宙から大陸を見下ろす宇宙艦隊を見た彼女は、もはやあちらには戻れなかった。


「総員二列縦隊、前へー!」


 ミルシャが指示を出すと、ようやく彼女たちは本来の機敏さを……半分ほど取り戻した。

 そんな光景にやきもきするミルシャに、小さな。

 小さな主の呟きが聞こえた。


「……使えんか……」


 出血からではない、別の寒気がミルシャを襲った。





「これはどういう事だイツシズ? お前はこの帝都で、何をしようと……いや、していたのだ?」


 脂汗を垂らしながら膝をつき俯くイツシズに、予定を大幅に前倒しして国葬会場にやってきた皇帝の言葉が投げかけられた。


 予定であれば、皇帝の会場入りはまだまだ先の筈だった。

 そう、ドブさらい計画が完遂され、帝都から邪魔者がすべて排除された後。


 イツシズの権力が万全のものになった後に、全ての不都合の無い状態になってから来るはずだった。


 しかし、現状は全てが真逆だ。


 未完遂の計画。

 正体不明の武装集団による、計画外の襲撃。

 連絡を絶っている伝令達。

 皇太子とお付き騎士達により占拠された近衛騎士団本部。


 そして、ダメ押しとばかりにドブさらい計画を中断してまで派遣した本部奪還部隊までもが連絡を絶った。


 この状態で、予定外の皇帝の会場入りである。


(なんだ……私は一体……どこで……くそ……)


「……イツシズ、答えてくれんか? お前は、我が娘の葬儀を利用して、何をしようとしていた?」


 皇帝の詰問は続く。

 帝弟の笑みと共に。


 主役の到着を待つまでの余興として。






 国葬会場から離れた路地裏。

 そこで、二人の少女がゆっくりと歩きながら会話をしていた。


 火人連のサイボーグ、ジンライ・ハナコ少佐と、グーシュの姉であるシュシュリャリャヨイティだ。


 二人はつい先ほどまで沿道の群衆と共に、グーシュの棺を乗せた馬車を待っていたのだが、ジンライ少佐の急な申し出で宿に帰るところだった。


 当然近衛騎士に呼び止められたが、またしてもシュシュの名が力を発揮した。

 今はやや不満げなシュシュをなだめながら、ジンライ少佐が職場の同僚について話をしていた。


「それで、アウリンのお嬢さん方は私にすっかり懐いちゃったわけ……あの図体でじゃれつかれると艦内は荒れるし壊れるし、私も死にかねないし、ククは焼き餅焼くしで大変なわけよ……」


「へえ、それは素敵ですね。ハナコはククちゃんとアウリンさんたちのどっちが好きなんですか?」


「それは、機密なので答えられません……」


 ルーリアトにおいてはいい歳にも関わらず、シュシュは少女の様にはしゃいだ。

 すでに自分一人の体では無いのだから、もう少し節度を持ってほしい……ジンライ少佐は小さくため息をついた。


「まあ、いいけど。さて、そろそろかな……」


「あ、さっき言ってた見張ってる連中ってやつ? どこどこ、どこにいるの?」


 歳に不釣り合いな大仰な仕草で、シュシュは周囲を見回した。

 ジンライ少佐は、そんなシュシュの様子を見ながら覚悟を決める。


「路地の前後……挟まれてます……数は……二体。全然反応が無い。感覚でしか分からないってことは……M78熱光学迷彩だ。カルナークの赤ん坊虐殺部隊が使ってた、悪名高い装備……」


 ジンライ少佐がそこまで言った瞬間だった。

 何もない虚空から、一本のナイフが投擲された。

 それは高周波ブレードでこそないものの、比類ない切れ味を誇る地球連邦軍特殊部隊ご用達の対装甲ナイフだ。


 まともにくらえば、サイボーグと言えどもひとたまりもない。


 そんな不意の一撃を、ジンライ少佐はまるで漫画の様に人差し指と中指だけでつかみ取った。

 そして、シュシュの方を見ると自慢げに笑みを浮かべた。


 だが、反応は別の場所から生じた。

 憎悪に満ちた、耳障りなしゃがれた声が路地裏に響く。


「その名で呼ぶな……」


「だが、いいぞ。強者だ。お前は、強者だ!」


 シュシュとジンライ少佐を挟むように、何も無い路地裏の空間が歪む。


 シュシュが驚いて瞬きした次の瞬間には、異世界派遣軍の野戦服に身を包んだ二人のSSが佇んでいた。


 マリオスとアイナだ。


「凄い! 光学迷彩って初めて見たわ!」


「初めてあれを見てはしゃげるなんて、やっぱりあなた普通じゃないわ……」


 はしゃぐシュシュに対して、現れた二体のアンドロイドを見たジンライ少佐は内心焦っていた。


 沿道で妙な感覚を覚えた彼女は、自分たちが見張られている事を察知し、見えぬ監視者をおびき出すつもりで宿に向かう途中のこの場所へとやってきた。


 監視者の情報が得られれば御の字。


 軽い悪口くらいでは、反応すらない。


 そんな考えに反して、いきなりの投擲と光学迷彩の解除。


(……堅気のアンドロイドのリアクションじゃない……精神異常を起こしてるタイプか……まずい……このままじゃ、シュシュを守れない……)


 人間の頃の数少ない名残で、顔に冷や汗を掻くジンライ少佐。


 そんな彼女に向かって、二体のアンドロイドが素早く駆け寄ってきた。

忙しいですが、忙しいです(混乱)


シフトが酷い状態で、休日が実質半分しかありませんが、何とか頑張ります。


次回更新予定は12日の予定です。

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