津志田南は実は最強です
津志田南という少女には悩みがあった。
自分の愛がどう考えても叶わないのだ。
相手は幼馴染の前潟美羽。
美しくて格好良くていい匂いで柔らかくてがっしりしていて背が高くて可愛くて目つきが色っぽくて声が凛としていておっぱいが大きくてそれでいてスレンダーでちょっと性格は怒りっぽくて……。
そんな全てが津志田南は大好きだった。
それでも……。
どう考えてもその愛は届かない。
というのも、前潟美羽は異性愛者の少年性愛者だったからだ。
22世紀では同性愛が忌避されることはほとんどないが、だからと言って性的思考を無視して愛が成就する可能性は低いと言わざるを得ない。
それに、前潟美羽がそうなった原因に心当たりがある事も愛を諦める理由になった。
彼女の両親はかなり問題のある人達で幾度か会った時、前潟母には津志田南も同じ幼馴染の上田拓も金切り声で怒鳴りつけられたし、一回だけ会った父親の前潟父には聞こえる様に「友人は選べ」などと罵倒された。
そんな有様だから、前潟美羽は”大人”というものに忌避感を持つようになっていたのだ。
とはいえ前潟母が心身を病んで亡くなり、さらに前潟父が仕事で外国に赴任すると、養育のためにアンドロイドの優しいリョウコおばさんがやって来て、前潟美羽の家庭環境は好転した。
そこからの数年間、愛を口に出来ず苦しいことを除けば、津志田南も前潟美羽も……たぶん上田拓も幸せだった。
優しいお姉さまと、アホの上田拓……中学に入るとそこに中国からの移住者王松園も加わり、ゲームしたり駄弁ったり旅行に行ったり……充実した学生生活を送った。
そんな幸せな日々が終わりを告げたのは、15歳になった時だった。
前潟父が日本に帰って来て、あの優しかったリョウコおばさんを勝手に異世界派遣軍に売り飛ばした(制度上正確には寄付)のだ。
それから前潟美羽はすっかり変わってしまった。
厳しい言葉の中にあった少女性は消え、どこか冷めた様な態度を取る様になり、それまで度々覗かせていた大人への敵意が常ににじみ出る様になった。
そんなお姉さまの事を見ていられなかった津志田南は、一念発起した。
自分が、お姉さまの……前潟美羽の理想になる事にしたのだ。
そうして憧れのお姉さまを支え、痛ましい今の状態から解放する……。
だが、自分は前潟美羽の理想ではない。
津志田南は、少年ではない……。
ならばせめて、美少年の様な外見にならなければならない。
だが少女としてはぽっちゃりとしたマシュマロ体型な津志田南は、残念ながらそういった存在とは程遠いと言わざるを得ない。
ネットで検索しても単なるコスプレやダイエットの方法しか見つからず、行き詰った津志田南は夜分にいきなり王松園の所に詰めかけた。
男の娘好きを公言している彼なら大丈夫と、いきなり全裸になって自分が少年の様なイケメンになる方法を尋ねると、王松園はしっかりと全身を眺めた後でこう言った。
「……よー分からんがガチで言っとるな。ならワイも真面目に応えよう。何はともあれ筋肉やな。それも、肥大化した筋肉じゃなくて引き締まった、凝縮された筋肉を身に着ける必要がある。あと、目つきがアカン。そんなポヤポヤしとったら前潟はんの趣味には合わん。クール系美少年に対して責めに回るのが趣味なんや」
一瞬王松園を問い詰めたくなった津志田南だったが、そこは飲み込んだ。
「いやなんでお姉さまの性癖に詳しいんですか殺すぞ」
飲み込めず思い切り吐いた。
だが、王松園はその言葉を聞くとパチリと指を鳴らした。
「それや! その殺意……今の目つきはよかった。となると……格闘技を通じて闘争心を養うのがええな。身体も鍛えられて一石二鳥や」
よくわからない内にそんなアドバイスを貰った津志田南は、その日のうちに養護施設の両親を出し抜いて家出すると、調べた限り世界で一番ヤバそうな格闘技道場に乗り込んだ。
アメリカ南部テキサス州にある、反アンドロイド主義者の巣窟のヤバイ地域。
そこにある、調べた限り世界で唯一実戦を想定した格闘術……。
対アンドロイド格闘術、ネオトガクレの道場の門を叩いたのだ。
「たのもー!」
そうしてスペースプレーンに飛び乗り数時間。
空港から反ドロ居住区でも走れる有人タクシーにクソ高いお金を払い数十分。
お金が尽きて車から降ろされて、そこから徒歩で二時間。
そうしてたどり着いたアンドロイドが一人もいない、ニュースでしか見たことの無い反ドロの居住区にあるプレハブ小屋のドアの前で津志田南は叫んだ。
このみすぼらしい道場があったのは来訪前のスラム程ではないが、外国人に対する敵意や排他的な空気が蔓延する、日本からは想像できないような危険な街の一画だった。
立体的な複合都市ではない平地にある街という点でも、日本などとは違う異質な空気を感じた。
そうして緊張感しつつ待つこと数十秒。
扉を開けて姿を現したのは、一人の少女だった。
「え、女の子?」
思わずあっけに取られ、自然に言葉が飛び出した。
それほど、予想外の存在だった。
「そうだ。お前たちはこういう姿が好きなのだろう?」
尊大な口調で瘦せぎすの身体に薄汚れた白いワンピース姿の、長くボサボサの黒髪の少女は言った。
何やら異臭を感じると思えば、それは少女の臭い……汗や垢に塗れた身体特有の匂いだった。
汗だくになった上田拓やゲームに夢中で三日風呂に入っていない王松園とは全く違う、本当の悪臭。
津志田南はそんな人間の臭いを、生まれて初めて嗅いだ。
「えっ……ここ、対アンドロイド格闘術、ネオトガクレの道場……であってます?」
「その通りだ」
「……君……いえ、あなたが……道場主?」
「それ以外何だと?」
「…………詐欺?」
「そんな訳あるか。我が名はぜろ。至高なる存在にして不遜なる者を滅するべく、お前たちに武器を与える者」
「はぁ……」
津志田南は急速に後悔し始めていた。
激情に駆られてこんな所にまで来て、道場ごっこしている子供に遊ばれるとは……。
だが、そこまで考えた所で少女はニコリと笑みを浮かべた。
「遊んでいるわけでは無いぞ」
「えっ」
津志田南は思わず後ずさった。
なぜ、思った事が……。
そんな思いからだったが……。
「そうだ、私にはお前の心が分かる」
今度こそ津志田南は驚愕をはっきりと表情に出した。
それに対して、少女はニコニコと笑みを浮かべる。
「そんな私だからこそ、分かるのだ。確かにお前は私が想定していたアンドロイドに憎しみを持つ者では無いが、中々にいい素質がある。教えれば誰も習得できなかったアンドロイド殺しを習得し、不遜なる七人にいずれ手が届くかもしれん」
(心を読んだと思ったら今度は中二病みたいな事言いだしたー!? 何不遜な何とかって? ていうかこれも読まれてるよね? い、今から無心になって逃げないと……)
津志田南が無心と思いつつ振り返って全力ダッシュする事を考え始めたその時だった。
小さくため息をついた少女は、切り札を切った。
「……お前が望むナイフのように研ぎ澄まされたくーるなびしょうねんぼでーにもなれるぞ」
「え、じゃあやります」
津志田南は即答した。
言った当人の少女がやや引いているが、津志田南には関係ない。
美少年みたいになって、お姉さまの支えになる。
その訳の分からない執念が、様々な思考をすっ飛ばして入門を決断させた。
こうして、一年に渡る地獄の修行の結果。
津志田南は人知れず技術を手に入れた。
それはアンドロイドの両親を出し抜く事が出来る生来の、この時代この境遇でのみ役に立つ非常に稀で無意味無価値な特異な才能が成せるある意味奇跡の産物。
機械生命体異分子粛清体が編み出した、知的生命体がナンバーズを出し抜く手段。
アンドロイドの認識から抜け出る歩法。
だが習得した当人は、現在に至るまでこの異常な技術を、単なるダイエットの産物としか認識しておらず……。
この技術が日の目を見るのは、真に必要とする者に伝承されてからの事となる。
余談だが……前潟美羽への告白は実らなかった。
本編で全然活かせなかった津志田南の背景設定でした。
後々続きを掛けたら活きて来るかもしれません。
次回更新は1月30日の予定です。
次回は「我が愛しのアストルフォ」を予定しています。




