インタールード08
※謝罪
本来なら第39話 制圧 をお送りする予定でしたが、投稿予定日にに完成させる事が出来なかったので、代わりに39話のボツパートをまとめたものをインタールードとして投稿します。
近衛騎士団本部を包囲していた部隊を指揮していたのは、本来の住人である近衛騎士達だった。
彼らはドブさらい計画の標的をイツシズの私兵や傭兵を率いて襲撃する任務に就いていたのだが、伝令からの緊急司令によって計画を中断して、自分たちの本拠地を包囲する事になったのだ。
そして当然のことながら、彼らは暗雲の立ち込めたイツシズの計画に困惑の色を隠せなかった。
「駄目です。裏門はもちろん、城壁全面は制圧されています。城壁の主要な防御装備や、四隅の見張り塔も完全に落ちていて……本格的な攻城戦の備えがなければ……」
苦々しい表情で報告してきた副官の顔を眺めながら、包囲部隊を指揮する騎士はため息をついた。
部下の士気を落としかねない行為であり、普段なら絶対に避ける行為だが、ここまで絶望的な状況となっては自分でも止める事が出来なかった。
市街地での強襲一本に最適化された彼らの装備は本格的な野戦装備に比べればはるかに軽装だ。
城壁の狭間や物見の塔から放たれる石弓や投石、降り注ぐ熱湯から身を守るにはあまりに心もとない。
しかも部隊の半分は軽装備な近衛騎士よりさらに軽装備な私兵や傭兵で占められており、彼らの得物も各々が持ち寄った形状や大きさもバラバラな剣や手槍、弓、下手をすれば暗殺用の暗器だ。
攻城用の櫓どころか梯子や盾にすら不足する有様では、このまま正面からの攻城戦など行えば、逆にこちらが消耗し、部隊の半数を占める私兵や傭兵が逃亡しかねない。
「……革鎧も着ていない連中を率いて、盾も梯子も持たずに石弓の雨の中城壁に取りつき、熱湯を浴びるような行為を昼夜を問わず行えると……イツシズ様は本気で考えているのか?」
副官は思わず、自らの主であるイツシズを責めた。
普段なら注意する指揮官や他の騎士も、何も言わなかった。
それほど、状況は悪かった。
「あのお方は唐突な危機に際しては判断が疎かになる……そしてそのつけを払うのは近衛騎士だ。そして、今回はその役目は我々だったという事だな……」
指揮官の言葉に、全員が俯いた。
分かっていたのだ。
こういう日が来ることは。
だが、それでも誰も逆らえなかった。
法と口先だけのあの男が皇帝と皇太子に取り入り、帝国を支配するほどの力を手に入れ、そしてその恩恵が近衛騎士達に及ぶ。
そんな中で、帝国の影の支配者に一体誰が逆らえるだろうか?
黙って口先だけで褒めていればいい思いが出来るのに、誰がわざわざ逆らうだろうか?
この状況は、そう思いながらイツシズを持ち上げていた代償をとうとう支払う事になったに過ぎないのだ。
「……まあ、とはいえ諦める訳にもいかんだろう。とりあえずは、このまま周囲を取り囲んで時間を稼ぐ……」
「稼いで……どうにかなるでしょうか?」
「ドブさらい計画による武力行使は、いわば法の抜け道をついたものだった。国葬が終われば、その法的な根拠は失われる……向こうはそこをつくために籠城策を狙ったのだろう。だが、そもそもで言えば向こうの近衛騎士団本部占拠には法的な根拠が全くないのだ。時間を稼げば、反乱鎮圧の名目で帝都駐留騎士団を動員できる。そうすれば……」
指揮官の言葉にも、騎士達の表情は暗い。
皆、知っているのだ。
占拠しているお付き騎士達にルイガ皇太子がいる時点で、法的根拠の有無などどうとでもなる事を。
ルイガ皇太子を中心にドブさらい計画の武力行使を咎められれば、状況はさらに悪化する可能性がある。
イツシズは高い政治力を以って成り上がった男だが、その力の源泉は皇帝と皇太子からの信頼に他ならない。
ルイガ皇太子の優柔不断さに乗じて、お付き騎士を敵にしている状態ならば問題は無かった。
しかし、そのお付き騎士とルイガ皇太子が強固に結びつき、ここまで直接的な実力行使に出たとあっては、皇太子はもちろん皇帝の権力をもあてにする事は出来ない。
無論皇帝からもイツシズが距離を取られた訳では無いが、何もイツシズの権力とは、皇帝やルイガ皇太子からの直接的な信認だったわけでは無いのだ。
イツシズならば、皇帝や皇太子からの信認が厚い。
だから、イツシズには逆らえない。
そういった周囲の思い込みこそが力の源泉だったに他ならない。
ルイガ皇太子が反旗を翻した時点で、敵の多いイツシズからは皆離れていく。
そうなれば、事態の挽回など出来ようはずもない。
「……いっそ、私たちもルイガ皇太子に付きますか?」
一人の近衛騎士がポツリと呟いた。
普段ならイツシズの腰巾着達が一斉に糾弾するその言葉に、誰もが飛びついた。
「そうだ……グーシュ殿下がいない今、ルイガ皇太子に敵はいない」
「ドブさらい計画という非道な計画を俺たちに強要した奴に従う義理は無い……」
口々にイツシズへの反旗を口にする騎士達。
その一方で、指揮官の騎士は冷静にイツシズの命脈と、ルイガ皇太子の先行き。
双方を天秤に掛けていた。
(確かにイツシズの旗色は悪くなった……だが、安易にルイガ皇太子に付けばいい状況とも言えぬ。セミックには我ら近衛騎士と戦う力はあるが、守旧派や文官連中と戦う政治力に欠ける。崩れかけた城からわざわざ小屋に移っても仕方ないからな……ここはイツシズの出方を見るためにも、まずは命令通り包囲して時間を……)
指揮官の騎士は目端の利く男で、決して馬鹿では無かった。
不利な状況下でも、安易な行動に走ることなく、冷静に状況を見極めることが出来ていた。
しかし、事態は彼の知らないところで、すでに決定的に動いていたのだ。
もはや、彼らには移り行く場所も、残る場所も存在しない。
彼らに残されたのは……。
「報告! 正面以外の城壁、物見の塔からお付き騎士共が下がっていきます!」
「何!?」
唐突な報告に、指揮官の騎士は上ずった声を上げた。
籠城により時間を稼ぎ、イツシズの出方を見て行動を考える。
そのことだけを考えていた指揮官の騎士にとって、お付き騎士の方から行動するという事態は最も避けたい事態だった。
そうして、必死に思考を巡らせる間にも、事態は次々に動いていく。
「お付き騎士達は本部正面に集結している模様! あ、正面左の物見の塔に人影が……」
「裏や左右の城壁はもぬけの殻です。包囲部隊に攻めさせますか?」
「いや、待て。動くな!」
指揮官の騎士は部下を諫めた。
お付き騎士達の行動が、この状況下であまりにも見え透いた行動に見えたのだ。
大方、手薄に見えた場所に責め立てさせたうえで、何かを仕掛ける罠だと判断したのだ。
「ほ、報告! 物見の塔にいるのは、金属甲冑の者です!」
「なんだと! ルイガ皇太子自ら!?」
「報告!! 本陣に向かって、背後より馬車が一台……」
「なんなのだ!? 一体何が起きている!!!」
指揮官の騎士が混乱から叫んだ瞬間だった。
突然近衛騎士団本部を取り囲む彼ら近衛騎士を、さらに取り囲むような位置にある建物の屋根の上が陽炎の様に揺れたかと思うと、無数の人影が現れた。
「……んな……」
「お、女? お付き騎士、なのか……」
「い、いきなり現れたぞ」
もはや混乱は、指揮官の騎士だけではない。
近衛騎士や、その指揮下の私兵や傭兵全体へと広がっていた。
「狼狽えるな! 弓兵と鉄弓を持つ者は……」
指揮官の騎士が言う事が出来たのはそこまでだった。
物見の塔から、聞いたことの無い言葉が聞こえてきた。
次回更新予定は六日の予定です。
次回こそ本編を投稿しますので、どうかご了承ください。




