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第38話―1 介錯

 身構えたミルシャが剣を投擲すると同時に駆けだすのを、右手の激痛に耐えながらグーシュは見ていた。


 剣に関しては素人に毛が生えたような知識と技量しかないグーシュだったが、それでもこの状況下でセミック程の達人に対して、唯一の得物を投擲することが分の悪い行動である事は分かった。


(ミルシャ!!)


 耳をふさぎたくなるような甲高い金属音とルイガ皇太子の絶叫の中、駆け出したい欲求に耐えてグーシュはミルシャの動きを見ていた。


 投擲と同時に駆けだしたミルシャは、無事な左手を大きく振りかぶりセミックに殴りかかった。

 ミルシャの剣を弾くために大きく剣を振るったセミックの隙をついた見事な動き……にグーシュには見えたが、その後のセミックの動きはグーシュの想像を超えていた。


 グーシュには視認できないような速度で再び剣を構えたかと思うと、風切り音とともに一瞬にしてミルシャの振りかぶっていた左腕を肘の少ししたあたりから切り落とした。


「あっ……」


 思わず声が漏れる。

 出会ってから今日まで、毎日のように接してきたミルシャの腕が宙を舞う。

 その光景に目を取られた。


 そして、目を取られた次の瞬間には決着はついていた。


「っな!」


 見知ってからついぞ聞いたことの無い、セミックの焦りを含んだ声。

 驚いてグーシュが視線をセミックとミルシャの方へと戻すと、ミルシャが切断された左腕の断面をセミックの右目に突き入れていた。


「っが、あああああ!」


 グーシュが知る凛とした女騎士とは思えないような、まるで獣の様な悲鳴。

 唖然とするグーシュをよそに、ミルシャは泣きながら、右手の中指をセミックの顔面目掛けて繰り出した。


 微かに、ミルシャの口が動いているのが見える。

 対して、セミックの口も小さく動いた。

 直後、セミックの残った左目にミルシャの右中指が突き入れられた。

 

 ミルシャはその勢いのまま、セミックを押し倒す。

 セミックも視力を失ってなお抵抗を諦めず、右手に握り込んだままの剣でミルシャの背中を刺そうともがいたが、そこまでだった。


 セミックの剣はミルシャの背中にいくつかのひっかき傷を作るにとどまり、ミルシャが両手に力を込めた事で、セミックはその動きを完全に止めた。


 ミルシャが無事勝利を収めた事を確認したグーシュは、そこでようやくルイガ皇太子の事を思い出した。


 ルイガ皇太子が短刀の振動に晒されていたのは、一分程だろうか。

 しかし、その影響は甚大なはずだった。


 短刀の振動が始まった一秒足らずで手を離したグーシュですら、右手全体の皮膚と筋肉が裂け、まるで血袋の様な有様なのだ。


 高周波による振動の影響を甲冑を介した間接的に受けたとはいえ、長時間受けたルイガ皇太子の状態は、悲惨極まる。


「ヘイ、アリス……振動停止」


 グーシュが声を発すると、高周波の金属音にも関わらず、ピタリと音と振動は停止した。

 グーシュは、小さく深呼吸すると静かに体を起こした。


 ようやく一息ついて辺りを軽く見回す。

 ミルシャはセミックの目に損傷した両腕を突き入れたまま泣いていた。


 三人のお付き騎士達は、表情一つ浮かべずに座ったまま、身じろぎもしない。

 携帯端末のカメラを向けたままなのは、流石と言うべきか。


 この無様でグロテスクな決闘を見ている、地球のマイチューブ視聴者は、果たしてどうしているだろうか。


 そんな思いに囚われつつ、グーシュは痛む右腕を庇いながら立ち上がると、床に倒れたルイガ皇太子へと近づいて行った。


「……あー……兄上?」


 さんざん考えていたカッコいい台詞が口から出てこない。

 何とかしようと頭を捻るが、これ以上黙っていても無様で、マイチューブ視聴者も困惑するだろう。


 そう考えたグーシュは、無事な左腕でルイガ皇太子の兜をゆっくりと脱がした。

 激しい振動のせいか、甲冑はひどく熱かった。


「おお、兄上……なんといろお……いや無残な姿に……」


 思わず色男と皮肉を言いそうになったグーシュだったが、流石に自重した。

 身内の惨状に喜びやからかいの色を出せば、流石に軽蔑されるだろうと思ったのだ。


(もう一人の自分の言う通りかもな……わらわは全てを()()()を示すための材料にしてしまう……)


 自嘲しながら、グーシュは皮膚という皮膚が細かく深く裂け、穴という穴から血を垂れ流す無残な兄を見下ろした。


「……参ったな……演技抜きで、こんなに空しいとは……兄上……」


 演技抜きで、演技の様な言葉が自分の口から出た事を悲しく思いながら、グーシュは兄に呼びかけた。

 ルイガ皇太子は、返事の代わりにせき込みながら血を数回吐いた。


 すると、カチッという皮鎧の音が聞こえた。

 音のした方を見ると、先ほどまで座っていた三人のお付き騎士が立ち上がった音だった。

 グーシュは思わず身構えた。


 自分が、海向こうの剣を使って卑怯な勝利を得た事に怒り、断罪しようとしているのではないかと思ったのだ。


 しかしそれは杞憂だった。

 お付き騎士の一人エザージュはミルシャの方に近づくと、泣き続けるミルシャの両腕をセミックの眼孔から抜いてやった。


「ミルシャ、勝利おめでとう。よくやったな、決闘で隻腕になり、自らの血肉を以って相手を見事討って見せた。お前はお付き騎士の誉だ」


 ミルシャへの賞賛が聞こえた事で、グーシュは構えを解いた。

 そうしている間にも、残り二人が近づいてきて、拳をみぞおちに充てる敬礼をした。


「グーシュリャリャポスティ新皇太子殿下。お見事な勝利でございました。ルイガ前皇太子殿下はもはや戦う事能わず。これ以上無用な苦しみをもたらすことはありますまい。つきましては、皇太子殿下のご負傷を鑑みまして、我らが介錯いたしたいと存じますが……」


 うやうやしく頭を下げる二人に、グーシュはなるべく威厳が生じるように意識して頷いた。

 二人は頭を軽く下げると、しゃがみ込んで苦痛に呻くルイガ皇太子の首元に、剣を突き付けた。


「前皇太子殿下……お見事でした」


「前皇太子殿下……ハイタの元にはセミックもご同行いたします……どうか主従、お幸せに……」


 その光景を見ていたグーシュは、唐突に携帯端末の事を思い出した。

 そして端末が、剣を抜く際に床に置かれたままになっているのを見つけると、そっと拾い上げた。


(おお、流石のコメント欄も大人しいな)


 グーシュが見た携帯端末の画面には、マイチューブのAIによりルイガ前皇太子の顔などのグロテスクな対象にモザイクの掛けられた映像と、決闘開始時とは打って変わって大人しいコメント欄が映っていた。


(ミルシャもわらわも想定以上の大けがをした上に、ケチのつけようだらけの決闘内容だったが……わらわの評判を鎮静化させる事には成功したようだな)


 グーシュとしては、今回の決闘は自身のルイガ前皇太子への複雑な感情の処理や、自身の自尊心を満たすといった事が目的としてあった。


 しかし、実のところそういった感情的な目的以外にも、先を見据えた実利的な目的もあったのだ。


(いくらなんでも、高々別惑星の小娘相手に盛り上がりすぎだったからな、地球人は……)


 グーシュとしては、先の査問会の一件で地球人から多大な支持を受け、マイチューブでの活動によって知名度や人気を拡大したことは将来を見据えた活動としては正しい方策だと考えていたのだが、ここ数日の間にそういった地球人からの評価が過熱気味だと感じられていたのだ。


 無論、たとえ過熱したとしてもそういった評価は大統領を目指すにおいては役立つだろうが、グーシュの一挙手一投足をすべて肯定して、あまつさえルーリアトを理想郷の如く語る他の動画投稿者や掲示板、SNSを見ては焦りを覚えた。


 グーシュにとっては、地球連邦大統領という立場は目的ではあったが、ゴールでは無かった。


 あくまでその後に行う大統領としての職務にこそ目的の本質があったのだ。


 そのことを考えると、加熱したグーシュとルーリアトの評価をここで一度鎮静化させる必要があると考えた。


 そして、それには血生臭い決闘は打ってつけだと考えたのだ。


(過度な期待と評価は、傷一つ許さない過激な支持者と、内心に不満を抱えた潜在的反対勢力を支持者の中に作ってしまう。しかし、文化風習による残酷行為ならば、糾弾は抑えつつ肯定は出来ない空気をもたらせるはずだ……)


 血塗れのまま呻くルイガ前皇太子や、両目をえぐられたセミックのモザイクに包まれた姿が携帯端末に写るたびに、悼むコメントやグーシュの行動に疑問を呈するコメントが書きこまれている。


 グーシュはそれを満足げに眺めた。

 思った通り、真正面からの非難はさほどでもない。

 地球人は文化や風習、少数派や女を非難する事に抵抗を感じるのだ。

 そういった点で鑑みれば、この決闘は成功と言える。


 そんな事を考えていると、画面越しに写る血まみれのルイガ前皇太子の首元に、ピタリと剣が突き付けられた。


 モザイク越しにも分かるその光景に、コメント欄に少ないながらも悲鳴が書き込まれた。

 

「兄上……さようなら……どうか、女神ハイタの下で、セミックと共にお幸せに」


 もう少し取り乱すべきだったかとグーシュが考えた瞬間、カナバによって刃が首に突き入れられた。


 小さく息を吐く音がして、血があふれ出す。

 グーシュが何か言おうか迷っている間に、あっけなくルイガ前皇太子は息を引き取った。


 思わずポカンとしている間にも、三人のお付き騎士達はミルシャの止血やセミックとルイガ前皇太子の首の切断を手際よく済ませていた。


 もはや、コメント欄はガラガラどころではない。

 閲覧数も開始当初とは比較にならない程少ない(それでもしぶとく残っているもの好きは数百万人以上いたが……)。


 ぼんやりと動画を撮影していたグーシュの元に、ミルシャを含めた四人のお付き騎士達が二つの生首を抱えてやってきたのは五分ほど経った頃だった。


 さすがに、何か言って動画を閉めねばならない。

 ちょうどいい落ち込み具合を考えてから、グーシュはゆっくりと口を開いた。

次回更新予定は28日の予定です。

多忙と歯を抜いた術後経過が悪く絶不調ですが、何とか頑張りますのでよろしくお願いいたします。


しかしグーシュ酷い奴だな(他人事)。

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