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第37話―2 決着

 状況はグーシュが自分を絞殺して覚醒した数分前に戻る。

 

 グーシュがルイガ皇太子に蹴り飛ばされた瞬間、ミルシャは心臓が破裂しそうなほど動揺した。


 今さっきミルシャの脇を駆け抜けて、セミックの背後にいるルイガ皇太子に剣を突き立てたグーシュだったが、甲冑戦闘術によってあえなく防がれてしまった。

 その上、ルイガ皇太子に顔を蹴られ、ミルシャの背後の壁へと跳ね飛ばされてしまったのだ。


 「殿下!」


 結果、ミルシャは判断を誤った。

 けっして目を逸らしてはならない相手から、目を逸らしてしまったのだ。


「よそ見か?」


 どこか怒気を孕んだセミックの声とともに、右手の人差し指に激痛が走った。

 悲鳴を上げそうになるほどの痛み。

 そして、血が噴き出る事による熱さと、冷たさの合わさった感触。


 ポトリという足元から聞こえた、小さな音。


(指が!)


 ミルシャは心中で毒づいた。

 自分の手元も見れないほど余裕がない状況だが、寒気のするような喪失感が、自身の一部が失われた事を示していた。


(まずい……)


 焦ったミルシャは、牽制のために一歩踏み込み、セミックに斬りつけた。

 セミックの動きを見て、状況打開の方策を練る腹積もりだったが、セミックの見せた動きはミルシャが考えうる最悪のものだった。


(守勢!)


 セミックはミルシャの剣筋を見極めると、回避や反撃ではなく、両手と剣を用いて慎重に防御して見せたのだ。


 先程までの、刃の上を歩くような緊張感は無いが、代わりに城壁に斬りつけるような徒労感を感じた。


 セミック程の人物が守りに入れば、それを攻めるのは容易ではない。


 そして通常、ミルシャが知る限りはセミックは守勢に入る事はめったに無かった。

 待ち構え、攻撃を避けてから反撃することで相手を即死せしめるのがセミックの戦法なのだ。


 わざわざ防御する意味は、この状況では一つしかない。


(僕の指の状況はかなり悪い……つまり時間を稼いで出血を待つだけで、僕は無力化される……そして僕との決着を急がないという事は、殿下も……)


 そんなミルシャの考えを裏付けるように、ルイガ皇太子がゆっくりとミルシャの背後……壁にぶつかったグーシュの方へと歩みだした。


 当然阻止するためにも、通り過ぎる際に斬り付ける事を考えるが、ミルシャの気配を察知したセミックの剣圧により、斬りつけるどころか身動きすら出来ない状況に追い込まれる。


 ルイガ皇太子は、そんなセミックの行動を把握しているのか。それとも深く信頼しているのか、ミルシャの事を見もしなかった。


 甲冑に身を包んだ偉丈夫が悠々と歩いていくのを、ミルシャは黙って見ている事しか出来なかった。

 背後からは、ゆったりとした足音が響く。


 そのたびに、ミルシャの心は不安で裂けそうになった。


 不安に負けじとミルシャも事態を打開するべく、様々な事を試す。

 しかしセミックは守勢に入りつつも、ミルシャの動きをよく観察して、グーシュの助けになるような動きを許さない。


 そうして、ルイガ皇太子がミルシャの元にたどり着いた頃には、ミルシャは出血のせいか右腕全体が冷え込み始めていた。

 さらに数分もすれば、脳に回る血も無くなり、思考する余裕も無くなるだろう。


「グーシュ……気絶したか……」


(!?)


 背後から聞こえてきた、ルイガ皇太子の声。


 今すぐ振り返り、グーシュを助けたい欲求に駆られるが、その瞬間にミルシャはセミックに殺される。


 そうこうしている間にも、カチャカチャという金属音が背後から聞こえてくる。

 一体グーシュは、どんな目に遭っているのか。


 背後を見る事の出来ないミルシャは、指からの出血に加え、セミックと対峙しているために考える余力すらない。


 物音が、ただただ焦燥を募らせる。


(ああ……殿下……ハイタ様)


 思わず祈った事も無い神に祈った瞬間、背後から鎧が揺れたような金属音と、懐かしい声が聞こえてきた。


「ふざけるな! いつも思わせぶりな事ばかり……」


 グーシュの声だった。

 数分にも満たない間聞かなかっただけで、まるで何年も聞いていなかったような懐かしい思いがした。


 思わず、全ての問題が解決したかの様な錯覚をミルシャは覚えたが、続いて聞こえてきたルイガ皇太子の声が、ミルシャを現実へと引き戻した。


「起きてしまったのか……痛みも、恐怖も与えたくは無かったのだがな」


「げぇ……し、しまった……」


 そうなのだ。

 結局、グーシュが目覚めたところで状況は何も変わっていない。

 状況からして、グーシュはルイガ皇太子に追い詰められているし、ミルシャは切り落とされた指からの出血で刻一刻と弱っている。


 そしておそらく、このままではグーシュが殺された後、ルイガ皇太子とセミックに挟み撃ちにされて、程なくミルシャはグーシュの後を追うことになる。


(スルターナ少佐……) 


 実のところ、一つ手がないわけでは無い。

 宇宙に行ったとき、黒ずくめの胡散臭い歯車騎士(アンドロイド)から教わった、とある方法がある。


『正直、お前とセミックとかいう女との間にそこまで実力差はない』


 スルターナ少佐の声が、ミルシャの脳裏に響く。


『じゃあなぜ勝てないか? 簡単だ。それは、セミックがお前の事をよく知っているからだ』


『性格、趣味、思考、精神力、身体能力、技能の習熟度……セミックはそれらをすべて知っていると考えていいだろう。生半可な方法では勝てない』


『迷いを捨てたのに勝てないのか? 馬鹿言うな。聞いた限りでは、セミックという女はとっくに迷いなんて捨てている。お前は、同じ立場になったに過ぎない』


『だから、元からある差は結局埋まっていない。なに? じゃあどうすればいいのか? 自分で考えろ』


『怒るな怒るな……まあ、修行をつけてやったのにすぐに死んでは気分が悪いな』


『要するに、セミックはお前の事をよく知っている。だからこそ、実力差以上に強いわけだ。それならば、答えは簡単だ』


『……お前、自分で考えるのが苦手な性質か? 指示を聞いて、答えを聞いてばかりだとそのうち困ったことになるぞ。……ああ、セミックに勝つ方法か……』


「やはり、虚をつくのが一番だな。奴が知らない、想像すら出来ない方法を試せばいい。ちょうどいい技があるから、教えてやろう」


(あれを、やるしか……ないのか? けれども、あの技を使っても……今の状況じゃあ……)


 この期に及んで、ミルシャの心は捨てたはずの迷いで満ちていた。


 全てを守り、全てを得るという開き直りこそがミルシャが見出した迷いの捨て方だったのだが、あまりにも不利な状況と、切り札たるセミック対策があまりにも極端な方法だったためだ。


 スルターナ少佐が教えてくれた技を使えば、よしんばセミックに勝てても、自分は……。


 そんな事を考えていたミルシャに、再び金属音が聞こえてきた。

 鈍い音ではなく、陶器の様な涼やかな音。

 グーシュが身動きした時の音だった。


(殿下?)


 ミルシャがグーシュの動きを把握するべく、セミックに注意しながら音に聞き入ると、不意に聞き覚えのある音が響いた。


 鞘から剣を抜刀するときの音に似た、それでいて別種の、独特の金属が滑るような音。


泣き叫ぶ短刀(高周波ブレード)を取り出した音だ!)


 泣き叫ぶ短刀。

 グーシュが今回の決闘に向けて用意していた切り札の一つだ。


 地球連邦の技術を用いて作られた特殊な短刀で、高速で振動する事で凄まじい切れ味と、耳の奥を割くような大音量を発する魔法の様な短刀。


(いや、殿下によると魔法じゃなくて、歯車……じゃなくて機械らしいけど……)


 だが、あの短刀はまだ使う予定では無かったはずだ。


 この決闘において、グーシュは可能な限り自力で勝つことを目指していた。


 地球性の強化セラミック製の甲冑は身に着けていたものの、なるべくならそれによる防御力と策略のみで勝利して、地球に頼らずに戦えることを示したいというのがその理由だった。


(最初に、剣を腰だめに構えて肉薄。迎撃するルイガ皇太子に、鎧の防御力を用いて隙を作る)


 これが五段構えの初段。


(次に、ルイガ皇太子から攻撃を受けた後、気絶ないし、死んだふりをして隙を作る)


 これが、五段構えの二段目。


(次が、鉄弓を取り出したふりをして牽制して隙を作る……そのために鉄弓を撃って見せた)


 これが、五段構えの三段目。


 グーシュは、可能ならここまでで片を付けたいと考えていた。

 なぜならば、これ以降の策は明確に地球の力を用いているからである。(甲冑もそうだが、わざわざ言わなければ分からない)


 だがグーシュは二段目、三段目を飛ばして四段目である泣き叫ぶ短刀を取り出した。


 つまり、覚悟を決めたという事だ。


(殿下が……殿下が覚悟を決めたならば、僕も!)


 ミルシャも、覚悟を決めた。

 主が勝利のために名誉を捨てる覚悟をしたのならば、自分が惜しむものは何もない。


「なんだ、それは?」


 ルイガ皇太子の、憐れみに満ちた言葉が聞こえる。

 そして、その後に、痛々しい主の声が聞こえてきた。


「……きり、札は……さ、ごまで取っておくものだ、あにう、え」


「そうか……そんなものが……お前の切り札なのか……グーシュ……」


「そう……だ。海向こうの、刀だ」


 その言葉と共に、カツンという軽い音が聞こえた。


「よくやった、グーシュ。お前は俺に一撃を与え、そして敗れた。これをせめてもの手向けに……女神ハイタの許へ行け。安心しろ、ミルシャもすぐに送ってやる。せめて主従で、仲良くな」


 ルイガ皇太子の言葉で先ほどの音が、泣き叫ぶ短刀がルイガ皇太子に突き刺さった音だと知れた。


「知っているか、兄上? 海向こうでは、大抵の道具にそれを制御する機械が取り付けてある」


 主の凛とした声。

 苦痛に耐えて発しているのだろうか?

 心配で胸が張り裂けそうだ。


「何の話だ?」


 ルイガ皇太子が困惑している。


 グーシュが錯乱したと思っているのかもしれない。

 そのためか、剣を構える重い金属音が響いた。

 とどめを刺す気だ!


 ミルシャは覚悟を決める。

 死ぬ覚悟を。

 全てを捨てる覚悟を。


(もう、剣を振るう事は無いだろう。さようなら……)


「その機械の制御人工知能の名はアリスと言ってな……声で操作できる……」


「お前の好きな説話の話か? せめて、ハイタの所ではゆっくり説話を読めよ」


「いいえ兄上……現実の話だ! ヘイ、アリス! 高周波モード起動!」


 グーシュが叫んだ瞬間、部屋全体に、鼓膜を破らんばかりの甲高い金属音が響き渡る。

 同時に、ルイガ皇太子の絶叫が聞こえてきた。


「があああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


「終わりだ兄上!」


 グーシュが叫んだその時、ミルシャは見た。

 セミックの表情に耐えがたい焦りと絶望が浮かんだのを。


 そしてその目に映るのが、ミルシャではなくルイガ皇太子なのを。


(さようなら殿下!)


 心の中で叫ぶと同時に、ミルシャは全身全霊を込めて、構えていた剣をセミックめがけて投擲した。

 注意をルイガ皇太子へと向けていたセミックは、一瞬判断が遅れる。


 そして遅れた判断は、ミルシャが取った行動を把握した事で、困惑からさらに一拍遅れた。


 この状況下で、剣を投げるという行動をとったことが、理解出来なかったのだろう。


 それでも、セミックの行動は迅速かつ合理的だった。

 理解しがたいミルシャの行動に対し、対応をすぐに取れる様に剣で弾くことを選択すると、ミルシャの投擲した剣をあっさりと弾き飛ばした。

 

 ミルシャの愛刀が、派手な音を立てて床に落ちる。

 

 だが、ミルシャはそれには目もくれなかった。

 投擲したとほぼ同時に、セミックに向けて駆け出していたからだ。


 獲物は徒手空拳。

 無事な左腕で、渾身の力で殴りつけるべく、大きく振りかぶった。


「先輩! お覚悟!」


 投擲された剣をはじくような動きをすれば、普通隙が出来る。


 しかしこのような状況でも、セミックの技術は常識を超えていた。

 剣をはじいた際の勢いを殺さず、器用に次の動きに利用すると、眼前に迫っていたミルシャの左腕を切り落とした。


 美しい程見事な切断面を晒して、ミルシャの腕が宙を舞った。


 右腕の人差し指。

 武器。

 左腕。


 常識を超えた動きをやってのけたセミックは、常識的に考え、ミルシャを無力化したと考えた。


 普段の彼女ならば、もう少し警戒したかもしれない。

 そうしていれば、スルターナ少佐が授けたこの技もあえなく敗れ去り、ミルシャは死んでいたかもしれない。


 しかし、この時のセミックにはその余裕がなかった。


 彼女にとって今最も優先するべきことは、謎の短刀によって苦痛の声を上げる主を助ける事だったのだ。

 どうしても、両腕に重傷を負った後輩の事は埒外にあった。


 埒外になっても、対処できると思ってしまった。


「っな!」


 セミックは、視界に写り込んだものが何なのか分からなかった。


 赤く、丸い物体が視界いっぱいに写り込んだ。

 その中心には、微かに白いものがあった。


 そしてそれが一体何なのか理解するよりも先に、右目に激痛が走った。


「っが、あああああ!」


 思わず声が漏れる。

 何が起こったのか分からず、苦痛と困惑と主の事で頭の中がいっぱいになる。


「先輩……」


 ミルシャの声が、セミックの耳に入った。

 今のは、ミルシャが何かしたのか? 


 無事な左目でミルシャの方を見る。

 左腕を切り落とした後、ほんの一瞬視線を外した間にも、ミルシャは変わらない勢いでセミックに駆けてきていたのだ。


「先輩なら、僕の腕を骨まできれいに切り落としてくれるって信じていました。それに、先輩の太刀筋なら僕にも分かる……それなら……」


 ミルシャの独白の様な声を聞いて、ようやくセミックは自分の状況を理解した。


 ミルシャは、左腕をワザと切り落とさせたのだ。しかも断面が鋭く斜めになるように。


 そして、殴りつける勢いそのままにセミックに肉薄して、斜めに切断されて鋭利になった左腕を……その骨をセミックの左目に突き入れたのだ。


「……馬鹿な、事を……」


 思わず口をついて出た正直な事に、ミルシャは悲しそうな表情を浮かべた。


「僕もそう思います……先輩」


 その悲しそうな後輩の表情が、セミックの見た最後の光景だった。


 セミックが剣をミルシャに振るうより早く、ミルシャの右手の親指がセミックの残った右目に突き入れられた。


 真っ赤に染まった視界。

 押し倒された身体。


 セミックは、なんとかまだ握っていた剣でミルシャを刺そうと激痛の中でもがいた。


 しかしそんな足掻きは、押し込まれたミルシャの骨と指が脳に達した事であえなく中断された。


(あ、ああ……)


 損傷したセミックの脳に、最後の思考が過ぎる。


「見事だ」


 それは、最愛の皇太子への言葉では無く、大切な後輩への称賛だった。


 言葉の直後、ミルシャの背中を引っ掻くように斬りつけていたセミックの腕から力が抜けた。


 ルイガ皇太子の絶叫が止まり、金属音と共に床に崩れ落ちたのはその直後だった、

予定よりは遅れましたが、最新話です。

次回は決闘の終焉とその後。


その後はついに、皇女が帰還を果たします。


次回更新予定は21日の予定です。

手術後の経過が良ければ、本日ないし明日にもう一回更新したいと思います。

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