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第37話―1 決着

 震えが止まらない。

 何か致命的な失敗をしてしまったような……帝城にあった王国時代のツボを割った時に似た、臓腑が冷えるような感覚がグーシュを襲ってきた。


 そんな時。


「よくやったねグーシュ」


 温かい、懐かしい声が聞こえた。

 

 震えながら、グーシュはゆっくりと顔を上げた。

 そこには、記憶と予想通りの顔があった。


「よく、主人格を消してくれた。これで君は、完成された」


「先生……アイムコ先生」


 見慣れた禿頭の、ほっそりした大男に、グーシュは幼子の様に縋りついた。

 老教授と母親と共に、グーシュの教育係だった男。

 グーシュに空想説話を教えてくれた男。


「なんで、ここに……わらわの妄想か? そもそもこれは……自分の首を絞めるなんて……」


 グーシュらしくない弱弱しい声が口から漏れる。

 するとグーシュの恩師アイムコは、そっとグーシュの肩に両手を置いた。


「妄想ではない。全て現実だ。君は、弱く怠惰な主人格を消して、今日本当のグーシュリャリャポスティになった」


 そう言って禿頭の大男は、笑みを浮かべた。

 ふと、グーシュは疑問に思う。

 師は、こんな笑顔を浮かべる人物だっただろうか?


「おめでとうグーシュ。君はこれからもう、人間のような弱さから解放された。君はもう、人間のような不効率から解放された。もう、君は前に向かって進み続ける事が出来る。ただ一つの目的……地球連邦の指導者という目的に……人類を先に進めるという目的に……」


 妙に心地いい声を聞きながら、震えと臓腑の冷えが収まってきたグーシュは、ある程度いつもの調子を取り戻した。


「……わらわは、自分はセンスイだと思ったんだがな……まさか助けに来るどころか、他の人格を殺す羽目になるとは……」


 ボヤキの様な、意味の無い言葉。

 なにより、アイムコに地球の漫画の事がわかる筈が……。


「ふふふ、グーシュらしいな。だが、漫画の事は一旦忘れなさい」


 相変わらずの心地いい言葉。

 だが、グーシュはこの言葉を聞いた瞬間両肩の手を払いのけて、素早く飛びのいた。

 センスイという言葉から、漫画という単語を導き出せるルーリアト人など、グーシュ以外は存在しないはずだ。


 というより、読んだ漫画を勧めたのが百年以上昔の人間である一木である時点で、下手をすれば地球人ですら分からない可能性もある。


 それを、アイムコはすんなりと言い当てた。


「先生……あなたは……あなたは!!」


 声を荒げ、問いただすグーシュ。


 だが、アイムコの態度は変わらなかった。

 まるでグーシュなどいないかのように、遠くを見るような目で朗々と語り始める。


 しかし、これがかえってグーシュの心をさらに本調子にさせた。


(そうだ。アイムコ先生はこうだ! 声を聞いて安らぐような人じゃない! こういう、苛つくような人だ!)


「さあ、グーシュ! 君を縛るものはもういない! 君は進み続けるのだ! そして、王も皇帝も将軍も、総統も書記長も主席も、総理大臣も大統領も成せなかったことを、君が成しなさい!」


 朗らかな、大音声だった。

 キンキンする耳と頭が、間違いなく目の前の人物が恩師である事を教えてくれた。


「……つまりは、わらわも説話の登場人物に過ぎなかったのだな、先生!」


 グーシュの問いを、アイムコは再び無視した。

 ……否。

 返答はしなかったが、グーシュの問いを明確に聞き取り、満面の笑みを浮かべた。


 邪念の一切感じられない、気持ちのいい笑みだった。

 それが却って気持ち悪い。


「王道作戦が終わったら、一木君と一緒に来なさい。教えられる疑問には全部答えてあげよう。まあ、もっとも……」


「もっとも?」


「生きていたらの話だがね」


 それはどういう意味なのか? という問いを口に出そうとした瞬間、グーシュの意識は一瞬にして真っ暗になった。

 

 一瞬驚愕して、身体がビクリと震える。


 すると、ガチャリという金属音が聞こえた。

 そして、その音とともに体に重みが戻ってきて、先ほどまでの夢の様なふわふわとした感触が消えて、現実感が増してくる。


「ふざけるな! いつも思わせぶりな事ばかり……」


 増した現実感と、アイムコに対する怒りに任せて、グーシュは力いっぱい叫んだ。

 そして、同時に視界が戻ってくる。


 視界が戻り、現実が見えてくる。

 自分の置かれていた状況を、思い出す。


 甲冑を着込み、床に倒れている自分。

 顎を蹴られたせいで、ひどく痛む首。

 壁に打ち付けられたせいで、激しく痛む背中。


 そして兜を外されて、眼前に突き付けられている剣と、その剣を手にしていいる兄様……もといルイガ皇太子。


「起きてしまったのか……痛みも、恐怖も与えたくは無かったのだがな」


「げぇ……し、しまった……」


 戻ってきた現実は、最悪だった。

 どうしようもない手詰まり。

 五段構えの策の一つである死んだふりも、今叫んだことで不可能になった。


『生きていたらの話だがね』


 アイムコの言葉を思い出し、グーシュは憂鬱になった。

 何のことは無い。

 嫌味ではない、事実を指摘しただけだったのだ。


 グーシュはせめてもと、息も絶え絶えのふりをしながら、部屋の状況を盗み見た。

 昔から、視線を誤魔化すのは得意だった。

 美女の胸元を見るのに必須の技能だからだ。


 ルイガ皇太子の背後には、まだミルシャが立っていた。

 まだ生きていた事に安堵するが、息遣いや手元からの出血を見るに、楽観視できる状況ではない。


 ミルシャに対峙するセミックも、やはり健在だった。

 状態はミルシャよりもいいようで、負傷らしい負傷も無い。


 それ故か、時折繰り出されるミルシャの牽制に対しても余裕のある動きをしている。

 あれほどの達人がああいった動きをするという事は、守りを固めている証拠だ。


 つまり、ミルシャの出血は時間を稼ぐことで悪化する程度には重いという事だ。


(指か……筋か……はぁ……)


 エザージュの主を心配していたが、自分もか。

 その事実に心中でため息をつくと、グーシュはお付き騎士三人組と、その手に握られた携帯端末を見た。


(もう少し、自力で勝ったと思われる勝ち方をしたかったがなあ……さすがにミルシャや命を失ったら目も当てられんか。まあ、そうだな。正々堂々格好よく勝つなど、わらわには荷が重かったか……わらわらしいと言えばわらわらしいか……)


 自嘲と同時に覚悟を決めると、グーシュはもたもたとした動きで、右手をゆっくりと動かした。

 全身全霊を掛けて、演技する。


 昔、なんとか王が、決闘に演技力で勝ったいう話を聞いて、笑い転げた事を唐突に思いだす。


(後世の人間は、わらわの決闘の事を聞けば笑うだろうか? いや、違う……動画を見るのだ……絶対笑われる……MAD動画も作られるだろうな……)


 しょうもない事を考えながら、もはや指一本動かせないような辛さを想像して、その仮定で手を動かす。

 動かしながら、ルイガ皇太子の表情を盗み見る。


 幸いな事に、哀れみと悲しみが混じったような表情でグーシュを見下ろしているだけだった。

 どう考えても、妙な動きをする決闘相手の妹を素早く処理しようという感じではない。


 そうしてルイガ皇太子のお墨付きをもらったグーシュは、右手をグッと力を込めて伸ばした。

 すると、甲冑の手首部分から刃渡り十センチに満たない短刀が飛び出した。


 どう見ても、ルイガ皇太子の甲冑と筋肉を害する事が不可能に思われる、そんな弱弱しい短刀だった。


(だがこれが、卑怯っぽくて使いたくなかった、わらわの切り札だ)


「なんだ、それは?」


 ルイガ皇太子の、憐れみに満ちた言葉。

 それに対して、グーシュは乏しい演技力を絞り出して応じた。


「……きり、札は……さ、ごまで取っておくものだ、あにう、え」


「そうか……そんなものが……お前の切り札なのか……グーシュ……」


「そう……だ。海向こうの、刀だ」


 その言葉と共に、短刀をゆっくりと振りかぶり、ルイガ皇太子の足の甲に突き立てた。


 強化セラミック製の刃は、金属甲冑に対してもその素晴らしい切れ味を発揮し、ルイガ皇太子の甲冑の、足の甲部分に数ミリ程突き刺さった。


 だが、それまでだった。


 弱ったふりをしたグーシュの腕の力と速度では、如何な切れ味でも金属甲冑は突き破れなかった。

 ルイガ皇太子は、満足そうにその光景を静かに見ていた。

 慢心としか言えない行為。


 だが、武にだけは自身のあるルイガ皇太子だからこそ、死にかけた妹の最期の一撃を避ける事はしなかった。


「よくやった、グーシュ。お前は俺に一撃を与え、そして敗れた。これをせめてもの手向けに……女神ハイタの元へ行け。安心しろ、ミルシャもすぐに送ってやる。せめて主従で、仲良くな」


 短刀を突き立てる事が出来た理由が、自分の演技力ではなかった事に多少落胆しながら、グーシュは決闘を勝利へと導く五段構えの、出来れば使いたくなかった策を用いるべく口を開いた。


「知っているか、兄上? 海向こうでは、大抵の道具にそれを制御する機械が取り付けてある」


 下手な演技を止めて話すのは、堪らない快感だった。

 ポカンとしたルイガ皇太子の顔が、グーシュの心をさらに悦びで満たした。


「何の話だ?」


 グーシュの言葉を聞いたルイガ皇太子が困惑している。

 だが、すぐに納得した表情になる。


 グーシュが錯乱したと思っているのかもしれない。

 そうして、ゆっくりと剣を構えた。

 頭蓋を、脳を一撃で破壊する気なのだ。

 可愛い顔を無傷で残す事よりも、妹を苦痛なく葬ることを優先する気だ。


 そんな兄の思いやりを苦々しく、ありがたく感じながら、グーシュは言葉を続けた。


「その機械の制御人工知能の名はアリスと言ってな……声で操作できる……」


「お前の好きな説話の話か? せめて、ハイタの所ではゆっくり説話を読めよ」


「いいえ兄上……現実の話だ! ヘイ、アリス! 高周波モード起動!」


 グーシュが叫んだ瞬間、さすがにルイガ皇太子も何かを感じ取ったのか、剣をグーシュに突き入れるべく力を込めた。


 次の瞬間には、あの大剣がグーシュの頭部に突き刺さるだろう。

 しかし、それは叶わない。


 ルイガ皇太子の足の甲に刺さった短刀が、凄まじい勢いで振動を始めたからだ。

 部屋全体に、鼓膜を破らんばかりの甲高い金属音が響き渡る。


「があああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


ルイガ皇太子の絶叫が響き渡る。


 唐突な不快な大音量に、座り込む三人のお付き騎士達は耳をふさぎ、携帯端末は床に落ちた。

 恐らく動画を見ている地球人達も、今頃顔をしかめているだろう。

 

 そして、超振動によって相手を分子レベルで切り裂く高周波ブレードの振動は、刺さっているルイガ皇太子の甲冑へとその振動を十二分に伝えていた。


 人間が握ったならば腕の皮膚を果物の皮の様に剥き、皮膚を古びた革製品の様にボロボロにする高振動が。


 至近距離でならば、聴覚を破壊する大音量が。


 ルイガ皇太子の全身を激しく蝕んだ。


 故に、偉丈夫は叫ぶことしかできない。

 身じろぐだけで剣すら受け止める武の天才は、それすら出来ない。


「終わりだ兄上!」


 振動によって血袋になった右腕を短刀から離しグーシュが叫んだのと、悲壮な表情でルイガ皇太子を見るセミックに向かって、ミルシャが身構えたのはほぼ同時だった。

次回、ミルシャとセミックの戦い決着!


次回更新は12日から14日の間となります。

親知らずの手術からの回復次第となりますので、ご了承ください。

前回は、どえらい腫れたので不安です……。


ファンコミック大好評公開中!

ニコニコ静画の閲覧数も4000回を超えました。

皆さんに感謝!


ニコニコ静画 https://seiga.nicovideo.jp/watch/mg572863?ct_now

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