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第36話―3 本当のグーシュ

「……そうだ。わらわは今日の決闘の結果を、確かに未来を決める試金石とするつもりだ。だが、そんな事が、いちいち気にするほどのことか?」


 グーシュの問いに、目の前の自分は勢いよく頭を上げた。


「気にするでしょう! だってあなたは、今日勝利したら何をしてもいいと思っているでしょう? そう、例えば……ルーリアトの人間が何人死んでもいいと思っている!」


「……」


 図星だった。

 さすがのグーシュも、これからやろうとしている事に対して、後ろめたい気持ちがあった。

 だからこそ、それを占う気持ちがあったのだ。


 あれこれ言ってはいたが、それは事実だ。

 

「だがな、別にわざと殺そうと思っているわけでは無い」


 グーシュは諭すように話した。

 別段目の前の自分を説得しようとしたわけでは無いが、恐らくこれから嫌というほどされる質問だろうから、練習がてら目の前の自分を説得しようとしたのだ。


「嘘……詳しくは分からないけど、それでもあなたがみんなの事を小石ほども考えていないのはわかる!」


 ピクリと、グーシュの足が動いた。

 どうもこの自分相手だと、我慢が利かなくていけない。

 顎を蹴り飛ばして気絶させた方が楽だが、それではいけないのだ。


 第一、グーシュにとってルーリアトの民は大切な存在だ。

 グーシュリャリャポスティがグーシュリャリャポスティであるために必須の存在を、小石以下に見る訳がないではないか。


 グーシュはしゃがみ込むと、腹ばいのまま顔だけ上げている自分に顔を近づけた。

 そして、精一杯の笑みを浮かべる。

 誰もが顔を赤らめて喜ぶ、美少女皇族の笑顔だ。


「ヒェッ……」


 目の前の自分は小さく悲鳴を上げた。

 つくづく嫌な女だ、と心の中で毒づいてから、グーシュは言葉を続けた。


「確かにわらわは、この決闘のあと……大きな変革をこの国にもたらすつもりだ。そう。地球連邦の力を借りて、大規模な改革を行うのだ」


「改革……?」


 訝しげに目の前の自分は呟いた。

 相変わらず、目には怯えの色が混じっている。


「そうだ。民衆主義などという誤魔化しではない、地球仕込みの民主的で自由で公正な社会を実現するため、政治、行政、教育、軍事、公衆衛生、インフラ、社会風習、労働……全てを近代的に変えていく。わらわが成すのは、それだけだ。ほらな、何も悪いことなどない。全てを良き方向に改革することの、何が悪いのだ? お前もわらわなら、わかるだろう? 民の事を思うのも……」


「改革……」


 目の前の自分は小さく呟いた。

 言葉を遮られた事に、再びイラつくが、グーシュは耐えた。

 とっととこの場を抜け出して、決闘の場に戻るためにも、こいつを早く説得して話を前に進めなければならない。


 漫画だとこういった場面から目覚めても、時間がたいして経過していないのが一般的だったが、そんな創作物の(ことわり)が通用すると思うほど、楽観的にはなれない。


「そうだ。改革だ。何も問題は……」


「それをどのくらいの期間でやるの?」


「……官吏達と具体的な都合を話し合わなければ……」


 甘ちゃんのアホだと思っていた目の前の自分が発した言葉は、グーシュの痛いところを的確についてきた。

 グーシュは心中で自身を激しく罵倒した。

 相手の評価を固定することは止めると、あれほど橋から落とされた時決めたのに、再びやらかしてしまったからだ。


(こいつ……)


 取り繕うためのグーシュのありきたりな言葉を、目の前の自分は体を起こすことで遮った。

 しゃがみ込むグーシュの顔に唇が付くほど自身の顔を近づけ、涙が滲んだ……しかし力のある目でしっかりとグーシュを睨みつけた。


「嘘……あなたは、ルーリアトの改革を手土産に地球の政界に行きたいはず……そんな悠長な事はしないし、出来ないと思ってる! 仮に話し合うとしても、それは帝国の官吏じゃない! 地球の歯車人形達でしょう!」


「お前……!」


 現実の事を知らなかったと言っていたのに、随分と正確な指摘だった。

 なぜ? という言葉がグーシュの脳裏をめぐるが、そもそも現実への理解度は、目の前の自分が言ったことに過ぎない。


 グーシュは気が付いたら自分に押されていた事に、焦りと怒りを感じた。

 把握している情報の範囲も分からない相手に、知らないと高を括っていたのだ。

 滑稽だった。

 そう。

 そもそも、自分と口論や暴力を振るうなど、滑稽でしかない。


「そんな大改革を短期間で行えば、ルーリアトの社会は滅茶苦茶になる……社会を歪ませる事がどれほど残酷な事かわからないわけでは無いでしょう!? あなたは散々批判していた兄様と同じことをしているのよ!」


「何?」


 兄様……虫唾の走る呼び方だが、ルイガリャリャカスティの事だ、

 それと同じ。

 その指摘が、グーシュの腹の底に降りて、ぐつぐつとした熱に変わる。


「私が何で皆を不幸にすると思ったかって? そんなのあなたが自分の目的のために、ルーリアトを滅茶苦茶にするのが分かったからに決まってるじゃない!」


 目の前の自分はわめき続ける。

 腹の底の熱が、さらに煮立つ。

 元からあった不快感に、兄と同じという指摘が火種となり、目の前の自分の態度と言動が油となる。

 

 名状しがたい熱が、熱を持った感情が、グーシュの腹の底でどんどん燃え上がる。


「確かに私は願った! 皇族らしくなりたい! 外に行きたい! 理想の自分を演じたい! ミルシャと一緒にいたい! でも、あなたの様なおぞましい存在になりたかったんじゃないわ!」


 グーシュは目と鼻の先にある自分自身の顔を眺める。

 整った、自分と同じ顔。

 なのに、なぜこの顔は癇に障る事しか言わないのだ。

 腹の熱に耐えかね、グーシュは腹を手でギュッと押さえ付けた。

 胃が破裂せんばかりに力を込める。


「皇族らしい、理想の自分という願いをあなたは、非人間的な理想像を演じる事で叶えた。あまつさえ、外に行きたいという願いを肥大化させて、異国に取り入るために祖国と民を犠牲にしようとしだした! おまけにミルシャを……生真面目な彼女を手籠めにして、自分の醜い欲望のために縛り付けた!!! あなたは、ムプ! ……ンぐ!、んんんんんんんんん!?」


 ミルシャに対する言葉が決定的だった。

 グーシュは目の前の自分に唇を重ねると、驚いて口が空いた隙に舌を吸い出して噛みついた。

 慌てふためいた目の前の自分が、グーシュをつき飛ばそうと両手を体の前に持ってきた瞬間、素早くその両手首をつかみ上げ、勢いよく押し倒す。


「くはぁ!……ハァ、ハァ……な、何を……? ぐがぁ!!」


 唇の痛みと、押し倒された衝撃で混乱する自分の腹を、グーシュは膝で押さえ付けた。

 視線があちこちに飛び、困惑と恐怖に目が濁り始める。


「面白いことを言うな?」


 グーシュ自身が驚くほど、冷たい声が出た。

 独り言以外で、相手がいる状態でこんな声が出たのは恐らく初めてだろう。


(いや、これもある意味独り言か……)


 妙な納得が、たぎった怒りを少しだけ冷ます。

 一息だけ考えをまとめると、グーシュは口を開いた。


「さっきから聞いていれば、随分と甘えた、面白い事を言うな? 皇族らしい振る舞いも、願いも、演じ続ける事も、友人も手に入れる事も出来ない奴が、わらわに対しておぞましい? 醜い? はんっ! 何を勘違いしているのだ? 帝国の主の血を引く人間が、人間らしい生活を送れるなどと思っていたのか? 願いを肥大化させて国と民を犠牲にしようとした? お前は何もわかっていない……国とは、皇帝とは何か、何も知らないでおぞましいだの醜いだの民だの言っているのだ! それに、ミルシャを手籠めにした? ふふ……」


 一通り言い切ると、グーシュは目の前の自分に笑いかけた。

 恐らく、目の前の自分(こいつ)に出会ってから初めての、悪意の無い自然な笑みの筈だ。

 残念ながら、目の前の自分の怯えは濃くなったが……。


「お前は本当に馬鹿だな。欲しいモノは、この手で手に入れるものだ。親友がいつか男に取られるのが怖いと、何もしなかったお前が……愛おしいミルシャを隣に置くためにあらゆることをしたわらわに、偉そうな事を言うな。分かったか?」


「くっ!」


 同意を求めるように力を込めて聞いたが、怯え切って尚、目の前の自分は反抗してきた。

 何もかも気に入らない癖に、頑固な所だけ自身に妙に似ていて、グーシュはイライラした。


「分かってないって……」


「ん?」


「わたしが分かってないって、何なの? 帝国と民を犠牲にする事がなんで、正しいの?」


 この期に及んで、力のこもった目だった。

 グーシュは少しだけ、感心した。

 こんな自分(やつ)でも、祖国と民の事を本気で心配しているらしい。


 しかし、そこが間違いだ。


「言っただろう、勘違いしていると。お前は、自分(グーシュ)を帝国と民に奉仕する個人だと思っているな?」


 目の前の自分が困惑しているのが、グーシュは手に取るように分かった。


「そもそも、お前はグーシュリャリャポスティではない。もちろんわらわも違う、グーシュリャリャポスティとは個人ではない、ルーリアト帝国の力そのものなのだ!」


「個人、じゃない? そんな、わたしは……」


グーシュ(おまえ)などという人間など、そもそもいないのだ。第三皇女として生まれた瞬間から、グーシュリャリャポスティという帝国の力があるに過ぎない。なのにお前は、皇女らしくすることも放棄し、役割を果たすための演技もしなかった。おまけに自己欲求まで放り投げて、投げられたわらわが自己の欲求と帝国の利益を一致させる行為を、目的の肥大化だと?」


 唖然としたままの目の前の自分。

 そんな自分の首に、グーシュは素早く両手を掛けた。

 そして、力を込める。


「っ!!! あ、ぐ……ぃあ……」


 さすがの事態に、目の前の自分はグーシュの手を引きはがそうともがき始める。

 だが、グーシュも渾身の力を込めて、自分自身の首を絞めた。


「わらわは、ルーリアト帝国の発展という功績を以って、異世界人最初の地球連邦の政治家となる……そうして、ルーリアト帝国の連邦内の立場を強化する……」


 目の前の自分がグーシュの手を引っ掻く。

 皮膚が裂け、血が出る。

 それでも、グーシュは力を緩めない。


「民も帝国も、大変な目にあうだろう。だが、グーシュリャリャポスティはやらなければならない。それが、帝国のためだからだ。民が可哀想だとか、祖国への哀愁だとかいう、個人的欲求でノコノコ出てきたグーシュリャリャポスティの搾りかすが、わらわの邪魔をするな!」


「ひぃ……」


 小さく、うめき声が漏れた。

 目の前の自分からではない。

 自分(グーシュ)の口からだった。


わらわ(わたし)達はずっとそうしてきたんだ……。川の騎士シューに助けられ、彼との子を守るために長老たちを皆殺しにした初代も……増えすぎた人口で滅びかけた大陸を救うために、大陸の人間を半分にしたボスロ帝も……わたし(わらわ)達はずっとそうしてきたんだ!!!」


 叫んだと同時に、目の前の自分の首が折れる音が聞こえた。

 気が付くと、グーシュの目の前から見知った自分の姿はすっかり消えていた。

 傷だらけの腕と、気味が悪い程晴れやかな心だけが残り、急にグーシュはミルシャに会いたくなった。


 唐突に、「あの子とは親友になりたかったのに……」という言葉が浮かんできて、グーシュはその場に膝をついた。

対話編終了。


次回は決闘編に戻ります。

最大で二話程度で終わる予定です。

お楽しみ!


次回更新は八日の予定です。


追伸

https://twitter.com/TxCBroU4rubMJBu

にて、ついにファンコミックが公開となりました!


ぜひご覧になってくださいね。

後程ニコニコ静画でも公開予定ですので、お楽しみに。

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― 新着の感想 ―
[一言] 導きの星とも違う文明の劣る側の下剋上的な展開にはワクワクして読んでいたのですが、何故かここ3話ほどで急に冷めてしまった・・・ 自分は脱落しますが珍しいSF系作品です。 ぜひ最後まで書き上げて…
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