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第36話―2 本当のグーシュ

「……いや、こんな時にそんなことを言われてもな……」


 予想とは違う展開に、グーシュは困惑した。

 そもそも、目の前に自分自身が現れる時点で異常な状況なのだが、宿営地で読んだ漫画でお馴染みの光景だったので、ついつい浮かれていたのだ。


 とはいえそんな浮かれ気分も、自分に私を返せと言われるという、まったく訳の分からない言葉のせいですっかり冷めきっていた。


「こんな時? ふふふ。こんな時だからこそ……わたしが終わりを迎える時だからこそ、返してもらうんじゃないですか」


「終わり……あっ!?」


 そして今度は、決定的に物騒な発言が聞こえてきた。

 終わりを迎える。

 そう、グーシュは決闘の最中、ルイガ皇太子に蹴られたのだ。


 つまりは、自分はもう少しで兄に殺されようとしているのだろう。

 さすがに悠長に構えていられない。

 グーシュは、どことなく力の入らない体に力を込めて、目の前の自分自身と向き合うべく立ち上がった。


「ふむ……見た目は同じようだな。背も同じ……そして、やはり……美少女だな」


 黒く、少し癖のある髪。

 ぱっちりとした目。

 整った鼻筋。

 引き締まりつつも微妙に肉のついた魅惑のお腹。

 肉の足りない、細い手足。

 どこからどう見ても自分自身だった。

 

「それで、いい加減説明してくれないか? お前は何なのだ?」


 グーシュが尋ねると、目の前の自分は妖艶……と言いたいところだが、いたずらをした後の子供の様に笑みを浮かべた。

 こういう所、もう少し大人っぽくなりたいものだ、とグーシュは心中で独り言ちた。


「ふふ……なんだと思いますか? 殿下……きゃっ!」


 笑みを浮かべ、とぼけた事を言う自分の頬を、グーシュは力いっぱい平手で引っ叩いた。

 つい、反射的に手が出てしまった。

 美少女なら何をしても大概許せると思っていたが、状況次第の様だ。

 それに、通常なら躊躇う女への暴力も、自分自身だと思うと幾分気が楽だった。


「い、痛い……な、何を……きゃあ!」


 痛みというよりも、驚きの表情を浮かべる目の前の自分が、グーシュを睨みつけてきた。

 なので、グーシュは再び目の前の自分を平手で叩いた。

 後先考えなければ、暴力で機先を制するのがこういう時は一番早いものだ。

 

 通常、自分の評判を致命的に害するのでこういう方法はとらないが、こんな妙な場所なら問題はないだろう。

 まあ、もしもこれが地球人による謀略だった場合、全てはお終いだろうが。


「わらわの質問に答えろ。次関係ないことを言ったら、拳で殴るからな」


 見えるように拳を握り込むと、目の前の自分の表情にあからさまに怯えの色が混じった。

 こうなれば、後は大丈夫だ。

 さすがに、自分の顔を殴るのは気が引ける。


「わたしは……わたしが、グーシュリャリャポスティなのよ……わたしが本物なのよ!」


 さっきまでと似たようなセリフに、拳を振り上げる。

 すると、目の前の自分はボロボロ涙を流しながら、おびえたように両手を突き出した。


「聞いてよ! あなたも覚えてない!? 小さいころ、母上に今のままじゃダメだって言われて、皇女としてふさわしい所作や行動を心がけろって言われた時の事!」


 自分の言葉を聞いて、グーシュはピタリと拳を止めた。

 確かに、覚えがある。

 城を抜け出そうとしたり、それを止められると衛兵や女官を殴ったり暴れていた幼少の頃、母親に言われた言葉だ。


「けれども、私は母親や先生の言うような皇女らしい行動なんて出来ないと思った……でも、やらないといけない……だから、代わりにやってくれる存在を作ったのよ」


 そこまで言われて、ようやくグーシュの脳裏に今の状況を的確に表す言葉が浮かんできた。

 間違いない。


「そうか……ユーハクのセンスイと同じだ……多重人格か! つまり、お前こそが、わらわの主人格なのか!!」


「ユーハク? タジュージンカク?」


 グーシュ渾身のひらめきだったが、ひどく残念な事に目の前の自分には伝わらなかったようだ。

 とすると、どうやら目の前の自称グーシュの主人格は、自分とは記憶の共有などはしていないようだ。

 とすると、面倒くさい以外の利点が全くない。

 一瞬戦闘向きの人格でもいるのかと期待したのが馬鹿みたいだった。


 そう思いそれを口にすると、顔を真っ赤にして目の前の自分は騒ぎだした。


「しかたないでしょう! ここ十数年間、私はほとんど眠っているんだから。外の事はおぼろげにしか分からない……それに、そんな物騒なわたしなんて作らないわよ!」


「ちっ……役に立たないな。ははぁ……しかしわかったぞ。唐突にお前が出てきたのは、兄上にわらわが吹っ飛ばされて気を失った事で、お前が表面化してきたからか……」


「そうよ偽物! さあ、私にグーシュを返してよ!」


 嬉々として叫ぶ目の前の自分。

 グーシュはそれに対して、ニッコリとほほ笑む。

 柔らかい表情に気を許したのか、目の前の自分も安堵の表情を浮かべた。

 美少女だが、とんだ間抜け面だった。


「うるさい」


「え?」


 そして、間抜け顔を晒した目の前の自分の顔を、今度は拳で殴りつけた。


 何の抵抗も出来ずに、目の前の自分はもんどりうって倒れた。

 そのまま、顔を伏せて声も出せずに泣き出す。


「なにが 『さあ、返してよ!』だ、ばーーーーーか! なんで兄上との決闘の最中にお前みたいな間抜けに体の主導権を渡さなければならないのだ……それこそ死んでしまうだろうが」


 グーシュが心底馬鹿にした口調で指摘すると、顔を伏せたまま倒れ伏した自分はボソボソと喋りだした。


「……だって、わたしのせいでみんなが不幸になるのを……自分の故郷が、不幸になるのを……黙ってみていられないでしょう?」


「何?」


 グーシュが、自分でも驚くほどドスの聞いた声で聞き返すと、倒れ伏した自分はそっと上目遣いでグーシュを睨みつけてきた。


「だって、あなたは全てを捨てるつもりでしょう? あなたは、ルーリアトの全てを捨てて、たった一人で遠くに行くつもりなのでしょう?」


「…………」


 グーシュにとっては意外な事に、それは真実だった。

 考えてみれば、相手は自分自身な上に、言っている事が本当ならば自分を生み出した存在なのだ。

 ある程度は知っていても、おかしくはない。


「私の願いで生まれたあなたが、その願いのせいでみんなを不幸にするのを……放っておけるわけないじゃない……」


 上目づかいで泣きながら自分を見る自分に、グーシュは少し興奮してきた。

 少し感づいてはいたのだが、自分は変態なのではないかという思いがもたげて来る。

 今は関係ないことだと心の中からその考えは締め出す。


 それに、変態というなら地球人の方がよっぽどではないか。

 携帯端末で見た様々な画像や動画を思い出しながら、グーシュは心中で自分の性癖を肯定しなおした。


「というかだな……皆が不幸になるというが……なんでそう思うのだ?」


 問いかけると、自分は泣きべそをかきながら、おずおずと話し始めた。


「そもそもあなたは、わたしの代わりに皇女らしい事をするために生まれた」


「……お前の言う事が本当ならそうだな」


 業腹だが目の前の自分の言う通り、自分は『皇女らしさ』に執着して生きてきた。

 どうすれば皇女として、自信と帝国の利益を最大化出来るか。

 そしてそのために、自己の目的と帝国の利益を共通化出来るか。

 そのことだけに腐心して生きてきた。


「あなたの夢は、未知を求める事。そして、そのために遠くに、高みに進み続ける事。それも、私が城の外に行きたい。知らない事を知りたいという欲求を満たすために、あなたに付け加えた属性に過ぎない」


「わらわの夢がその通りなのは事実だな」


「お父様にお母様……兄様や姉様……臣下や官吏、女官に臣民。彼ら皆に気に入られたくて、尊敬されたくて、自分を演じ続けるために、そうした行動が苦にならないようにしたのもわたし……」


「いや、それは皇族……皇位継承第三位の身なら当たり前だろう……」


 グーシュのツッコミにも、目の前の自分は何の反応も見せない。

 先ほどからべそも止まり、段々と自分の言葉に熱くなっていく。


「ミルシャが好きなのもそうよ! わたしが、ミルシャとずっと一緒にいたいから……あなたはミルシャが好きなの! 分かる!? 存在も、夢も、行動も、愛する人も……全てわたしが願ったからそうあるだけ……なのに、あなたはわたしの思いを越えて行動しだした!」


「お前の願いを……超えた?」


「そう。あなたは今日。兄様に勝ったら、全力で夢に突き進むお墨付きを得られると思っているでしょう?」


 本題に入るまでが長い。

 グーシュは足元の自分を蹴っ飛ばす衝動をぐっとこらえた。

最期の一文は読者さんもの気持ちだと、わかっております。


ここら辺、やはり勢い重視の執筆の弊害ですね。精進せねば……。

こういった辺りは、いずれ修正したいものです。ああ、時間が欲しい。

と、愚痴はこの辺りで……。


次回でグーシュの自分との対話は終了。

後一、二話で決闘自体も決着の予定です。


どうか、もう少しお付き合いください。


次回更新は二日の予定です。

ファンコミックはニコニコ静画の仕様に苦戦中です……。

もう少しお待ちください。

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