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第36話―1 本当のグーシュ

 全てはグーシュの想定通りに進んでいた。

 唯一の懸念はルイガ皇太子が決闘を吞むかどうかだったが、それも簡単に挑発に乗ってくれたことであっさりと解決した。


 セミックもミルシャが抑え込むことに成功し、同行していたお付き騎士達も動画の撮影としきたりにより、脅威にはならない。


 だからこそ、グーシュは計画通りに剣を腰だめに構え、突進した。

 無論、これで勝てる相手ではない。


 ルイガリャリャカスティの強さは、他でもないグーシュが一番よく知っていた。


 甲冑戦闘術の訓練が始まった、まだ幼いころ。

 あの時見た光景が未だに目に焼き付いていた。


 当時。

 グーシュは初心者が行う、甲冑を着込んだ状態で延々と砂を詰めた革袋で殴られ続ける訓練を行っていた。

 殴られても目を閉じずに、ふらつかないで立っていられるまで続くその訓練にグーシュは対応できず、いつも途中で脱落していた。


 その日も、一時間殴られた段階で立っていられなくなり、鎧を着たまま隅で寝そべっていた。

 そんな中、メキメキと腕を上げていたルイガ皇太子は、講師達と模擬試合を行っていた。

 状況は甲冑戦闘術の基本的想定である、一体多数。

 スリット越しに見たルイガ皇太子の強さは、他の皇族や師範たちとは隔絶したものだった。


 体格。

 力。

 目。

 反射。

 勘。


 それら全てが優れていた。

 天性と言ってもいい、素晴らしいものだった。


 大の大人数人相手に、鎧を着込んだ兄は無双と言っても過言ではない動きを見せ、そんな兄を師範たちは称えた。


 幼かったグーシュは、ガラにもなくああなりたいと思い、何とか殴られる訓練までは乗り越えた。

 結局、その次の段階である数時間走る訓練で全てが嫌になり、甲冑戦闘術の訓練には行かなくなった。


 戦闘術自体は、お付き騎士達が考案した、甲冑戦闘術に馴染めない皇族用の基本的な戦闘訓練だけを受けた。

 大概の皇族はそうしていて、その時ようやく自分の兄が憧れるような代物ではなく、異常なのだと気が付いた。


 その後も、ルイガ皇太子は最強の甲冑戦闘術者としての頭角を現し、名声を高めていった。

 興味を無くしたグーシュは、そんな話を時折官吏や軍人の噂で聞いていた。

 しかしその一方で、床でへばりながら、訓練用の甲冑の隙間から見た兄のあの姿が、頭のどこかにずっと張り付いていた。


 今になって、グーシュは思う。

 あの時の兄の姿が頭から離れなかったのは、自分が屈辱を感じていたからだ。


(だが、そんな気持ちはもう、終わりだ!)


 グーシュは心中で叫ぶと、剣を腰だめに構え、突進した。

 しかし、当然ながらそれでは兄に通用しない事は分かっている。


 子供の頃お付き騎士が教えてくれた、どうしても相手を倒さなければならない状況での戦い方。




『剣を、こうして腰だめに構えて、相手に突っ込んでください』


『それで、あいてをたおせるのか?』


『素人や、わが軍の歩兵程度の相手ならば、ですが。こうして刃物を持ち、体重を乗せて向かってこられると、対処が難しいのです』


『きしや、うでききが、あいてならばどうなのだ?』


『容易に躱されます。というよりも、突かれる前に頭を割られて殺されます。ですから、あくまでこの方法は最後の手段ですよ、殿下。先ほど言ったように、あくまで逃げる事、相手を牽制することを第一にしてくださいね? わかりましたか殿下?』


『うむ、わかった!!』




 ルイガ皇太子相手ならば、間違いなくあの時のお付き騎士の言葉通りに対処するだろう。

 いかにグーシュが、あの後腰だめに構えて相手を確実に殺す方法を練習したと言っても、到底通用しまい。


 だが、それこそが狙いなのだ。


(さあ、兄上! この強化セラミック製の兜に打ち込んで来い!)


 達人であるルイガ皇太子ならば、確実にその一撃は鉄の兜を砕き、グーシュの柔らかい頭蓋などたたき割るだろう。


 しかし、グーシュが今身に着けている甲冑は、ルニ宿営地で工兵が作った強化セラミックという装甲車両に用いられるものと同じ材質の逸品だ。


 拳銃弾程度ならば弾き、暴徒鎮圧用のゴム弾ならば着たまま撃たれても問題なく活動できる、ルーリアトの甲冑とは比較にならない防御力を誇る。

 丸く成形されたこの兜に刃を振り下ろせば刃は滑り、致命的な隙を生むはずだ。


(とはいえそれは、兄上の出方次第……)


 グーシュは慎重な性質だった。

 行き当たりばったりに見えて、今回の決闘にも入念な準備と策略を用意してきていた。


(五段構えの最初……どう出る!)


 ルイガ皇太子はどうもしなかった。

 グーシュ渾身の突進に対しても、何の動きも見せなかったのだ。

 何かしらの動きがあると踏んでいたグーシュは、無意識のうちに突進の勢いが弱まった。


(ええい、ままよ!)


 とはいえもはや、どうしようも無かった。

 どうしようもないことは、どうしようもないのだ。


 グーシュは気持ちを切り替える。

 所詮は最初の一撃。初手に過ぎない。


(死ね兄上。忌まわしい記憶と共に!)


 地球のアニメで見た、架空の英雄の名台詞を叫びながらグーシュは勢いよく刃を突き入れた。

 しかも、ルイガ皇太子の甲冑の、腰部分にある隙間にだ。

 胴体部は一見隙の無い作りをしているが、横腹の部分に構造上の弱点がある事を、普段から着込んでいたグーシュは熟知していた。


 無防備に立ち尽くす、実の兄の脇腹部分のわずかな隙間に、刃を突き入れる。


(はらわた)をこぼして死ね!)


 しかし、その一撃は防がれた。

 いや、正確に言うと、受け止められたのだ。


(んな!?)


 グーシュは驚愕した。

 剣を甲冑の隙間に突き入れた瞬間、刃が甲冑に挟み込まれたのだ。

 体重を乗せさらに力を籠めるが、固定されたようにビクともしなかった。

 予想外の事態に、グーシュは反射的に剣を引こうと力を入れた。


 瞬間……。


 ギパン!!!


 奇妙な金属音と共に、グーシュの右手首に激しい痛みが走った。

 思わず剣を床に落とし、激しい痛みに手首を抑え、床に膝をついてしまう。


(て、手首が……な、何が……)


 剣をグーシュめがけて振り下ろす。

 左右に避けようとする。

 剣を振るい、グーシュを牽制する。

 腕や剣で防御を試みる。


 グーシュなりに様々な事を想定していたが、それでも何をされたか見当もつかなかった。

 痛みと焦りの中、グーシュは必死に事態の把握を試みる。


(なんだ、この痛みは……そうだ、捻挫……手首を捻った? 柔術か? だが、兄上は動いていなかったはず……)


「……グーシュ」


 すると混乱するグーシュに、ルイガ皇太子が静かに声を掛けた。


「ぐぅ……がぁ……て、手首が……」


 とっさにグーシュは、ルイガ皇太子を油断させるべく、苦悶の声を上げた。

 膝をついてしまった状況下で、下手に煽らない方がいいという苦し紛れの判断だった。

 現に、口から出た言葉は紛れもない本音だった。


 それでも、ルイガ皇太子が先ほどの詳細不明の防御手段について口を滑らしてくれる事を期待したのだ。


「鎧の継ぎ目を狙われたならば、そこに突きこまれた瞬間に身をわずかによじって相手の武器を挟み込み、そして相手の手から捻り取る……甲冑戦闘術の基礎だ」


(馬鹿じゃないのか!!! なんだその方法!?)


 グーシュはそんな技は知らなかった。

 実のところ、幼いころのグーシュも、こういった基礎的な甲冑戦闘術の技や理念について聞いてはいたのだ。

 ただ、鍛錬用の甲冑を着込んで砂を詰めた革袋で殴られ続けるグーシュには、そのことを理解して記憶する余裕が無かっただけだ。


「くそ……あにう」


 グーシュにしては珍しい、裏表のない本音が口から漏れる。

 それを聞いてか聞かずか、ルイガ皇太子は息を吸い込み、声を荒げた。


「そんな事も忘れたか!! 私を舐めるのも大概にしろ!!!」


(そもそも知るかそんな非常識な事!)


 毒づくグーシュだが、その後のルイガ皇太子の動きは喜ばしいものだった。

 右足を振りかぶり、グーシュを蹴りつける体制を取ったのだ。


(よし、いいぞ! 五段構えの二段目だ!)


突進を何らかの方法で防がれた後、ルイガ皇太子に隙が出来なかったり、逆にグーシュがダメージを受けた場合、強化セラミックの防御力を活かして死んだふりをする。それがグーシュの次の作戦だった。


 単純な作戦ではあるが、強化セラミック製の鎧の防御力と衝撃吸収能力はルーリアトの常識を遥かに超えるものだ。


 実際にグーシュはシャフリヤールの艦内で、暴徒鎮圧用のゴム弾を実際に甲冑を着込んだ状態で打ち込まれていた。


 結果は無傷。衝撃によるダメージやふらつきすらない完全な防御に成功していた。


(あのゴム弾の攻撃は、地球人の拳闘士の達人の一撃を凌駕するという……つまりは兄上の一撃と言えども、防げるはずだ!)


 あんな妙な関節攻撃を受けるとは想定外だったが、継ぎ目めがけて剣を突き入れたり、首を絞められるといった甲冑の防御を活かしづらい攻撃をされるよりは、まだマシだった。


(よもやここまでの戦闘力とは……出来れば三段目……いや、四段目以降は避けたい。気絶した振りで何とか隙をつく)


 グーシュの思考はそこまでだった。

 勢いよく顎を蹴り上げられたグーシュは、強化セラミックの衝撃吸収能力を超えた衝撃により脳を揺らされ、瞬時に意識を失った。


 さらに、地球の常識すら超えた威力を受けたグーシュは、そのままの勢いで壁際まで飛ばされ、まるで格闘漫画さながらに壁に衝突した。


「殿下!」


「よそ見か?」


 粉塵舞う部屋に、ミルシャの焦る声とセミックの勝ち誇った声が聞こえた。







「馬鹿じゃないのか……なんだなのだ。『突きこまれた瞬間に身をわずかによじって相手の武器を挟み込み、そして相手の手から捻り取る……甲冑戦闘術の基礎だ』じゃないぞ。漫画みたいな事を本当にする奴がいるか……て、あれ?」


 グーシュは、独り言ちた。

 そして、その直後に気が付いた。

 自分は、どうなったのだと。


「兄上に……いやもうあいつでいい。あいつに蹴られて……」


『気を失ったんだ』


「そうそう、気を失った……ん?」


 唐突に聞こえた声に、グーシュは顔を上げた。

 すると、ようやく自分の置かれた状況に気が付いた。


 そこは、辺り一面真っ暗な空間だった。

 そこに、いつもお馴染みの腹を露出させた袖の短い上着と短パンを着たまま座り込んでいたのだ。


 そして顔を上げたその先には、見覚えのない、それでいて最も身近な存在が自分を見下ろしていた。


「わら、わ?」


 そこにいたのは、紛れもないグーシュ自身だった。

 鏡や、肖像画。最近では地球製のカメラや映像でさんざん目にした、自分自身だ。


「……自分自身との対話的なイベントか? 地球の漫画も案外創作と言い切れんな」


 思わずつぶやいたグーシュだが、目の前にいる自分はそれを聞くと、聞こえるように大きく舌打ちをした。

 自分とはいえ、あまりな反応にムッとするグーシュ。

 しかし、目の前の自分はそんなグーシュを見下すように冷たい目で見降ろした。


『自分自身? ふざけた事を……あんたは偽物よ、皇女様』


「偽物? わらわが? じゃあ、お前は何なのだ?」


 そう聞くと、目の前の見下ろすグーシュは冷笑を浮かべた。

 座り込んだグーシュは、我ながら可愛いなと思った。


『わたし、わたしは当然、グーシュリャリャポスティよ。そして、あんたはわたしが作ったの。皇女としての仕事と、母の期待に応えるために、ね。さあ、偽物……わたしを返してもらうわよ?』

久しぶりなので、やはり苦戦しました(いつもですが)。

以後は以前と同じく休日に執筆するペースに戻しますので、よろしくお願いします。

次回更新は28日の予定です。


どうかお楽しみに。



追伸

イラストギャラリーのイラストでおなじみのyasagureさんに、なんとファンコミックを描いて頂きました!

しかも、全31ページという信じられない程の大作です!

近日公開しますので、続報をお待ちくださいね。

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