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第35話―3 決闘

 マイチューブ生放送開始の少し前。


「そのまさかだ。兄上、わらわは、あなたに決闘を申し込む」


 銃を向けたまま、グーシュははっきりと宣言した。

 瞬間、地下室を沈黙が包み込んだ。

 唖然としたお付き騎士達。

 ドヤ顔のグーシュ。


 そして、そのグーシュを憎々し気に睨むセミックとおびえた目で見るルイガ皇太子。

 そんな二人の視線の先。

 手元の拳銃に気が付いたグーシュは、苦笑いしつつ拳銃に安全装置を掛けると、静かに足元に置いた。


「いやいやいやいや、さすがのわらわもこれで兄上と決闘する気はないぞ。やるのは無論、これでだ」


 そう言うとグーシュは、腰の剣を静かに抜いた。

 ルーリアトで一般的なやや厚みのある曲刀だ。


 だがグーシュのその宣言に対して、今度はミルシャ以外の者達全員がギョッとした。

 しばしの沈黙。

 その後、三人のお付き騎士とセミックが互いに顔を見合わせ、ルイガ皇太子が目線をキョロキョロとグーシュの周辺を彷徨わせた。


 十数秒ほどもそんな間が空いた後、おずおずとエザージュが挙手して、声を上げた。


「ぽ、ポスティ殿下……こういった事は言いづらいのですが……それは流石に……」


 声を上げておきながらも、エザージュは思わず言い淀んだ。

 当代きっての達人であるルイガ皇太子と、お世辞にも剣術に秀でたと言い難いグーシュが決闘というのは、あまりにも無理があった。


 そのため、最初にグーシュが鉄弓を手にして決闘を宣言した時は、『卑怯』という言葉が脳裏をよぎりつつも、部屋にいる者達はどこか納得した気持ちでいたのだ。

 連射可能な鉄弓という切り札があるからこそ、グーシュは自身でルイガ皇太子に挑む行為に出たのだ、と。


 ところが、グーシュはあっさりとその利を捨ててしまった。

 無論、利というにはあまりにも一方的すぎるものではあったが、それを捨てて普通の剣で戦うとなると、今度はあまりにもグーシュが不利なのだ。


 そういった事から困惑する皇太子一行だったが、グーシュは相も変わらず平然としていた。

 それどころか、挙手したエザージュの右腕が失われていたのに気が付くと、本気で心配した様子で声を掛けた。


「エザージュ! その腕はどうした!?」


 まさかこの状況で自分が心配されるとは思っていなかったエザージュは体をビクつかせたが、すぐに隠すような事でもないと正直に答えた。


「近衛騎士のカカロを討つ際にやられました。カナバとルライとの三人がかりでしたが、カナバは腹を殴られて、僕はこのざまです。誠に見事な武人でありました」


 あの時は、カナバが突きで腹を貫いたものの腹を殴られ、とどめを刺そうと大上段から頭を切り飛ばそうとしたところ、逆に腕を切り落とされたのだ。

 痛恨の一撃だったが、悔いはない。

 お付き騎士の役目の最中の傷ならば、身体の欠損は誇るものというのがお付き騎士の価値観だったからだ。


「そうか……あの武人を討ち取るとは、お付き騎士の誉だな。傷は痛くないか?」


「はい……いえ、多少は痛みますが、今は大事なお役目の最中。問題はありません」


「そうか……。お前の主のサクレは、さぞ残念だったろうな……あいつ、お前の技にぞっこんだったから……」


「ポスティ殿下!?」


 ありがたいお言葉を賜っていると思っていたところからの、予想外の暴露にエザージュは慌てた。

 しかし、グーシュは平然と話を続けた。


「いや……サクレの奴酔った時いつも言っていたぞ。お前の逸物(いちもつ)と乳首を同時にアレする技は凄いと……」


「グーシュ!!!」


 そんなグーシュの猥談を止めたのは、ようやく困惑から立ち直ったルイガ皇太子だった。

 肌が痺れるほどの大音声を聞いて、グーシュはニンマリと笑みを浮かべた。


「ふふふ。よくわからない事があると黙り込む癖は同じようですな、兄上?」


「う、うるさい! それよりも……エザージュの言う通りだ! お前が俺に……勝てる訳がないだろう! いつも、甲冑戦闘術の練習を怠けていたお前が……その鉄弓も無しに!」


 ルイガ皇太子の叫びを聞いても、グーシュの態度は変わらない。

 むしろより楽しそうに、アクの強い笑みを浮かべてルイガ皇太子を煽るように見やった。


「どうしました兄上? よもや、わらわが怖いのですか?」


 ガシャリと、ルイガ皇太子が鎧を鳴らした。

 困惑と怒りが入り混じっていた表情から、その両者が消える。


 しかし、その無表情に込められているのは、先ほどまで以上の強く純粋な怒りだった。


「グーシュ……お前」


「唯一の取柄の喧嘩でも、海向こうの技術を用いるかもしれないわらわ相手では敵わないと……そうお思いなのでしょう? ははっ! そうすると、兄上に残るのは……その図体ぐらいですな!」


 あまりにも見え透いた挑発だった。

 しかし、グーシュの煽り通り、ルイガ皇太子にとって自身の武力というのは、異才を持つ妹二人に対して唯一誇れるものだった。


 だからこそ、根が臆病なルイガ皇太子は、妹への愛情や、あるかもしれない海向こうの技術への恐れ。

 それらを一旦忘れた。


「……本気、なのだな?」


 ルイガ皇太子が怒気を含んだ声で問いかける。

 

「……無論だ。最初からそう言っている。あに……あんたが、鈍いだけだ」


 兄と呼ばないグーシュのその言葉が、ルイガ皇太子に最後の覚悟を決めさせた。


「そうか……もはや、何も言わん。いいだろうグーシュ。決闘を受けてやる」


 ルイガ皇太子ははっきりとそう言うと、先ほどから黙ったままのセミックの方を見た。


「……勝手に決闘を受けてしまった……すまない」


 打って変わって、落ち込んだような口調だった。

 決闘を受ければ、セミックもミルシャと戦うことになるのだから、当然ではあるのだが。

 だがセミックは当然の様に頷くと、怒気もあらわに剣を抜いた。


「謝る事はありません。むしろ、あそこまで殿下の事を馬鹿にされては……決闘を受けていなければ、私がポスティ殿下とミルシャを殺していました」


 睨みつけるセミックに対し、ミルシャも抜刀するとグーシュの一歩前に歩み出た。

 しばし、互いに睨みあう。


「……ミルシャ」


「先輩……」


 互いの視線には、憎しみや怒りとは別の感情が籠っていた。


 しかし、そんな事はお構いなしのグーシュは、楽しそうに頷くと腰に下げてあるポーチから携帯端末を取り出した。


「よーし。兄上、二言は無いな? 決闘、受けるのだな?」


 グーシュが突然取り出した携帯端末……皇太子達から見ると黒い板、を訝し気に見る。


「当たり前だ……おい、グーシュ。なんだその板は?」


 少しおびえた様子のルイガ皇太子。

 グーシュの取り出した板が、海向こうの技術の産物ではないかと疑っているのだ。

 グーシュが決闘を言い出した根拠が未だに分からないので、警戒しているのだ。


「これは、まあ、その……あれだ、あー……儀式だよ。海向こうの決闘前の儀式だ」


 グーシュは散々迷った末に、黒い板が携帯端末と呼ばれる音声と動画による遠隔地とのコミュニケーションやデータのやり取り可能な通信装置であるという説明を諦めた。


 さすがの彼女でも、ここにいる兄やお付き騎士達に、短時間にそれらを説明する事は困難だったのだ。


「儀式?」


「そうだ、儀式だ。ミルシャ、ちょっと待ってろよ」


「ほ、本当にやるんですか? 生放送……」


「無論だ! 帝国の命運を決める決闘だぞ。立会人は多い方がいい。ええと、今日はR18で、グロ注意……と」



 そう呟くとグーシュは、携帯端末を操作して生放送開始の操作を行った。

 すっかり慣れたもので、瞬く間に配信が開始される。


「おお、地下だから心配していたが、放送できているようだな。ごきげんよう地球の諸君」 


 放送開始と同時に、画面には自撮り中の自身の顔が映し出された。

 同時に、グーシュ渾身の英語での語りを始めた。


『次回はFFシリーズの実況プレイと言ったな。すまんがアレは嘘だ』


 突然未知の言語でしゃべり始めたグーシュに、ルイガ皇太子は再び声を荒げた。


「なんだ!? グーシュ、一体何をしている? 板に向けて、なんの呪文だ?」


 グーシュを咎めるその声は、しかしグーシュには届かなかった。

 それよりもグーシュには、今の兄のラト語がうまく英語に翻訳され、画面に字幕として流れたかどうかの方が重要だった。


『今の声……お、よかった字幕入ったな。あれはわらわの兄の声だ。……そうそう、わらわを殺そうとした、皇太子の兄だ。……という訳で、今日の生放送内容は……わらわと兄上、ミルシャと兄上のお付き騎士のセミックの決闘を、地球の皆には見てもらいたい』


 グーシュの言葉に、コメント欄が爆発した。

 視聴者が一千万人近いだけに、当然の流れだった。

 そこでグーシュは、コメントを希望する人間の中から抽選で千人にだけコメントを許可する操作を行った。


 十秒ほどすると、膨大なコメント欄は見る間に落ち着き、選ばれた幸運な地球人達がコメントを書き始めていた。


・やったー!!! 受かったー!

・コメント許可ありがとうございます(__)

・挨拶ほどほどにしろよ。代表者なんだから有意義に使えよ

・↑オマエモナー。それで殿下ー。なんでいきなり決闘?

・ルーリアト訛りの英語、みゅーみゅー言ってて可愛い(^^♪


『簡単に言うと、これは帝国法に乗っ取った皇位継承を掛けた決闘だ。もっとも、すでに帝国では皇帝は入れ札で選ぶので、本来ならすでに死んだ法なのだが……わらわの状況であれば、意味はあるので今回利用させてもらったのだ。要するに、兄上とわらわ。どちらが皇帝候補としてふさわしいのか、剣で決めることにした。それだけなのだ」


 グーシュの説明を受けても、コメント欄にはいまだにのんびりとした空気が漂っていた。

 皆、当然の様に信じていた。


 いつもゲーム実況しているような十代の少女が。

 いつもだらだら見ているマイチューブの生放送で。


 たとえ異世界人といえど、まさか本当に殺し合いをするなどとは、誰も夢にも思っていなかった。


「さーてと……エザージュ!」


「は、はい!」 


 突然名を呼ばれたエザージュが狼狽するが、構わずにグーシュは携帯端末をエザージュの方に投げつけた。

 エザージュは片手で、どうにか端末を受け取った。


「その板の、丸い硝子が付いている方、わかるか? そちらをわらわと兄上の方に向けろ。そうすると、板に部屋の情景が映し出されるはずだ。どうだ?」


 慌てて受け取った板切れを、おっかなびっくり見回していたお付き騎士三人は、グーシュの説明をゆっくりと理解すると、ぎこちなくカメラのレンズをグーシュ達に向けた。


「ほ、本当だ!!! 板にポスティ殿下や皇太子殿下が映ってる!」


「ま、魔法だ……」


「文字も映ってますよ! しかもラト語だ……」


 想像を超えるアーティファクトにはしゃぐ三人。

 そして、三人がはしゃぎながらも自分を撮影している事を確認すると、グーシュはバイザーを下ろし、ルイガ皇太子とセミックを見据えた。

 そんなグーシュを、皇太子とセミックは強く警戒した。


「……情景の映る板……やはり、海向こうの技術は想像を超えているようだな」


 一連の流れを見ていたルイガ皇太子が呟く。

 グーシュは変わらず笑みを浮かべたまま、端末を渡した三人の方を見た。


「そのまま板を向けていろよ。映っている文字に返事してもいいが、お前たちはお付き騎士の決闘を監視する役でもあるのだ。しっかりと見届けろ」


 グーシュが命じたと同時に、ミルシャとセミックがゆっくりと歩みを進めた。

 ルーリアト帝国皇族の決闘、その序章。


 お付き騎士同士の戦いが、始まろうとしていた。 

気が付けば、とうとう二百話目でしたね。

思えば遠くに来たものです。


さあ次回、決闘開始です。


達人のルイガ皇太子相手に、グーシュがどう戦うのか。

お楽しみに。


次回更新は28日の予定です。

それでは、また来週。

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