表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
219/535

第35話―2 決闘

 グーシュがルイガ皇太子に決闘を申し込んだのとほぼ同じ頃。

 

 ガイス大橋の跡地。

 かつては大陸屈指の石橋があったその場所には、現在ではわずかばかりの痕跡と、海向こうの軍勢を警戒するための小規模な部隊が駐留するだけになっている。


 そして、海向こうそっちのけで抗争を繰り広げる現在の帝国上層部の現状を表すように、駐留する百名ほどの部隊の士気は著しく低かった。


 無理もない。

 ここにいるのはイツシズ派でもセミック派でもなく、軍勢襲来の早馬を出し、敵の足止めをするためだけの捨て駒にしてもいい人員である。

 それを自覚している当人たちは、今日も今日とてあちこちに座り込み、ぼんやりと子爵領の方を眺める怠惰な生活をしていた。


「……今日ってさ、ポスティ殿下の葬儀だよな」


 そんな兵士たちの一人が、朝食の残りの餅を咀嚼しながら呟いた。

 くっちゃくっちゃという音に顔をしかめていた同僚の兵士も、その言葉を聞くと沈痛な面持ちになった。


「ポスティ殿下……可哀想に。絶対にイツシズかあの方がやったんだぜ?」


 そう返すと、咀嚼していた兵士は餅を飲み込み、懐かし気に空を見上げた。


「昔さ、ポスティ殿下が話しかけてくださった事があったよ。あの時も俺さ、さぼって餅を食ってたんだ。そうしたら、背後からいきなり声を掛けられた」


「それが、殿下か?」


「ああ。具合が悪いのか? って若い女の声がして振り返ったら殿下だった。俺、慌てて平伏したんだ……そうしたら殿下、さぼるのもほどほどにしろって笑って……干し果実をくれた……」


「お前もか。俺もだよ。いや、俺はさぼってなかったけど、昔豆菓子貰ったよ」


 餅を食べていた男の思いで話に触発され、周囲の兵士たちも次々とグーシュとの思い出を語りだした。


 一つ一つは大したことではないが、雲の上の存在である皇族。

 それも第三皇女が現場の兵士に親身になって接してくれたという事実は、兵士たちにとってかけがえのない思い出だった。


 だが、そんな優しい皇女殿下はもういない。

 帝都では、優しい殿下を殺した連中が権力争いを繰り広げ、揚げ句に死体も見つからないのに無理やり葬儀をする。


 元来の素行不良やはみ出し者が多いのも事実ではあるが、ここにいる兵士たちはそうした現実に嫌気がさした結果ここにいる事を選んだ者達でもあった。


 そうして、国葬当日もいつもの一日……の筈だった。


「おい……おい!」


 そんなのんびりとした空気を打ち払ったのは、唯一この部隊で仕事をしていた物見当番の兵士だった。

 彼は、櫓の上から大声を上げると、脇に吊り下げられた鉄板を金槌で叩き始めた。


 けたたましい金属音を聞いて、座り込んでいた兵士たちや、天幕で寝ていた兵士たちが慌てて集まってきた。


「どうした! 何があった? 海向こうの軍勢か!」


 天幕から起きだしてきた部隊の隊長が問いかけると、物見の兵士は叫び返した。


「違う! 帝国軍の騎兵だ! 旗を掲げてる……紋章はルニ子爵領騎士団!」


 物見の報告を聞いて、兵士たちはどよめいた。

 部隊長は慌てて、早馬に跨っていた兵士を呼び止めた。


「早馬待て! 総員集合、装具点検だ! 仕事の時が来た……かもしれん!」


 どたどたと兵士たちが動き出し、数分もすると乱れた服装ながらも装備を一応整えた兵士たちが崖沿いに集合した。


 そうしている間にも、対岸に一騎の騎兵が姿を現した。

 乗っているのは若い男の騎士の様だ。

 対岸までは遠く、流石に顔や表情は分からないが、声を張り上げればかろうじで聞こえない距離ではない。


 部隊長は、部下から水の入った杯を受け取り数回うがいをすると、深呼吸をしてから声を張り上げた。


「ルニ子爵領の騎士よ!!! すぅー……我らは!!! すぅー……帝都防衛のための派遣部隊である!!! すぅー……はぁ……すぅー……我らは状況把握が出来ないでいる!!! すぅー……詳細を報告されたし!!!」


 そこまで叫んだところで、部隊長は膝をついて息を切らした。

 部下が再び水を渡すと、ごくごくと一気に飲み干した。


 と、向こう岸の騎士に動きがあった。

 腰に下げていた奇妙な形の道具を顔の前に掲げたのだ。


「なんだ? 楽器?」


「演奏でもする気か……?」


 それは兵士たちには見覚えのない道具だったが、幾人かの兵士はそれが、演劇の際に用いられる楽器の様に見えた。


『帝国軍の皆さん』


「うお!」


「な、なんだ!?」


 突如聞こえた奇妙な調子の大音声に、兵士たちは狼狽した。


 先ほどまでの部隊長の声とは違う、全身全霊を持った叫びとは違う、余裕を持った調子でありながら、対岸でもはっきりと聞こえる、まるで魔術の様な奇妙極まりない声だ。


『私はルニ子爵領騎士団所属の騎士クーロニと申します。この度は帝都に状況報告の使者を派遣するべく参りました。つきましては、そちら側に渡る準備を行いますので、崖の端から10ダイス程度離れてください』


 向こう岸に渡る。

 奇妙な大音声にも驚いたが、さらに奇妙なこの言葉に兵士たちは困惑した。

 橋の無いこの崖を、どうやって渡るというのだろうか。

 しかも、その準備のために10ダイス離れろと言う。

 誰もが意味が分からず、困惑する中、部隊長がようやく回復して立ち上がった。


「すぅー……了解した!!!……ぜぇ……はぁ……お、お前ら、急いで離れろ」


「え? た、隊長……どういう事ですか? ここを渡る方法なんて……」


 困惑した兵士の一人が尋ねると、部隊長は少し自慢げに説明を始めた。


「わからないのか? 恐らく、攻城戦用の大型の石弓に縄をくくりつけて、それをこちらに打ち込む積りなのだ。そして、その縄を伝って少数の人間をこちら側に渡す気なのだろう」


 部隊長の説明を聞いて、得心の言った部下たちに理解の色が広がった。


「ああ! なるほど。だから崖の端から離れるように……」


「近くにいて矢にあたったら事だからな」


「そう言う事だ。総員、距離を取れ!」 


 部隊長の号令と共に兵士たちが駆け足で崖の端から離れていく。

 向こうから見ていた騎士はそれを確認すると、再び奇妙な大音声を発した。


『ご協力感謝します。それでは、そのままお待ちください』


「……しかし隊長、あの大声はなんなんでしょうか? 隊長みたいに叫んでいるようには聞こえませんし、この奇妙な響きは一体……」


「それは俺にもわからん。海向こう絡みかもしれんが……なんとは言ってもルニ子爵領だ。よもや帝国を裏切ることは無い。仔細はこちらに来てから聞くとしよう」


 自信たっぷりな隊長の言葉の後、兵士たちは大型の石弓が現れるのを待っていた。

 しかし、それが現れる事はなかった。


 数分もすると、どことなく白けたような雰囲気が流れ始め、隊長本人もバツが悪そうに身じろぎした。


「……違ったかな……しかしそうなると、彼らはどうやって……」


 隊長がそこまで言ったその時だった。

 不意に部隊の兵士全員が影に覆われた。

 雲一つない晴天だっただけに、兵士たちは不審に思い、頭上を見上げた。


 そして、それを見た。


「な……」


「し、城……空に、城が……」


 彼らの頭上を覆う黒い影。


 巨大な細長い影としか認識できないそれは、異世界派遣軍第042機動艦隊の軽巡洋艦マンダレーだった。


 そして、その下方には兵士たちからは認識できないが、月で製造された金属とセラミックの複合素材の橋が吊り下げられていた。


 コンピューターによって精密に制作されたその橋は、唖然とする兵士達をよそに見る間にマンダレーと一緒に下降していき、ゆっくりとかつて大橋のあった場所に設置された。


「な、何が起こっているんだ……」


 唖然とする兵士たちをよそに、橋の上を悠然と騎士クーロニが渡ってきた。

 この異常事態に、兵士たちが連れていた馬たちは恐慌状態だ。

 にもかかわらず、騎士クーロニの乗った馬は平然としている。


 つまり、空飛ぶ城に慣れきっているのだ。

 この事実に気が付いた部隊長は青くなった。

 つまり、ルニ子爵領はすでに……。


「出迎えご苦労様です、帝国軍の皆さん」


 ハッとした部隊長が見ると、そこには先ほど対岸にいた騎士クーロニがいた。

 馬上から、唖然とする兵士たちを見下ろすその視線は、奇妙なほど冷静なものだった。


「い、一体どういうつもりなのだ……お前たちは、海向こうに寝返ったのか?」


 部隊長が声を絞り出すと、騎士クーロニは静かに首を横に振った。


「それは違います。我々は……」


 クーロニがそう言うと、微かに地面が揺れ始めた。

 兵士たちがあたりを見回すと、ルニ子爵領の方角から無数の走る小屋……マッカーサー戦闘車の車列が姿を現したのが見えた。


「我々は、この国を正当なお方にお返しするために参ったのです」


 騎士クーロニの背後に、帝国旗を掲げたマッカーサー戦闘車が停車した。

 部隊長と兵士たちを、車上から小柄な女たちが面白そうに見つめていた。





「ミラー大佐、マンダレーから橋の設置完了の報告です。騎士クーロニ以下子爵領の兵士を乗せた車列は予定通り帝都に向けて出発しました」


 ガズル邸の司令部で、ミラー大佐はオペレーターからの報告を受けていた。

 グーシュの想定外の行動でバタつきはしたが、他は予定通りに進んでいる。

 ミラー大佐は心中でジタバタ暴れて落ち着くと、作戦を次の段階に進めた。


「よし。車列が予定ポイントに到達したら憲兵隊を乗せたカタクラフト隊を離陸させなさい。ジークメッサーは出せるわね?」


 ミラー大佐が先日届いたばかりの大気圏内専用の戦闘機部隊の事を尋ねると、ジークメッサーのSA達がやかましく騒ぎ始めた。

 再びストレスがたまるのを感じたミラー大佐は、脳内で一木の脛をしこたま蹴とばすと、ジークメッサー隊に離陸準備を命じた。


「……いよいよ大詰めよ。憲兵隊は装具点検しっかり。暴徒鎮圧用の非殺傷装備よ。厳命させて」


「了解」


 オペレーター達がせわしなく情報を伝える。

 予定通りだ。


 グーシュの動向以外は。


「あいつ……一体何を……」


 ミラー大佐が不意に呟いた瞬間、オペレーターの一人が慌てた様子で報告を上げた。

 それを確認したミラー大佐は驚愕した。

 

「な、生放送!? マイチューブで……生放送!?」


「め、メインスクリーンに映します!」


 気を利かせたオペレーターが、設置されたスクリーンにマイチューブの放送を映し出す。


 そこには、甲冑を着込んだグーシュがバイザーを上げた状態で映っていた。

 手の動きからすると、携帯端末で自撮りしているようだった。


『おお、地下だから心配していたが、放送できているようだな。ごきげんよう地球の諸君』


 みゅーみゅーと聞こえるようなラト語訛りの英語で、グーシュが挨拶した。

 口を開けたままミラー大佐が見ていると、瞬く間にコメント欄が埋まっていく。


『次回はFFシリーズの実況プレイと言ったな。すまんがアレは嘘だ』


「なんだ!? グーシュ、一体何をしている? 板に向けて、なんの呪文だ?」


 グーシュの近くから、不意にラト語の声が聞こえた。

 野太い、マッチョな印象の声。

 諜報課の資料で繰り返し聞いた、帝国の最重要人物の声。


「あ、あいつ……まさか……」


 ミラー大佐が、思わず震える声で呟く。

 必死で否定したいと、アンドロイドでありながら祈ってしまう、恐ろしい予想。


『今の声……お、よかった字幕入ったな。あれはわらわの兄の声だ。……そうそう、わらわを殺そうとした、皇太子の兄だ。……という訳で、今日の生放送内容は……』


 グーシュがこれ以上ないドヤ顔で宣言した。


『わらわと兄上、ミルシャと兄上のお付き騎士のセミックの決闘を、地球の皆には見てもらいたい』


 その瞬間、コメント欄が爆発した。

 自分も爆発してしまいたい気持ちになりながら、ミラー大佐は一木に状況を報告した。

グーシュの破天荒な行動は、実は自分にも予想が付きません。

プロットを超えた行動を、本当に取ってくれます。

キャラが動くっていうのを、本当に実感させてくれるキャラです。


という訳で次回で決闘に……入りたいなあ。

次回更新は21日の予定です。

お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ