第34話―4 裏切り
大通りに住民が集められ、ほぼ無人と化した帝都。
その静かな街並みを、姿なき2つの影が軽やかに駆けていた。
マリオスとアイナ。
二人の特殊戦闘用SSである。
もともと彼女たちは、カルナーク戦末期にとある作戦のためだけに製造された特殊なアンドロイドだった。
作戦名”赤ん坊殺し”
可愛いあんよ。
赤ん坊の体内に爆薬を仕込み、生体爆弾として用いる事で物理的、精神的に作用するという凶器の兵器。
それを封じるために立案された作戦だ。
作戦自体は単純だ。
ダニャペペの最も重要な材料である赤ん坊を封じるために、赤ん坊を殺害する専門の特殊SSを多数カルナークに潜入させるのだ。
投入されるSSは、作戦の性質上カルナーク側はおろか、地球連邦軍の他部隊や本国世論、一部の政治家などに知られないことが求められたため、当時最高精度の熱光学迷彩が搭載され、また地球側の関与が判明しづらい事、長期にわたり現地潜入することなどが勘案され、参謀型に匹敵する白兵戦能力が与えられた。
そうして製造され、カルナークに放たれた彼女たちは、悪魔の如き所業を繰り返した。
作戦では、ただ単に赤ん坊を殺すだけでなく、赤ん坊と共にいる事をカルナーク人が忌避するように仕向ける事が重要視された。
報告書を読んだだけで気分を害し、嘔吐するような残酷な行為が、赤ん坊とその周囲に繰り返し行われた。
そうして数か月間にわたって行われた作戦により、避難所にいる赤ん坊とその家族が周囲から忌避され、追い出される光景が見られるようになった。
この結果に、作戦立案者と実働部隊は陰ながらではあるが英雄になった。
残酷な兵器を駆逐した。
仲間のために汚れ仕事を果たした。
カルナークの悪魔を倒す切り札。
彼女達と、彼女達が敬愛する立案者は、間違いなく英雄だった。
報告書を読んだ国防省の官僚が、情報をマスコミにリークするまでは。
「マリオス……いるな」
「アイナ、そうだ……いるぞ、この街には」
二人は、帝都の家々の屋根上を飛び跳ねるように移動していた。
きっかけは、些細なものだった。
帝都全域に張り巡らされる艦隊とアンドロイドによるネットワーク。
無線、量子通信、レーザー通信入り乱れるそのネットワークの中に、二人は異物を見つけたのだ。
それは巧妙に偽装されていて、たとえ参謀型や大型艦のSAでさえも気が付けないような代物だった。
存在に気が付いた二人ですら、情報の発信先は分からない程だ。
それでも、二人には分かった。
明確な根拠や高度な解析ではない。
製造後数十年間前線で活動し続けてきた戦闘用アンドロイドの、いわば直観だった。
この帝都には、地球連邦軍由来ではない存在が、絶対にいる。
「この情勢下、そんな奴がいるとしたら……」
「ナンバーズ……地球人類を導く超越者……もしくは……」
「火人連の工作員……うまくいけば戦闘用サイボーグだ」
火星民主主義人類救世連合”通称火人連。
その軍隊である地球解放軍は、正面戦闘を担当する部隊の大半が機械化率90%以上のサイボーグで構成されている。
彼らの最終的な目的が”地球のナンバーズからの解放”である以上、当然その主な敵はアンドロイドとなる。
そして、戦闘用アンドロイドは生身の人間が相手に出来るような存在ではない。
そのためのサイボーグ部隊が、彼らの主力だ。
とはいえ、その実力は長年厚いベールに包まれていた。
軍事専門家などは、技術力やSSの性能などからアンドロイドと戦うにはあまりにも実力不足であり、所詮ハッタリに過ぎないと分析していた。
見方が変わったのは一木が遭遇した、異世界ギニラスにおける襲撃事件だった。
この事件において、七惑星連合と名乗る火星出身のテロリストであるサイボーグ二人が、実地訓練中の一木弘和上級大佐率いる歩兵型SS小隊を襲撃。
結果、地球側は一木弘和上級大佐以外の全機が撃墜。
テロリスト側はサイボーグ一名死亡というものだった。
無論、テロリストというのは表向きの事だ。
連邦情報局の調査によれば、テロリスト側のサイボーグは地球解放陸軍特殊部隊”RONIN”所属の精鋭だった。
この二名は実戦テストのため襲撃に参加したと見られ、独立旅団の精鋭SSと一木弘和上級大佐の副官を瞬く間に撃破した。
この件により、地球側の火星サイボーグへの認識は改まった。
キルレシオ1対20。
政府や事務方はさておいて、軍関係者の認識では火星サイボーグは侮れない強敵という認識へと変化したのだ。
「強敵だ……歩兵型一個小隊並みの個体……」
「ああ、強敵だ……倒せば、褒めてもらえるぞ。あたい達を褒めてもらえるぞ……また地球の役に立てるぞ」
不可視のアンドロイド二体は、気配だけで互いに見つめ合う。
かつての栄光と、楽しかった日々を思い出して。
「あたい達が褒めてもらえなくなったのは、弱い奴を殺したからだ。赤ん坊を、たくさん殺したからだ」
「だから、強い奴を殺せば……また褒めてもらえる。殺そう……マリオス……殺そう、強い奴を……」
「楽しみだなあ。私たちが強い奴を殺せば……また褒めてもらえる。ふふふ、アイナ、楽しみだな」
狂気に染まった二人は、軽やかに帝都を駆けていく。
※
近衛騎士団本部にたどり着いたルイガ皇太子達の動きは、まさに稲妻のように迅速だった。
ガズル配下の者達により、跳ね橋と城門を閉められなくなった本部城塞は瞬く間に侵入を許し、場内に残っていた数少ない人員は精鋭のお付き騎士達によってあえなく切り捨てられていった。
だが、剣を振るうのはお付き騎士達だけでは無かった。
その先頭に立つのは、他でもないルイガ皇太子自身だった。
「うおおおおおおおお!」
雄たけびと共に、皇族の証である全身金属甲冑に身を包んだ偉丈夫が剣を振り上げ、勢いよく駆けた。
その速さはその大柄な体に見合わず、素早い。
相対する近衛騎士が、皇族に対する態度を決めかねている一瞬の隙をついて踏み込むと。分厚い特製の剣で近衛騎士の頭部を真っ二つにした。
悲鳴すら上げられずに近衛騎士が倒れ伏す。
だが、その圧倒的な力と躊躇いの無い動きは、後ろにいた二人の近衛騎士達に決心を促した。
「迷うな殺せ! 生きたければ剣を抜け!」
「イツシズ様に逆らう反逆者だ! 行け!」
そうなると、精鋭の近衛騎士達も素早い。
金属甲冑ではなく皮鎧を。
狭い城内に対応した短刀を手にした彼らは、ルイガ皇太子以上に俊敏に動くと、見事な連携を見せて瞬く間にルイガ皇太子に駆ける。
「シャッ!」
短刀の間合いに入る瞬間、飛び込んだ二人の近衛騎士のうち一人が短刀を投擲した。
直前までどちらが踏み込むのか一切明らかにしない見事な踏み込み。見事な牽制だ。
無論金属甲冑には効果は薄いが、その一撃は的確に頭部の隙間を捉えていた。
防御せずにはいられない、嫌らしい位置だ。
そして、もう一人の近衛騎士はそのまま一気にルイガ皇太子へと肉薄した。
しかもただ単に攻撃しようというのではない。
投擲された短刀を防御した際、隙が出来るであろう位置に、的確に踏み込んでいた。
(首筋……脇の下、関節……隙間に短刀を突き入れれば、いかに皇族の甲冑でも!)
しかし、そんな近衛騎士の考えは覆される。
ルイガ皇太子は投擲された短刀に対し防御するような動きを見せず、わずかに体を動かすと、投擲を甲冑で弾いたのだ。
さらに、身を一気に低くしたルイガ皇太子は、駆けてきた近衛騎士の短刀に自ら飛び込むと、またもや甲冑で受け止めたのだ。
「なっ!?」
予想外の動きに戸惑う近衛騎士。
しかし、ルイガ皇太子はそんな暇など与えないとばかりに、顎下から近衛騎士の頭を殴りつけた。
分厚く、刺々しい鉄の拳による凄まじい一撃は、近衛騎士の下あごを吹き飛ばし、その体を勢いでもち上げ、石造りの天井へと叩きつけた。
だが、ルイガ皇太子の動きは止まらない。
投擲を加えた近衛騎士の方へと踏み出すと、自身の剣の間合いギリギリで素早い突きを繰り出した。
神速と言っても過言ではないその突きは、近衛騎士の左目に突き刺さり、その奥の脳を破壊した。
仲間が殴られて宙に浮いたと思った瞬間には、その近衛騎士はすでに死んでいた。
倒れ伏し、びくびくと痙攣する近衛騎士。
それを見た背後にいる数人は、恐れおののき恐怖に目を見開いた。
「あ、あれが甲冑の装甲を剣術に取り込んだ……皇族のみが扱えるという……」
「甲冑戦闘術……ルイガ皇太子が当代最強とは聞いていたが……あれほどとは……」
あまりの戦闘力に、残った近衛騎士達はざわつく。
しかし、そんな彼らを見ても、そして彼らのある種の賞賛を耳にしても、ルイガ皇太子の反応は冷めたものだ。
「当代最強……か。ふん。だが何の意味もない。シュシュの様な魔性の魅力と統率力も……グーシュの様な知性と行動力も……皇族に必要なものを何も持たずに生まれたのが、俺だ……」
「こ、皇太子殿下?」
突然の皇太子の言葉に、近衛騎士達は困惑の色を隠せない。
そもそも、彼らはなぜ自分たちが皇太子に襲撃されているのかもわからなかったのだ。
当然、イツシズによるドブさらい計画の事は知っていた。
だが、それはお付き騎士達と保守派を粛清する計画であって、皇太子を害する計画では無かったはずなのだ。
そんな困惑を知ってか知らずか、しばらくブツブツと何かを呟いていたルイガ皇太子は、再び視線を今はいない妹たちから、目の前の男女たちへと向けた。
「だが、俺はもう覚悟を決めた。俺が、俺がこの国を……」
「ひ、ひぃ!」
「俺がこの国を正すのだ!!!」
恐怖に染まった十数人の近衛騎士達へと、ルイガ皇太子は暴風の様に突撃した。
剣。
拳。
膝。
足。
頭。
甲冑の装甲と攻撃転用可能な装飾や突起を用いた攻撃は、おびえた人間達を肉塊へと変えるのに十分な威力を持っていた。
血の海の中、ルイガ皇太子は大きく息を吸い、吐いた。
吐き気のするような血の匂い。
生まれてから、ずっと避けていた、避けていたかった匂い。
父を、母を。
妹達を。
大切な人を。
自分の帝国を。
手の内で守るためには、もっと前から嗅いでいなければならなかった、匂い。
「グーシュ……俺はもう、逃げないぞ」
ルイガ皇太子がそうして血の中で覚悟を決めていると、本部の警備要員たちと戦闘を繰り広げていたセミックとお付き騎士達がようやく追いついてきた。
見ると、返り血こそ激しいものの、大きな怪我人も無く無事の様だ。
「セミック、無事だったか」
「それはこちらの言葉です、殿下! 後ろに控えていてくださらないと……」
駆け寄ったセミックが慌ててルイガ皇太子の肩を掴むが、ルイガ皇太子は吹っ切れたように笑った。
「お前たちに大きな犠牲を払わせたのだ。俺がこの状況で後ろでふんぞり返っていられるか。それでどうだ、首尾は?」
ルイガ皇太子がセミックと一緒に来た、三人のお付き騎士、カナバ、エザージュ、ルライに訊ねる。
この三人は若いながらも腕が立ち、お付き騎士達のまとめ役を務めていた。
近衛騎士団との抗争でも活躍し、近衛騎士屈指の達人であるカカロを、エザージュが右腕を切り飛ばされながらも仕留めたのだ。
そしてルイガ皇太子の問いに、隻腕のエザージュが鼻息荒く答えた。
「はい! 殿下、警備の連中は全員殺しました。外周の主だった連中もです」
続いて少し顔色の悪いカナバが口を開いた。
カカロを仕留める際、腹を殴られて、まだ本調子ではないのだそうだ。
「跳ね橋と城門は修復も終わり、すでに閉鎖済みです。そのほかの防衛機構も接収しました。手はず通り主力はそれらの防衛機構を用いて本部の防御にあたっています」
最後に少しおどおどした、しかしお付き騎士達の軍師と名高いルライが喋りだした。
「の、残りの人員は城内部の掃討に入りました。こちらも手はず通りですが……正直皇太子殿下が腕利きを片付けてくれたので……ほぼ終わりつつあります」
「よし……ご苦労」
説明を聞き、ルイガ皇太子は心中で大きく安堵した。
だが、まだ緊張の糸を切らすわけにはいかない。
そうした態度は、部下たちに伝染するものだとセミックが言っていた。
息を吐くのも、セミックに抱き着くのも事が済んだ後だ。
ルイガ皇太子は自分を奮い立たせると、セミック達を見回した。
「よし。ではこのまま、皆も付いてきてくれるか? この先に確保しておかねばならない場所がある」
そう言うと、ルイガ皇太子は歩き出した。
後を四人のお付き騎士が続く。
「確保……ですか? この先は特になかったはずですが……」
セミックが疑問の声を上げる。
本来なら事前に思い出してしかるべきだったのだが、今の今まで忘れていた、とある事があるのだ。
「すまん……セミック。実はこうして近衛騎士団本部を歩き回って思い出したのだが、この本部には抜け道があるのだ」
「抜け道! まずいですよ……そこから敵が来たら!」
珍しく饒舌にルライが叫ぶ。
「その点は問題ない……とは思う。抜け道の先は叔父上……ガズル殿の邸宅だ。とはいえ最悪の事態に備えておくに越したことは無い」
ルイガ皇太子の言葉に、セミックが顔をこわばらせた。
「殿下は、ガズル様が裏切るとお考えで?」
「……分からない。正直、叔父上の考えている事は……まったくわからん。シュシュやグーシュとは別の意味で分からんお人だ。今回いきなり協力した事自体が予想外だったのだ。ならば、出来る事はしておくべきだ」
「……ならば、最初から抜け道の事を言ってくだされば……」
なおもジト目でルイガ様皇太子を睨むセミックに、ルイガ皇太子は毒気を抜かれたように苦笑いを浮かべた。
いつもの説教と同じような態度を取ってくれるセミックが、たまらなくありがたかった。
そうして数分程歩くと、地下の食糧庫にたどり着いた。
もっとも、じめじめとして保存に向いていないせいか、ほとんど食料などは置かれておらず、ただ単に広い部屋があるだけの場所だ。
「たしか……この部屋の奥の壁に隠し扉が……」
ルイガ皇太子がそう言って奥の壁を指さす。
それに応じて、三人のお付き騎士がそちらに歩き出した、その瞬間。
ドガッ!!!
轟音とともに石造りの壁の一画がズレた。
ちょうど人の背丈ほどの高さの長方形。
扉程の大きさだ。
轟音に一瞬身構えてしまい、ルイガ皇太子とお付き騎士達の動きは出遅れた。
「は、早く押さえろ! 侵入を……」
いち早く我に返ったセミックが叫ぶが、すでに遅かった。
続いて響いた轟音とともに、石造りの壁に隠されていた扉は開いてしまった。
長年放置されていたのだろう扉からは、おびただしい埃と砂が飛び散り、部屋を覆い尽くす。
「くっ! 怯むな構えろ!」
ルイガ皇太子が叫び、四人のお付き騎士が一斉に抜刀した。
その瞬間、開いた扉の向こうから、少女のくぐもった声が聞こえてきた。
「おお! 兄上ではないか。まさか入って早々に出会えるとは、なんという偶然」
声が聞こえた瞬間、ルイガ皇太子は体中から冷や汗が吹き出し、同時に目から嬉しさのあまり涙がにじむのを感じた。
一時期、何かの間違いで生きていてほしいと思っていた。
それでいて、死んでいてほしいと祈っていた、愛おしい、憎らしい、懐かしい声。
「グーシュ……なのか?」
ルイガ皇太子の問いが、埃舞う地下室に響いた。
返事はない。
ただ、扉の向こうで身構える人影と、ガシャンガシャンという、全身金属甲冑の人間が歩くような足音が響いていた。
そうして、緊張感を孕んだ無言の時間がしばし過ぎた頃、ちょうど埃が落ち着き、隠し扉の向こうが見えてきた。
「ミ……」
「ミル……」
「ミルシャ!」
「生きて……いたのか」
カナバ、エザージュ、ルライ、そしてセミックが驚愕する。
そこにいたのは、紛れもなく主と共に激流へと消えたはずの、愛おしい彼女たちの同胞。
お付き騎士ミルシャだった。
そして、その背後にいるのは、紛れもない皇族の証。
全身金属甲冑を着込んだ、小柄な人物だった。
その小柄な人物は、目の前にいるお付き騎士達とルイガ皇太子が、十分に自分に注目している事を確認すると、ゆっくりと目元の覆いを上げ、自信に溢れた少女の顔を晒した。
「やあ、諸君…そして兄上。元気であったか? グーシュリャリャポスティ、只今帰還した!」
やって章題を回収しました。
次回は7日に更新を予定しております。
お楽しみに。
追伸
今月より休日が二日ほど減ることになりました。
つきましては更新頻度が低下することとなりますが、ご了承ください。




