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第34話―3 裏切り

 ガズル邸から近衛騎士団本部に続く真っ暗な地下通路を、一台の電動バイクが走っていた。

 運転していたのはグーシュで、後ろにはしがみ付いたミルシャが乗っていた。


「おいミルシャ! あまり強くしがみ付くな! 運転しづらい!」


 バイザーを上げた甲冑に暗視ゴーグルという奇妙な出で立ちのグーシュが叫ぶが、ミルシャは余程恐ろしいのか、うめき声すら出せない。

 むしろ、反応の代わりと言わんばかりにその手に力を込めた。


「おい! なんか甲冑がミシミシ言ってるぞ!」


「だっ……こんな、くら……闇で、よくわから……い乗り物、こ……わい」


 グーシュの叫びに対し、ミルシャは必死に言葉を紡ぐが、それはまるで羽虫の羽音の様だった。

 そんなミルシャの様子にグーシュは苦笑するが、ふと何かに気が付くと、勢いよくブレーキを掛けた。

 地下通路にタイヤが石畳に擦れる激しい音が響き渡り、我慢の限界を超えたミルシャが悲鳴を上げた。


 バイクは幸いにもスリップせず、近衛騎士団本部に侵入するための入り口である階段の前で停止した。


「し、しまったな……制動を勢いよく掛けるとこんなに煩いのか……」


 言葉と裏腹に全く焦る様子もなく呟くと、グーシュはミルシャを電動バイクから降りるように促した。

 息も絶え絶えといった様子のミルシャだが、自分の足で立ったことで落ち着いたのか、数回深呼吸するといつもの調子に戻っていた。


「こほん……殿下、申し訳ございません。取り乱しました」


 真っ赤になった顔でミルシャが言うと、グーシュはカラカラと楽しそうに笑った。


「お前のそういう姿は久しぶりだな。最期になるかもしれぬお前との逢い引き、いやデート楽しかったぞ」


 明るく、しかし物騒な事をいうグーシュに、ミルシャが顔をしかめる。

 暗闇の中、二人の少女はしばし見つめ合った。


「殿下。今からでも遅くはありません。計画通りに、一木司令と部下の方々と一緒に来るべきです。そして、僕がセミック先輩との一騎打ちをすることで皇族としての名誉を守り、皇太子殿下を確保する……それでいいではありませんか。何も殿下まで……皇太子殿下と一騎打ちする必要はありません」


 ミルシャの言葉をじっと聞いていたグーシュだったが、返事はこれまでと変わらなかった。

 静かに首を横に振ると、ミルシャの頬を軽く撫でた。


「……一木の用意した資料に、ナポレオンという男の漫画があった。漫画、わかるか?」


 唐突なグーシュの言葉に、ミルシャは一瞬あっけに取られたが、すぐに立ち直ると少し考え込んだ。


「え、ええと……。絵と台詞で描かれた説話ですよね。でも、読む順番とか表現の仕方が分かりづらくて……僕はそれよりも絵本の方が分かりやすくて好きです。桃太郎とかいいですよ。宿命と故郷のために、仲間と共に強大な敵に立ち向かう姿が最高です」


 うっとりと桃太郎のすばらしさを語るミルシャに、グーシュは形容しがたい表情を浮かべたが、幸いな事に暗さのお陰でミルシャには見えなかった。

 グーシュは小さく咳払いしてミルシャを遮ると、話を元に戻した。


「ナポレオンは、フランスという地球の国の初代皇帝になった男だ。しかし元々はフランスの人間では無かった。フランスに占領された、小さな国の人間だった」


 グーシュの言葉に、ミルシャが小さく反応した。

 外国人でありながら、その国の元首になる。

 グーシュが目指す姿だ。


「そのナポレオンは、皇帝になる前にロディ橋という橋をめぐる戦いで、敗北寸前の自軍を立て直すため、無数の砲火が降り注ぐ中、自ら先頭に立ち勝利を収めた。その戦いで、ナポレオンは自らを卓越した男と考え、無数の命すら顧みない覇者としての道を自覚した……」


 そこまで言うと、グーシュは野心に満ちた目でミルシャを見た。


「わらわも、自らを試したくなった。本当に、わらわにルーリアトを飛び出して地球の大統領を目指す器が、資格があるのか試したくなった。とんだ間抜けなのは分かる。散々非難していた、理解できない不合理な行動なのは分かる。それでも……兄上との決着は、わらわ自身がつけなければならん……宇宙で地球連邦の強大さに触れて、そう思ったのだ。今日を逃せば、わらわは一生、自分の力だけで何かを成すことが事が出来ない気がした……このままでは地球の威を借るだけだ」


 グーシュの野心と、強い意志をミルシャは正面から受け止めた。

 ここまでの覚悟があるならば、もはや何も言うまい。

 ミルシャはそう誓った。


「ならば、僕はもう何も言いません。あなたの勝利を信じ、僕はあなたに勝利を捧げます。セミック先輩は任せてください」


 そう告げると、グーシュは嬉しそうに笑った。

 そうして腰に下げたポシェットから、ガズル邸の厨房からくすねた酒の入った水筒を取り出した。

 

 それを見たミルシャは何かを悟ったように自身の右手を差し出した。

 その手の平は水をすくう様に丸められている。

 そして、グーシュも水筒を左手に持つと、右手を同じように丸めてミルシャに差し出した。

 互いに手を差し出すと、その手に酒を注いでいく。

 地球でいう所の味醂に似た甘い香りが漂う。


 手から溢れるほどに酒を注ぐと、主従は酒の注がれた右手を、互いの口元に差し出した。

 二人が、互いの手から酒をすする音がしばし響いた。

 ルーリアトの騎士が決死の出陣をする際に行う定番の儀式だった。


 利き腕から酒を飲ませあった二人は、血を同じくする存在。

 これからの激戦で、死すときは共に。

 勝利を抱くも共に。

 前祝いの祝杯を上げた二人は、決して負けない。

 そういった意味を込めた儀式だ。


「さて、行くか」


 酒を飲みほし、甘い酒でべた付いた手で剣の柄を握る。


「ええ。殿下、僕が先に行きます」


 抜刀したミルシャが先行し、石造りの階段を上る。


(ああ、もし……今日を生き延びたなら……わらわは……)


 ミルシャが勢いよく駆け出すと、そのままの勢いで階段の先にあった扉を蹴破った。

 暗闇に慣れた目にはあまりにも明るい光が、グーシュを照らした。




 

 足早に格納庫に向かう一木とミラー大佐。

 グーシュが単独で近衛騎士団本部に向かった報告を受けて、にわかにガズル邸は慌ただしくなっていた。


「ああ、ちくしょう……どうしよう。この後どうすればいい? 予定通りにするか、いったん部隊配置を待たせるか……」


 想定外の事態に、一木も困惑していた。

 予定通りならば、格納庫にある偽装馬車(装甲車に本物のルーリアトの馬を用いて偽装した車両)にグーシュ達と乗って近衛騎士団本部に移動。


 一緒に移動したガズル邸の部隊と共に近衛騎士団本部を囲んでいると想定される騎士達を排除して、近衛騎士団本部を確保。


 部隊と一緒に内部に乗り込んで、皇太子を確保したうえで、国葬会場に連れて行きグーシュ暗殺を白日の下に晒す。


 そういった予定だった。

 皇太子がこちらの言う通りに動くかは一木達も懐疑的だったが、他ならぬグーシュが太鼓判を押す計画内容だったため、問題視されていなかった。


「こんな事をしたのは、やっぱりミルシャだけが命を掛ける事に抵抗があったのかしら?」


 ミラー大佐が呟いた。

 そう。

 グーシュが立てた計画とは、皇太子のお付き騎士であるセミックとミルシャが一騎打ちを行い、勝利するというものだった。


 皇位継承における争いを解決する手段として、実は現在でも一応効力を発揮する法において、決闘がルーリアト帝国では定められている。


 その法によると、決闘方法は二つ。

 皇位継承を争う皇族が、互いと互いのお付き騎士を戦わせる方法。

 

 そして、主に自身は剣術に自信がない皇族が行う、互いのお付き騎士だけが戦う方法だ。

 グーシュはこの半ば死んでいる法を利用して、皇太子を抑える作戦を立てたのだ。


 グーシュと殺大佐の主張はこの点一致しており、セミックという精神的主柱を失えば、ガズル皇太子は逆らわないだろうというものだった。


 そのため、一木達はミルシャにトレーニングを受けさせたり、地球の技術で作られた刀剣や防具を渡すなど対策を行いつつ、毒針を射出する暗殺用装備や暗殺専門のSSを準備するなど万全の対策を以って皇太子確保に向かう、はずだったのだ。


「それか……俺たちがセミックとミルシャの決闘にこっそり介入しようとしているのがバレたのか……ノブナガがいるし、下手すればサーレハ司令もグルかもしれない……あ……!」


「どうしたの?」


「シャルル大佐からだ……翻訳が終わったらしい」


 一木の言葉に、ミラー大佐も慌てて翻訳データにアクセスした。

 二人は足を止めずに、歩きながらグーシュの手紙に目を通した。


『この手紙を読んでいるという事は、わらわはすでに兄上の所に向かったあとであろう。

 今回の件に関しては、本当に申し訳ない。

 しかし、なんとも間抜けな話ではあるが、わらわも試したくなったのだ。

 わらわ自身が、ナポレオンの様に”特別な”人間かどうかをな。

 それに、今日を逃せばわらわは、これから先ずっと地球の威を借る存在になってしまうだろう。

 その前に一つくらい、自分で何かを成したい。

 実にくだらないことだが、強大な宇宙艦隊を見てそう思ってしまったのだ。


 すまん。


 どう書き綴っても、所詮は未開の野蛮人の気の迷いだな。

 とりあえず、叔父上にはこのことは話しておいた。

 もしわらわが死んだら、後の事は引き受けてくれるそうだ。

 宿営地と帝都の部隊は予定通りに動かしてくれれば大丈夫だ。

 あとは近衛騎士団本部に乗り込んで来てくれれば大丈夫。

 わらわが生きていれば問題はない。


 だが死んでいれば、その時は兄上を確保して国葬会場に行ってくれ。

 叔父上が場を収めてくれる。

 細かいことは参謀たちに聞いて動けば大丈夫だろう。


 ノブナガの事は許してやってくれ。

 どういう訳かわらわの言う事をやたらと聞いてくれるのだ。それでついつい頼ってしまった。

 アンドロイドの仕様を考えるとどう考えても故障しているので、事が済んだら修理してやってくれ。


 さて。ではこれくらいにしておこう。

 長々と別れを書こうとも思ったが、生きて帰る前提なのでやめておこう。

 

 今日。

 生き残ったらわらわは。

 億の命すらなんとも思わん。

 一木とわらわの目的のために進み続ける。

 だから、どうか、信じていてくれ

                     ルーリアト帝国第三皇女 グーシュリャリャポスティ』


「勝手な事を……」


「”ナポレオン 英雄の時代”なんて読ませるんじゃなかった……」


 手紙を読んだ二人は頭を抱えた。

 出会う前。

 グーシュの破天荒さを危惧していたころからずっと恐れていた暴走が、とうとう起こってしまったのだ。


 しかも、くよくよする時間すらもはやないのだ。

 現場からの報告では皇太子とお付き騎士達はすでに近衛騎士団本部に突入し、戦闘が始まっている。

 そしてグーシュ達が電動バイクで出発したとすると、皇太子と出会うのも間もなくだろう。


 そんな事を考えていると、一木達は待機部隊とマナが慌ただしく準備する格納庫についた。

 一斉に敬礼する部隊を、答礼しながら眺める。

 準備はほぼ整い、偽装車両と形だけ引くことになる鹿の様なルーリアトの馬もすぐに出発できる体制になっている。


「よし。そういん近衛騎士団本部に出発だ。ミラー大佐はここに残って指揮を頼む。宿営地の部隊は作戦通りに。頼んだぞ」


 一木が確認すると、ミラー大佐は深く頷いた。

 そして、懐から煙草を箱ごと取り出し、一木に投げてよこした。


「わわっと……これ、大切な煙草じゃないか?」


 一木が思わず戸惑うと、ミラー大佐はツンデレ丸出しの態度で横を向いた。


「急な事態で、あんたテンぱッてるでしょ……それの匂い嗅いで、少しは落ち着きなさい」


「ありがとう。ミラー大佐」


 背後から感じるマナの鋭い視線を何とかスルーしながら、一木は車両に乗り込んだ。


「マナは部隊を率いて先に近衛騎士団本部に向かってくれ。ただし、全員光学迷彩コートのチェックはしっかりな!」


「弘和君任せてください! よし、皆さん装具の最終確認!」


 張り切るマナ大尉の声を背に、数名のSSと共に車両に乗り込んだ一木は一路近衛騎士団本部に向かった。

 とはいえ馬車に偽装した車両では、本部まで三十分近くかかるだろう。


 敬礼して一木を見送ったミラー大佐は、踵を返して指揮所へと戻った。

 しかし、その途中でふと思い出した事があり、ピタリと足を止めた。


「そうだ……こういう時に働かせましょう! マリオス! アイナ! いるんでしょう来なさい!」


 それは、一木にすら極秘のまま宿営地に待機している二人のアンドロイドだった。

 素行不良の権化のような二人だが、腕前は確かだ。

 街に二人を解き放つのが怖かったので、一木がガズル邸を離れる場合は残るように命じていたが、この状況下で遊ばせておくよりは、働いておく方がいいと判断したのだ。


「あんたら無線通信無視するからわざわざ音声で呼んでるのよ! 街に出させてあげるから、来なさい!」


 アンドロイドなら屋敷敷地内にいれば絶対に聞き逃さない大音声だが、反応は無い。

 イライラしながらダグラス首席参謀に許諾を得て居場所を走査するが、ガズル邸敷地内に反応は無かった。


「あのクソ野郎ども……勝手にどこかに……」


 近衛騎士。

 イツシズの私兵。

 お付き騎士。

 特務課のアンドロイド。


 帝都で暗躍するこれらに、正真正銘のサイコパスアンドロイドが加わったことに気が付き、ミラー大佐は盛大に頭を抱えた。


 そして、一木に煙草をすべてやったことを、深く後悔するのだった。

裏切りはもう少しだけ続くんじゃ。

という訳で次回更新は2日の予定です。


お楽しみに。

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