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第34話―2 裏切り 

「もう行くぞミルシャ」


 一木達のいる本部を嵐の様に飛び出したグーシュは、廊下に出るなり言い放った。

 聞いたミルシャは、若干緊張した面持ちで頷く。


「了解しました。ですが、皇太子殿下の到着報告を待たなくてもよいのですか?」


「構わん。というか、本部のメインスクリーンを見る限り、兄上の近衛騎士団本部占拠はすぐに開始される。先手をとっておくに越したことは無い」


 数分程歩き、先ほどまで荷物整理をしていた部屋につくと、二人はまとめた荷物を慌ただしくつかみ取り、さらに別の部屋へと移動を始めた。

 

 荷物の入れられた異世界派遣軍用のバックパックからは、硬いものがぶつかるようなカチャカチャという音が響いていた。


「そういえば殿下」


「どうしたミルシャ」


 数分程歩いたところで、不意に無言に耐えきれなかったのかミルシャが声を発した。

 グーシュは振り返ることなく、それに応じる。


「さっき言っていたのは本当ですか?」


 ジト目でミルシャは訊ねた。

 グーシュは、唐突に機嫌の悪くなったミルシャに少し困惑した。


「どの話だ」


「地球人が殿下と私を野蛮人と見ているという事です」


 グーシュはピタリと足を止めると、振り返ってミルシャの顔を見た。

 やはり、不機嫌そうだ。


「なんだ急に……」


「殿下は気にならないのですか? 確かに地球の技術は凄いです。ルニ宿営地にある様々な武器。空を飛ぶ家。うちゅうにある大きな動く要塞」


「航空機と宇宙艦隊だ。宇宙要塞は別にあるらしいぞ」


 グーシュが間違いを指摘すると、ミルシャの機嫌はますます悪くなった。

 小さくため息をつくと、グーシュは説明を始めた。


「野蛮人と見ているというのは、少し言いすぎだがな。まあ、遅れた連中とは思っているだろうな」


 その言葉を聞くと、ミルシャの顔色がみるみる真っ赤になった。

 よほど腹に据えかねたらしい。


「恐れ多くもルーリアト帝国の第三皇女であらせられる殿下に対して……」


「落ち着け、ミルシャ」


 熱くなるミルシャに、やんわりとグーシュが声を掛ける。


「想像してみろミルシャ。毛皮を着て洞窟に暮らす野蛮人を見て、お前は一切見下すような感覚を覚えないと言えるか? ましてやそいつらが鉄の剣や弓矢、鉄弓に驚くさまを見て、優越感を覚えないと言い切れるか?」


 その言葉を聞いてしばらくすると、ミルシャの顔が少し和らいだ。

 自分の中で想像してみた結果、そうとは言い切れなかったのだろう。


「それは人間の本質なのだ。分かれ道で道を間違えた人間を、正しい道を歩く人間が見た時に優越感を感じる。それが人というものだ。ましてそれが技術や社会といったものであれば猶更だ。地球人から見れば我々など、毛皮を着た野蛮人と変わらない……わかるな?」


「はい……」


「だから今はその地球人の認識通りに振る舞う。そうすれば、わらわ達を見る目は自然と増えるし、手を貸す者も増えていく」


「見ていて滑稽で、心地いいからですか?」


「そう、だから見る目は増える。だが手を貸す様になる理由は違う。それは一木と同じ、罪悪感からだ」


 意外な言葉にミルシャは首を傾げた。


「罪悪感……一木司令と同じ?」


「そうだ。一木がわらわ達を川に落としたことに罪悪感を抱いたように、地球人もわらわ達がゲームで遊んで、いちいち驚くさまを見て優越感を感じたことに罪悪感を抱く」


 ミルシャは疑い深そうにグーシュを見た。

 

「その目は信じていないな。だが、間違いない。大抵の人間は他者を害すると、自覚の有無はあれど罪悪感を感じる。そしてそれは、わらわ達を見下した地球人も同じだ。何も知らないルーリアト人がゲームや映像作品に慌て騒ぐのを見て、楽しいと同時に申し訳ないという気持ちになる」


「殿下は……よく人の気持ちをそういう風に予測できますね」


 ミルシャの言葉はまさにその通りだった。

 グーシュはその年齢の割に、人間や集団の行動や思考をやたらと深く考察することが出来た。

 今まではたいして注目もしていなかったミルシャだったが、地球連邦と接するようになって以来、グーシュのそういった感覚は冴えわたっている。


「わらわにとっての間違った情報が正されたからな」


「間違った情報……?」


 オウム返しに訊ねたミルシャに、グーシュは凄惨な笑みを浮かべた。


「わらわには前提があった。父上と兄上はわらわ以上の知識を持つ優秀な男で、イツシズを始めとする重臣たちは、わらわには理解出来なくとも合理的な思考と判断が出来るとな」


 そこまで言ったところで、グーシュは笑みに動揺したミルシャから視線を前方に移した。


「だがその誤った前提はもうない。わらわはアイムコ先生から学んだ知恵を、存分に示せる」


 そう言って再び歩き出したグーシュを、ミルシャが追う。

 そうして、二人がたどり着いたのは……。





「やっぱりおかしいわよ」


「ミラー大佐もそう思うか?」


 グーシュ達が去った後、司令部でしばらく指揮を執っていた二人だが、やはりグーシュ達の様子が気になった。

 確かにグーシュは、こういった場面でも緊張した様子も見せない人間だ。

 しかしだからといって、祖国で動乱が起きている最中に、ゲームをしているような人間では無かった……はずだ。


「付き合いが浅い俺が言うのもなんだが、やはり妙だ。ミラー大佐、グーシュ達の様子分かるか?」


 一木が尋ねると、ミラー大佐は軽く頷いて屋敷内とグーシュのマイチューブチャンネルを確認した。

 一秒もかからずに作業は終わった。


「……うーん……グーシュの言った通り動画は配信中ね。内容も……次回は歴代FFシリーズの実況動画を……大人しく空き部屋で作業してる……」


「取り越し苦労だったか……」


 ミラー大佐の言葉を聞いて一木はモノアイをクルクルと回した。

 普段は焦りなどのネガティブな感情の結果回ることの多いモノアイだが、今はホッとした内面の現れた結果だ。


「そういえば、ノブナガはどうしてる?」


 ホッとした一木は、何気なく尋ねた。

 どうという事もない、軽い質問。


 しかし、それを聞いたミラー大佐の顔色は変わった。

 慌てた様子で屋敷内の精査をオペレーターに命じた。


「な、なんだどうしたミラー大佐?」


「いえ……まさか……」


 みるみるうちにミラー大佐が焦りだしているのが分かった。

 その様子を見て、一木にもそれが伝播していく。


「やられた! ノブナガの奴屋敷のシステムにハッキングかけてる……オンラインで見られるデータは偽装されてる!」


 ミラー大佐の叫びと同時に、一木は立ち上がった。


「ミラー大佐、グーシュ達の所に行きましょう!」


「たくっ、あのおてんば皇女……」


 ドタバタと二人はグーシュ達がいるはずの部屋へと駆けていく。

 しかし、そこに二人の姿は無かった。


「ここじゃない……どこだ!?」


「屋敷の監視データ……システムフィルターチェック……昨日のデータとの比較……わかったわ! こっちよ、一木!」


 ミラー大佐が割り出した場所へと駆けていく二人。

 屋敷に、一木の巨大な体が走り回る振動が響き渡る。


 二人は、程なく目的の部屋の前へとたどり着いた。

 しかし……。


「ノブナガ……」


 そこには、扉の前で仁王立ちしている重巡洋艦オダ・ノブナガの端末の姿があった。


「あんた……何のつもり? そこをどきなさい!」


 ミラー大佐が凄むが、ノブナガは動じない。

 双方が相手を射抜くような鋭い眼光で、相手を睨みつける。

 空気がきしむような剣呑な空気が流れ、一木だけが気圧された。


「悪いがそれは出来ぬ。グーシュ(ねえ)が本懐を遂げるために、ここを通すわけにはいかぬ」


「はあ? あんた……本気で言ってんの? 無階級の航宙艦SAが現地部隊の設営したシステムにハッキング掛けた上に、その動機が現地採用オブザーバーのためって……気でも狂った?」


 ミラー大佐の言う通り、ノブナガの行動は異常だった。

 ノブナガがいかにグーシュに懐いていようと、それはあくまで表層的な人格によるものだ。

 感情制御型アンドロイドのコア部分は、地球連邦政府と地球人類を第一にするように構成されている。


 それに抵触するような事は、絶対に出来ないはずなのだ。


「オダ・ノブナガ……それは俺が命令しても、か?」


 一木がゆっくりと話しかけるが、ノブナガは静かに顔を横に振るだけだ。

 それを見て唖然としていると、シュッという鋭い音が聞こえた。

 モノアイを音がした方であるミラー大佐に向けると、それはミラー大佐がAM10高周波ブレードを抜いた音だった。


 ミラー大佐の表情は、怒りの感情を表すべくおぞましいまでに青筋が浮いていた。


「あんた……SAの端末風情が参謀型に勝てると思ってるの?」


 ミラー大佐が凄み、一歩踏み出す。

 だが、それでもノブナガは動じず、逆に静かに告げた。


「悪いが、動かないでもらいたい。近づけば、ワシの本体がここに砲撃を加える。無論、低質量弾による手加減したものだがな」


 さすがにその言葉には、一木もミラー大佐もぎょっとした。

 一木が慌てて宇宙艦隊のオダ・ノブナガの位置を確認すると、軌道上からは離れているものの、攻撃不可能な位置ではない。


 そして、そのことはあることを示していた。


「そうか……もう、そこにグーシュ達はいないんだな?」


「え? 一木それは……」


 ミラー大佐が慌てたように一木を振り向く。

 一木がモノアイでノブナガを見つめると、軽く頭を下げた。


「俺の言う事を聞かないくらい心酔する相手が死ぬようなことを言うってことは、グーシュ達はここを砲撃しても問題ない場所にいるんだな……」


「そんな……ど、どこに!?」


「それは言えぬ」


 ノブナガがやはりはっきりと言い切る。

 しかし、一木にはすでに見当が付いていた。


「近衛騎士団本部だな……グーシュは、グーシュ達は……」


「……もういいか。その通りだ、一木司令」


 すると、やけにあっさりとノブナガは扉の前から体をずらし、招き入れるように扉を開け放った。

 そこには、剥がされた床板と、その下にある石造りの階段があった。


 慌ててミラー大佐と共に一木も部屋に入る。

 階段の下は広い通路になっていて、ルーリアトの鹿そっくりの馬ならば走れるほどに広い。


「そんな……屋敷の走査した時は……それもあんたが!?」


 事前にX線などを用いたチェックが、ガズル邸には行われていた。

 その時は、このような地下通路に気が付かなかった。


「いや、それはワシは知らない……ワシがしたことは、この床板を剥がしてこの通路の入り口を用意して、移動用のバイクを用意した事と、情報をハッキングで隠した事だけだ」


 自慢げに言うノブナガを見て、一木は確信した。

 グーシュの命令をなぜか優先するノブナガ。

 ガズル邸の走査データの改変。

 このような事が出来る存在は、一つしかない。


「ナンバーズだ。やはり、グーシュにもナンバーズが関わっているな……」


「そんな……」


 ミラー大佐が驚愕する。

 一木も同じ気持ちだった。

 全てが手の平の上だったような、最悪の気分だった。


「俺にアンドロイドから好かれるシステムを組み込んだように、グーシュにもアンドロイドに何らかの作用をもたらシステムが組まれていたんだ……クソっ!」


 一木は勢いよく部屋にあった調度品を蹴とばす。

 ミラー大佐に蹴られた部品が、とうとう外れて家具と一緒に吹き飛んだ。


「ミラー大佐はここで指揮を取れ! 俺は待機中の部隊を率いて現場に向かう!」


「わかったわ!」


 慌ただしく動き始める一木とミラー大佐。

 しかしそんな二人を見て、ノブナガがゆっくりと右手を懐に入れた。


 思わずぎょっとしてノブナガを見る二人だが、その視線に気が付いたノブナガは上着を静かにはだけさせて、一枚の折りたたんだ紙を一木に差し出した。


「定刻になったので渡しておく。グーシュ姉から、一木司令宛です」


 思わずミラー大佐と顔を見合わせた後で、一木はその手紙を受け取った。

 少し緊張した手つきで、その手紙を開く。


 すると……。


「なんだこれ……達筆すぎて翻訳ソフトが働かない……」


「あんの皇女殿下……時間稼ぎだとしたら大したもんね……急いでシャルルに訳させて、宿営地にアクセスしましょう」


 手紙を握りしめた一木は、帝都移動用に用意された、馬車に見えるよう偽装した専用の車両へと足早に向かった。

寝落ちして投稿が遅れました、申し訳ございません。

本当は夜投稿の予定でしたが、出勤前に形になったので投稿です。

次回更新は明日の予定です。


お楽しみに。

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