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第33話-4 王道作戦

前話第33話-3 に大幅に加筆しておりますので、先にそちらを読んでからご覧ください。

 帝城の中庭。

 ルイガ皇太子の移動用馬車と、その護衛達の待機場となっているその場所で、案内役の近衛騎士達は焦っていた。


 理由は単純である。

 予定にない、街から立ち上る無数の黒煙である。


 本来ならば、あのように帝城から見えるような火災をなどは極力抑えた上でドブさらいを行うのが計画だったはずなのだ。

 たとえ予期せぬ火災が襲撃によって生じた場合は、イツシズに指示を仰いだうえで伝令を回し、早めに国葬会場に皇太子一行を移動させる。

 そういう予定になっていた。


 所が、予期せぬ黒煙は増える一方で、近衛騎士達は冷や汗を掻きながらお付き騎士達の「あの煙はなんだ?」という質問を誤魔化し続けるはめになっていた。


 そうした質問が五指を超えても、イツシズからの指示を受けた伝令はやってこない。

 伝令による予定変更までは、まだ半刻ほどもあるのだ。


 もしこのまま中庭に居座り続けて、不信を抱いたお付き騎士達が何かを察して予期せぬ動きをすれば、彼らはイツシズからの理不尽な叱責と処罰を避けられない。


 かと言って、イツシズは命令違反を過剰に嫌う男だ。

 非常事態への対処が理由だとしても、指示を守らずに勝手な事をすれば、今ここにいる彼らに未来は無かった。


 そんな時だった。

 彼らが待ち望んでいたものがやってきた。

 近衛騎士団の伝令要員だ。


「でんれーい!」


 息を切らして走り込んできたのは、皮鎧すら着ていない軽装の女近衛騎士だった。

 見慣れない、やたらと美人の女だったが、待ち望んでいた伝令用の鞄を持ったその姿に、中庭の近衛騎士達は深く考える事なく伝令の元へと駆けて行った。


「遅かったな! それで……」


 近衛騎士は、ちらりとお付き騎士達の方を見た。

 帝都から立ち上る不穏な黒煙を見ているお付き騎士達の視線は警戒の色が濃い。

 一刻も早く何らかの手を打たなければ、計画通りに国葬会場へ移動させることは難しい。


 それゆえ、彼女たちがこの伝令要員との会話をどのような目で見ているのかが、ひどく気になったのだ。

 そんな近衛騎士の様子を見て、伝令の女近衛騎士はニコリと笑みを浮かべた。


「イツシズ様からのご命令です。ミチハヒライタ!」


「は?」


「お、おいお前、そりゃどういう……」


 鞄から命令書を取り出すでもなく、突然叫び声を上げた伝令に、近衛騎士達が困惑する。

 そしてそれが、彼らの最期の思考となった。

 密かに背後に近寄っていたお付き騎士達が、彼らの喉を掻っ切ったからだ。


「!!」


「が……」


 しかも彼らは即座に口を押えられ、声すら上げられず、そのまま絶命した。


「見事なお手並み……感服いたしました」


 その様子を笑顔のまま見ていた伝令の女近衛騎士が言った。

 そんな女近衛騎士を、お付き騎士達は警戒したような様子で見ていたが、馬車から降りてきたセミックが軽く手を振ると、それぞれ馬車の出立準備のため散っていった。

 そしてセミックは、女近衛騎士の前に立つと小さく頭を下げた。


「仲間が失礼した。ガズル様の……」


「単なる使用人ですので、そう言っていただいて構いません」


 一瞬言いよどんだセミックに、女近衛騎士は微笑んだ。

 

「それならば、遠慮なく。使用人殿。先ほどの合図があったという事は、大丈夫なのだな?」


 じっくりと、念を押すようなセミックの言葉に、余裕の笑みを崩さずに女近衛騎士は頷いた。

 それを確認すると、セミックは再び頭を下げ、お付き騎士達に指示を出すべく馬車の方へと向かっていった。


 その後の動きは速かった。

 近衛騎士の見張りがいないのをいいことに、お付き騎士達は様々な装備を馬車に積み込み(そのためルイガ皇太子は曲芸じみた姿勢で馬車に乗る羽目になった)、足早に帝城の中庭を後にした。


 その光景をじっと見つめていた女近衛騎士は、周囲に人がいないことを確認すると自身もその場を後にした。


 帝城の外に出ると、そんな彼女に近づいてくる人影があった。

 薄汚い中年の太った男。

 かつて、ミルシャに短刀を投げつけられた諜報課の生体SS、ゴンゾだ。


「課長。作戦は順調です。予定通りお付き騎士達は例の場所を占拠します」


「よくやったゴンゾ……まったく、他の特務課の連中にシマを荒らされちゃ堪らないよ」


 頭をくしゃくしゃとかきむしりながら女近衛騎士……いや、(ミャオ)少佐は呟いた。

 

「仕方ありませんよ。今回の作戦をうちだけで実行するなんて到底無理なんですから」


 ゴンゾの言葉に、猫少佐は苛立たしげに息を吐く仕草をした。


「諜報課の規模が今の三……いや倍あればな。あんな無様な暗殺なんぞしなかったものを」


 猫少佐の愚痴を聞き、ゴンゾは苦笑いしながら相槌を打った。

 この愚痴は作戦開始後、すでに四回目だ。

 よほど腹に据えかねているのだろうが、さすがに食傷気味だった。

 

「殺人狂共が……火星のサイボーグにでもぶっ壊されちまえ」


 しばらく悪態をつくと、猫少佐は近衛騎士の上着を脱ぎすて、路地裏へと消えて行った。





 イツシズはうんざりしていた。

 なぜこんな重要な、そして輝かしい日に、このような老いぼれの恋愛話を延々と聞かなければならないのかと、心の底からうんざりしていた。


 しかし、だからと言ってそう簡単にこのガズルという男を無下にも出来ないのだ。

 皇帝の弟であるガズルには、その放蕩ぶりや形式的な地位に不相応な権限があった。


 それが非常時における皇族会議の招集を行い、その会議の議長を務める権限だ。


 皇族会議とは、要するに皇帝や皇太子などの国政の中枢にかかわる皇族に何らかの非常事態が生じた場合に招集して臨時に国を取り仕切る非常機関の事だ。


 そして、ルーリアト帝国のご多分に漏れず曖昧な法に基づいて運用される予定の組織であり(帝国になってから一度も招集されていない)、前提となる非常事態の基準すら曖昧なのだ。


 そのため、今回のドブさらい計画において、ガズルは皇帝、皇太子に次ぐ確保するべき重要人物であった。


 計画では、三人の重要皇族を国葬会場に集め、その上でドブさらいを終えた手勢で会場を包囲。

 セミックを帝都で起きた襲撃事件の首謀者としてその場で拘束。


 お付き騎士達も実行犯として根こそぎ捉え、実権を握る計画だった。


 そのため、ここでこの放蕩皇族に変にへそを曲げられて、屋敷に帰られでもすると一気に作戦が破綻しかねないのだ。


 屋敷に戻ったガズルが保守派の生き残りと結託すれば、皇族会議を招集できる。

 一度皇族会議を招集されてしまえば、法律の上では皇族が一人でもいる限り、その皇族に会議参加者としての権限が生じて、イツシズが合法的に帝国の実権を握ることが困難になってしまう。


 かといって、ガズルを殺すことも出来ない。

 法律では、現在のガズルの立場の皇族が死亡した場合、皇族会議の招集権限が四台公爵家当主に移行してしまうのだ。


 イツシズと公爵たちの関係はお世辞にもいいとは言えない。

 そのため、ガズルというほどよく手の届く範囲にいる人物に、皇族会議の招集権限を持たせたまま身柄を合法的に手に入れる必要があった。


(だというのに……そのせいでこんなくだらない話を聞くことになるとは……揚げ句にそのせいで作戦の指揮もとれん!)


 イツシズの視界には、先ほどから近衛騎士の伝令が国葬会場にやって来ては、イツシズの元に近づけずにガズルの使用人の女によって止められているのが見えた。


 近衛騎士達もどうにかしようとするが、皇弟の使用人に本人が目の前にいる状況で乱暴な事が出来る訳もなく、困惑した表情で立ちすくんでいる。


(くっ……しかし、流石に余程の大事が起きれば使用人を突き飛ばしてでも知らせに来るだろう……作戦は完璧なのだ。そうそう問題など)


 イツシズがそう思った瞬間。

 明らかに他の伝令とは違う、焦りと疲労で顔を真っ青にした、汗だくの近衛騎士が会場に走り込んできた。


「はっ! はぁ……い、イツシズ様にごほう、ご……ご報告したい、事が!」


 他の伝令と違い、声を張り上げる近衛騎士。

 イツシズはそんな部下に、思わず舌打ちをした。

 ところが、その舌打ちは悪いことに、ガズルに聞こえてしまった。


「ん? イツシズ殿、どうした?」


 とぼけたような表情で、ガズルは飄々とイツシズに訊ねた。

 先ほどまで女の股座の嘗め方について話していた表情そのままで問いかけるガズルに、一瞬イツシズは激しい殺意を覚えた。


「いえ……どうも、部下が何か連絡を……緊急のものを、持ってきたようでして……少し、席を外しても……」


 さすがに尋常ではない部下の様子に、イツシズがガズルの機嫌を損ねないよう慎重に言い訳をする。

 すると……。


「おお、そうか。行ってきて報告を聞いてやるといい。今日は大切な姪っ子の葬儀だ。問題があってはいかんからな」


 イツシズが拍子抜けするほどあっさりと猥談から解放された。

 あまりの事に呆然としつつイツシズは席を立ち、部下の元へと向かった。


「なんだ、騒々しい。何があった?」


 席を立つと急速に腹の底から湧き上がる苛立ちに、自然声が荒々しくなる。

 しかし普段なら萎縮する部下は、苛立つイツシズの声を聞いても依然慌てた表情のままだ。


 あまりの事に苛立ちは消え、イツシズは顔を部下に近づけ、小声で尋ねた。


「どうした? 早く言え。ガズルに聞こえないようにな」


 促された部下は息を大きく吸い込むと、イツシズの耳元で呟いた。


「近衛騎士団本部が、皇太子殿下率いるお付き騎士達に占拠されました」


「……………………は? そ、そんな馬鹿な……門は? 跳ね橋は? 守備兵は?」


 近衛騎士団本部は、帝都内にある施設の中で、最強の防御施設だ。

 イツシズが尋ねた門と跳ね橋は、その防御設備の代表的なもので、百人足らずのお付き騎士にどうにかできるものではないのだが……。


「本部内に手引きした者がいたようなのです……門も跳ね橋も瞬く間に向こうの手に落ち……守備兵もドブさらいで出払っており、あえなく……」


 部下の言葉は、イツシズの栄光の一日に決定的な影を落とした。

 思わず背後のガズルを見ると、表情を失ったイツシズを面白そうに見ていた。

王道作戦も次の段階に入りました。

果たして、グーシュ達の次の一手は?


という訳で、次回 第34話 裏切り に続きます。

お楽しみに。


次回更新予定は24日の予定となります。

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