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第33話-2 王道作戦

 イツシズ達のドブさらい計画は、山場を迎えていた。


 大規模な邸宅を持ち、立てこもられると厄介な目標を馬車での移動中に殺害する第一段階。

 第一段階の異変を感じ取り、家屋敷に籠った目標を強襲する第二段階。


 計画の初期段階はこの二段構えになっている。

 第二段階の目標は当然ながら、家屋敷の規模が比較的小さく、立てこもっても襲撃可能な対象が選ばれていた。

 その目論見は正しく、当初は順調に進んでいた。


 しかし、目標はルーリアト帝国保守派の重鎮たちである。

 当然ながら、十分すぎる対策を取っている者も存在した。


 その一人、ミース・ギャナの邸宅は、イツシズ派の処刑場と化した。

 

 勿論、イツシズの手勢も第二段階の目標の中に対策を立てている者がいる事は想定していた。

 盾や大型の弓。

 扉を破壊する個人携帯式の破城槌。


 これらを装備した、二十人ほどの武装兵たちは人通りの少ない街を進み、通りに面した小さな商店と言った風情のギャナ邸に突入した。


 ギャナの護衛は五人。

 使用人を入れても十人足らず。家は二階建ての小規模なもの。

 扉をこじ開け、突入してミースを殺せばそれで終わり。

 すぐに次の目標へと向かう。


 そんな事を考えていた襲撃部隊は、二階への階段を登る途中に壁から吹き出した熱せられた油によって大打撃を負った。


 先頭を進んでいた二名は予期せぬ油によって深刻な火傷を負った。

 さらに重い盾を構えていたその二人を含む先鋒集団が、油によって足を滑らせ転倒したことにより、階段付近にいた部隊の半数が将棋倒しになり負傷した。


 想定外の事態に慌てふためく襲撃者達に、ギャナの手勢は容赦なかった。

 転倒したと同時に二階の部屋の扉が開き、石弓を構えた使用人の女が矢を放ったのだ。


 至近距離から巻き上げ式の強力な石弓を受けた襲撃者は、下敷きにした仲間諸共床に縫い付けられた。


 階段下で負傷によって動けず身動きの取れない仲間を守るべく、動ける襲撃者は盾を構えて階段下の仲間を助けるために進んだ。


 しかし、それもギャナの手勢の想定した通りの動きだった。

 混乱の最中警戒の緩んだ入り口から、突然の襲撃を受けたのだ。

 二階の窓から縄梯子で降り立った、護衛の男たちだった。


 仲間の救助と二階への警戒に気を取られていた襲撃者たちはなすすべも無い。

 背中から手練れに襲われ、次々に倒れていく。


 だが、ギャナの手勢は止めを刺さなかった。

 手足や腹を攻撃して動けないようにすると、そのまま外にある縄梯子を伝い、二階へと戻っていったのだ。


 こうして、ギャナ邸の一階には苦悶する襲撃者達が残された。

 全員が火傷、骨折、矢傷、手足の筋の切断、内蔵損傷を伴う刺し傷により身動きが取れない状況でだ。


 ギャナの手勢は優秀だった。

 こうしておけば、一階の負傷者が呼び水になって、襲撃者の増援の動きを縛れることを知っていたのだ。


 すでに二階の窓からは石弓と薬式鉄弓が外を狙い、鉄の板が覆っていた。

 ギャナ邸はすでに小規模な要塞の様相を呈していたのだ。


「奥様。うまい事いきましたわ」


 使用人頭の女が、二階の奥の部屋で椅子に腰かける老女に声を掛けた。

 白髪に深い皺を刻み、それでもなお気品と知性を感じさせる才女。


 帝国知識層の元締めとも呼ばれ、帝都の一画にあるこの小さな邸宅の茶会を通じ、帝国中枢に影響力を誇示する中央集権派の重鎮だ。


 貴族でも騎士でもない、一商人の未亡人がここまでの存在になったことからも、その実力が伺える人物だ。


 そして、その能力はこの非常時においても遺憾なく発揮されていた。

 彼女はグーシュの死と、それに伴う近衛騎士団とお付き騎士の抗争が始まった段階で、イツシズが最終的解決を試みる事を予期して、自身の邸宅にありったけの防御設備を施していたのだ。


 その上、護衛兵以外の使用人たちも、経歴こそ一般的な使用人でしかないが、休暇を利用して手練れの護衛兵から訓練を受けた優秀な戦闘要員だ。


 イツシズという男の本質をある種グーシュ並み、いやそれ以上に理解していた彼女だからこその備えだった。

 イツシズという男は、小心者で慎重な男だ。

 使用人たちを全員それとわかる経歴の手練れで固めてしまえば、必ずそれを打ち破る事が出来る戦力を揃えてくる。


 だからこそ、イツシズの目測を誤らせるべく、彼女は努力を惜しまなかったのだ。


「イツシズの事だから、状況把握のための手段を用意しているはずです。ここを見張っている連絡係が報告を上げてから、恐らく予備の兵力を即座に投入してくるはずです」


 柔和な口調ながら、ミースの目は鋭い。

 そしてその鋭い視線を受ける使用人頭の女性もまた、この状況下にあって冷静に事態に対応していた。

 手練れだが、素行が悪く騎士団を放逐された護衛兵達と、訓練を受けひとかどの戦闘要員となった使用人をまとめるその力は、伊達ではない。


「予備兵力はどう出ますでしょうか?」


「イツシズの指示ならば……恐らく状況把握のため、慎重にこちらを探る筈です。ですが、みすみすそんな事をさせる事はありません。一階で痛めつけた連中の中に、女はいましたか?」


「数人いたと報告を受けています」


「では、敵の二陣が来たらその女を痛めつけましょう。石弓で手足を撃つのがいいでしょうね。仲間の女の悲鳴が聞こえれば、相手も取り乱すでしょう」


 冷酷なミースの言葉にも、使用人頭の反応は薄い。

 ミースへの心酔と、効率を追い求めた冷酷で冷静な判断力の賜物だった。


「なるほど。そうして、相手が態勢を固めないように挑発するのですね。しかし乗ってくるでしょうか?」


「来ますよ。相手は恐らくイツシズの手勢でしょう。とすると男連中は近衛騎士と私兵連中ですが、女はお付き騎士を倒した後に備えてイツシズが養成していた者達の筈。騎士やああいう連中は、女には甘いものです」


「そういうものですか。感服いたしました奥様」


 頭を下げる使用人頭に、ミースは微笑む。

 

「籠城し続ければ、それだけイツシズの立場は不利になります。中央通りの民衆も、夜には家に戻りますし、初日の式典が終わればグーシュの棺を連れた帝都巡りの車列も動き出します。確かに近衛騎士団は帝都の全権を現状握っていますが、駐留騎士団には私たちの味方も多い。多少賭けにはなりますが、臨機応変に動けばイツシズの寝首を掻くことも可能です」


「お任せください奥様。一週間は耐えられる準備があります」


「まあ、頼もしいわ」


 機嫌よさそうに微笑むミースに一礼すると、使用人頭はゆっくりと退室した。

 見送ったミースは、それを見ると小さく息を吐いた。


 実際の所、準備は整えたものの先行きは不透明だった。

 彼女は優秀な頭脳と人脈を持つが、相手も帝国の影の支配者と呼ばれるイツシズなのだ。


 ここまで対策をしたものの、帝都からの脱出や保守派戦力の集結といった根本的な対策を取れなかったのは、イツシズの各種工作と今回の襲撃準備の隠ぺいの手際の良さによるものだ。


 むしろ、襲撃を匂わせて国葬への出席を取りやめさせ、政治力を削ぐ謀略である可能性を、実際に襲撃されるまでミースですら排除できない程だったのだ。


 すでに戦略面で負けている状況を、邸宅への籠城という戦術でどこまで挽回できるのか。

 事態はそこまで悪化していた。


「けれどもまだ、負けたわけではありませんわ。イツシズ……我々の帝国への思い、見くびらない事ですね」


 そうしてミースは、扉の向こうで襲撃に備えている、自身が最も信頼する部下を思った。

 どうか、彼らに女神ハイタの加護を。

 彼らと、我々に栄光を。

 

 そんな事を胸中で唱えた瞬間。


 轟音とともに、邸宅が小さく揺れた。


「何事!!!」


 まるで何かが窓を突き破って飛び込んで来たような音だった。


 イツシズが投石器でも持ち出したのかと思い、状況を知るべく扉の向こうへと必死に声を掛ける。

 だが、信頼する部下たちからの報告は無い。

 

 それどころか、聞きなれた声の悲鳴と怒号が聞こえてくる。

 しかも、剣げきも薬式鉄弓の発砲音すら聞こえない。

 

 その意味が分からず。

 いや、想像は出来るが、あまりにも常軌を逸していて、信じる事が出来ない。


(まさか……あの子達が抵抗も出来ずに一方的に、窓から入ってきた何かにやられている!?)


 異様な悲鳴は、十秒も立たずに途絶えた。

 ミースは、震える手で枕元にある短刀を構えた。


 そして、覚悟を決める間もなく。


 勢いよく扉が開かれた。


「お、いた」


「上品な感じのおばあちゃん……ミースさんだ、間違いない」


 そこに立っていたのは、見た事も無い程美しい、二人の女だった。

 身長は小柄で、それでいて胸や尻は大きく、まるで街娼の様にミースには感じられた。


 服装は商家の娘の様な上品な上着と革の股引で、皮鎧はおろか胸当てすらつけていない。


 それでも、ミースにはその女たちが扉の向こうの惨劇の主だとすぐにわかった。

 簡単な事だ。

 その女たちの手には、血に塗れ、刃こぼれした片刃の刀剣が握られていたからだ。


 その一方で、本人たちには血しぶきすらついていない。

 立て続けに起こる矛盾した事実に、ミースは眩暈を覚えた。


「あ、大丈夫おばあちゃん? 体調悪いの?」


「足も悪いはずだ。ごめんね、いきなり来て」


 困惑はさらに深まる。

 なぜ、この女たちは心配するような事を言うのか?

 実は、自分を助けに来たのだろうか?


 一瞬浮かんだ都合のいい想像。

 二人の背後に見える、見知った生首から目と心を逸らす。


 そんな現実逃避は、しかしすぐに終わった。


「やっぱり体調悪そうだし、すぐに済ませないと。じゃ、殺すね」


 殺す。

 その言葉に何か言おうとした瞬間、ミースの首は切り裂かれていた。

 構えた短刀を投げ出し、必死に首を押さえる。


 しかし、驚くほど熱い血と、必死に吸い込む空気が漏れるのを止める事は出来なかった。

 息が出来ない苦しさと、体の奥から湧いてくる恐ろしい寒さが、瞬く間にミースの体を包んだ。


「おま……なにも、の」


 最後の酸素で、擦れた笛の様な声を出し、尋ねる。

 二人の女は、わかり切ったことを聞かれたような顔を浮かべ、答えた。


「「見てわかるでしょう? 近衛騎士だよ」」


 そんな訳があるか。

 そんな感想を抱くことも無く、帝国の知恵者とも言われた才女は死んだ。

 あとには、そんな老女を見下ろす外務参謀部施設警備課のSSが二人立っていた。


「さてと、任務完了だ」


「下で生きてるのはどうする?」


「後で何か証言されるとまずいな。ちょうどよく階段に油が撒かれているから、火をつけよう。防戦空しくミースおばあちゃん討ち死に。襲撃側も巻き込まれ全滅って流れで行こう」


「了解。下の人たちごめんねー」


 階下の負傷者たちは、唐突に聞こえた女の声に反応することも動くことも出来なかった。

 

 それから間もなく。

 皇族も訪れたルーリアト帝国知の社交場、ミース・ギャナ邸は焼け落ちた。


 そしてこの火災が、王道作戦を次の段階へと進める狼煙となった。

ここから地球連邦軍のターン!

次回、セミックとルイガにも動きが……。

お楽しみに。


次回の更新は15日を予定しております。

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