上田拓は愛がほしい―1
※この短編は第二章読了後にお読みください。
上田拓の両親は二十世紀の日本では珍しい、人間同士の夫婦だった。
しかも反アンドロイド主義者ではなく、極々普通の恋愛結婚によるという点ではさらに珍しい家庭だった。
だが、珍しい点はここだけでは無かった。
それは、幼馴染として幼少からずっと愛を育んでいた二人が、18歳のアンドロイド支給の際に生じたある選択による。
日本やアンドロイドへの好感度の高い地域においては、支給されるアンドロイドを自身の伴侶、パートナーとして設定し、扱う事が一般的だった。
それ以外の、宗教上忌避感が強い地域や人間同士の結婚風習が根強く残る地域では兄弟姉妹や同性の親友とする地域もあった。
だが、上田夫妻にとってはどちらもその選択肢では足り得なかった。
夫妻は互いに深く愛し合っていたので、そんな二人の家庭に親友や身内としての存在、増してや相手以外のパートナーを入れるというのも論外だった。
かと言ってアンドロイドを受け取らないという選択肢も無かった。
夫妻は反アンドロイド主義的な主張とは無縁であり、どちらかといえば忌避してすらいた。
ただでさえ人間同士の夫婦というだけで反アンドロイド主義者から様々なアプローチを受けてうんざりしていたところに、この上アンドロイド支給を受けない選択などしようものなら、その面倒の増加は想像するに難くない。
そこで、上田夫妻は名案を考えた。
これから生まれるであろう自分たちの子供の、姉妹として設定したアンドロイドを受け取る事にしたのだ。
自分たちの子供であり、共に子供を見守り、いつくしむ存在。
父親のパートナーアンドロイド、リンゴ。
母親のパートナーアンドロイド、ミカン。
これから生まれるであろう子供の姉と妹として設定された二人のアンドロイドは、こうして上田家の一員となった。
そして、四年後。
上田夫妻が大学を卒業すると同時に……。
上田拓は姉と年上の妹がいる家庭に生を受けた。
優しい両親と、優しい姉妹。
だが、この愛と優しさに溢れた家庭は拓少年に少々歪んだ感覚を植え付けた。
それは、例えば年上の妹という存在に対する疑問……。
「いやみかんねえちゃんはねえちゃんだろ」
「いいや、俺はお前の妹だよ」
「??? りんごねえちゃんもいもうと?」
「いいえ、僕は拓のお姉ちゃんだよ」
「??? おんなじくらいおおきいのに?」
「僕たちはアンドロイドだからね……」
それは、人間同士の夫婦という珍しい存在に対する疑問……。
「おとうさんとおかあさんは、どっちがあんどろいどなの?」
「いいえ、わたしたちはどちらも人間よ」
「?????」
物心ついた頃、拓少年は繰り返しこの質問を家族にした。
家族はその度に優しく事情を語ったが、それは拓少年の疑問を増大させるだけだった。
特に、同年代の友人が増えるに従ってその疑問はさらに大きくなっていった。
というのも、この時代の一般的な家庭というのは概ね二パターン。
パートナーアンドロイドを伴侶とする人間の家庭に代理出産等で生まれた子供というパターン。
日本ではこの家庭が一番多く、特に日本政府により子供をつくった場合ベーシックインカム制度による生活ポイントが増額されるため非常に人気があった。
……が、希望者に反して代理出産を担う女性が少ないため男性が子供を持つことは難しく、かといって女性の側も見ず知らずの男性とのランダムマッチングは望まず、政府非公認のお見合いサイトを用いてごく少数の見目麗しい、高学歴男性の子供だけが増えるという問題が生じていた。
そしてもう一つのパターン。
日本においては先のパターンで生まれた子供が引き取り拒否や育児放棄された結果。
海外においては一部の国で導入されつつある人工子宮を用いて”生産”された子供が育成される、アンドロイドによる養育施設だ。
このアンドロイド養育施設は来訪前の養護施設とは違い、集合住宅の様な構造の施設で男女二人のアンドロイドが一人ないし二人(主に血縁関係にある子供)の子供を通常の家庭の様な状況で育てるものだ。
一部からは人間工場と批判されたものの、医学的科学的に万全の環境下でアンドロイドによって育成された子供たちは、犯罪や非行ともほぼ無縁。
少子化にあえぐこの時代の地球における救いともてはやされていた。
と、こうなると上田家の異質さが際立つ。
なにせ、通常の家庭なら人間一人の所に二人。
それに加えてアンドロイドが二人……つまりは二倍以上の愛に溢れているのだ。
例えば上田拓少年の友人で言うと……。
養育施設育ちの津志田南は優しいアンドロイドの両親に育てられているが、本当の母親には思ったより可愛くないと引き取りを拒否された(この当時の制度的欠陥で、養育施設への入所理由が公にされていた)。
父親とそのパートナーアンドロイドの母親だけの前潟美羽は、優しい母親はいるものの父親は仕事で忙しく、ほとんど家にはいない。
「……そうか。俺……幸せなんだな」
中学生になり、思春期真っ盛りの上田拓少年は、ある日……悟った。
「なんや藪から棒に……」
最近友達になった、中国から一人で来た王松園が唐突な上田拓の言葉に対して聞き返した。
王も人間の夫婦による家庭だったが、拓のようにアンドロイドまでもが愛情を注ぐ環境にはなかった。
さらにいうと、中国随一の富豪一家出身という点で上田拓少年以上の特異家庭と言える。
「……今の時代、歴史上最も人間が幸せだと言われてるけどよお……その一方で人間本来の家族の形が壊れてるってマイチューブで言ってた……アンドロイドの、設定された愛だけじゃ代替しきれなくて、そのせいで多くの人たちが不幸になってる……ってマイチューブで言ってた」
「……なんか悪いもんでも食ったか?」
王が深刻な表情で尋ねたが、上田拓は本気だった。
「……まつ、俺……来訪前の事が知りたい」
こうして、彼は生まれて初めて”調べる”という行為を行うことにした。
上田拓少年を通して未来の家族について書いてみました。
もう少しだけ続きます。
次回更新は1月20日の予定です。




