第32話-2 ドブさらい計画
住民が去った後の居住区は、惨劇に包まれた。
潜んでいた武装集団が貴族や商人の家屋敷に押し入り、次々に殺害していったのだ。
勿論、そういった人物はそれ相応の護衛を付けている。
だが、襲撃者たちの戦力は貴人が日常的に付けている護衛などでは対抗困難な程強大だった。
革と金属の輪を組み合わせた堅牢な鎧。
巻き上げ式の強力な機構を備えた石弓。
薬式鉄弓。
これら高価な装備を備え、高度に訓練された武装集団は、軽装備かつ暴漢程度の襲撃しか想定していなかった護衛達を圧倒した。
その結果、昼間の明るい通りに打ち壊された馬車、死んだ馬。
そして無残な姿になった護衛と貴人の死体が並び、武装集団の侵入を許した屋敷の中には炎上した場所まであった。
当然、薬式鉄弓の発砲音や火事の煙、剣を討ち合う音や悲鳴によって、ただならぬ事態が起こっている事は知れ渡っていた。
貴人達の中でも守旧派に属する者達ははすぐに、この事態がイツシズ達改革派によるものだと感づき、国葬への出席を取りやめるに至った。
そうでない国葬出席者達は、異常事態に恐れおののきながらも、案内役として突如やってきた近衛騎士に脅されるように会場へと案内されていった。
「今のところ順調か?」
帝都中央広場の国葬会場。
帝都騎士団が立ち並び、花々に囲まれた空の棺を守る、異様な会場。
そんな会場の、棺脇に設けられた皇帝を始めとする貴人専用の待機場で、イツシズは敷かれた絨毯の上にどっかりと座りながら、状況報告に来た騎士に訊ねた。
「はい。第一段階は完了しました。籠城されると厄介な規模の大きい屋敷の連中は移動中に片付けました。予定通り、事態を察知して籠城した連中を潰しにかかります」
騎士の物騒な報告を、貴人席に座っている幾人かの貴族が聞いているが、誰も青い顔のまま何も言わなかった。
もはやこの場には、イツシズに逆らう意志も能力も無い者しかいなかったのだ。
「よし、狼煙を上げろ。第二段階だ。立てこもった連中を殺し、家屋敷を焼け」
「はっ」
「ルイガはどうだ?」
「帝城の中庭で待たせています。現状では火災の煙や戦闘音は聞こえていませんので、気が付いていないはずです。このまま予定の刻になり次第会場入りさせます」
「うむ、うむ。気取られるなよ。ルイガを入れたら皇帝陛下を会場入りさせろ。そうしたらすぐに国葬開始だ。全体に通達、急げ」
「はっ」
イツシズの命令を受け、近衛騎士は足早ににその場を後にした。
その後には、機嫌のいいイツシズを遠巻きに見つめる貴族たちと、イツシズ当人だけが残された。
当然のように、そんなイツシズに話しかける者も、近づく者もいない。
いや、いなかった、と言うべきか。
「上機嫌だな、イツシズ」
自分に話しかけてくる者など、皇帝以外にはいないと高をくくっていたイツシズは驚いて振り向いた。
そこにいたのは、皇族の証である甲冑に身を包んだ帝弟のガズルだ。
妙な衣装に身を包んだ、属国出身者と思しき女二人に抱えらえた姿はやや情けないものの、普段の女たらしは何処へやら。
その姿は妙な威厳に溢れていた。
普段なら心中で馬鹿にしていたイツシズも、思わず立ち上がり心からの礼を尽くしたほどだ。
「が、ガズル様……このような日に上機嫌など……」
イツシズは内心焦った。
どういう事情であれ、今日は皇位継承権を持つ直系皇族の葬儀なのだ。
近衛騎士団の幹部が機嫌よくしていていい日ではない。
「よいよい、気にするな。私だって事情くらいは知っている。ただな、あまり露骨にするなよ」
女たらしのガズルに諭されるなど屈辱だったが、どう考えても相手に利があった。
イツシズは歯を食いしばりつつ、神妙な顔で再び頭を下げた。
「……しかし、ガズル様。ご予定では体調不良のため国葬は休まれるとの事では?」
自信の失態を隠すように、イツシズは話題を変えた。
最近のガズルは人が変わったように皇族の業務に励むとは評判だったが、てっきり冗談だとイツシズは思っていたのだ。
そんなイツシズの言葉を聞き、ガズルは嬉しそうに自分を支える二人の女の頭に手を置いた。
「いやな、この娘達が支えてくれるし、何より今屋敷には客人が来ているのでな。彼らは忙しいので、邪魔をしないようにな、今日はここに来たのだ」
ガズルの言葉に適当な相槌を打ったイツシズだったが、その言葉には疑問を持った。
まるで、ガズル自身も今回の国葬を軽く見ているような物言いだったからだ。
ガズルという男は確かに放蕩皇族として有名だった男だが、グーシュリャリャポスティとは親しかった……もとい性的に執着している相手だったはずだ。
(いったい何が……)
イツシズがそんな事を考えていると、なんとガズルがイツシズの隣にどっかりと座り込んだ。
ガズルは役職が無いとはいえ帝弟である。
表向き近衛騎士団の一幹部に過ぎないイツシズの隣に座るなど、あり得ない事だ。
「ガズル殿! このような場所で……」
慌てるイツシズだがガズルと、その反対側にイツシズを挟むように座った支えていた女に軽く押さえられ、身動きが取れなくなってしまった。
「まあまあ、積もる話もあるし、この爺にちょっと付き合ってくれ」
「ぐ、うぐぐ……」
予想外の出来事に焦るイツシズを尻目に、ガズルは不敵な笑みを浮かべた。
そう。
何も、計画が予定通りにいって喜んでいたのは、イツシズだけでは無かったのだ。
ドブさらいが第二段階に移行したと同時に、もう一つの計画。
王道計画が動き出した。
イツシズ最良の日終了のお知らせ。
という訳で、次回 第33話 王道作戦
お楽しみに。
次の更新予定は4月6日の予定です。
どうかよろしくお願いします。




