第31話-2 特務課
「という訳だ……おい、言っただろ。無線じゃなくて挙手しろ」
一通りの説明を終え、質疑応答となった。
一木としては、データリンクすれば一瞬で済むことをわざわざやってくれている事を思うと、頭が下がる思いだった。
殺大佐がわざわざ先ほどの言葉を再び言ったのは、誰か無線で何か言おうとしたのだろうか。
そんな事を一木が考えていると、部屋にいる一人のSSが手を上げた。
随分と肉付きのいい女性型のアンドロイドだ。
グラマーというよりは、どちらかと言うとぽっちゃりとした女性だ。
笑ったような柔和な表情に、まん丸の輪郭が優しそうな印象を感じさせた。
「外務参謀部施設警備課課長、アーティ少佐です。……えーと……」
アーティ少佐はチラチラと一木と殺大佐を見た。
通信を入れているのか、殺大佐はコクコクと頷いていた。
「アーティ少佐、いいぞ。というかだ、他の奴も遠慮せずに聞いておけ。全員が気にしている事だろうからな」
どことなく不穏な言い方の殺大佐に、一木は不安を感じた。
しかし、部屋のアンドロイド達の視線が自分に注がれている状況で、いつものようにモノアイを回して狼狽えるわけにはいかない。
一木は意を決して、なるべく堂々とした態度に見えるように大きく頷き、アーティ少佐を促した。
「それでは……。殺部長の説明に関しては、質問はありません……。私、というより私たち全員が疑問に思っている事は、今回の作戦の根本的な点です」
そこまで言ったところで、部屋のアンドロイド達の視線が険しくなった。
一木は思わず、一瞬たじろぎかけて椅子を小さく軋ませた。
「なぜ、我々が異世界人の立てた作戦案に従って動かなければならないか、という事です」
「な、何?」
慎重な物言いを心がけようとしたにも関わらず、素っ頓狂な言葉が出た事に一木は少し慌てた。
落ち着こうとして、アーティ少佐をモノアイでじっと見つめる。
どういう意図の言葉なのか。
見極めようとしての事だったが、笑ったような表情に垣間見える、ただならぬ気配を感じて、一木は自分の気持ちが萎縮するのを感じた。
「我々一同は、あなた達地球人類に仕える存在です。ですから当然、上官でもある一木代将のご命令には従います……ですが、我々はある疑念を払しょくできないでいるのです。それ故に、今回の作戦に全面的に賛同できないでいます」
アーティ少佐の言葉に、一木はまずは落ち着こうと。心の中で三秒ほど時間を数えた。
こういう時、深呼吸が出来ない自分が恨めしい。
その間部屋を見渡すが、視線を見るに特務課のアンドロイド達共通の思いらしい。
「少佐、疑念とは何だ?」
多少は威厳のある口調で一木が問うと、アーティ少佐は柔らかい笑みを浮かべ、その上で目つきは鋭いままで言った。
「グーシュリャリャポスティオブザーバーは、果たして本当に信用に足るのかという事です。失礼ですが、代将閣下は将官学校を卒業されて間もない方です。それに、経歴の点でも不慣れな点が多い……海千山千の異世界人に利用されているのではないかと、我々は心配しているのです」
あまりな物言いに、一木は怒りよりも先に困惑した。
殺大佐とクラレッタ大佐が叱責する……してくれるのではないかと、一瞬期待して二人を見たが、二人は黙ったままだった。
と、二人を見た後で、いつまでたっても他人に頼る自分を恥じた。
部下に舐められた程度で狼狽えていては、これから先やってはいけないだろう。
賽野目博士から頼まれた事も、大切な存在を守ることも、到底できるはずがない。
「グーシュは……」
意を決して口を開いた瞬間……。
「無礼者!!!!」
突然開いた部屋のドア。
そこに立っている少女が発した大音声に、部屋中の視線がその少女に集中する。
年の頃は十代後半程。
セーラー服に似た軍服に、戦闘用航宙艦SAが着る灰色のロングコートを羽織った少女、いや少女型アンドロイドだ。
あまり見覚えの無いアンドロイドだ。
表示されたステータスによると、SSではなくSAだ。
強襲戦隊の重巡洋艦、オダ・ノブナガ。
明らかにこんな所にいる筈の無い種類のアンドロイドだ。
一木も含めた部屋中のアンドロイドが困惑する中、一足早く立ち直ったのはアーティ少佐だった。
「重巡洋艦がこんな所に何の用です! 一木代将もいる場で、無礼なのはどちら……」
アーティ少佐の言葉は最後まで発せられなかった。
オダ・ノブナガの背後から現れた、デフォルメではないミラー大佐の姿を見たからだ。
「ミラー部長!?」
「アーティ課長。随分な物言いね。先に一木代将に無礼を働いたのはあなたでしょう? 地球人であり、上官でもある一木代将の資質を問うなんて、随分と偉くなったわね」
最近すっかりデフォルメ姿が板についていたミラー大佐だが、本来の姿に戻ると以前の威厳……というか圧が戻ったようだ。
赴任当初の一木の胃を痛めたその勢いは健在だ。
そしてそれは直属の部下であるアーティ少佐の同じだったようで、明らかな焦りが表情から伺えた。
「ミラー大佐、元の体に戻ったのか!?」
その一方で一木はと言うと、久しく会っていなかったミラー大佐を見て、不思議な程喜びと嬉しさを感じていた。
思わず立ち上がって、ミラー大佐に近づいていくと、両手で肩を掴む。
「ミラー大佐! よく戻ったな。体も元通りだ……」
するとちょっと前の怖いミラー大佐から、デフォルメミラー大佐の様なふにゃふにゃな表情に戻ってしまう。
そんな様子が賽野目博士が見せた世界のミラー大佐を思わせて、一木は胸の奥が熱くなった。
「おお、情熱的だな一木! だがわらわにはその歓迎はやめてくれよ。お前の力はわらわには少々強すぎる」
入り口から聞こえた声に、一木がモノアイを向けると、そこにはほんの数日ぶりなのに、随分と懐かしく感じる顔が立っていた。
「グーシュ」
「おお、ただいま一木。宇宙は楽しかったぞ」
異世界派遣軍の軍服に身を包んだグーシュは、同じ服装のミルシャを引き連れ、一木とは比較にならないカリスマを振りまいて堂々と部屋に入ってきた。
特務課のSS達が注目する中、グーシュはブリーフィングルームの前方に腕組みして立った。
「さて、特務課の諸君。諸君が不信感を抱いている、グーシュリャリャポスティである」
SS達からの眼差しを真っ正面から受け止めながら、グーシュは笑みを浮かべて言った。
そんなグーシュの雰囲気に呑まれたように唖然としていたアーティ少佐だったが、我に返ると笑みを消し、真顔になり先ほどの質問を再開した。
「……グーシュリャリャポスティオブザーバー。お聞きになっていたのなら、話は早い。私たちの危惧は、そこまで不思議なものでしょうか? 現にあなたは、オブザーバーの立場を用いて、地球での政治活動を開始しました。そんなあなたを見て、どうしてあなたを疑わないことが出来るでしょうか?」
一木はグーシュを見た。
先ほどまではアーティ少佐の言葉に反発を覚えた一木だったが、そう言われるといささか反論しづらいのも事実だ。
グーシュはマイチューブで動画配信を始めて、現在も着々と大統領選挙出馬という大目標に向けて活動している。
そのための大前提であるルーリアト帝国での権力掌握の為に、一木と042艦隊を利用していると言われても、あながち的外れとは言えない。
この状況でグーシュはどのように反論するのか?
一木。そしてアーティ少佐達特務課SS達が注目する中、グーシュは腕組みしたまま笑みを浮かべていた。
そのまま三十秒ほど。
注目がだれる寸前、グーシュは口を開いた。
「アーティ少佐。美しく豊満な者よ。あなたは正しい」
「…………は? え? オブザーバーそれはどういう……」
「だから、あなた達の危惧は正しいと言ったのだ。わらわは一木と艦隊を利用する気満々だ」
特務課のSS達の反応がここで別れた。
困惑する者。
悲し気に目を細める者。
怒りをあらわにする者。
面白そうに笑みを浮かべる者。
部屋はグーシュのペースに呑まれ始めていた。
久しぶりにグーシュと一木が合流!
果たしてグーシュは一癖も二癖もある特務課のSS達の信用を得る事が出来るのか?
そして地上に降りたオダ・ノブナガの目的とは?
次回もお楽しみに。
次の更新予定は27日となります。
よろしくお願いします。




