第31話-1 特務課
「不安だな」
自室でアセナ大佐からの電文を読んでいたサーレハ司令は呟いた。
SSが用いる電文は、リアルタイム通信と違いごく短い文章しか送れないが、その分通信の強度が強く、量子通信以上に秘匿性が高いため、通信を行ったこと自体を隠蔽する場合に用いられる連絡手段だ。
サーレハ司令が読んでいる文面には、予定地点への到着、オールド・ロウとの接触と目標の確認。
そして、艦隊最精鋭のSS部隊の一つである警護課の壊滅が記されていた。
そんな苦い表情を浮かべたサーレハ司令は、そのまましばらく考え込んだ後、携帯端末を操作して休憩中の自身に代わり艦橋に詰めているスルターナ少佐を呼び出した。
「スルターナ。すまないが警護課の二人を起こしてくれ。ああ、そうだ。一木君の警護に回す。アセナに預けた警護課の主力が全滅した……。オールド・ロウの配下との戦力差がここまでだとすると、万が一と言う事も考えられる。……ああ、頼んだぞ」
通信を切ると、サーレハ司令は端末を机の上に放り投げた。
そのまま椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げる。
「……黒幕じみた事をしている割には……綱渡りだな」
自分に言い聞かせるように呟くと、ゆっくりと視線を正面に戻す。
作業用のメイン端末のモニターに、疲れ切った自身の顔が写っていた。
「大丈夫だ。うまくいく。うまく釣り上げ、うまく手に入れ、うまく手札を残し、うまく立ち去る。それだけだ」
言ってから、サーレハは自分を安心させるためのその言葉が、単なる願望であることに気が付き、ため息をついた。
「ここは皇女殿下を見習おう。なあに。失敗しても地球人類が滅びるだけだ」
グーシュとは似ても似つかない険しい表情で、サーレハは呟いた。
※
ルニ宿営地のブリーフィングルーム。
そこには今、艦隊から選抜されたSS達が二百名程集まっていた。
彼ら彼女らこそ、特務課と呼ばれる艦隊最精鋭のアンドロイド達である。
機動艦隊の組織の中核をなすのは、九つの部署。
艦隊参謀たちが部長職を兼務するそれらの部署は、下部組織である複数の課から成り立っており、彼らはもっぱら艦隊や基地で後方任務に就いている。
しかし、当然ながら異世界での任務は後方任務だけでは済まない。
最前線や異世界の社会に潜んで遂行する必要のある任務や、実力行使が必要とされる過酷な任務も多い。
それら任務に対応するため、部長直属として配される精鋭部隊こそが、通称特務課と呼ばれる実働部隊だ。
参謀管理部傘下の監査課(特務1課)。
通称ノゾキマ。
外務参謀部傘下の施設警備課(特務2課)。
通称グラマー。
文化参謀部傘下の食料課(特務3課)。
通称モンスターハンター。
情報参謀部傘下の諜報課(特務4課)。
通称カローシ。(ブリーフィング不参加)
兵站参謀部傘下の教育課(特務5課)。
通称キョーカン。(作戦自体に不参加)
艦務参謀部傘下の警務課(特務6課)。
通称パイレーツ。(この特務課は主力が艦船SAのため、代わりに仕事の無い海上課が参加)
作戦参謀部傘下の督戦課(特務7課)。
通称コールガール。
内務参謀部傘下の治安維持課(特務8課)。
通称ポリス。
艦隊参謀本部傘下の警護課(特務9課)。
通称ボディーガード。(別任務参加中のため不在)
一部不在の部隊もいるが、どのアンドロイドも精鋭ぞろいの特務課からさらに選抜された最精鋭だ。
纏う雰囲気も44師団の歩兵たちとは一線を画している。
そしてそんな緊張感あふれる部屋に、それ以上に緊張した面持ちの一木が入室してきた。
入室しながら敬礼とあいさつでもしようとしていた一木だったが、それよりも早く一斉に起立して敬礼する特務課のアンドロイド達。
その一糸乱れぬ動きに、一木は驚いてモノアイを回した。
「……ああ、皆、ご苦労。座ってくれ」
数秒の間の後、一木が答礼するとアンドロイド達は着席した。
一木は思わず身震いした。
勿論実際にはしない……いや出来ないが、それでも圧倒される程の迫力をアンドロイド達に感じたからだ。
(これが精鋭部隊……研修の時の独立旅団ともまた違う……)
「おめーらうるせえな。もう少し静かに敬礼しろよ」
圧倒されている一木に続いて入室した殺大佐がぶっきらぼうに言うと、急に部屋の雰囲気が和らいだ。
部屋のあちこちから「姐さん!」「シャー、元気?」というくだけた声が聞こえてくる。
「殺、口調。あなた達ももっと、真面目になさいませ」
しかし、殺大佐の後ろからクラレッタ大佐が声を掛けると、空気が一変した。
先ほどまでとは違う、ピリピリとした空気に部屋が包まれた。
(ああ、参謀たちと古参連中の関係性がようやく分かってきたぞ……)
今更な事を考えながら、一木はブリーフィングルーム前方に設けられた椅子に座った。
殺大佐はそのまま部屋の前方に立ち、クラレッタ大佐は一木の隣の椅子に座った。
「さあて、一木司令も交えての作戦確認だ。質問事項があれば挙手するように。横着して無線通信で質問するなよ」
殺大佐が言葉と共に、端末を操作して空中投影式モニターを表示した。
「ではいくぞ。”王道作戦”の概要だ」
モニターにずらりと百名近い人物の顔写真が表示された。
ルーリアト帝国の貴族や商人と思しき、位の高そうな人々だ。
「これがルーリアト帝国の守旧派。主に中央集権を主張する連中と、それを支援する商人連中だ。中には単純に汚職やあくどい商売をしてるただの悪党も交じってるがな。さて、お前たちにやってもらいたい任務は、単純だ」
殺大佐は大げさな仕草で、いかにも演技臭い口調で言った。
「こいつらを全員、殺してもらいたい」
部屋の空気が再び変わった。
一木はそれを感じ取った瞬間、もはや感じる事の無いはずの、鳥肌が立つ感覚を覚えた。
特務課のアンドロイド達が、楽しそうにしている事を感じ取ったからだ。
それを見て、殺大佐とクラレッタ大佐も薄く笑みを浮かべた。
「いいぞお前ら。じゃあ詳しい説明行くぞ」
特務課については、解説の「異世界派遣軍艦隊参謀の職務」にも説明があるのでご覧ください。
ちなみに海上課が暇なのは、惑星ワーヒドの海が巨大生物のせいで物騒すぎて活動できないからです。
次回は宿営地で進む作戦準備の模様の続きです。
更新は21日の予定です。
お楽しみに。




