第30話 国葬告知
「弘和くん!」
目が覚めた瞬間、一木の視界は泣き叫ぶマナの顔面に覆われた。
周囲を見回すと、どうやら強化機兵の整備スペースの様だった。
「マナ……俺は……査問会は?」
一木が声を絞り出すが、マナは泣きじゃくって喋ることが出来ない。
やむを得ず頭を撫でてやっていると、整備スペースに入ってくる人影が見えた。
「あら一木司令。お目覚めですか」
工具箱を持ったニャル中佐だった。
なぜか、目覚めた一木を見て残念そうな顔をしている。
「ああ。中佐、俺はどれくらい寝ていたんだ?」
「三日ほどですか。他の参謀の方々は目覚めていますよ」
ニャル中佐が備え付けの端末の画面を見ながら答えた。
なぜかため息を付き、えらく重量のある工具箱を床に置く。
「三日……じゃあ、査問会は……」
「当然終わりました。ご安心ください。殿下は無事です。詳細は参謀に聞いてください。ああ、まずはその前に、異常が無いか確認だけさせてくださいね」
そう言うと、ニャル中佐は端末を操作し始めた。
一木としては聞きたいことが山ほどあったが、ニャル中佐に聞いても仕方がないと諦め、尚も泣いているマナを撫でながら黙っていた。
だが、端末を見るニャル中佐から、時折舌打ちが聞こえるのが気になる。
「…………中佐、何か問題が?」
「いいえ、司令。残念ながら……問題ありませんよ。三日間も脳が覚醒状態のまま、強化機兵のコンピューターと接続が切れたまま昏睡という、非常に珍しい症状を詳しく調べる前に正常になってしまい残念などと、全く思っていません」
「…………その工具……」
「何か?」
「いや……別に」
一木はそれ以上、ニャル中佐に問いかけるのを止めた。
十中八九聞いても、自分の精神に対してろくなことにならないと知っていたからだ。
十分ほどして、一通りの点検を終えた一木は自室に戻り、殺、ジーク、クラレッタ、シャルルの四人を呼んだ。
この頃には、さすがにマナも通常の様子に戻っていた。
そうして、報告を聞いた一木は、賽野目博士がああいった行動に出た意味を改めて実感した。
スルトーマとシユウの強硬派二人組が人間の立場を持ち、本格的に動き出したという事は、近いのだろう。
彼らによって、地球連邦がエドゥディア文明と戦わせられる、その時が。
「一木司令……寝ている間、何かあったのか? 俺たちは起きたら三日経ってて、その上査問会の最中、ナンバーズにネットワーク上で拘束されたんだ」
査問会の説明を聞いた後、心配そうに殺大佐が言った。
考えを中断して一木が参謀たちを見ると、シャルル大佐ですら真顔で一木を心配そうに見ていた。
それを見て、如何に自分が心配されていたのか、一木は改めて実感した。
「詳しくは全員そろってから説明するが……自分の所にもナンバーズが……賽野目羅符が来た」
一木の言葉に、部屋に緊張が走った、
しかし、一木は手を振ってその緊張をかき消した。
「落ち着いてくれ。別に何かあったわけじゃない。単なる謝罪と、お願いをされただけだ」
「謝罪するような事があったのに、その上でお願いですか?」
ジーク大佐が不機嫌そうな声で言った。
参謀たちには、ナンバーズへの不信感が強いだけに、無理もない。
「そのことについても、後で話す。それで、グーシュの様子はどうだ? 報告通りなら、随分と大変な思いをしたみたいだが……」
一木が尋ねると、四人の参謀たちはなんとも言えない表情を浮かべ、互いに顔を見合わせた。
一木は、得も言われぬ感覚を覚え、モノアイをクルクルと回転させた。
「…………どうした? 何かあったのか?」
「えーとー、ですねー……」
シャルル大佐が苦笑いを浮かべている。
そんな珍しい光景の横では、クラレッタ大佐が首を横に振り、天を仰ぐ仕草をした。
「殿下なら、査問会が終わってすぐ……」
「すぐ?」
一木の再度の問いに、四人の参謀は再び顔を見合わせて、それから綺麗に重なった声で答えた。
「「「「生放送中だ」だよ」ですわ」です~」
一木のモノアイが盛大に回りだした。
※
「という訳で、わらわは本気で大統領を目指そうと思ったのだ。お、ミッチ13礼を言うぞ! 投げ銭に感謝する。という訳で次の質問は……ミルシャの乳のサイズ? ……いくつだミルシャ?」
査問会が終了した後。
マイチューブへの登録方法を聞いたグーシュは、加藤局長から解放された参謀たちと合流してそうそうにアカウントを作成した。
異世界人がアカウントを作れるのか参謀たちも半信半疑だったが、サーレハ司令が保障人になり、住所や口座を亡命異世界人の支援部署のものに設定する事で、驚くほどあっさりとグーシュはアカウントを作成することに成功した。
その後の動きは、さらに早かった。
動画投稿サイトの概念が今一つ分かっていないミルシャを隣に置き、ミユキ大佐に持ってこさせた自撮り棒に端末を取り付け、査問会終了後二時間足らずで生放送を開始したのだ。
作戦行動中の航宙艦からの放送など不可能だと思われたが、セキュリティを最大レベルに上げた上で異世界派遣軍公式チャンネルからの許諾をサーレハ司令が取ってくることで、機密事項を自動的にモザイクと音声処理で隠す動画投稿用AIが起動し、これまたあっさりと異世界人初のマイチューブ生放送が開始されてしまった。
先ほどまでのグーシュの演説の衝撃冷めやらぬ地球で、突如としてその主がマイチューブ生放送を開始したというネットニュースが流れ、ネット上は大騒ぎになった。
瞬く間にチャンネル登録者数は数百万を超え、とうとう規制が掛かった。
コメント欄はルーレットの様に目まぐるしく流れ、グーシュ達には到底読めない始末だ。
結局、参謀達がスタッフとして生放送の裏方に回り、意味のある有意義な書き込みを選別することで、かろうじで生放送は開始された。
グーシュはご機嫌で連邦の大統領への思いや、ルーリアトについて語った。
その中にはきわどい内容も含まれていたが、高性能AIがそれらを確実にブロックして、視聴者にピーっという不愉快な音声を確実に聞かせる事に成功した。
現地部隊の編成に話が及んだ時など、グーシュの声が消え、二分ほど電子音だけが流れる始末となった。
その結果、視聴者たちもさすがに学び、きわどい質問は減り、当たり障りのない質問が飛んでくるようになったのだった。
だが……。
「乳の大きさですか? 計った事が無いので……え? 下着? 帝国ではいつも布を巻いていたので……今は貰ったぶらじゃあを付けているので、前より楽ですね。え? ぶらじゃあの大きさ? 殿下、見てもらえますか」
そういってミルシャは、シャツのボタンを外してブラジャーを引っ張った。
たわわな胸元があらわになり、色気の無い軍用下着がさらけ出された、瞬間。
配信画面がモザイクに覆われた。
参謀達が顔を顰める中、コメント欄が悲鳴と怒号に支配される。
余談だが、これも文化の違いなのだ。
ルーリアトには、スリーサイズや下着を見られて羞恥心を感じるという感覚が無い。
(下着姿には感じるが、下着そのものには感じないのだ。最も、下着イコールほとんどただの布でしかないので、ある種当然の事ではある)
「えーと……アンダー、バスト72……トップバストが95……じーカップだな」
コメント欄が爆発した。
ルーレットどころか、単なる黒い帯にしか見えない。
げんなりする参謀達をしり目に、?を浮かべたグーシュとミルシャがポカンとした表情で携帯端末のレンズを見ていた。
※
「なんだそりゃ……適応力高すぎだろ」
一木のボヤキに、部屋の全員が頷いた。
実際に、同じ異世界人であるミルシャは未だにネットの概念を理解しきれていなかった。
恐らく、数百万人に自分が見られている事を自覚すれば、とてもではないが平然とした顔でカメラの前に座っていられないだろう。
「まあ、だからか。選ばれたのは……」
「? 一木司令、何か言ったかい?」
一木の小さな呟きに、ジーク大佐が反応した。
心中だけのつもりが声が漏れてしまったことに、一木は少しだけ慌てた。
「ああ、何でもない。何はともあれ、元気ならまずは良しとしよう。あとは現地の状況を見ながら、地上への帰還日程を……」
そこまで一木が言った瞬間だった。
デスクに置かれた携帯端末が、古風な音を鳴らした。
一木の生身時代と同じ、電話のベル音。
この音が鳴るのは、緊急連絡の時だけだ。
「わざわざ端末に連絡入れさせてるのか?」
殺大佐が不思議そうに尋ねた。
一木ならば、自分の体に内蔵された通信設備で済むからだ。
「あんまり通知が増えると、たまに見逃すんだよ。かと言って重要案件の呼び出し音をあまり大きくすると、ストレスなんだ……」
答えていると、小さな端末操作が苦手な一木に代わり、マナが端末を操作して、一木の顔に近づけてくれた。
画面を見ると、画面に映っているのは猫少佐だった。
どことなく、慌てたような様子が見られた。
「一木司令。大変な目にあった後で恐縮ですが、緊急事態です」
「構わない。何があった?」
視界の外から、殺大佐のミャオミャオという呟きが聞こえたが、さすがに無視した。
それは猫少佐も同様で、目線すら動かさずに、ある意味待ち望んでいた事態を告げた。
「帝都にグーシュ殿下の国葬が告知されました。事前情報通りの期日です。そして、すでにイツシズが手勢の招集を始めています。正規不正規合わせれば千人近いです」
猫少佐の報告を聞いた全員に緊張が走った。
いよいよだ。
ルーリアト帝国を連邦傘下にする作戦が、ついに本格化するのだ。
「皆聞いたな。いよいよだ。グーシュに連絡して、地上に戻る準備を急がせるんだ。特務課の招集だ。大至急宿営地に集結させて、期日までに足並みを揃えさせるんだ。猫少佐、帝都の部隊は引き続きイツシズ、セミックの両派を監視。動きがあれば逐一入れてくれ」
一木の矢継ぎ早の指示を聞いて、参謀達が慌ただしく通信を各部隊に飛ばし始めた。
「やりますよ。賽野目博士……俺がみんなを、救ってやる……」
約束の第一歩を果たすべく、一木は決意を固めた。
※
帝都に入るための関所では、ちょっとした騒動が起きていた。
グーシュの国葬が、規定の期日を早めて二週間後に行われる事が決まり、その結果管理が騎士団から近衛に移ったためだ。
結果、ある意味では不真面目。ある意味では融通の利いた関所の衛兵たちは追い出され、職務に忠実な忌むべき官僚主義の化身により関所が運用されることになったのだ。
彼らは治安維持を理由に関所に来た者達を、職業や住む場所に限らず追い返しにかかった。
それは徹底しており、ちょっとした用で帝都を出ていた住人ですら例外では無かった。
そんな不幸な者達がたむろする中、彼らはイツシズの指示に忠実に従い、商人や旅人に化けた手勢を帝都に入れていった。
そんな不平等な光景を多くの者達が歯噛みして見る中、一台の馬車が関所に差し掛かった。
当然、近衛騎士達は馬車を止めて、いつものように追い返しにかかろうとする。
「おい、止まれ! ポスティ殿下国葬の儀に伴い、帝都に外部の者を入れることは禁止となった! 御者! 引き返せ!」
近衛騎士に怒鳴られた御者の男は身をすくませた。
だが、御者が反応するよりも早く、馬車の扉が開いて、車内にいる人物が姿を現した。
結果彼らは驚愕することとなった。
車内から顔を出した人物に、見覚えがあったからだ。
「よ、ヨイティ殿下!!!」
近衛騎士の叫びに、関所の近衛騎士全員が驚愕した。
無理もない。
北方ダスティ家に嫁いだ筈の第二皇女……いや、元第二皇女がこんなところに護衛も無しに、単独の馬車に乗ってくるなどと、誰もが想像すらしていなかった事態だ。
だが、そこにいるのは式典などで多くの帝都臣民が見たシュシュリャリャヨイティその人に間違いなかった。
近衛騎士達は慌てて馬車から離れ、膝をついた。
「あらあら、こんな大事にしなくてよかったのに……」
ニコニコとした笑みを浮かべて、商人の娘といった風情のシュシュは近衛騎士に立つように仕草で命じた。
近衛騎士達は本当に立っていいものか迷い、おずおずとシュシュの顔を見た。
笑みを浮かべた糸目がうっすらと開き、氷のような冷たい瞳が近衛騎士達を見下ろしていた。
「い、いいえ……申し訳ございませんでした……」
震える足で立ち上がった彼らを見たシュシュは、満足そうにすると車内に戻り、椅子に座った。
「あら~、別にいいんだけどね。ただ、グーシュちゃんのお葬式だからね。どうしても来たかったのよ。でもね。わかるでしょ? おいそれと来られないわけよ、私の立場だと。つまりね……分かるわね?」
つまりは、お忍びだから口外するなと言う事だ。
近衛騎士達は、ただひたすらに頷くしかない。
彼らは、目の前にいる笑みを浮かべた少女がどんなに恐ろしいのか、痛いほど知っていたからだ。
「ええ、ええ……どうぞ、どうぞお通りください……」
そのまま、近衛騎士達に見送られて馬車は去っていった。
その様子を見ていた周辺の者達がおずおずと関所に近づいてきたが、彼らは再び横柄で乱暴な役人へと戻っていた。
「ふぅ……イツシズのおじ様、本当にやるつもりなのね」
関所を通った馬車の車内で、シュシュが呟いた。
「どぶさらい計画だったわね、確か。国葬に関する規定を利用して、反対派を一気に粛清する計画……」
対して、その呟きに答えた人物がシュシュの向かいに座っていた。
長い黒髪に、真っ白な肌の少女。
ルーリアトの一般的な服装。
白いシャツに革のズボンに身を包んだ、ルーリアト人にしては背の高い少女だ。
「ええ、そうよ。あの臆病なおじ様らしい、回りくどくて面倒な計画よ。しかも計画名にせんすがないわ。もっとえれがんとなせんすがほしいわ」
シュシュが怪しい発音で地球由来の言葉を言いながら、頬を膨らませる。
それを見て、向かいの少女はため息を付いた。
「あのね、公爵夫人……」
少女としては、緊張感の無いシュシュを戒めようとしたのだが、逆にシュシュはびしりと指を少女に突き付けた。
「ハナコ! 公爵夫人はやめなさい! これはお忍びなのだから、シュシュと呼びなさいな」
ハナコ呼ばれた少女は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「じゃあ、シュシュちゃん。もう少し緊張感を持ってくださいね。すでにこの帝都には、地球連邦軍の連中がうようよしているんだから……盗聴されている可能性もあるの」
真剣な表情で言い聞かせる少女だが、シュシュは意に介さない。
「あら。泣く子も黙る火星陸軍特殊部隊”RONIN”最強のサイボーグが守ってくださるのでしょう?」
「だから、そういう迂闊な事をやめてといってるの」
「大丈夫よ」
根拠のない、力強い言葉でシュシュは言い切った。
「随分な自信ですね。何か理由でも?」
「あなたと私の将星はまだ輝いています。ハナコ、あなたは自分の力と運命をもっと信じてください」
そう言ってシュシュは、ハナコの手をギュッと握りしめた。
「将星……ね。信じがたいけど……」
「信じてませんね? ならば予言しましょう。もうすぐ、グーシュちゃんが帰ってきますよ」
シュシュの言葉に、ハナコは少し引いた表情を浮かべた。
愛する兄妹が殺し合った末に心を病んだのではと思ったからだ。
「いや、本当に引かないでください。別に狂ってませんよ。ただ、私が将星を見る目が確かだと、証明したいのです」
「つまり、その将星とか言うものが、グーシュ殿下にはまだあると?」
ハナコの問いに、シュシュは強く頷いた。
「さあ、ハナコ。これから帝都で起こる、素晴らしい劇をじっくりと観劇しましょう、ね?」
さあ、戦争だ!
次回第31話 特務課
お楽しみに。
次回更新は3月15日の予定です。
よろしくお願いします。




