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第29話-2 対話

「偶然、ですか。血筋とか、特殊な才能とかではなく……」


「ああ、偶然だ。私が求めていた死期のパートナーの条件は、死期を深く、人と同様に愛してくれる事だった。その点、どうしても現代人では接し方が人間に対するものと違うものでね……そこで百年以上眠っている、君のような人間に目を付けたのだ。他にも数人の候補がいたが、性別や嗜好の関係で君に白羽の矢が立った……」


 賽野目博士の言葉を聞いて、一木は思わず笑い声を上げた。

 どうにも、自分らしかったからだ。

 ここで、血筋だの才能だの言われるよりは、余程自分らしい。


 そして、それだけにうれしくもあった。

 シキとの出会いは、運命以外の何物でもなかったからだ。

 あの子との出会いが、たとえ残酷な目的のためであろうとも、運命の結果であることが、どこか嬉しかった。


「それは、いいですね。ああ、やはりあなたを殴るわけにはいきません。シキと出会わせてくれたのは、どうあってもあなたなんですから……」


「そんな……無理はするな、一木君」


 賽野目博士は心配げに一木を見たが、一木はどこか晴れやかな気持ちで賽野目博士を見た。

 一木にとっては、恩人を恨むという事は、耐えがたかった。

 その点で言うと、先ほどの思いも自身を辛い感情から誤魔化すための、自分への方便なのかもしれない。

 どこか冷めた気持ちで、一木は自己分析した。


「無理など……まあ、そう言う事にしておいてくださいよ。俺はどうにも、人を恨む事が出来ない性質なんで……シキを殺した連中ですら……俺は……」


「君は……火人連を恨んでいないのか?」


 驚愕した表情の賽野目博士を、一木は自嘲しながら見返した。


「シキが殺られた瞬間、俺は激しい怒りに駆られました。そして、シキを殺したサイボーグの男を殺した。その後、シキに泣きついた時、聞こえたんです」


「聞こえた?」


「先輩って叫びながら、泣く女の声です。俺が殺したサイボーグに縋りついて、俺がシキにするように縋りついていた、女のサイボーグ……。あれを見た瞬間から、俺の中で怒りが鈍ったんです。それからずっと、火星の人間を恨もう、恨むべきだ。そう思っていた。けれども、ハイタ……さんが」


「ハイタで構わんよ。彼女もかしこまらない方が喜ぶ」


「……ハイタが会わせてくれたシキの最期……それで気が付いたんです。ああ、俺の復讐は終わって、俺が復讐される立場になったんだって……」


 それから一木は、自分が考えていた事を、賽野目博士に伝えた。

 それを聞いた賽野目博士の表情が、みるみるうちに強張っていく。


 そして、それを聞き終えた賽野目博士は、勢いよく立ち上がると、座っている一木の両肩を強く掴んだ。


「君は何をしようとしている!? そんな事をしても……」


 一木は賽野目博士につかまれ、痛いほどに食い込む指にも構わず、静かに賽野目博士を見上げた。


「誰も、喜ばないでしょうね。俺の自己満足だ。そもそも、あの女のサイボーグに会えるかも分からない。それでも、俺がやらないといけないんだ。あの女のサイボーグが俺みたいな異常者じゃない限り、絶対に復讐を考えるはずだ。だから……俺が……」


「一木君!」


「賽野目博士……みんなを、人類をよろしくお願いします。ハイタも目覚めたし、縮退炉も手に入ったんでしょう? それで、地球を。アンドロイドのみんなを……。マナを、どうか。どうか……」


 一木は肩を掴まれたまま、頭を下げた。

 それを見た賽野目博士は、愕然として手を離すと、テーブルに足をぶつけるまで後ずさった。


「博士?」


 様子のおかしい賽野目博士に、困惑した一木が声を掛ける。

 

「…………いや、これで、いいのかもしれんな……」


 震えた声で呟く賽野目博士。


「何を……」


「一木君。私がこんな事をした理由を説明していなかったな」


 震えの止まった。はっきりした口調で賽野目博士は言った。


「私は、君にあることを頼むつもりだった。だが、それはあまりにも過酷な事だ。そこで、私はある賭けをすることにした」


「賭け?」


 一木が聞き返すと、賽野目博士は崩れるようにテーブルに座り込んだ。

 筋肉に包まれた大柄な体が、ガラス製のテーブルにヒビを入れる。


「君からかけがえのないものを奪った代わりに、安寧をあげよう。だが、もしその安寧に違和感を抱き、気が付いたならば、その時は君に託そうと……」


 賽野目博士の言葉を聞いて、一木は唐突に現代に来てからこの老人に抱いていた違和感に気が付いた。

 この老人は、お人好しで他人に配慮する癖に、その配慮がどうしようもなくズレているのだ。

 人の為に死ぬ定めの少女をあてがい、少女を失った男に代わりの少女を押し付ける。


 そして今度は贖罪だと言って、男から全てを奪い、夢の世界に捕まえようとしたのだ。

 今更ながら、目の前の男が人間ではないと、一木は強く実感した。


「ふぅ……ふふ……ああ、すいません。それで、一体お願いってなんです? 託すって何を?」


 賽野目博士は、大きく息を吸い込んだ。

 さらに、たっぷりと間を開けて、告げた。


「人類の、未来をだ」


 今度は、笑いすら漏れなかった。

 また、随分と大きく出たなと、乾いた感想しか出てこなかった。


 そういう事は、主人公気質の、少年か少女に言う事だ。十四歳ならなおいい。

 自分のような運の悪い、要領の悪い、頭の悪いオッサンに言う事ではない。

 拒否の言葉が心の底から湧き上がってくるが、あまりにも真剣な賽野目博士を見て、かろうじでそれらを飲み込んだ。


「詳しく聞かせてください……返事はそれからです」


「最初に、まずは謝らなければならないのだが……本当にすまない一木君。私たち穏健派は……ハイタの縮退炉を手に入れる事が、出来なかった」


 今度の言葉の威力は絶大だった。

 シキの犠牲は、無駄だったと言われたに等しい。

 一木は、頭の中が真っ白になった。

多忙にて短くて申し訳ございません。

次回更新は三月五日の予定です。

次回で29話は終わり、新展開。

つまり、第四章も終盤に突入です。

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