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超番外編 年越し蕎麦誰で食べる?

この話の時間軸と場所は都合のいいなんでもありなものです。


一木弘和の食事に関する、ちょっとした分かりにくい小ネタです。


場所移動に際して改稿しました。

 食事の時間になると、アンドロイド達も食堂に集うのが042機動艦隊では一般的だった。

 サーレハ司令の方針で、賑やかな雰囲気で食事をするためにアンドロイド達に命じて音声で雑談させているのだ。


「大尉、あなたじゃダメです」


 しかし、シャルル大佐の冷え切った声が響いた瞬間、賑やかな食堂の空気も凍り付いた。

 

 今日は12月31日、大晦日だ。

 とはいえ、異世界派遣軍の艦隊勤務ともなればそういった季節行事に関する感覚も薄れる。


 実際に一木もシャルル大佐が年越し蕎麦を夕食に用意してくれるまですっかり忘れていた。


 忘れていたのだが、目の前に置かれた一杯のどんぶり。

 その中になみなみと注がれた湯気を上げる蕎麦つゆと、柔らかい醤油と鰹節の香りに入り混じる混蕎麦の香りが、一木に生身の頃の思い出をありありと思い出させてくれた。


 くれて、いたのだが……。


 浮かれた一木が早く蕎麦を味わうため、マナに自分と感覚共有用ケーブルの接続を命じた瞬間、先ほどのシャルル大佐の言葉が飛び出したのだ。


 マナは驚きと、恐らく怒りのためだろうか? 顔色が蒼白で、こめかみのあたりに血管が浮き出ていた。


 こういう時、一木は現代のアンドロイドの感情表現の細かさを恨んだ。

 血管も血流も無いのに彼女達アンドロイドには顔色や細かな皮膚の異常が起きるのだ。

 そんなものが無ければ、ありもしない胃が痛むことも無かったのに……。


 そんなボヤキを心の中でつぶやき、一木は凄まじい表情のアンドロイド二人をモノアイでチラリと見た。


 血管を浮かべ怒りをあらわにするマナに対し、シャルル大佐は声色に反して表情はいつもと同じ笑顔だったが、薄く開いた目は全く笑っておらず、それが一木には何より恐ろしかった。


 そんな緊迫した状況を打開する方法を探そうと、一木は食堂を必死に見渡した。


 しかし見つかったのはあからさまに一木達を無視するグーシュとミルシャ、騒動を察知して食堂の入り口から踵を返すサーレハ司令だった。


(薄情な!?)


 思わず心中で毒づく一木だったが、心の奥底では仕方がないと諦めてもいた。

 自分だって、同じ状況ならば首を突っ込まないようにすることが分かっていたからだ。


 製造年数60年越えのアンドロイドと、製造されてから半年も経っていないパートナーアンドロイド。


 方や成熟しすぎて複雑化した精神の持ち主。

 方や未熟で、個人に依存しきった精神構造の持ち主。


 数あるアンドロイドの中でも最も面倒な二種類がもめているのだ。

 通常人間に嫌われることを恐れて喧嘩の類を忌避するアンドロイドがもめているだけで厄介なのに、ここまで条件が揃うと役満だ。


(いやいやいや、現実逃避して愚痴っている場合じゃない……何とかせねば!)


 一木は意を決すると、静かに睨み合いをする二人を落ち着かせるべく口を開いた。


「まあまあ、二人共落ち着くんだ。シャルル大佐、先ほどの発言はどういう意味だ?」


 一木が尋ねると、シャルル大佐は小さく息を吐いた。

 すると、薄目に満ちた怒りの色が明らかに薄くなった。


(すこし、理性が……)


 一木が少し安堵すると同時に、シャルル大佐はいつもの声色で話し始めた。


「すいません一木代将、マナ大尉……いえ、私が悪いんです……ただ、そう。ただ、私は一木代将に美味しく蕎麦を食べてもらいたくて……」


「蕎麦?」


 意外な発言に一木が少し驚いていると、いまだに怒り冷めやらぬマナが割って入るように声を荒げた。


「それがどうして弘和君の食事を邪魔することに繋がるんですか!」


(いやマナ! お前も落ち着けよ!!)


 その思いを越えに出せないあたりが、一木弘和という男のダメな所であった。

 この男、十中八九嫁姑問題をこじらせるタイプの男だ。


 そんな一木の優柔不断な態度をよそに、シャルル大佐がマナを諫めるように……訂正。

 マナを小ばかにするように答えた。


「いやだって……大尉、一木さんの食事介助へったくそじゃないですか」


 ピシリ、と空気がまたもや凍った。

 一木が食堂を見渡すと、すでにグーシュとミルシャの姿は無く、それどころかいつも人間の食事風景を見学するために駄弁っている非番のアンドロイドの姿すら見当たらない。


 一木と、もめている二人だけがこの広いシャフリヤールの食堂に取り残されていた。


「特に麺類!!! ラーメンや蕎麦をアムアムアムアム! 啜らないでちんたら食べているのがどーにも嫌なんですよ! なぜ、啜らない! ズゾゾゾゾゾゾっていうあの心地いい豪快な食べ方こそが一木さんが望み、そしてラーメンや蕎麦うどんを美味しく食べる方法なんですよ!?」


「だって、食事の時は音を立てない、それが常識でしょう!? いくら味のためとは言えマナ―を守らなければ、弘和君のパートナーアンドロイド失格ですよ! 弘和君が食事中に音を立てるようなダメ人間だと思われたら私、申し訳なくてやっていけませんよ!」


「あなたこそ常識知らずでしょが大尉! 蕎麦やうどん、ラーメンは音を立てて食べるのがマナ―なんですよ! それをあなた……」


 それから数分間。

 不毛な議論は続いた。


 たしかに、マナの食事の仕方に今一つ疑念を抱いていた事は事実だった。


 卵かけごはんを箸でチビチビ食べる。

 握り寿司を醤油皿で崩してしまう。

 牛丼大盛りを食べきれないからと肉だけ食べる。


 そして一番物足りなく感じていたのが……マナが麺類をすすれない事だった。


(熱々の醬油ラーメンを啜らないで、齧り取るように食べるからなあ……確かにシャルル大佐の言う通り、あの音を立てて啜る感触を現実空間で味わいたいなあ……)


 仮想空間で食事をすれば可能とはいえ、現実空間での体験にはどうしても及ばないものだ。

 説明しがたい感覚ではあるが、現実にはやはり紙一重で人類には探知できない物があるのだろう。


(……ここは本来なら、マナに肩入れするべきなんだろうが……だが、あのおいしそうな蕎麦を思いっきり啜って食べたいのも事実……)


「そ、そこまで言うなら……シャルル大佐、見本を見せてもらおうじゃないか……」


「弘和君!?」


「いえーい♪ 一木司令わかってるー♪」


 露骨にショックを受けた表情を浮かべるマナと勝ち誇るシャルル大佐。


 結局一木は、好奇心と懐かしさに負けてシャルル大佐と食事感覚共有用ケーブルの接続を行った。

 すると……。


「な、なんだこの感覚は!? 香りが……香りが頭にしみるようだ!? 蕎麦や醤油の香りが深い……鰹節と醤油だけじゃない、昆布の香り……か? 凄い……蕎麦の香りだけじゃない……つなぎの小麦粉の香りまで分かるぞ!」


 参謀型アンドロイドという最高性能のアンドロイドは、その嗅覚や触感センサーもまた、優秀であり、あくまで市販品レベルのマナの感覚センサーとは雲泥の差があった。


「ぐぬぬぬぬ……」


 はしゃぐ一木の隣では、死ぬほど悔しそうにマナが呻いていた。


 そんなマナの様子に若干の罪悪感を感じながらも、一木は久しぶりに感じる”食欲”に突き動かされるままにシャルル大佐に蕎麦を食べるように頼んだ。


「は~い一木さん! いただきまーす」


 朗らかに応じると、シャルル大佐はどんぶりを手に取り、用意していた箸を用いて蕎麦を豪快に持ち上げた。


 瞬間、それまで以上に蕎麦の香りが立ち昇り、一木は思わず気を失いそうになった。


(す、凄いな。これが最高レベルの感覚センサーか……)


 驚く一木を見て、シャルル大佐は笑みを浮かべた。

 マナに勝利宣言をもたらす笑みだった。


「さあ一木さん! 私の味覚を味わったら、もう戻れませんよー!」


 シャルル大佐は叫ぶと同時に、勢いよく蕎麦を口に運んだ。

 そして、すすり上げるべく息を小さく吐き出し、吸い込む。


 次の瞬間……。


「グワーッ!!!」


 スレイヤーじみた悲鳴を上げて、一木は食堂の机に突っ伏した。

 あまりに勢いにモノアイの保護ガラスにヒビが入った。

 あまりの事にマナは一瞬呆然としたが、次の瞬間には慌てて一木の介抱を始めていた。


「……何が起こったのだ?」


「あ、グーシュ様」


 そんな混迷を極める場所に現れたのは、結局好奇心に全面降伏したグーシュだった。

 毎度おなじみの黒ジャージ姿で、一木の再起動を試みるマナを見つめていた。


「シャルル大佐お前、一木をお前の味覚のとりこにしようとしたんだろうが……それが何であの有様に? 事実、さっきまであんなに蕎麦とかいう料理を楽しみにしていたのに……」


 グーシュが尋ねると、シャルル大佐は悔しそうに顔を歪めた。


「ええ、ええ! その件は本当に残念でした……。途中まではまさに計画通りでしたが……どうも私特製の蕎麦粉と感度レベル最大設定の私のセンサーが相まって、一木さんの許容範囲を超える香りが伝わってしまったようですね」


 人間の嗅覚とは不思議なもので、例えいい香りでも度を越えてしまうと悪臭に感じてしまう性質を持っている。

 例えば、バラの香りも数百倍にするとおならの匂いと変わらない悪臭に感じるのだと言う。


「……つまり一木は、通常の数倍香りの強いあの蕎麦の匂いを、大佐の強すぎる嗅覚センサーで嗅いだデータを直接脳で受けて……」


「ええ。通常の百倍以上の蕎麦と醤油とだしの香りデータを未加工でぶち込んだんです。アンモニアを鼻の穴に垂らしたくらいの衝撃があったでしょうね……」


 シャルル大佐の話を聞いて、さしものグーシュも絶句した。

 そして、目の前で倒れ伏した哀れなサイボーグを静かに見つめた。


「一年の最期に、なんと哀れな……」


 食堂には、ただマナが一木を呼ぶ声だけが響いていた……。







「本当に酷い目に遭ったよ……」


 年明け後。

 一木は今は別艦隊に配属されている友人の一人、前潟代将と携帯端末で話し込んでいた。

 内容はもちろん先ほどの愚痴だ。


「蕎麦の香りを数百倍……想像つかないわね」


 クールなキャリアウーマンと言った風貌の美女が端末の画面の中で呟いた。

 一木はモノアイをクルクル回しながら頷く。


「あの独特の悪臭……金輪際嗅ぎたくないよ……まったく、シャルル大佐もなんであんなことを……」


 一木が呟くと、前潟代将は小さく声を上げた。


「えっ。それは当然、マナちゃんに自発的に上手な食事方法を学ばせるためでしょう?」


「あー。確かに……マナの奴、今必死に麺のすすり方や牛丼の美味しい食べ方勉強してるよ」


 一木が目を覚ました直後から、マナはアンドロイド用の食事介助データをインストールし、その動作を反復練習することに余念が無かった。

 自分の怠慢で一木を取られかけ、危険にさらしたことがよほど堪えたらしかった。


「それにシャルルだっけ? その文化参謀。自分のミスのせいにしてその場を収めてくれるなんて、しっかりものじゃない」


 前潟代将の言葉に、今度は一木が声を上げた。


「えっ? シャルル大佐のあれが、わざと?」


「いや、だってそうでしょ? 文化参謀基準の感覚センサーで調節された食事介助なんて受けたら、あなたもうマナちゃんのセンサーでは食事出来ないわよ」


「ええ! マジで!?」


「そうよ。普通の料理が麻薬レベルになるとか聞くわね。実際に高感度味覚センサーによって作られたデータが麻薬代わりに流通してるなんて噂もあるくらいだし、何度か規制の対象に上げられるくらいよ」


「……」


 意外過ぎる事実に、一木は背筋が冷える思いがした。

 あの一杯の蕎麦の中に、シャルル大佐はどれほどの思いや意図を込めたのだろうか。


 あの蕎麦が果たして、美食だったのか麻薬だったのか悪臭だったのか。

 もしくはそれらですらない別のものだったのか。


 知るのはシャルル大佐の満面の笑みに隠れた、本当の顔だけだった。

年末に投降した小話です。


どう足掻いてもシャルル大佐の動かしやすさは異常。

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