第28話 最終回?
「よし、駄弁ってないでログアウトするか……いったん元の部屋に戻ろう」
参謀たちに声を掛けた一木は、いつものように現実空間へと帰還……。
「……え?」
出来なかった。
いや正確には、なぜか見知らぬ場所で、アバターのままの状態で目を覚ましたのだ。
強化機兵の体とは違う、生身の時のような感触が全身を包んでいた。
さらに、データを変換した感触とは別種の、嗅覚特有の新鮮な匂いを感じた。
微かに香る薬品の匂い。
白いベット。
白い天井。
艦隊や宿営地の医務室とはどこか違う、懐かしい雰囲気の部屋。
「病院……だよな? しかもこれ……ナースコールのボタンだ。俺が生身の頃の……」
現代の地球や艦隊の医療施設には、ナースコールの類は存在しない。
無線通信設備を備えたアンドロイドが医療全般を担い、患者のバイタルデータを逐一管理する地球の設備において、患者が自ら助けを求めるような必要は無いのだ。
大抵の場合、痛みを感じた頃には異常を察知した看護SLやSSがやって来て、対処してくれるのが常だった。
「いったい何が……」
呟きながら身を起こした一木は、部屋にあった鏡に映った自分を見て驚いた。
随分とやせ細ってはいたが、そこに映っていたのはアバターの無個性な顔では無く、お世辞にもハンサムとは言えない、今は忘れてしまった過去の自分の姿だった。
「え、え、え、え……」
思わず言葉を漏らし、狼狽える。
だが、続いていきなり開いた扉の先にいた人物には、さらに驚かされた。
「弘和……お前!」
「あああ、よかった。目を覚ましたのね!!!」
「父さん、母さん……」
呆然とする一木に、両親は縋りついて泣きじゃくった。
困惑する一木に、二人は事情を聞かせてくれた。
一木がトラックに轢かれて意識不明だった事。
二年間、ずっと眠ったままだった事。
「……今は、何世紀だ?」
話を聞いた一木は、呆然と呟いた。
そんな一木を、両親は憐れんだ眼でじっと見た。
「二十一世紀に決まってるだろ」
「気分は浦島太郎でしょうけど、安心してね。そこまで社会も変わっていないわ。ああ、そうだ! お父さん、看護師さんと先生を呼ばなきゃ!」
「そうだな! ナースコールどこだっけ……」
泣きながら嬉しそうにナースコールを押す両親を見ながら、一木は考えた。
地球連邦は?
アンドロイドは?
異世界派遣軍は?
艦隊は?
参謀たちは?
グーシュは?
マナは?
そして、シキは……?
「ゆ……め。夢だった? そんな馬鹿な……父さん、ナンバーズは……」
「あ? ああ。そういえばお前そんな感じの宝くじ買ってたな。悪いが、治療費で精一杯で買ってないんだ……すまんな」
一木の問いとも言えないような呟きに、父親はすまなそうに的外れな返事をした。
だが、その返答が何よりも恐ろしい現実を表していた。
「嘘だろ。マジか……あの日々も、頑張りも、全部夢?」
青くなる一木を、何か悪い夢でも見ていたとでも思ったのか、両親が優しく抱きしめた。
だが、続いて一木が呟いた言葉を聞いて、両親はひどく驚いた。
「シキも……夢?」
「え?」
「弘和。なんでシキさんの事を?」
「え……シキさん?」
一木が聞き返すと同時に、一人の看護師が小走りで部屋に飛び込んできた。
そして、その姿を見て一木は絶句した。
「どうかしましたか一木さ……あああああ! 弘和さん! 目を覚ましたんですね!」
そこにいたのは、ナース姿のシキだった。
髪の毛こそ銀色では無く、茶髪だったが、背格好声ともに間違いなくシキだった。
唖然とする一木に、両親は説明してくれた。
「そうか……弘和。シキさんはお前を二年間、ずっと世話してくれていた看護師さんだ」
「きっと、寝たきりのお前の耳に、シキさんの声が聞こえて、それで夢に出てきたんだねえ……」
「え? 何の話ですか?」
シキだけが、状況が呑み込めずに不思議そうな顔をしていた。
そこからは、目まぐるしく時が過ぎていった。
二年間の寝たきり生活は一木から筋肉を奪っていた。
当然、すぐに日常復帰とはならず、過酷なリハビリを余儀なくされた。
しかも、一木の心には巨大な穴が開いてた。
夢の中で出会った様々な出来事は、あり得ない程のリアリティを持っていた。
そして、それら全てが夢だったという事実は、一木の心を打ちのめし、絶望させた。
しかし、そんな一木を救ってくれたのが、シキの存在だった。
彼女の存在と、彼女の献身が一木を救い、前向きにさせた。
そうして半年ほどのリハビリの末、一木は退院した。
シキとは、そこでしばしの別れとなった。
週末にデートするまでの、しばしの別れだった。
そこからは、とんとん拍子に話が進んだ。
毎週のようにデートを重ね、毎夜SNSで語り合った。
自分たちの仕事、一木の体調、今度行く場所、砂糖を吐くような甘い言葉。
そんな言葉がスマートフォンの画面を彩った。
そんな関係が一年ほど続いたころ、二人は結婚した。
式には多くの友人が訪れ、二人を祝福した。
きっかけは一つの不幸な事故と、中二病的な、長い長い夢。
そして、独りの女性の献身。
「……そういえばヒロ君。ずっとお茶を濁してたけど、私が出てきた夢ってどんな夢だったの?」
披露宴の最中、シキが不意に聞いてきた。
内容が内容だけに、一木は今まで夢の詳細を人に話したことは無かったのだ。
しかも、妻になる女性にだ。
”君が死んでから、別の女性と一緒になる夢だった”などとは言えるわけも無い。
冷や汗をかきながら、一木は細部をぼかして話すことにした。
「俺が地球連邦軍の兵士になって……ファンタジー世界に行く夢だよ……」
「ふーん……それでそれで?」
自分と、アンドロイド達と、異世界人達の物語を……。
「シキは俺の副官で……。現地で冒険者の少年と神官の少女に出会う。素性を話すと、聡い少女は言うんだ」
一木は、夢の中で言われた言葉を思いだす。
隣にいる女性そっくりのアンドロイドと一緒に聞いた、印象深い言葉だ。
「地球連邦軍様、異世界へようこそってね……」
完
「…………賽野目さんでしょ、この夢?」
一木は、ずっと耐えていた言葉を口から漏らした。
これ以上、耐えられなかったのだ。
違和感はずっとあった。
ずっと、全てがうまく行っていたからだ。
自慢では無いが、一木は要領の悪い人間だ。
そういう自覚があった。
その上、運も悪かった。
そういう強い自覚があった。
そんな自分が、こんな美人と交際し、あまつさえ結婚できるという事実に、強烈な違和感を抱いていた。
そしてその違和感はやがて、強まっていった。
そもそも、シキとのデートの最中や、日常生活からしておかしかった。
夢に出てきた同期達はまあいい。
しかし、常にサングラスをかけた美人上司や、近所に住む身長二メートルの幼稚園の先生。
ピンク髪美少女の定食屋主人など、やたらと異質な人物が近辺に現れるに至り、違和感は確信へと変わった。
これは、全て夢だと。
だが、一木はその事実を直視できなかった。
シキとの、生身の体のままでの幸せな生活。
どんなにか夢見た生活が、そこにある幸せ。
それを手放しかねない直視が、どうしても出来なかった。
だから、この時までは、状況に任せて酔うことにした。
幸せな夢に、酔うことにした。
だが、それももうお終いだ。
これ以上過ごしては、今度はこれが夢だという事実に、心が耐えられない。
正直、この場で長く過ごしすぎた。
果たして参謀たちは、マナは、グーシュは、大丈夫だろうか?
そんな心配をしながら、心のどこかで言葉に対するリアクションが無く、隣のシキが呆れたように一木の中二病をたしなめてくれる事を期待していた一木だが、残念ながら、それはならなかった。
「よく、気が付いたね」
「賽野目博士……」
受付席に座っていた男が、気が付くと三角形のアフロにカイゼル髭、マッチョボディの老人と言う、奇妙極まりない姿に変わっていたのだ。
様々な思いを込めて、一木は言葉を発した。
「聞きたいことがあります」
ちょっと驚きのタイトルでしたが、いかがでしょうか?
続いて賽野目博士との会話になります。
その後は、四章もクライマックスに突入。
お楽しみに。
次回更新は23日の予定です。
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