第27話-1 それぞれの目的
「では、色々と申し訳ありませんでした殿下」
グーシュにマイチューブ登録の方法を教え終えたケイン議員が、深々と頭を下げた。
「なに、地球連邦の議員として当然の義務を果たされただけであろう。ケイン議員、マエガタ議員。有意義な時間であった。次に会った時は会食でもしよう」
グーシュが笑顔で言うと、ケイン議員は笑顔で。
マエガタ議員は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
そうしていると、グーシュの所に官僚の二人もやってきた。
視線を向けると、筋肉に包まれた巨漢がすでに目の前にやってきていた。
いきなりの事にグーシュは驚いた。
一番驚いていたのはミルシャだ。
警護役のミルシャが警戒している所に、立体映像とはいえ突然近づいていたのだから無理もない。
身構えるミルシャに、グーシュは身振りで動きを制した。
そんなグーシュ達の事など知らないという風に、スルト大佐が笑みを向けた。
「いやあ! いーい演説だっったぜい! 皇女殿下が立候補した時は、投票させてもらおう!」
あまりにも快活な物言いに、グーシュは肩透かしをくらった。
「ありがたいが、公務員がそのような事を言っていいのか? わらわのせいで失職したのでは、申し訳が立たん」
「なあーに。そんときゃ運動員として雇ってもらいますよ」
随分と馴れ馴れしい口調だが、不思議と無礼とか失礼などの感覚の無い、不思議な魅力がスルト大佐にはあった。
いつもは怒るミルシャも、毒気を抜かれたように佇んでいる。
すると、スルト大佐が自分の背後にいた加藤局長をグーシュの方に押しやった。
「おい、お前も殿下にご挨拶しろよ」
「…………」
剃刀のような男が、むっつりとした表情でグーシュを睨んでいた。
威圧するかのような視線に、グーシュも思わず見返す。
「殿下、お疲れ様でした」
すると、様子に反して意外なほどあっさりと視線をそらし、消えそうな小声で、やたらと早口に呟いた。
グーシュが軽く頭を下げると、そのまま加藤局長とスルト大佐は自分たちの席へと戻っていった。
「では……そろそろお開きかな。ああ、加藤局長。動画の配信はまだやっているのかな?」
「ええ。立体映像が消えるまでは、配信しています」
加藤局長の言葉を聞くと、グーシュはとびっきりの笑顔を浮かべた。
甲冑を着ていなければ、アイドルといっても通じるほどの笑顔だ。
「この動画をご覧になってくれている地球の皆。最後は慌ただしくてすまなかった。わらわとしてもまだまだ語りたいが、すでに随分とこの場の趣旨と離れてしまっているのだ。そこでだ。先ほどケイン議員から聞いた方法を試したいと思う。あかうんと? というものを作ってみるので、出来次第マイチューブという場所で動画の配信を初めたいと思っている。詳細は、まだよくわからんが告知するので、どうかよろしく頼む。では、今日はそろそろお暇しよう。皆に幸福のあらんことを」
グーシュが挨拶をすると、コメント欄に大量の別れの挨拶が書き込まれ、ケイン議員と加藤局長達が小さく頭を下げた。
と同時に立体映像が消え、部屋は元の無機質で殺風景な場所へと戻っていた。
「…………もう、見えてませんよね?」
すると、それまで黙っていたミルシャが口を開いた。
すこし、震えた声だった。
「そうだろうな。ふぅ、疲れたな」
「いや、そんなのんきな事を……」
「ふふ、何をそんなに慌てている?」
グーシュは楽しそうに笑うが、ミルシャはそうでは無かった。
憂慮するべき事があったからだ。
「サッパ・ラトの件です。情報が洩れているという事は、艦隊に裏切り者が……」
ルーリアト内ですら知るものがいない事件が、地球の議員に漏れているとすれば、それは艦隊内に反グーシュ派とでも言うべき存在がいることになる。
ミルシャの危惧はある意味当然のものだったが、グーシュは全く危機感を感じていなかった。
「その可能性は考えた……だが、気にすることは無い」
「え、ええええ! だって殿下……もしそうなら僕たちは……」
「サッパの件は先ほどの通り。追及は途中で止み、地球の民衆も大筋は問題なしと認めた。アレコレ言うやつはいるだろうが、わらわが知る地球の事情から考えて問題は無いはずだ」
「いや、でも……」
なおも食い下がるミルシャを、グーシュは抱きしめた。
そして、耳元で囁く。
「気にしたところで、あの者達が本気になれば、どのみちわらわ達が勝てる見込みなど無いのだ。ミルシャ、前だけを見ろ。絶対に後ろを見るな。進め、進み続けろ」
「あなたという、お人は……」
ミルシャが諦めたような、感心したように呟きを漏らす。
そして、グーシュを抱き締め返した。
「しかし殿下……本気で地球の皇帝になられるんですか?」
「大統領な。ああ、勿論だ。ルーリアトを地球連邦に加入させさえすれば、なれる」
グーシュの言葉は確信に満ちていた。
ミルシャは深く考えず、というか大統領という役職が今一つピンと来ずに頷いた。
しかし実際には、グーシュの確信には確固たる理由があった。
(地球人には飢えが無いとわらわは思っていた。衣食住、伴侶、凄まじい文明の利器。全てを得た者達には、欲しい利など無い、飢えの無い者達だとわらわは思っていた。だが今日話した者達は、飢えていた。彼らは、認められたいと言う欲求に飢えていた。そうだ。人間には、自身と比較する他者が必要だ。だが、全てが平等な地球人にはそれが無い。そして、その平等を与えた存在が自分たちではなく、外からやってきた上位存在だという強烈な劣等感がある! やれる……わらわならば……外からの存在であるわらわならば、やれるぞ。地球人の飢えを……承認欲求を満たしてやれる!)
「そうだ……。やれる。なれるぞ」
帝国でもなく。大陸でもなく。月でもない。
自分は遥か彼方。
宇宙を統べる地球という強大な国家にすら、至ることが可能だ。
その実感を得たグーシュの心に、火が灯った。
復讐でも、好奇心でも、民への思いでもない。
野心の火だ。
「グーシュ!」
「大丈夫だったっすか!」
ミルシャの肩越しに、部屋に入ってくるミラー大佐とミユキ大佐を見て、グーシュの表情が輝いた。
「ミラー!」
「え!? ああ! ミラーちゃん! よかった、目が覚めたんですね!!!」
ミルシャと共に駆け出して、デフォルメミラー大佐を抱き締める。
今日は眼球洗浄液が満タンなのか、ミラー大佐はボロボロと涙を流してグーシュとミルシャにしがみついていた。
「ごめん二人とも……私たち艦隊参謀のミスよ……でも、よかった。何とか乗り切れて、本当に良かった」
本気で心配していたのか、自分の感情を取り繕う事無く垂れ流すミラー大佐。
そんなミラー大佐ですら、灯った火が影を作り、微かな疑心を浮かび上がらせる。
しかし、グーシュはそれを抑え込んだ。
自分が好奇心だけで前に進んでいた時とは違うことを自覚して、少しだけ寂しさを感じる。
だがそれ以上に、心の火が自分に強い活力を与えていたからだ。
これからは、火とそれが照らし出すものを、御さねばならない。
そのためにも、まずは一歩進まねば。
「ああ、よかったミラー大佐。そうだ。慌ただしくてすまないのだが、マイチューブのアカウントと言うのはどうやって作ればいいのだ?」
グーシュの言葉に、ミラー大佐だけではなく参謀全員が唖然とした。
※
「クソ! クソ! クソ! あの野蛮人! 俺を馬鹿にしやがって……サポーター連中もあんなのにほだされやがって……あんたもだケイン議員! 野党の論客である俺をサポートせずに消極的な態度しやがって! いいのか? 俺がネットで叩かれるようなことになれば、野党連合が不利益を被るんだぞ! それだけじゃない。あんたもだ! 俺たちと民主党と結び付けたあんたの政治生命も終わりだ!」
映像が途切れた瞬間から、マエガタ議員は狂ったように叫び続けた。
もはや、恥も外聞もない。
彼自身が見下していた異世界人にいいようにやり込められ、手下の様に扱っていた野党のネットサポーター達が自分を支えなかったことが余程癪に障ったのだろう。
叫ぶ彼はすさまじい形相であり、見たものが恐怖を感じるほどだ。
しかし、官僚二人もケイン議員も、彼を見る目は冷ややかだ。
「……それで、言いたいことはそれだけかな? マエガタ議員」
冷めた口調で、ケイン議員が言った。
それを聞くと、再び叫ぼうとマエガタ議員が息を吸い込んだ。
「そろそろ、止めた方がいい。みんなが見てるぞ」
「はあ?」
マエガタ議員が間の抜けた声を上げる。
そして、恐る恐る端末を操作して、査問会の公開動画を開く。
すると、そこには立体映像が消えた殺風景な部屋に佇む、四人の男が映し出されていた。
そのうち一人は、端末を見ながら呆然としている。
「あ、え? だって、さっき殿下には動画は切るって……」
震える声でマエガタ議員が呟く。
言い訳仕様の無い醜態が、全世界にさらされた事は明らかだった。
普段のマエガタ議員ならば、このような事はしなかっただろう。
動画に限らず、彼の行動を粗探ししてネットに流そうという人間は多い。
しかし、グーシュという圧力を持った人間とのやり取りが、彼を消耗させた。
そして、緊張の糸が切れた瞬間と言うのは、どうしてもタガが緩むものだ。
「先ほどの質問に答えるが……わしにも良心と言うものがあってね」
ケイン議員が諭すように呟く。
「君のようなロクデナシを地球の未来を担う民主党とくっ付けた事を、随分と悔いているんだ。だから、今回の場を組ませてもらった。ワシは逃げも隠れもせんよ。融和党のハトダ代表には、ワシから話を入れる。君には、しっかりと反省をしてもらうよ。無論、今日の事だけでなくね」
ケイン議員が告げると、マエガタ議員は狼狽えたように端末を取り落とし、アタフタと部屋を出て行った。
ネットの影響を力にしてのし上がった男だけに、自分の醜態がどのような事をおこすのか察したのだろう。
そんな彼を見送り、ケイン議員がため息をつくと、途端にスルト大佐が爆笑した。
「ぎゃーっはっはっはっはっは! いやあ、傑作だぜ。まあ、ムカつく奴だったから別にいいけどよ」
「どうせさっきの発言は後から流すのだから、こんな小細工をする必要があったのか?」
加藤局長はそう言って、先ほどマエガタ議員が見ていた画面を見やった。
査問会動画に、議会内部からアクセスした場合だけ表示される、会場のカメラ映像だ。
一般的な仕様だが、わざわざ動画配信終了後に議会内部からページにアクセスする者などそうはいないため、知る人ぞ知る仕様だ。
「ワシが、党勢を回復させるためとはいえ、あのクソ野郎相手にどれだけ我慢してきたと思っている? 当然の権利だ」
鼻息荒く、ケイン議員は言い切った。
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