第26話 演説再び
予告より遅くなり、申し訳ございません。
コメント権限を持つ者達は、グーシュが口にしたナンバーズに関する話題の持つデリケートさに、思わず口をつぐんだのだ。
この問題は、ナンバーズ来訪から始まったアンドロイドへの賛否や火星との争い、異世界介入問題などの個別事象とは比較にならない程根深い対立を孕んだ問題のため、ネット扇動家として活動してきた彼らですら、容易に口を挟めない。
だが、その問題にグーシュは堂々と足を踏み入れた。
その、刃が首筋を撫でるような緊張感が、聞いていた地球人を沈黙させた。
「考えて欲しい。ナンバーズとはそもそも何か? 文明管理の機械だ。では機械とは何か!? 人間が用いる道具に過ぎない!」
ナンバーズは道具。
この過激な言葉に、流石に反応を示してコメントしようとした者達がいた。
コメント権限の無い外部視聴者の中には、実際にSNSで情報を拡散した者もいた。
しかし、グーシュはそれを見越したかの様に素早く対応する。
「道具、と聞いて違和感を持つ方もいるだろう。だが作ったのが誰であろうと、ましてやその機械が勝手に動く物だろうが、自分で操る機械であろうが、本質が変わることは無い! 偉大なあなた方が、機械による恩恵と、機械による損失や怪我を天秤に乗せて、その傾きを比べて地球人同士で争うなど、あまりにナンセンスだ! 機械がなんと言おうと、主はあなた方だ。地球の人々よ恥じることなかれ! あなた方は正しい! この宇宙の盟主たる人々よ、あなた方は偉大で正しいのだ!」
グーシュが語ったナンバーズの直接批判。
アンドロイド問題や火星問題で普段対立する人々が、ナンバーズ自体に言及する事を避ける理由が、これに繋がる可能性があるからだった。
地球人にとって、かつての大粛清の爪痕は百年の年月を経て尚、くっきりと残っている。
それゆえ、ナンバーズのもたらした恩恵を積極的に用いる人々も、アンドロイド等のナンバーズのもたらした物を否定する人々も、双方がナンバーズ自体の賛否にかかわる話題は避けていた。
だからこそ触れることすら出来ない問題の、付随する諸問題で争っていた地球人にとって、グーシュの言葉はあまりに衝撃的で、あまりに過激だった。
そしてそれでいて、統一政体下の完全平等社会において、満たされることの無かった承認欲求を満たしてくれたグーシュの言葉は、強烈な高揚感をもたらした。
地球人誰もが、地球外の存在による評価に飢えていたのだ。
ただ一人、グーシュの正面で話を聞いていた人物を除いて。
「馬脚を露したな異世界人! ナンバーズ批判などして、再度の大粛清を招いたらどう責任を取るつもりだ!」
マエガタ議員だった。
突然の叫びに、高揚感にのまれていた人々に冷静さが戻っていく。
コメント欄にも、野党のサポーターによるコメントが次々に書き込まれていった。
・そうだよ。またレールガンが降ってきたらどうすんだよ!
・異世界人だからって勝手な事言うな! 危ない目に合うのは私たちなのに。
・マエガタ先生よく言った!
・何が偉大だよ。お前らもお世辞にのせられんな。
「付け焼き刃の知識で喋るからそうなる! グーシュ皇女、あなたは我々を適当に持ち上げれば籠絡できるとでも思っていたのかもしれないが、それは甘い考えだったな! 我々には、真実を見通す力がある。我々はナンバーズの脅威を避けつつ、地球人として誇りある判断をするために!現与党と戦っているのだ!」
反撃の糸口を見出したマエガタ議員は饒舌だった。
あまりの様子の変わりようにあっけにとられるケイン議員をしり目に、いつもと変わらない様子でマエガタ議員はしゃべり続けた。
いかにグーシュが言ったことが愚かなのか。
いかに現与党の政策が悪逆非道なのか。
アンドロイドがどんなにおぞましいのか。
火星との和平がどれほど重要なのか。
異世界併合がどれほど悪辣なのか。
息を吹き返したコメント欄の書き込みを背に、マエガタ議員は語り続けた。
身振りも激しく、唾を飛ばし喉を嗄らし、グーシュと政府を糾弾する。
「グーシュ殿下。あなたは自国の改革を願う為政者ではない。悪辣な侵略者である、異世界派遣軍と地球の力を利用して、政敵を葬ろうとする独裁者だ!」
びしりと指を突き付け、叫ぶマエガタ議員。
しかし、グーシュは身じろぎ一つしない。
何らかの反応を想定していたマエガタ議員は、一瞬虚を突かれる。
そしてその間を取り繕おうと、致命的な失策を犯した。
「認めなさい! 地球の力を保身のために利用しようとした事を! 自らが一方的に地球から利益を得ようとした事を!」
マエガタ議員渾身の問いが響き、コメント欄ではそうだ、答えろの大合唱が巻き起こった。
一方で積極的にコメントをしていなかった者達や、コメント権限の無い大多数の視聴者たちは、マエガタ議員からの一方的な攻撃に対し、グーシュがどう応じるか固唾をのんで集中していた。
しかし、グーシュは何も言わない。
ただ静かに佇み、時折小さく身じろぎをした。
査問会を会場にいる者。
コメントをしていた野党のサポーター達。
SNSで動画を知って視聴を始めた地球市民。
皆が、グーシュの一挙手一投足に集中していた。
そしてそれを、見えないはずの聴衆の動向を、グーシュは静かに測っていた。
そして聴衆の集中と緊張が途切れる瞬間に、グーシュは口を開いた。
「マエガタ議員の言う事は間違っている。わらわは、ルーリアトの近代化という地球市民からの贈り物に対して、この身を捧げることで報いたいと考えている」
渇望と沈黙の中、グーシュの言葉は地球中に響いた。
そしてその言葉の後、再び沈黙したグーシュの言葉の意味を考え、続きを誰もが待った。
ただ一人、グーシュに問いかけるという失策を犯したこの男だけが、グーシュに演説の一部として利用されているとも気が付かずに再び口を開く。
「この身? なんだそれは? まさか奴隷になるとでも……」
「違う。わらわは。ルーリアトの地球連邦への参加後、地球連邦の大統領選挙に立候補するつもりだ。そして地球市民に対し、我が生命全てを以って報いたい」
発言の直後、幾度目かの沈黙が起こった。
今度の沈黙は短く、そして終わると同時にコメント欄は爆発した。
読み取り不可能なほどの言葉の羅列が画面を走り、地球中のSNSで「異世界人が出馬宣言!?」という情報を伝えた。
「ば…………! ……か、そん、な…………」
なおも口を開こうと足掻くマエガタ議員だったが、そんな彼の言葉をケイン議員が遮った。
「グーシュ殿下。素晴らしいお話ありがとうございます。さすがに、そろそろいいでしょう」
「な、ケイン議員。まだだ……あの暴言を追求……」
ケイン議員は尚も口を開くマエガタ議員の両肩を抑え込むと、無理やり椅子に座らせた。
「ぐはっ!」
勢いよく抑え込まれ、マエガタ議員が呻く。
そしてそんなマエガタ議員を無視して、ケイン議員はグーシュに微笑みかけた。
「しかし、大それたことを……出来れば出馬の際は、我が党の候補として立候補していただきたいですな」
それを聞くと、グーシュはニンマリと年相応の笑みを浮かべた。
「野党の大物からそう言ってもらえると、世辞でもうれしいものだ。だが、そのためにはもう少し精進していただきたいものだな?」
「ははは……これは手厳しい」
そういって笑い合う二人。
そしてそれを眺めていた加藤局長とスルト大佐が、静かに拍手をした。
「いやいや殿下。名演説でした。思わず聞き入りましたよ」
「もう終わりって言ってから随分と長かったが、まあ爆弾発言もあったし退屈はしなかったぜ」
何事も無かったように言う二人に、ミルシャが顔をしかめた。
状況から考えて、政府の人間であるこの二人がグーシュ達の情報を野党に漏らした張本人だからだ。
だが、グーシュは気にした様子も無く、カラカラと笑った。
「長話は癖だ。許してほしい。しかし、爆弾発言とはなんだ? ああ、大統領出馬の事か? なぜ、あれが壺を落とす程の話……じゃなかった爆弾発言なのだ?」
翻訳の都合でルーリアトの言い方をしながら、グーシュはきょとんとした顔で言った。
その様子に、思わず官僚の二人とケイン議員が唖然とする。
「いやよ、殿下様……。大統領だぜ? そりゃ驚くだろうよ」
スルト大佐が言うが、グーシュはピンと来ない様子だ。
「なぜだ? 地球連邦は民主主義なのだろう? ならば地球連邦に加入したわらわにも被選挙権があるはずだ。当たり前の事を言った割に、随分とコメント欄が凄いことになっているな」
非近代の人間としては、あまりに異質な感性に、その場にいた面々はあっけにとられた。
ミルシャですら、あまり表には出していないが困惑していた。
グーシュだけが、その空気に気が付いていない。
「しかし、地球の皆ともっと交流したかったな。査問会で脱線して喋っただけでは時間が足りん」
グーシュの呟きを聞いて、ようやくハッとした一同。
そして、そのグーシュの悩みに、ケイン議員がある提案をした。
「殿下、それでしたらいい方法があります」
「なんだ?」
「マイチューブのチャンネルを開設するのです」
「マイチューブ……議員、詳しく!」
グーシュの表情が好奇心に染まった。
※
「という訳だ。参謀のみんなは楽しんでくれたかな? 素晴らしいショーだったろう?」
仮想空間で、加藤局長が参謀たちに胡散臭い笑みを向けた。
「これが、あんたが見せたかったショーなのか?」
ダグラス大佐が眉間にしわを寄せながら言った。
他の面々も表情は似たり寄ったりだ。
「あまり気に入らなかったかな?」
「意図が分からないのよ!」
ミラー大佐が叫ぶ。
参謀たち全員が同じ気持ちだった。
皆、この大掛かりの策謀の目的が分からず困惑していた。
だが、加藤局長は楽し気にそんな参謀たちの様子を眺めていた。
「それは君たちで考えることだな。だがまず着目するべきは殿下のカリスマ性だろう。君たちも見たはずだ。悪名高い野党のサポーター連中をあっという間に手なずけるあの手腕を。それに見ただろう? あの演説のテクニック。身振り、抑揚、声の出し方、間の取り方。すべて一級品だ。凄いのはあのマエガタの利用の仕方だ。あいつが反撃しようと聞き返したあと、沈黙しただろう? その時、殿下は小さく身じろぎしていたのに気が付いたか? あれは、唯一沈黙を壊しかねないマエガタを牽制していたんだ。自分の話を聞いている人間が焦れて、集中力が最大になるまであいつを黙らせるため、絶妙のタイミングであの動作をしたんだ。見事と言うしかない」
「長々と……。グーシュ殿下の凄さは分かるさ。あの行動すべてが、指導者としての力を示すものだという事もね。しかし……だから何なんだ? ナンバーズが異世界人を……ん? まさか……」
不意に、ジーク大佐の表情が曇る。
「どうやら、目的の一つくらいには感づいたかな? さあ、そろそろお開きだ。寝ている一木代将と、お疲れの殿下を迎えに行くといい」
「あんた!」「お前!」
制止の声が響くも、一瞬にしてナンバーズの男の姿は参謀たちの仮想空間から消えていた。
それと同時に、謎のオフラインも解除され、瞬く間に艦隊ネットワークからの情報が流れ込んできた。
「ネットワーク接続オールグリーン。あんな乱暴なカット後とは思えねーです」
「地上とも連絡取れたっす! 一木さんも気が付かれたそうっすよ」
状況確認していたシャルル大佐とミユキ大佐の報告に、参謀たちもホッと胸を撫で下ろした。
そしてダグラス大佐がテキパキと指示を出し、グーシュ達を迎えに行くために現実空間の端末を稼働させていく。
「そういえばジーク、さっき何を言いかけた?」
そんな中、殺大佐がジーク大佐に先ほどの事を聞いた。
問われたジーク大佐は、少しの間悩むと、静かに口を開いた。
「いや、大したことではないんだけど……たぶん、あいつはグーシュ殿下を地球人に見せたかったんだ」
「見せる?」
殺大佐が訝しげにつぶやき、ほかの面々も同様に顔をしかめる。
「何のために?」
「それは分からない。そもそも、ここまで大掛かりな企みなら、他にも目的があるはずだ。そこまでは分からないけど、殿下を地球人に見せる事が目的の一つなのは、間違いない」
「ナンバーズが、異世界人を本気で大統領に?」
「まさか星間国家構想……いよいよ進めるつもりなの……」
参謀の面々がネットワーク空間を眺めると、地球で巻き起こる巨大なグーシュへのリアクションが垣間見えた。
それは、完全な平等により停滞しつつあった地球社会が、にわかに活性化しつつあることを示していた。
次回 第27話 それぞれの目的(予定)
次回更新予定は8日となります。
仕事やプライベートがゴタゴタしておりますが、何とか頑張りますので、よろしくお願いします。




