第25話―8 査問会
結局グーシュと動画のコメント欄のやり取りは十分ほど続き、最初の批判の嵐は完全に収まってしまった。
マエガタ議員もなすすべなく立ちつくすだけで、もはや声を出すことも出来ない状態だった。
自分が支持者から攻撃されかねない雰囲気を悟ったのだろう。
(今回の事は、ただ騒ぐだけでよかったのだ。それを、妙な欲をかくからこういうことになる)
心中でケイン議員は呟いた。
査問会を開き、殺人犯だという主張を一方的に行い、支持者によってそれを糾弾する。
あとは一方的に査問会を終えてしまえば、それで終わりの筈だったのだ。
(いやむしろ……その状況から、マエガタ議員に無駄な攻撃を誘発させた……のか? だとすればあの少女……)
ケイン議員はかすかな危惧を抱いた。
こういう予感は、信じるべきだ。
ケイン議員はすかさず、声を上げた。
「グーシュ殿下、もうよろしいでしょう。あなたと市民の交流の結果、どうやら誤解は解けたようです。そろそろお開きといたしましょう。これ以上は、査問会の趣旨からあまりに外れます」
ケイン議員の発言に、コメント欄には不満のコメントが寄せられるが、程なくして賛同の意見が書き込まれ始めた。
・そういやこれ査問会だっけ……。
・さすがに俺らと殿下が話す場所じゃないしな。
・殿下ありがとー!(^^)!
唯一不満そうなのはマエガタ議員だが、彼はもう何も出来なかった。
強固だったはずの自分の支持者が一瞬で籠絡された様子を見て、かつて猛威を振るったその矛先が自分に向くかもしれないと、疑心暗鬼になっているのだ。
そんなマエガタ議員を見て、ケイン議員はため息をつくと横目で官僚の二人を見やった。
笑みを浮かべた二人の片割れ、加藤局長が軽く頷き、この査問会を締めくくる言葉を発した。
「それでは、途中予定外のやり取りもありましたが……マエガタ議員、ケイン議員。お二人は、今回の査問会で指摘された内容を以って、本案件を異世界活動監視委員会に送付しますか?」
「私は……賛成だ」
最後のあがきか。
マエガタ議員が、賛意を示す。
委員会に送付すればグーシュ皇女を糾弾出来る可能性があるので、間違いでは無い。
とはいえ、この状況で賛意を示すのは、あまりに惨めだった。
(もはや取り繕うことも出来んか)
ケイン議員はそんなマエガタ議員を半ば見限り、自身の意見を口にした。
「……私は反対だ。前提として、この場はオブザーバーとしての活動や、作戦に対する疑義や問題行動を審議する場であって、それ以前の事を糾弾する場ではない。そもそも、我々に異世界の犯罪を裁く権限も能力もないのだ。そう言った意味では、今回の我々の追及は的外れだったな」
味方の筈のケイン議員の言葉に、マエガタ議員ば呆然とした。
そして、そんな議員二人の様子を見た加藤局長が締めくくった。
「それでは、出席議員の三分の二以上の賛意……今回の場合は両名の賛意が得られませんでしたので、本査問会の決議は、グーシュリャリャポスティ殿下のオブザーバーの資質、及び予定している作戦行動には問題なしと決まりました」
この言葉に、マエガタ議員は椅子に崩れ落ちるようにへたり込み、ケイン議員は心中で安堵した。
(そうだ。これでいい。ああいう人間は、喋らせないのが一番だ……)
しかしそんな安堵は、加藤局長の次の言葉によって覆った。
「それでは、グーシュリャリャポスティ殿下。最後に何か言いたいことはありますか?」
(こいつ!)
ケイン議員は思わず加藤局長を睨みつけた。
すると、視線に気が付いた加藤局長は、いたずらを見つかったようにケイン議員に笑みを向けた。
表情からして、どうやら裏切ったわけではないようだ。
ケイン議員が思うに、恐らくは単純な好奇心だ。
この、稀有なカリスマを持ったアジテーターの皇女殿下が、いったい何を口にするのか聞きたがったのだ。
(余計な事を……)
そして、ケイン議員の思いをよそに、グーシュが口を開く。
※
「凄いな皇女様……あっという間に流れを変えちまった」
殺大佐の呟きが、参謀達の意識に響いた。
状況は絶望的だった。
グーシュの不得意とする、利で動かないタイプの人間達。
それがマエガタ議員とその支持者達だったはずだ。
しかしグーシュは、見事マエガタ議員の油断を利用して、状況をひっくり返して見せたのだ。
見事と言うしかなかった。
しかし、そんな参謀たちを見て、加藤局長は笑い声を上げた。
「何が可笑しいのよ!」
ミラー大佐が詰問するが、加藤局長はその後も笑い続けた。
「いや、失敬。君たちには、今のが見事な流れに見えたのか……」
あざけるような加藤局長の言葉に、参謀たちがいきり立つが、ダグラス大佐がそれを諫めた。
「みんな落ち着け。それで加藤局長。あなたには違うものが見えたとでも言うのか?」
「当然だ。考えてもみろ。あの凶暴なネット上の暴徒である、融和党のサポーター共がだ。あの程度の話術であっさり寝返ると思うか?」
加藤局長の言葉に、参謀たちは言葉も無かった。
恐らく、一木やサーレハ司令が同じ事をしたとしたら、ああもうまくいかなかっただろう。
「お前たちは随分と経験を積んで、まあまあ人間らしくなってはいるが……やはりまだまだだな。さあ、見ておくんだな。今の地球からは失われた、指導者の素質を持った人間の力を」
加藤局長は、そういってグーシュを示した。
※
「地球の市民の方々。まことに楽しい時間であった。わらわのような辺境の人間が、偉大な地球文明の民と交流を持てた事、光栄に思う。ただ……」
当たり障りの無い挨拶を、にこやかに言っていたグーシュだが、突然声色が変わった。
「諸君は、随分と不満を抱いているようだ。それが、わらわには不思議でならない」
グーシュの言葉に、コメント欄が止まった。
同時に、ケイン議員が怪訝な表情を浮かべ、マエガタ議員は笑みを浮かべた。
「あなたたちは教育を受ける権利がある。衣食住全てを保障されている。労働の義務は無く、アンドロイドという生涯の相棒を得る事も出来る。一部の働いている者には膨大な対価が支払われ、おまけに七日のうち三日は休みだ」
・え? どういうこと?
・煽ってんのかよ!?
・おちつけ。殿下の話を聞け。
「対するに、我が帝国の民はどうだろう? 恥を晒すようだが、彼らには教育を受ける権利は無い。大半は最低限の読み書き算盤が関の山だ。地方ではそれすらも無い。衣食住の保証も無い。ボロをまとい、ゴミを食べ、路上で暮ら者もいるのだ。家族も無く、一生を孤独に過ごす者もいる。餅も買えないような金の為に一日中働き、十日に一回休める帝城の仕事が庶民の憧れになる程働き詰めだ」
・十日に一回とかどんなブラックだよ。
・ブラックって何?
・昔は奴隷みたいな仕事をブラックって言ったらしい。
・すまねえが古文はさっぱりだ。
・奴隷もピンキリだろ。
・殿下何を言いたいの?
・やっぱ煽ってる? 俺たちの辛さ分かんねえのかよ。
先ほどまでの好意的な書き込みは減り始め、友好的な書き込みと雑談に交じり、徐々に不穏なコメントが増えていく。
だが、その一方で意図の分からないグーシュの言葉に、当事者達と動画視聴者の注目は頂点に達していた。
そしてその興奮が、本来禁止されていたある行為を、サポーターの一人に行わせた。
「異世界の、控除……じゃなくて皇女様……地球人に、モノ申す……と」
男は、ナンバーズの大虐殺に反感を抱いていた、ある種典型的な反ナンバーズ主義者だった。
どのみち暇な無職だった彼は、当然のようにリベラル融和党のサポーターになり、日々ネット上での活動に従事していた、
そして今日、そのまま流される形でグーシュに興味を抱き、本来の役割である非難と中傷コメントを一旦止めて、動画に見入っていたのだ。
だが、口を開いたグーシュの話を聞いて、本来の役割を思い出した男は、融和党に対する義理を果たすべく、本来なら禁じられていた動画の外部公開に踏み切った。
男が普段利用しているSNS上にバラまかれた動画のリンクは、瞬く間に拡散を始めた。
やはり、普段は興味を持たないと言っても、異世界人の皇女が地球人に文句を言っているというシチュエーションには、多くの地球人が興味を持ったのだ。
ネット上がヴィクトリア内務大臣の出馬関連一色だった事も動画の拡散に貢献した。
数時間に渡り出馬関連の情報ばかりが出回るネットに、多くの人間が飽き始めた時にタイミングよく出回ったグーシュの言葉は、多くの地球人にちょうどいい娯楽として移った。
この時、コメント欄への入力の出来ない外部視聴者数は600万人を超えていた。
「帝国の民と比べてこれほど恵まれたあなたたちが、なぜ不満を抱く! あなたたちは、全てを手にしているはずだ。それがなぜだ!」
・俺たちの事も知らないで!
・妬みかよ。やっぱり野蛮だな。
・それって差別! 差別よくない!
・皇女信者乙。
・意図はどうあれ文句言ってんのは確かだな。ナンバーズに支配された俺たちの苦しみが分からないとか、やっぱり異世界の人だよな。常識が違う。
「それは、あなたたちが誇りある民だからだ。違うだろうか?」
・ん?
・誇り?
・流れ変わった?
「労苦の無い生活。広大な版図。一見全てを手に入れたあなた達だが、その全てを自らが築いたわけでは無い。ナンバーズ……。そう呼ばれる存在がもたらした物によって、あなた達の繁栄はある。あなたた達の不満はすなわち、そのことに対する恥の意識だ。違うだろうか? わらわは、このことに皆さんとの対話で気が付いた。ああ、地球の民は恥じているのだな。ああ、地球の民は不満なのだ。ナンバーズの力で理想郷が成立したことが……」
グーシュの話は、地球人にとってはタブーすれすれの話だった。
ナンバーズの支配に関する話題ともなれば、大粛清や火星への強制移住などの歴史の暗部がかかわってくるうえ、根深い政治的な対立も絡んでくるからだ。
しかし、グーシュの異世界人という立ち位置と、平等が浸透し、身分が完全に消滅しつつある地球人には無い、高貴な身分に裏打ちされたカリスマによる言葉が、地球人の心にあるタブーという爆弾をすり抜け、言葉をストレートに届けることに成功していた。
「わらわは感動した!!! なんと誇り深い民だ、と。なんと偉大な民なのだと! 全てを手に入れてなお、あなた達はそこにある名誉に拘っているのだ。だが、同時に悲しかった……なぜ偉大なあなた達が、ナンバーズの事で争わなければならない?」
だがグーシュは止まらない。
今度こそ、完全にタブーを踏みつけ始めた。
今度のコメント欄の沈黙は、先ほどとは違う意味を持っていた。
査問会編最終回。
だがグーシュのターンは終わらない。
次回 第26話 演説再び
次回更新は二月二日の予定です。
どうかお楽しみに。
追伸
忙しくて言及も催し物もありませんでしたが、1/17を持ちまして登校開始一周年を迎えることが出来ました。
これもひとえに皆様のおかげです。
これからもよろしくお願いします。
今年は完結を目指しつつ、外部の方と協力して進めているとある隠し玉を公開予定です……。
詳細は、いずれ……。




