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第25話―7 査問会

 端末の映像に映る少女に、男はくぎ付けになった。

 映画やアニメでしか見ないような甲冑を身に着けた可愛い少女が、自分たちに呼びかけている。


『という訳で、帝国の倫理観においてはやむを得ない出来事だったのだ。確かに、今のあなた達地球人の感覚では許容できない行為であろうが、そうだとしても、少し落ち着いて考えてほしい』


 少女は今、自分が犯したかつての殺人に関する弁明をしている。

 男は当初の予定なら、つい先ほどまでの様に休みなく少女を批判する書き込みをし続ける必要があった。


 というのも、男はマエガタ議員の所属するリベラル民主党のサポーターだからだ。


 男にとって、マエガタ議員や野党の一部勢力の主張する”アンドロイドのいない社会”という理念は希望だったのだ。

 だから、希望を守るためには彼らの要望に沿ってどんな活動にも手を染めてきた。


 男はずっと、絶望していたのだ。

 毎日、することの無い怠惰な日々に。

 確かに、今の人類は飢えや貧困、不平等や重労働と言った苦行から解放された。

 

 だが、それは間違いだったと男は考えていた。

 今の人間は、身勝手に生活して、働きも学びもせず、繁殖すら放棄して、喋るダッチワイフであるアンドロイドに依存して生活している。


 そんな腐敗した社会を正すためにも、労働という人間の営みに必須のものを取り戻すためにも、アンドロイドを社会から消す必要がある。


 そんな思いに捕らわれていた男は、自分を導いてくれる存在としてマエガタ議員を信奉していた。

 彼はいつも正しかった。


 彼の華麗な弁舌の前では、怠惰な民衆に支持された四人組ですら叶わない。

 彼の言葉は全て真実になり、彼の言う通りに男のような人間たちが活動すれば、世論はその通りに反応した。


 正しい理念。

 正しい活動。

 正しい政治家。

 そしてそれに賛同して最前線で活動する、自分。

  

 そんな正しさにあふれた世界に生きていた男は、今回も同じだと思いながら今回の査問会中継に対する工作に参加した。


 侵略組織異世界派遣軍が雇った、中世レベルの異世界の皇族。

 あろうことか殺人を犯していたその皇族を糾弾して、それをきっかけとして異世界がらみの巨悪を暴く。

 それが男たちが集まった目的だった。


 そうして行った工作は、大成功を収めた。

 マエガタ議員の追及に合わせて、男たちがコメント欄に書き込みを行うと、皇族の少女は狼狽えた。

 そしてそこをマエガタ議員が追及する。

 あとは、いつもと同じ。


 気が付けば、自分たちの活動は十数秒のムービーにまとめられ拡散される。

 そうして、マエガタ議員は正義に。

 自分たちは、地球全体の民意になる。


 ところが、そこからがいつもと違っていた。

 少女が突然立ち上がり、椅子を蹴倒したのだ。


 ガタン! という激しい物音に、コメントの入力に集中していた男や仲間たち、会場のマエガタ議員ですら沈黙してしまった。


 そして、そこから少女の反撃が始まった。


「地球市民の皆、怒りは尤もだ」


 そう言って少女が頭を下げる。

 通常、コメント欄が激しく炎上してしまえば、何を言おうが短時間で鎮静化することはあり得ない。

 しかし、少女の言葉には力があった。

 甲冑姿の重厚感。

 整った容姿。

 口調、抑揚、視線、身振り。


 そういった一つ一つが、男の胸に突き刺さった。

 糾弾することを憚られる、威厳を感じたのだ。


「この、こめんと欄の言葉。よくよく読ませて頂いた。なるほど、皆が怒っているのは、わらわが人を殺した事と、異世界派遣軍が残虐な行いや侵略行為をしている事のようだな。どうかな、皆? 返事をしてくれないかな?」


 少女の言葉に、コメント欄にはポツポツと返答するものが現れた。

 すると、マエガタ議員が口を開いた。


 男は一瞬期待する。

 殺人犯に一時心を奪われかけたが、自分たちのマエガタ議員なら、この異世界人を弁舌でやり込めてくれるはずだ。


 しかし、その思いは裏切られた。

 マエガタ議員にはいつものキレが無く、少女にあっさりと説き伏せられてしまう。


 一瞬男は落胆を覚えた。

 だが、すぐに思いなおす。

 マエガタ議員が危機なら、自分が助けよう。


 あっさりと立場を翻す人間と自分は違う。

 悪を糾弾する手を止めてなるものか。

 その思いでキーボードをたたこうとするが、出来なかった。


 コメント欄では、糾弾を止めていなかった人間が、少女と対話を試みる人間によって吊るしあげられていた。

 それを見て、男は恐怖を感じた。

 大勢の中の一人としてなら、どんな残酷な言葉も言えた。

 自分はあくまでも、大勢のうちの一人だったからだ。


 だが、少女とその対話者が中心になった場で糾弾すれば、それはもはや多数の中の一ではない。

 明確な意思を以て非難する個人として、責任を負わなければならない。


 その思いは大多数の人間にとって同じだったようで、糾弾の書き込みは兼ねてから狂信的だと評判だった一部の人間のみになり、コメント欄はグーシュと交流を求める者達でだんだんと溢れていった。


『うむ。その質問について答えよう。わらわの考えでは……』


 男は一瞬迷った。

 自分の役割。マエガタ議員の事。少女の罪について。

 しかしその葛藤は、今書き込めば少女に質問に答えてもらえるかもしれないという誘惑の前に、あえなく霧散した。


『おお、この黄色い文字の質問に答えよう。何々? 地球では労働する必要が無いが、それについて どう思うかか……そうさな……』


 少女が男の質問に答えた瞬間、言いようのない快感が男にもたらされた。

 マエガタ議員の指示に従っていたころには無い感覚だった。


 もはや言葉ではない感情が、男の、いや。

 男たちの間に広がっていった。

すいません。

今回で25話完結と書きましたが、あと一話かかります。

色々と多忙なため、後半部分を書ききれませんでした。

次回更新は29日の予定です。


申し訳ありませんでした。

次回、よろしくお願いします。

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