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第25話―6 査問会

「君たちは見誤った」


 査問会の一般公開という事態に唖然とする参謀たちをよそに、加藤局長は饒舌に語った。


「本来なら与党の抵抗で開催すらされない査問会が開催されるという事態に、君たちは野党が何らかの方策をもって査問会で君たちを追い詰めると思った。そして、それに対する対抗策を立てた。一方、グーシュ殿下はその対策外の指摘に対して、目的がグーシュ殿下自身だと思った。だから、追及を始めたマエガタをやり込めるべく反論した」


 そこまで言うと、加藤局長は息を吐いた。


「だが、全て誤りだ。そもそも、この査問会で処罰が行われることは滅多にない。査問会に出席した野党議員の三分の二以上………今回は二人なので、この場合全員が賛成することで、異世界活動監視委員会に審査が行くことになる。だが、異世界活動監視委員会には与党議員も参加しているので、君たちが危惧するようなグーシュ殿下を帝国に引き渡すような事はそうそうない。ではこの状況下で、野党側は何が狙いだったのか? それは、君たちが考えていたような隠し玉でも、悪辣かつ予想を超える罠でもない。彼らの狙いは、パフォーマンスの舞台を作ることだったのだ」


 加藤局長の言葉を聞いて、ポリーナ参謀が気が付いた。

 動画。

 コメント。

 そして、マエガタ議員。


「そうか。あの動画にコメントしているのは、一般市民じゃない。野党の、いえマエガタ議員の……」


「そうだ。リベラル融和党の悪名高いサポータ―達だ。査問会の公開は今回から始まった新しい試みだが、実のところ宣伝らしい宣伝を全く行っていない。その上、今はヴィクトリア大臣の出馬表明の最中だ。誰も知らない異世界人の査問会など、見る者はいない」


 マエガタ議員の常套手段。

 与党議員や政府関係者を煽り、動画を編集し、サポータ―や支持者に現実ネット上問わず暴れさせ、社会全体に”与党に問題があったような空気”を作る。


 参謀たちと一木は、自分たちが査問会の標的になり、それによってグーシュが危機に瀕したことにより、査問会を切り抜ける事にばかり目が行っていた。

 

 しかし、それこそが野党側の狙いでだった。

 彼らにとって、勝ち目の薄い仕組みをどう用いるかなど、どうでもよかったのだ。


 開催にこぎつけ、舞台を用意するだけでいい。

 あまつさえ、今回は内務省の協力者の力を借りて査問会の様子を一般に公開することまで出来たのだ。  


 あとは、グーシュに殺人者のレッテルを張り、いつものように暴れるだけで事足りる。

 ヴィクトリア内務大臣の大統領選出馬宣言が終わった後に、野党側は意気揚々とこのことを国会で追及するのだ。


 当然、与党側は査問会の映像を示して反論するだろうが、そんなものはどうでもいい。

 十数秒に編集されたインパクトを重視した映像によって、野蛮な異世界人、それを協力者にして残虐な作戦を行おうとした異世界派遣軍という図式を印象付ければ、それで査問会の役割は十分なのだ。


「ある種の自己満足とも言うがね、これはこれで効果がある。なんせ大概の地球人には、異世界の事など興味の無い出来事だ。政府の数十分の映像よりも、SNSに野党が投降した十五秒の映像の方が真実になる。艦隊で過ごしている君たちには理解しがたい事だろう。だから、今回の事は恥じることは無い。次に生かすといい」


 加藤局長の言葉に、参謀たちは声も無かった。

 現に、見る間に批判のコメントは増えていき、”世論”を味方につけたマエガタ議員の言葉はヒートアップしていく。


「グーシュ!!!」


 ミラー大佐の叫びだけが、参謀たちの遮断された意識上に空しく響いた。





「これが民意ですよ殿下! あなたが言う異世界の論理は通用しません! 多くの民はあなたが罪を償うことを望んでいるのです!」


 マエガタ議員の言葉は尚も続く。

 すぐに調子に乗る男だが、その一方で機を逃さない男でもあった。


 だが、これはやりすぎだ。

 ケイン議員は、苦々しく心中で吐き捨てた。


 そもそも、今回の計画は内務省の協力者からの情報がきっかけだった。

 異世界派遣軍のとある部隊が、非人道的な作戦を行おうとしている。


 これだけならばありふれた情報だったが、いくつかの付随情報がケイン議員の目に留まった。

 現地司令部にオブザーバーとして参加している人物の特異な経歴。

 経験の浅い、新人の司令官。


 そして、それがワーヒドという名前の異世界で、現地の国名がルーリアト帝国という国だという事。


 この情報を以て、ケイン議員は今回の査問会を計画した。

 協力者として、こういった事が得意なマエガタ議員に依頼し、準備を整えた。


 ヴィクトリア内務大臣の大統領選挙出馬宣言という大舞台の隙をついて査問会の開催をねじ込み、内務省側の協力を得て情報公開制度に基づく動画公開を設定。


 マエガタ議員とそのシンパをサクラとして視聴者に仕立て上げ、舞台は整った。

 

 そして、この作戦はすでに完了しているのだ。

 グーシュという少女に対し、すでに十分な疑惑を刷り込んだ。

 あとは、これ以上の問答をせず、査問会を終了すればいい。

 そうすれば、異世界派遣軍の不適切現地人採用問題として、議会での十分な攻撃材料になり、ケイン議員の目的も達せられる。


 だというのに、このマエガタという男は、なおも中身のない批判と追及を止めようとしない。

 それほどまでに、年端も行かない少女に言い込められたのが気に入らないらしい。

 その上、支持者たちが見ているのだ。

 ケイン議員が止めに入るわけにもいかない。

 

(窮鼠猫を噛むという言葉を知らんようだな)


 ケイン議員がそう思った瞬間、グーシュが勢いよく立ち上がった。





 ガタン!


 グーシュが立ち上がった勢いで倒れた椅子の音に、マエガタ議員はおろかコメント欄すら無言になった。


 束の間の無音。


 そして、グーシュはこの時を逃さなかった。


 条件は最悪だ。

 ルニの街の時は全ての人間がグーシュの言葉を待っていた。

 そこに、彼らが期待する言葉を、物語を与えてやればよかった。


 しかし、今ここにはグーシュの言葉を待っている人間はいない。

 それでも、やらなければならない。


(危機にこそ、足掻け。ボスロ帝の言葉だったか……大陸を統一した男の格言……試させてもらおう)


「地球市民の皆、怒りは尤もだ」


 グーシュがそう言って頭を下げると、背後のミルシャが思わず駆け寄った。

 しかし、グーシュはそれを制すると、言葉を続ける。


「この、こめんと欄の言葉。よくよく読ませて頂いた。なるほど、皆が怒っているのは、わらわが人を殺した事と、異世界派遣軍が残虐な行いや侵略行為をしている事のようだな。どうかな、皆? 返事をしてくれないかな?」


 グーシュの言葉に、再びコメント欄が動き出す。

 だが、勢いは削がれ、少数の長文批判以外はまともな返答が流れ出した。


 そして、その流れに少し焦りながらマエガタ議員も口を開こうとした。

 しかし……。


「マエガタ議員、すまないが黙っていて貰えないだろうか? わらわは今地球市民と語らっている」


 グーシュの言葉に、今まで冷静だったマエガタ議員が、声を荒げた。


「何を言っている! ここは査問会の場だぞ! 市民と語らう場では……」


 だが、グーシュは冷静に言い返した。


「そうだ。この場は、ワーヒド星系地上派遣部隊及びオブザーバーとして参加しているわらわの問題行動を取り調べる場だ。そもそもオブザーバーとして参加する以前のわらわの行為について批判する場ではないし、市民の批判を盾にわらわを罵倒する場でもない。その上で問うが、マエガタ議員。あなたが行っていたこの数十分の言動が、査問会の場にふさわしくなかった事を認めた上で、今の発言をしたのだろうな?」


「それ、は……」


 マエガタ議員は、思わず言い返すことが出来なかった。

 自信ありげに即答することこそが正しいと彼も分かっていたのだが、下手な事を言ってコメント欄のサポーター達に批判を受けることを恐れ、一瞬たじろいでしまったのだ。


 しかし、これが致命的だった。

 

 コメント欄のサポーター達は、無関係な第三者として野次批判を飛ばしに来ていたのであって、異世界の皇女と話し合いをしに来たわけではなかったのだ。


 そのため、いざグーシュが対話を呼びかけると、急に当事者として全世界に公開されるコメント欄に書き込むことを恐れてしまったのだ。


 彼らは、日ごろ自分達がネット上で行う行為の恐ろしさをよく知っていた。

 そのため、この場で個人として皇女と対話する行為が、後々どのような結果を自身にもたらすかを想像すると、途端に勢いが弱まったのだ。


 結果、コメント欄に残ったのは熱狂的なマエガタ議員等の支持者と、少数の異世界の皇女と対話を試みる者達だった。


・自分の事おいてマエガタさんの批判とか本当にふざけてるんですか?人殺しは捕まるのが地球の法律なんですよそもそも侵略行為は許されざることで私たちの誇りを奪う浅ましい行為なんですそれを

・少し落ち着け

・一気にみんなトーンダウンしたな

・マエガタ信者ヤバすぎだろ。俺は四人組が嫌いだからサポーターやってるだけだから、ちょっと引くわ

・誰か殿下様に返事しろよ

・じゃあ俺、いきま~す! グーシュ殿下様、だいたいその通りです。やっぱり、法律とか抜きにして人殺しっていうのは重い行為だし、異世界を侵略するのはやっぱり良心が咎めます。

・殿下様っておかしくね?


 コメント欄の空気が変わった事を見て取ったグーシュは、笑みを浮かべた。

 端末を片手に、マエガタ議員たちの方へ近づいていき、コの字型の机の中央部分に歩いていく。


「殿下も様もいらないぞ。そうだな……グーシュちゃんで構わん」


・グーシュちゃんwwwwwww

・不敬罪だろwwwwww

・いや、本人が許可してるんだしよくね?

・過激派とかいたら後々帝国の人に怒られない?

・グーシュちゃんと呼んだ連中を見たのは、これが最後だった……

・縁起でもねえwwwwwww


「大丈夫だ。ルーリアトの民は気さくなものが多い。地球の皆に親しみを込めて呼ばれていると知れば、むしろ喜ぶはずだ。もちろんうるさい者もいるだろうが、そいつらも大したことはしないぞ」


 気が付くと、コメント欄の大半はグーシュと雑談を始める始末だった。

 この事態にマエガタ議員は焦り、横に座るケイン議員を問い詰めた。


「どういうことだ! なぜ視聴者があいつに好意的なんだ!」


「君のサポーター達だろう……」


 ケイン議員はため息をついた。

 マエガタ議員は自分のサポーター達を随分と信頼していたようだが、所詮はネット上で鬱憤を晴らすために暴れるだけの存在だ。

 ”個”として忠誠を誓って動く者達ではない。


(だから、すぐに切り上げるべきだったのだ。先ほどこちらからこの場を切り上げていれば……)


 諦めきれないマエガタ議員は、加藤局長とスルト大佐に泣きつく。

 だが、二人は取り付く島もない。


「私たちは裁判官でも司会者でもありませんので。あくまで、情報やデータを政府側の立場に立って提供するものです」


「そういうことだ。現にさっきまでのあんたのことも、何も言わなかったろ?」


「が、ぐ……」


 呻くマエガタ議員の前で、市民との対話が始まった。

 彼が用意した舞台は、すでに彼のものではなくなっていた。


「では答えていこう。確かに人を殺したのは重い行為だが、さっきも言ったようにこれは多くの者を守るための行為でもあったのだ。それに、帝国の倫理観は地球とはだいぶ違うのだ。例えば後ろのミルシャなどは……」


 スポットライトが当たっているのは、グーシュだった。

ちょっと多忙+スランプ気味ですが、なんとか完成いたしました。

現状休日に本編とカクヨムの改訂版両方書いているので大変ですが、頑張っていきます。


次回はいよいよ査問会解決……したいです。

更新は6連勤明けの24日を予定しております。


カクヨムの改訂版もよろしくお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054923476383/accesses


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