第25話―5 査問会
グーシュが艦隊からの情報漏洩に気が付いたのと同時に、参謀達も事の重大さに気が付いていた。
『殺! どういうことよ!』
ミラー大佐がネットワーク上で殺大佐を問いただすが、殺大佐も狼狽えるようにデータベースを漁るばかりで、状況を掴むことが出来ずにいた。
『俺にもわからない……分析課にも諜報課にもデータが無い! 猫に部下と帝弟からの聞き取りをさせているが、詳細は不明だ』
そんな中、首席参謀であり各課の情報にもっとも精通するダグラス大佐が、とある情報を参謀たちに共有した。
『みんなこれを見ろ。治安維持課の捜査班が一つ動いてる……占領時の殺人事件を担当する班だ』
その情報に参謀たちは戦慄した。
治安維持課は、占領中に警察業務を行う課だ。
マエガタ議員の言うような殺人事件があったとすれば、うってつけの課である。
そして、治安維持課は内務参謀部の所属であり、今グーシュの目の前で人間のふりをしているナンバーズは、内務省の官僚なのだ。
これが意味するところは、一つしかない。
『クラレッタ姉! お姉は……あ?』
『ネットワークエラーって……マジっすか!?』
『……やられた……』
ミラー大佐がクラレッタ大佐に通信を入れたその瞬間。
参謀たちの意識が突如としてネットワークから引き離され、オフライン状態となった。
艦隊が指揮下の部隊と通常通信で構築したネットワークはもちろん、量子通信で構築された参謀ネットワーク及び、それを介して接続された異世界派遣軍と地球圏のネットからも完全にシャットダウンされ、完全なオフラインとなったのだ。
通常ならば絶対にありえない事態に全員が狼狽する中、立った一人だけ冷静に声を発した参謀がいた。
クラレッタ大佐だ。
『すまないね。君たちがあまりに優秀なので、ショーを台無しにされる前に隔離させてもらったよ』
「お姉……どうしたの?」
様子の違うクラレッタ大佐に、思わずミラー大佐が泣きながら意識接続を試みる。
しかし、それをシャルル大佐が制した。
『ミラーちゃんダメ。……あなた、ナンバーズですよね?』
ミラー大佐が問いただした瞬間、クラレッタ大佐のデータが変質して、査問会に出席している加藤局長もものへと変化した。
事前の兆候すらない、完全な変体だった。
参謀型SSの処理能力やデータ容量、軍用のファイアーウォールの存在を考えればあり得ない程の行いだ。
これを見て身構える参謀たち。
しかし、ダグラス大佐はそれを制した。
彼女にはわかってしまったのだ。ナンバーズとの技術差に。
『参ったね……まるで普段我々が、異世界を相手にするような芸当だ』
ダグラス大佐が皮肉気に加藤局長に言うと、むっつりとした表情の加藤局長が笑みを浮かべた。
『いい経験だろう? これが技術差で殴られた弱者の気持ちだ。よく覚えておくといい。さて、申し遅れた。加藤異世界局局長……とは仮の姿。ナンバー3、シユウだ。我らが娘たちよ、ハイタが世話になったな』
現実よりも随分と明るい口調で加藤局長が言った。
随分と雰囲気が違うので、参謀たちはより一層警戒を深めた。
だが、ただ一人だけそれどころではない参謀、いや副参謀がいた。
ミラー大佐だ。
彼女だけは、ビクビクとしながら心配そうに加藤局長のデータを観察していた。
『く、クラレッタ姉は? 壊れちゃったの?』
ミラー大佐が問うと、加藤局長はニコリと笑みを返した。
だが、威嚇しているようにしか見えない恐ろしい笑みに、ミラー大佐はさらにびくついた。
『大丈夫だ。クラレッタ大佐のデータを、今は借りているだけだ。現に今も現状のデータを送信中だからね』
『よかった……』
ホッと胸を撫で下ろすミラー大佐。
だが、ほかの参謀は警戒態勢を崩しはしない。
笑みを浮かべる加藤局長に、今度はポリーナ大佐が尋ねた。
『それよりも……。グーシュ殿下を陥れ、私たちの仲間の体を乗っ取るなんて。随分と酷いことをされますね。一体、何が目的なのですか?』
問われた加藤局長は、参謀たちのオフライン作業領域に査問会会場の映像を映し出すと、スッと映像を手で示した。
『先ほど言った通りだ。ここは、邪魔をせずにショーを楽しんでもらおうと思ってね』
『ショー?』
加藤局長の言葉に、ジーク大佐が胡散臭そうに呟く。
『そう、ショーだ。我が同胞の成果を存分に見てもらいたくてね』
※
「二年前! グーシュ殿下と騎士ミルシャ様は、ラト公爵家を公式訪問した。目的は南方に住む部族との交易のため。当然、皇族のグーシュ様たちは公爵家の客人であり、公爵家の屋敷に宿泊し、歓待を受けた。ところが、あろうことかグーシュ様は、夜訪ねてきたサッパさんを殺害し、その遺体を近くの森林に遺棄! 野生動物に処理させて彼を行方不明扱いにして、殺害を隠ぺいしたのです。どうですかグーシュ様? ご異論はありますかな?」
心底嫌味な口調と態度で、ねちっこくマエガタ議員は罪状を述べた。
本来ならばこの場は、あくまで異世界派遣軍のオブザーバーとしての活動を問うための場所であり、地球の来訪前の事件や行動について追及する場ではない。
そのことを突こうかと思ったグーシュだったが、それは躊躇われた。
確かに正論ではあるが、この状況下で弁明より先にこちらからそれを出せば、言い逃れをしたような印象を与えてしまう。
そして、本来その事を指摘する立場にある政府側の人間であるはずの二人の官僚は、黙ったまま何も言わない。
グーシュは、自分が追い込まれつつあることを自覚した。
一応、マエガタ議員の質問に関して、はぐらかすという手もなくはない。
ここに至っては査問会の結果でグーシュがオブザーバーを解任される可能性は低くなったからだ。
しかしそれが悪手であることを、グーシュは知っていた。
グーシュはここ数日、短期間ではあるが民主主義について学んでいた。
そしてその知識と、ルーリアト帝国の劣化民主主義である民衆主義で起こった事を鑑みるに、マエガタ議員の目的は地球人の民衆にこのことを知らせることではないかと思い至ったのだ。
たとえ制度上、法律上問題がなくとも、殺人犯をオブザーバーにしたという情報を地球で拡散されれば、地球の官僚や政治家は意識せざるを得ないだろう。
実際に、艦隊の参謀たちは地球の本省からの介入を恐れていた。
ここでマエガタ議員を適当にはぐらかして作戦を成功させても、肝心のルーリアト帝国の改革の場面になってから世論を気にした地球の政治家から介入を受けては堪らない。
そのためにも、グーシュはマエガタ議員に向き合わなければならないのだ。
(とはいえ……どう答えたものか……)
正直言って、あの夜の事は思い出すのも嫌だった。
グーシュが思わず言い淀み、マエガタ議員がそんな様子を見てほくそ笑んだ瞬間、ミルシャがグーシュの前に歩み出た。
「この件については、殿下ではなく僕が説明しよう! マエガタ議員、あなたの説明には誤りがある。サッパは皇族への不敬を犯したため、お付き騎士として無礼討にしたのだ。すなわち、あなたが言う殺害事件なるものは存在しない。ましてや殿下が殺したなど、殿下とお付き騎士である僕への不敬である! 不届き者を殺した武勇は僕の物だ! お間違いなきよう」
ミルシャの言葉に、マエガタ議員の表情に驚愕が浮かぶ。
一方でグーシュも驚いていた。
ミルシャの言葉は確かに事実上の自白ではあったが、殺害行為を誇るという、平和な地球人にはある種理解しがたい宣言だった。
グーシュは、好機を逃さなかった。
「すまんなミルシャ。あとはわらわが説明しよう。マエガタ議員。この通りだ。わらわと七つから供に育ったミルシャですら、わらわとは価値観が違うのだ。あの夜、確かに夜這いに来たサッパをミルシャが斬ったのは事実だ。だが、もしそれが明るみになれば、どうなったのか議員方にはわかるであろうか?」
グーシュの問いに、マエガタ議員はおどけたように肩を竦めた。
ミルシャは分からなかったが、グーシュにはそれが否定の動作だと分かった。
目の前の人物は、リベラル派という自由や多様性を尊重する一派の議員のはずだが、いちいち異世界人であるグーシュ達への配慮に欠けた行為が目立つ。
恐らく、考えが自分本位だからだろう。
だからこそ、この攻め方が効果を発揮するはずだ。グーシュは確信した。
「公爵の実子が皇族に襲い掛かったなどとバレれば、公爵家の存続にかかわる大すきゃんだるだ」
グーシュの言葉に、マエガタ議員は飛びつくように噛みついてきた。
手元の資料を読んでいるのを見るに、やはりルーリアトの文化に関する情報も向こうにはあるようだ。
「しかしですね。資料によると、夜這いとは地球にあった風習同様、ある程度社会的に認められた行為ではないのですか? それを行っただけで殺害というのは、いくら何でも乱暴では?」
「よく学ばれているようだ。帝国人としてはありがたいですな。ですが、それはあくまで双方の合意があってこそ。十五歳のわらわに三十近い男が無理やり迫るのは夜這いとは呼びません。強姦です。お付き騎士が戦果を挙げるのは当然だ」
グーシュの説明に、一応は頷くマエガタ議員。
しかし、すかさず二の矢を放ってくる。
「ですが、あなたは隠ぺいした。しかも野生動物に遺体を食わせるという残虐な方法でだ。サッパさんが違法行為をした結果、正当な反撃で亡くなったのならば、正々堂々と届け出るべきでは?」
用意された二の矢に自信があったのか、マエガタ議員は真剣な表情の中にどこかニヤついた感じがあった。
しかし、この言い方ではグーシュに反撃の機会を与えるだけだ。
「人権のある地球ではそうでしょう。ですが、ルーリアトは未だに未開の地です。先ほど言ったように、事情が公になれば公爵家の存続にかかわる一大事。そうなれば公爵家の人々はおろか、仕える者や領民。果ては帝国の政治状況にすら影響を及ぼしてしまう。だからこそ、わらわとミルシャは全てを隠した……」
「そんな野蛮な……」
マエガタ議員は三の矢として、生命よりも家や政治を優先する行為の野蛮性を糾弾するつもりだったのだろうが、それはグーシュの想定通りだった。
なによりそれはグーシュへの批判ではなく、ルーリアトという世界への批判だ。
矢継ぎ早にグーシュを追求しようとして、彼は攻める場所を誤ったのだ。
「マエガタ議員。わらわは言ったはずだ。ルーリアト世界は未だに未発達だと。あなたが言うように、野蛮な事で溢れている。だからこそ、わらわは地球の力を用いてそれを変えたいのだ」
グーシュの言葉に、マエガタ議員の言葉が止まった。
責め立てていたつもりが、グーシュの言い分を証明してしまったのだ。
無理もない。
「しかしマエガタ議員。あなたはなぜ、先ほどからわらわの行為を非難するのか? あなたはサッパ殺害の件が、ルーリアトの風習や文化が絡んだ事を知っていたはずだ。夜這いの事まで調べたのだからな。しかもあなたは、自由と多様性を重んじるリベラル派議員ではないか。そんな人物が、なぜ自らの法、自らの価値観でわらわ達の行いを断じるのか? それこそ、傲慢ではないのか!」
言い切ったグーシュの言葉に、狼狽したマエガタ議員は何も言うことが出来ないでいた。
それを見て、グーシュの心に余裕が生まれてきた。
糾弾してきた相手をここまで論破出来れば、地球の市民感情もある程度納得するだろうと、安心したためだ。
しかし、余裕も、安心も。
まだ尚早だった、
「失礼、殿下。よろしいか?」
挙手と共に声を発したのは、ずっと様子を伺っていたケイン議員だった。
手には、やや大きめの携帯端末を持っている。
「……無論だ、ケイン議員。なんであろうか?」
グーシュは数秒前の油断した自分を呪いながら、笑顔で応じた。
自分を飾り立て、自分の言いたいことを言うだけだったマエガタ議員と違い、この恰幅のいい老人には、どこか得体の知れない老獪さが感じられたからだ。
そして、ケイン議員のグーシュへの攻撃は、予感に違わぬものだった。
「殿下のお言葉とご意見。よくわかりました。ですが、いくらマエガタ議員を言い負かされても、肝心の者たちが納得しておりません」
「肝心の者たち?」
グーシュが聞き返すと同時に、グーシュの目の前に映像が映し出された。
それは、この仮想空間を部屋の天井から見下ろした位置からの映像だった。
そして、その右側にはリアルタイムに書き込まれる地球市民の言葉が表示されていた。
・なんか感じ悪い。
・殺人事件を正当化するなんて、異世界人はやっぱり怖い。
・マエガタさんの質問をはぐらかしてるけど、結局殺人してるんだよね? こんな人を雇うなんて、やっぱり派遣軍って侵略者じゃん!
・わたしたちリベラルのことを勘違いしてるよこの子人権とかそういうことを全然わかってない相互理解って言葉知らないんだねけど一番怖いのはロボット任せでこんな子を仲間に選んじゃう侵略組織異世界派遣軍!
「これは……」
わざわざラト語で表示されるようになっている文面は、リアルタイムでこの場の映像を見ている地球市民の書き込みだった。
「今この瞬間を見ている大勢の地球市民の、生の意見ですよ殿下。どうやら、多くの人々はあなたの言葉に納得しておりませんな」
動画配信の事を聞いていなかったグーシュは驚愕するしかなかった。
そしてそれはアンドロイド達も同様だった。
『そんな馬鹿な! 査問会を動画でリアルタイム配信するなんて、聞いてないぞ!』
ダグラス大佐が叫ぶが、加藤局長は涼しい顔だ。
ニコリと笑うと、参謀たちにこう言ってのけた。
『それはそうだ。今通達したからね。まあ、これも情報開示ってやつだ』
刻一刻と増えるグーシュと異世界派遣軍への批判コメントは、百を超えてなお増え続けていった。
グーシュ殿下コメント欄でフルボッコの巻!
という訳で最新話です。
あと一、二回でついに査問会も完結です。
そしていよいよ、皇女様帰還の時……。
という訳で次回お楽しみに。
次回は17日更新予定です。
ちなみに、現在グーシュ達の新規パートを含むカクヨム版「地球連邦軍様、異世界へようこそ」が公開中です。
グーシュとミルシャの地球来訪前の日常を描いたパートですので、よろしければどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054923476383




