第25話―3 査問会
短編集もよろしくお願いします。
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地球連邦首都サンフランシスコの国会議事堂にある、多目的会議室の風景だ。
触る事は出来ないものの、見た身は完全に再現されていた。
通信室の言う通り部屋は無人で、グーシュとミルシャの居場所を囲む様にL字型のテーブルが置かれ、それぞれの面に二つずつ椅子が置かれていた。
正面に査問会開催を提案した野党の出席者が。
横側の面に官僚側の担当者が座る予定だという。
そうして実際の議会の部屋と見分けのつかない精巧な立体映像が映し出されると、目をキラキラと輝かせるグーシュとは対照的に、ミルシャが目に見えて狼狽えだした。
「で、殿下! いきなりへ、部屋が!」
「落ち着けミルシャ! お前やっぱり立体映像の説明の意味わかっておらんではないか! 先に慣れておいて正解だったな。今の態度を連邦議員に見せてみろ! 田舎者丸出しではないか」
そんなグーシュの言葉をよそに、ミルシャはゆっくりとしゃがみ込み、絨毯の敷かれた床を触っていた。
「あ、硬い……さっきと同じ床だ。まるで本物みたいだけど、見た目だけか……」
「だからそう言ってるだろうに……」
そんな二人のやり取りをほほえましく見ていたミユキ大佐だったが、ここで通信室から入った連絡を聞いて表情が変わった。
「さあ、お二人とも! そろそろ担当者がくるっす! ご準備を」
「うむ。わらわにまかせておけ」
兜のバイザーを閉めながら、グーシュが言った。
「緊張はしますが、スルターナ少佐と斬りあう事に比べれば楽なものです」
ミルシャが、先ほどの狼狽が嘘のように堂々と言った。
二人の自信ある言い方に安心したミユキ大佐が部屋を出た時、ちょうど立体映像の扉が開き、部屋に四人の人物が入室してきた。
最初に入室してきたのは、体格のいいスーツ姿の温和そうな老人。
続いて入室してきたのは、神経質そうな四十台ほどの男。
その後に、剃刀の様な鋭い目つきのスーツ姿の男と、海兵隊の制服に身を包んだ巨漢の黒人男性が入室してきた。
グーシュはその男たちを座ったまま、ゆっくりと眺めていた。
ミルシャは正面を見つめたまま、人形のように身じろぎもしない。
とはいえ、二人の心中は穏やかでは無かった。
恰幅のいい老人の存在である。
来るはずの無かった、コリンズ・ケイン議員その人だ。
しかし、二人とも動揺を表には出さない。
感情の機微一つが、言葉の戦いにおいては戦況を左右する事を知っていたからだ。
「ああ、もう立体映像を展開済みでしたか。先に来るとは結構ですね。あなたがグーシュ・リャリャ・ポスティですか?」
最初に口を開いたのは神経質そうな男、マエガタ議員だった。
グーシュの名前を勘違いしているのか、いちいち区切った呼び方だ。
それ見て体格のいい老人、ケイン議員が顔をしかめた。
まさか、一国の皇女に対して、連邦議員が名乗りはおろか挨拶もせずに話しかけるとまでは思っていなかったのだ。
とはいえ、これはマエガタ議員の常套手段でもある。
彼は、政府派の官僚や大臣に対して接するとき、あえて無礼な態度や横柄な態度で接して、怒りを誘発してイニシアティブをとるという方法を多用していた。
そしてその際の様子を編集して、あたかも政府の人間が野党議員に暴言を吐いたかの様に編集してSNSに流すのだ。
手垢に塗れた古臭い手段であり、もちろん相手からの反論も容易い幼稚な手法だったが、彼はこの方法で支持者を沸かせ、反論した相手に対して「論点のすり替えをする卑怯者」というレッテルを張る事で話題を拡散して、ここまでのし上がったのだ。
つまり彼は、相手との議論で相手や相手の支持者に意見を浸透させる事や、まっとうな結果結論を出すことを一切重視していない。
マエガタという議員にとって議論とは、自分の支持者が欲しい情報を作りだし、拡散するためのものに過ぎないのだ。
そしてこれが、ポリーナ大佐がマエガタ議員をグーシュの天敵と考えた理由だった。
マエガタ議員にはあらゆる合理が通用しない。
議論を自分の支持者を煽るための材料提供の場としかとらえない彼の行動は、SNSやネット世論という異世界人には理解しがたい概念の上に成り立っているため、グーシュにとって対応が極めて困難なのだ。
当然、現在部屋の外ではミユキ大佐以下、部屋の状況をネットしていた参謀達が大騒ぎをしていてた。
来るはずが無い大物と天敵がやって来てしまったのだ。
慌てて野党側の動きや念のため構築していた対応マニュアルを引っ張り出しているが、参謀達を以てしても特にマエガタ議員の攻め方は予測困難だった。
そんな参謀達をよそに、グーシュはマエガタ議員の横柄な態度に対して、一切の反応をしなかった。
その様子に、マエガタ議員とケイン議員が怪訝な表情を浮かべ、その後ろで二人の官僚が様子を伺っていた。
「……自動通訳は動いているのか? 聞こえないのか? あなたがグーシュ・リャリャ・ポスティですか?」
「無礼者!」
口を開いたのはミルシャだった。
しかも、たどたどしいが英語でだ。
唐突な言葉に、マエガタ議員の表情が歪み、そして予定外のミルシャの言葉に参謀達も凍り付いた。
実はこれは、グーシュがあらかじめこういった無礼な態度を取られた際にミルシャと相談して決めていた行動だった。
グーシュは勿論、SNSやネット世論の事に関しては理解が浅い。
しかし、議論の場でイニシアティブをとるための方法ならばいくらでも想定できる。
そしてそういった時、どうすれば場の空気を支配できるのかもグーシュは知っていた。
「聞こえなかったのか議員閣下? こちらのお方はグーシュリャリャポスティ殿下。偉大なるルーリアト帝国第三皇女にして、地球連邦異世界派遣軍第049機動艦隊地上派遣部隊司令部現地採用オブザーバーを務めるお方だ。場に即した態度で、先に名乗るのが礼儀であろう。偉大なる先進文明である地球連邦の議員たるあなた達が、そのような無礼を働くなど、全地球市民の名誉を汚すものだ。もう一度機会を差し上げる。殿下と議員閣下に相応しい言葉を紡がれよ!」
さすがにこの長い言葉はラト語だったが、それでも身じろぎ一つせずに、皮鎧に剣を下げた女騎士がこの台詞を言うと場の空気が引き締まった。
ミルシャの様子に思わず一歩引いてしまったマエガタ議員だったが、それを見ていたケイン議員がすかさず一歩前に出ると、堂々たる態度で口を開いた。
「無礼を謝罪いたします、グーシュリャリャポスティ殿下。私は連邦民主党上院議員のコリンズ・ケインと申します。こちらは……」
ケイン議員が水を向けると、マエガタ議員がハッと我に返った。
そして彼は素早く場の状況を把握すると、にこやかな笑みを浮かべ、ペコペコと頭を下げた。
もしこの場を日本人である一木が見ていれば、怒りをあらわにしただろう。
このマエガタ議員の態度は、どう見ても相手をおちょくるもの以外の何ものでも無かった。
「どうも、グーシュリャリャポスティ殿下。イチロー・マエガタです。リベラル融和党上院議員です。以後お見知りおきを……」
これを見てようやく、グーシュは動きを見せた。
ゆっくりと兜を取ると、静かに立ち上がる。
「ケイン議員閣下、マエガタ議員閣下。我がお付き騎士が声を荒げた事に謝罪を。議員殿においては、どうか気になされるな。皇族の前で緊張する者は珍しくない。全ての無礼な態度は、兜をかぶっていたので見えなかった。安心なされよ。ふふっ……」
ここでグーシュは、ペコペコとおちょくるような会釈をしていたマエガタ議員を見据え、笑いを洩らした。
笑われた事に何か言おうとしたマエガタ議員だったが、ミルシャの冷たい視線に射られ、言い淀んでしまう。
「マエガタ議員閣下。ありがたい事だが、わらわは緊張しておらぬ。議員閣下自ら道化を演じられるとは、お気遣い痛み入る。しかし、そのような事をしては地球連邦議員の面子に関わるであろう。もう、やめられよ」
グーシュの言葉を聞いて、マエガタ議員の表情にヒビが入った。
つまりはグーシュは、マエガタ議員の動きが文化の違いからくるものではなく、相手を馬鹿にしている事を見透かしたのだ。
こうなっては、立て続けに挑発をしたマエガタ議員は文字通りのただの道化だった。
彼は屈辱に顔を歪ませると、鼻息荒く椅子に向かった。
その動きを見て、グーシュは慌てすぎない程度の動きで素早く椅子に座る。
そして目の前にいる四人の男達に声を掛けた。
「さあ、議員閣下。そして連邦職員の方々、早く座られよ。今日はぜひ、この場を有意義なお互いの理解の場にしようではないか」
すでに椅子に座ろうとしていたマエガタ議員は、怒りに満ちた視線でグーシュを睨みつけた。
一方で、ケイン議員と官僚二人は面白そうにグーシュを眺めていた。
グーシュのしたことは些細な事だ。
子供っぽい張り合いに過ぎないと言っても過言ではない。
要は自分の立場の方が上であると、先に座り、相手に着席を促す事で示しただけだ。
だがマエガタ議員の挑発に乗らず、見事に躱して、さらにマウントを取る手腕。
異文化の塊である航宙艦の艦内で物おじせずに場のイニシアティブを取る堂々たる態度。
この娘は逸材だ。
そう思わせるのに十分なものだった。
そして一同が席に着いたところで、グーシュと議員二人の目の前に、資料が表示された投影型モニターが表示された。
それらはグーシュや議員たち当人が自分のために用意した物や、官僚二人が用意した、今回の査問会開催に際して集められたワーヒド星系に関するものだった。
グーシュが表情一つ変えずそれを眺め、マエガタ議員がイラつきを隠す事無く神経質そうな様子でそれを見ている中、座っていた剃刀の様な男が口を開いた。
「それでは、準備もよろしいようですので、異世界活動監視委員会申し立てによる、異世界派遣軍現地採用オブザーバーに対する査問会を開始いたします。なお、本日委員の方々と、オブザーバーの方への資料提供とヒアリングを行います、内務省異世界局局長の加藤シュウです」
剃刀の様な男が、座ったまま頭を下げる。
「同じく、ヒアリング担当官の海兵隊異世界派遣任務部隊参謀長のスルト・オーマ大佐だ。嬢ちゃんたちぃ、緊張するな。ま、楽にしな楽に。な?」
肉食獣の様な男が、グーシュ達に微笑む。
ある種マエガタ議員以上の無礼な物言いだが、ニュアンス的には気遣うような言い方ではある。
グーシュはこちらにはあえて触れず、軽く目を向けるだけに済ませた。
「それでは、最初に取り上げるのは、殿下立案で現地部隊が行おうとしている作戦についてです」
加藤局長が手元の資料を読み上げ始めた。
帝国の未来を決める戦いが始まった。
査問会いよいよ開始!
というところで申し訳ありませんが、今回の投稿が今年最後の更新となります。
中学生の頃から書きたいと言いながら書かない小説家モドキでしたが、三十路を超えてようやく形に出来たのが本作です。
足掻きながらもなんとか一年、五十万文字以上書くことが出来ました。
来年はいよいよ二年目に突入し、イツシズ一派との決戦。そして最終章開始となります。
精一杯書き続けますので、どうかよろしくお願いします。
年末年始の雀の涙の様な休日は、私事とカクヨム版の本作執筆に当てたいと思いますが、余裕があれば短編集の方も更新したいと思います。
Twitterや活動報告、短編の後書きを利用して来年最初の更新予定は告知しますので、重ねてよろしくお願いいたします。
それでは、皆さまよいお年を。
ライラック豪砲でした。




