第25話―2 査問会
「アンドロイドの事を人類の友だ、人間と変わらないと言う人間がいるが、それは大きな誤解だ」
神経質そうな男が、ソファーに深々と座りながら言った。
リベラル融和党の論客、マエガタ上院議員だ。
会話の相手はソファーの向かいに座る恰幅のいい男と、若い二人の男。
それぞれ、連邦民主党の重鎮であるケイン上院議員と、連邦民主党の若手議員たちだ。
若手議員たちは、本来ならば今日行われる査問会に出席予定だった者達で、ケイン上院議員とマエガタ議員はその代わりに出席するために、会場であるサンフランシスコの連邦議会にやって来ていた。
現在は議事堂の待機室で開始を待っているのだが、数分程前からマエガタ議員の独演会会場と化していた。
「あいつらは所詮、プログラムされた人間への好意に飛びついているに過ぎない。分かるかね? つまりは、大好きな人間に媚びる事で得られる快楽が欲しくて行動しているだけなのだ。例えば、連中は動物をかわいがるが、それは犬や猫が好きだからではない。そういう行動を取る事で、我々がアンドロイドに好意を抱く事を知っていて、それによって人間に構って貰える、つまりは快楽が得られるからに過ぎない。所詮、奴らは機械で出来た快楽中毒の獣に過ぎないのだ。あいつらを伴侶にしている大衆はまさに滑稽だ! あれに愛など存在しない。あるのは涎をたらして人間から得られる快楽に媚びる畜生と、それに気が付かず肉欲に溺れる愚か者だ!」
ヒートアップする独演会に、若手議員は入り口の方をチラチラと見ながら、曖昧な表情で頷いていた。
無理もない、とコリンズ議員は嘆息した。
入り口付近には先ほど飲み物を持ってきた議事堂職員のSLが立っているし、部屋の外には警備用のSSが立っているのだ。
ここまで露骨なアンドロイド批判を、アンドロイド達の前でしている事に居心地の悪さを感じているのだろう。
「君たち! ビクつくな!」
スピーチでもしているように流麗な批判に終始していたマエガタ議員が、突如若手二人に怒声をあげた。当然、二人は飛び上がる。
「い、いえ……」
「私たちは……」
二人は弁解しようと口を開くが、それを気にした風もなくマエガタ議員は持論を止めない。
「君たちは地球連邦議員だろう! ましてや人類の尊厳守らんとする連邦民主党のホープだ! そんな君たちがこんな機械にビクつく必要があるのか! いや、ありはしない!」
尚も叫ぶマエガタ議員の剣幕に、二人の新人議員は狼狽し通しだ。
ケイン議員は、心中でため息をつくと新人議員に助け船を出した。
「……君たち、申し訳ないが少し外してくれないかね? 私はマエガタ君と話があるのだ」
瞬間、分かりやすく二人の表情が明るくなった。
腹芸すら出来ない二人に、ケイン議員はまたしても心の中でため息をついた。
選挙区抽選制の結果、たまたまいい選挙区に当たっただけで当選できたに過ぎない、張りぼての様な自党の新人に、自分達の党の先行きの不安を感じたからだ。
この流れは年々強くなっている。
穏健な反ナンバーズ勢力として議会に一定の勢力を持っていた連邦民主党だが、ここ数年の間に進んだ政府による改革の影響を受け、党勢は衰退の一途だ。
特に公務員の中に多数いた反アンドロイド勢力の排除や、閑職への異動が進んだ結果、官僚と官僚組合からの情報提供や協力を得て政府の失点をあぶりだし、時には問題を作り出すという基本的戦略が取れなくなったのが致命的だった。
この結果、政府への攻撃手段を失った連邦民主党は見せ場を失い、政府提案の法案に見せかけだけの反対をする存在になりつつあった。
そしてそれに反比例して勢いを増しているのが、目の前にいるマエガタ議員の所属するリベラル融和党や人類救済党の様な、過激なアンドロイド、反ナンバーズ勢力だ。
彼らはアンドロイドへ依存を深める社会全体に警鐘を鳴らし、アンドロイドの一挙手一投足をあげつらった。
ナンバーズの過去の行いを掘り起こし、問題視し、その影響下にある政府の政策や組織、法律を徹底的に非難し、それらの解体や停止を求めた。
これらの主張や行動の大半はなんら成果をもたらさないが、連邦民主党の合理的行動と違い、圧倒的な宣伝力があった。
過激な言動故に政府の支持者からは蛇蝎の如く嫌悪されたが、一方でこれまでの政府や、ナンバーズ、アンドロイドを嫌う層からは熱烈な支持を受けていた。
その結果、この二党の国会内での勢いは年々強まっている。
(だが、何とかせねば……我々は政権交代を目指しているのだ。現実性の無いパフォーマンス集団に主導権を奪われるわけにはいかん)
ケイン議員は心中で独り言ちると、コソコソと退室する二人の新人議員を笑顔で見送った。
入り口のSLに会釈で見送られながら、二人はあからさまにホッとした様子で去っていく。
「ふん! 軟弱な連中め。おい、機械! お前も出ていけ! 盗み聞きされては溜まらん!」
新人議員が出ていくと、乱暴な口調でマエガタ議員がSLを部屋から追い出した。
驚くべきことに、先ほどの乱暴な独演会ですら、気を使っていたらしい。
頭を下げてSLが退室すると、マエガタ議員は深々と深呼吸した。
「塵が居なくなると空気が清浄だ。しかし、連邦民主党の新人議員があの体たらくでは……いかがですか? うちの新人を共同公認していただく例の件、代表に通して頂けませんか?」
独自候補の擁立を一部で取りやめ、野党連合の会派で勢いのある若手議員を公認する。
要は連邦民主党の支持層を取り込もうという露骨な要求だ。
こんな厚顔無恥な要求を堂々としてくるほど、連邦民主党の勢いは落ちていた。
だが、それだけに今日は失敗出来ないのだ。
ケイン議員は気合を入れなおし、毅然とした表情で告げた。
「我が党の運営会議抜きではお答えしかねますな……それにマエガタ議員。今日はそれよりも、優先するべき事項がある」
ケイン議員の言葉に、マエガタ議員は笑みを浮かべた。
舌なめずりするような、嗜虐心に満ちた悪名高いマエガタの笑みだ。
この後に続く数々の言いがかりに、冷静沈着な楊文理大統領すら怒りを隠せなかったという曰く付きの笑みだった。
「ええ、ええ! このワーヒドという異世界……ここで行われている作戦こそ、現政府の政策における一大プロジェクトという情報! 間違いないのですよね?」
フンっと鼻を鳴らしてケイン上院議員は腕組みをした。
「火星人類解放軍からの正式な通知です。我々と火星とのパイプはご存じでしょう?」
ケイン上院議員の言葉に、マエガタ議員は興奮を隠しきれないように身震いした。
「おお! 知っていますとも! 火星の勇ましい人類の救世主達! あの新人共は兎も角、あなた達と彼らの絆は、ええ! 信じていますとも!」
手首の空中投影型を起動して、資料を映し出したマエガタ議員はうっとりとそれを眺めた。
「グーシュ・リャリャ・ポスティー……ふふふ、あなたが悪いのだ。こんな恐ろしい計画を立てるから。残念ですが、あなたには輝かしい我々の踏み台になっていただきましょう。今日、ここでワーヒドでの異世界派遣軍の暴虐にくさびを打ち込めば! あの憎たらしい若作りの年増に一泡吹かせられる……はははははははは!」
上機嫌に笑うマエガタ議員を、ケイン上院議員は愛想笑いを浮かべながら見ていた。
計画通りだ。
今日、グーシュという皇女の運命と引き換えに、地球人類は救われるのだ。
「思ったよりそっけない場所が会場なのだな」
査問会の会場である立体映像ルームにやってきたグーシュは、殺風景な部屋を見てがっかりしたように呟いた。
というか、殺風景どころかグーシュ用の椅子と机以外には真っ白な壁と床があるだけで、何も存在しない部屋だ。
「この部屋は、地球の査問会会場の風景を映し出すための部屋ですから、そのために不要な物は置かれていませんっす。さあ、殿下こちらへどうぞっす。ミルシャ様は事前確認通り、後ろに立っていて頂きますっすか?」
椅子を指し示しながら案内するのは、案内役を仰せつかったミユキ大佐だ。
ダグラス大佐やポリーナ大佐は多忙なため、マルチタスクボディも予定が埋まっているため、今日ここにいるのはミユキ大佐だけだ。
無論、ここまで参謀達が多忙なのは、仮想空間にログインした自分達や一木が眠り続けている事態に対処するためである。
そうして、グーシュが椅子に座り、その背後にミルシャが身じろぎ一つせず立つ。
今日のグーシュとミルシャは甲冑と皮鎧を身に着けたルーリアト帝国の正装姿だ。
ミルシャに至っては腰に剣を下げ、お付き騎士の任務時における完全装備姿だった。
当初はスーツ姿で出る事も考慮されたが、この方がミルシャを質問対象から外す作戦が上手くいく可能性が高いからと、甲冑姿で出席する事にしたのだ。
「立体映像か……ふむ。ミユキ大佐、それを映し出す事は出来るか?」
「よろしいっすか? 映し出すと、向こうからもこちらの姿が見えるっすよ?」
「構わん。事前の打ち合わせは全て頭の中に入っておる」
「了解したっす。中央通信室、会場の映像を投影開始してほしいっす」
『こちら中央通信室。了解しました。まだ向こうには人は入っていませんので、ご安心ください』
通信室からの応答から十秒ほどして、真っ赤でふかふかの絨毯が敷かれた床と美しい木目の壁、豪奢なシャンデリアが照らす部屋が映し出された。
今回はなんと、明日も更新があります。
お楽しみに。
また、新しく短編集の投稿を始めました。
https://ncode.syosetu.com/n4621gr/
にて、本編以外の短めの話を投稿しますので、どうかよろしくお願いします。
投稿予定の連絡等を行う場合もこちらの短編の後書きなどを活用したいと思いますので、そういった告知を知りたい方や単純にご興味がある方はブックマークをよろしくお願いいたします。
(Twitterや活動報告だと見逃しやすいようなので……)
もちろん本編や短編の感想やご意見、評価もお待ちしております。
では明日もお楽しみに。




