第25話―1 査問会
グーシュが月面施設の見学を終え、ミルシャがスルターナ少佐の訓練を終えた後。
二人はそれぞれ、査問会対策とスルターナ少佐との剣術の訓練に明け暮れた。
当初はミルシャも査問会対策を行う事になっていたが、彼女は地球知識の座学に弱く、査問会では「お付き騎士が政治に関わる事は戒律で禁じられている」という言い訳で通すことになった。
正直言ってこの言い分が通るかは怪しいものだが、グーシュの「ミルシャに喋らせる方が危い」という意見に参謀一同が揃って賛同したため、この運びとなった。
ちなみにミラー大佐の事は、現在ネットワーク上での仕事が忙しいと説明していた。
二人は寂しがったものの、自室のベットにミラー大佐のデフォルメボディを置いて、毎晩二人で抱いて寝ながら、帰ってきたとき成果を見せるのだと必死に頑張っていた。
その結果、ミルシャが本気を出したスルターナ少佐と数合斬りあえるようになった頃には、グーシュの地球の政治知識は地球の一般市民レベルになっていた。
「ではグーシュ様。軽く試験しますよ。現在の地球の政治体制をご説明ください」
「グーシュ様、ファイトですよ」
ここ数日講師役を請け負っていたダグラス大佐とポリーナ大佐がお題を出した。
広い学習室の一番前の席に座ったグーシュは、少し考え込んだ後学んだ事を話し始めた。
「地球連邦は大統領制で、任期は四年二期まで。三権は分立していて、立法は上院と下院の二院制。行政は大統領が指名し、議会が承認した首相が代表している。司法は憲法裁判所、最高裁判所、行政区裁判所などから成立している。あと、えーと……大統領は陸海空宇海兵隊異世界の六軍の指揮権を持つが、内務省軍のみ首相が指揮権を持っている。さらに連邦を構成する各行政区による地方軍があり、それらは行政区代表に指揮権がある……だったかな?」
「いいでしょう。それではグーシュ様、連邦議会選挙における特異な選挙制度は分かりますか?」
続いての問題はすぐに分かったのか、グーシュは表情を明るくして答えた。
「選挙区抽選制だな! 連邦議会に出馬した候補者は、出馬する選挙区を地球全土から抽選で決定される。この事により、地元と密着しての弊害……利益誘導や地域の過激な意見を国政に持ち込むことを防ぎ、一方で有権者に外交や軍事、宇宙レベルの大きな問題に目を向ける機会を増やすことを目的としている……だ!」
「正解です。では、現在の政治状況は?」
「これはすぐ分かる! 現在の連邦議会は、ナンバーズ支持勢力の四党による連立政権。統一共和党、青の党、人民と鉄の党、連邦労働党の四党で、さらに連立結成以来この四党の党首が順に大統領選に出馬し、当選している。現在四党連立出身大統領は六期二十三年目で、人民と鉄の党出身の……あー、んと。楊文理氏が大統領を務めている……よな?」
一般常識レベルの事を述べているように聞こえるグーシュだが、近世レベルの人間であるグーシュが、単なる暗唱ではなくきちんと内容を理解した上でこれを言えるようになるまでには、大変な努力が必要だった。
正直に言えばダグラス大佐やポリーナ大佐も、憲法や議会、三権分立と言った概念をグーシュがここまで理解できるとは思っていなかった。
グーシュが並外れた理解力の持ち主だと知ってはいても、実際にこうして目の当たりにするとさすがに驚きを隠せない。
「いいでしょう。補足しますが、この四党の代表四人を通称”四人組”と称します。現在の地球連邦の中心と言える存在です。順に言うと、スターリンの再来と呼ばれる最強硬派にして、四人組最初の大統領。統一共和党の現外務大臣、ズヴィズダー氏」
ダグラス大佐の説明に合わせて、ポリーナ大佐が自習室正面のメインモニターに画像を映し出す。
見事なカイゼルひげを蓄えた、恰幅のいい中年男性が映し出された。
だが、スターリンの再来の異名は伊達ではなく、粛清と呼ばれる程の大規模な改革を行った人物でもある。
ちなみに、異名の由来はスターリン同様ペンネームを名乗っている事と、見た目が主な理由だ。
「二人目の大統領。環境問題に取り組みつつ、対火星強硬派であるタカ派。現首相のハインリヒ・フォン・ゾンダーブルク氏」
長髪にした金髪が特徴的な、整った顔立ちの美男子が映し出された。
美しい男だが、年齢には勝てないようで、年相応の衰えが見える。
火星への強硬策と、それに反発する官僚たちの反抗対策による激務が、ここまで老けさせる要因になったと言われていた。
「そして現大統領。人民と鉄の党出身にして、四人組結成の立役者。楊文理氏」
のんびりとした顔立ちの、平凡な中年男性が映し出された。
しかし見た目に反して、連邦の攻撃の矛先を火星から官僚機構といういわば身内に移し、ズヴィズダー氏を超える粛清と管理体制を築いた人物でもある。
現在の異世界派遣軍が、大手を振って異世界制圧を行えるようになった立役者でもあった。
「最後が、今日……つまりは査問会当日に次期大統領選出馬を表明する、四人組最後の一人にして国民的人気を持つ、現内務大臣。女王の異名を持つアリア・ヴィクトリア氏です」
移しだされたのは、真っ白なスーツに身を包んだどう見ても二十台にしか見えない美少女だった。
「うむむ……何度見ても美しい……しかしこれで六十台とは……」
グーシュが言った通り、一見美しい美少女であるヴィクトリア氏だが、その年齢は六十を超えていた。
というのも……。
「この方は秘密裏に誕生した不老化措置者です。この方が自らの出自を世間に公表した結果、遺伝子に手を加えて、能力や外見を操作した人間を誕生させることが禁止になったのです。四人組とは元々、この活動の賛同者達で、この技術を地球に広めた火人連に反抗した結果組まれたのです」
火星は過酷な環境であり、さらにその国是上、アンドロイド主体の地球連邦と対峙する必要がある。
そのため、人間の力を様々な技術で底上げする事に抵抗が無く、遺伝子操作やサイボーグ技術が発達していた。
さらに、地球に火星シンパを増やす目的でそれら技術を秘密裏に流出させ、自分達の支持者にその技術を用いるのだ。
その結果生まれたのが地球初の不老の人間、アリア・ヴィクトリアだった。
「シンパを増やすつもりが、まさか自分達最大の敵を生む結果になるとはな……」
グーシュが感慨深げに呟いた。
査問会を終えれば、いずれ相手をすることになる四人だ。
関心もひとしおだった。
「そうですね。ですがそれだけに、ナンバーズの指示である異世界制圧を最も進めていたのも、彼ら四人組なのです。本来ならば最も力になる味方なのですが……野党も狡猾でした。まさか、ヴィクトリア氏の出馬宣言の日に異世界オブザーバーに対する査問会をぶつけてくるとは……」
ダグラス大佐が嘆いた。
異世界人協力者に対する査問会は、通常野党からの申し出で開催される事が多い。
だが、実のところ異世界派遣軍の活動を妨げるこういった動きは、通常であれば与党からの介入で大概開催されない事が多いのだ。
ところが野党側は今回、ヴィクトリア氏の大統領出馬宣言に与党議員たちがかかりきりになる機会を狙った。
四人組最後の大統領候補。
二十四年に渡る改革の総仕上げを行うべく、満を持して出馬する女王の出馬宣言だ。
当然入る力も段違いだった。
そのため、ルーリアトの様な発見間もなく、人口も資源も乏しい異世界への世間や政治家からの注目度は低く、隙を突かれた形になったのだ。
野党にとっては久しく無い攻撃材料を得るための、些細な政治的奇襲といった所だろう。
しかしグーシュや一木にとってみればとんだ災難以外の何ものでもない。
特にグーシュにしてみれば、故郷と自分の運命を賭ける分岐点になるのだ。
余談だが、国務省や内務省からの介入が少ないのも、参謀達の努力もあるが与党からの圧力のためだ。
最もこれら官僚からの介入には、与党から見ても不適切な現場活動へのけん制と言った面もあるため、ほぼ純粋に横やりとして行われる査問会とはまた趣が異なる。
「だが、このためにこうして準備しているのだ。野党の連中が来ても大丈夫だ。過去の流れから、凡その流れは掴めている。わらわ達の進めている作戦に関する質問が主に行われるのだろう? バッチリだ!」
グーシュが薄い胸を叩いた。
グーシュが言う通り、査問会で大概突っつかれるのは異世界派遣軍の行っている作戦計画の事だ。
当然と言えば当然である。
異世界人本人の事をあれこれ聞こうとしても、肝心の異世界の情報が野党議員には無いのだ。
勿論現地司令部にはあるが、それらは軍事機密であり、流出しない限り野党議員は知る由もない。
それならば、地球と文化的に差異のある異世界人に、作戦計画の事を根掘り葉掘り聞いて、粗を見つけるのが常套手段なのだ。
しかしその点、グーシュは強かった。
参謀達も舌を巻くほどの理解力によって、地球の政治状況や常識を身に付けつつあり、当然作戦に対する理解も深い。
グーシュが自信を持つのも当然だ。
「それでも、油断はしませんように。最後に、今回の相手である野党についておさらいしましょう」
ダグラス大佐は目の前の少女を守るため、正面モニターに新たな情報を表示させた。
主要野党。
対ナンバーズ中立派、公正社会党。
「これは宗教系の穏健中道政党です。今回も出てくる事が無いでしょう」
画面が切り替わり、三つの政党名が表示される。
対ナンバーズ強硬、親火星勢力。
連邦民主党。
リベラル融和党。
人類救済党。
「この三党が、統一会派を組んで与党と対峙する通称野党連合です。連邦民主党は比較的穏健な党ですが、他の二つはかなり過激な党です。過激なデモや、アンドロイドの破壊活動への関与、火星の工作員への支援なども疑われる連中です」
ダグラス大佐の言葉に、グーシュは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
彼らの活動に関しては、何度学び、見聞きしても共感出来なかったのだ。
それどころか、憎むべきものだとグーシュは感じていた。
「議会の議員とは……ましてや民主制の根付いた地球の議員は、もっと高潔な者達だと思っていたのだが……こいつらのやる事は、我が帝国の議員たち以下ではないか!」
ルーリアト帝国にも、貴族院と民衆会議といった議会に近い性質の集まりが存在していた。
未だに立法も出来ないような形式的な物ではあるが、それでも彼らは帝国のために集った代表者達だ。
グーシュは、そんな未熟なルーリアト帝国の議員たち以下の行いを、地球の議員がしている事に驚愕したのだ。
無論、ルーリアトの議員の中にも碌でも無い者もいる。
だがそれらはせいぜいが横領や利益供与、賄賂がせいぜいで、反帝国活動をする者まではいない。
それが、地球では違うと言うのだ。
「申し開きも出来ません。ですが、彼らの過激な活動に却って共感する市民も多いのです。そんな彼らと最大野党を結び付けたのが、コリンズ・ケイン上院議員です。実質的な野党の指導者と目される人物です」
メインモニターに、丸まると肥えた紳士が映し出された。
穏健政党と過激派を結び付けた、策士と呼ばれる大物議員だ。
「うむむ……こいつが敵の親玉か……こいつが来るのか?」
グーシュが問うと、ポリーナ大佐が手を振りながら否定した。
「まさかまさか! この人は野党の大物だから、査問会程度の事にはまずこないよ。査問会の常連は、当選三回以下の新人が来るのが常だから、グーシュ様くらいしっかりした方なら大丈夫! 私たちがお墨付きあげちゃう!」
ポリーナ大佐の脳裏には、不慣れな新人議員がグーシュにやり込められる光景が広がっていた。
グーシュ程頭の回転のいい人物なら、いくら地球人とは言え言い負ける事はあり得ない。
油断ではなく、シミュレーションの結果も踏まえて、ポリーナ大佐は確信していた。
(まあ、尤も……)
ポリーナ大佐は、何度か繰り返したシミュレーションのうち、ある人物とグーシュとのやり取りを思い出した。
(野党の論客……ゾンダーブルク首相のライバル。リベラル融和党のマエガタ上院議員なら、グーシュ様でも……)
あり得ない想像を、ポリーナ大佐は意識から排した。
マエガタ議員は大物だ。査問会ではなく、本会議や公聴会で活動する人物だ。
新人議員を押しのけて査問会に出る事はあり得ない。
可能性としてはゼロに近いのだ。当然の事だった。
それに何より、合理的思考を第一にするグーシュの天敵の様な人物だ。
そもそも、勝ち目がない人物との想定問答など、意味は無いのだ。
ポリーナ大佐はメインモニターに資料を映し出すことに集中した。
今回は地球の政治状況でした。
次回更新は26日の予定です。
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