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第24話―2 修行

 ミルシャは脱力したまま、スルターナ少佐をジッと見ていた。


 いつもならば、相手の手足や視線、それまでの動き、それから予想される動きを、座学で覚え込んだ対応表に沿って、頭の中で自分の取るべき動きを構築。


 それに従った動きを合理的に決断する。


 しかし、今のミルシャの心は澄み切っていた。

 思考は存在せず、ただ一つの目的だけを遠くに据えて、そこに至る道筋を体が動くままに進む。

 

 グーシュと、ずっと一緒に、歩んでいく。

 その長期的な目的のために。


 愛する主を悲しませないよう、完全な勝利を。

 短期的なその目的に向かっていく。


 刹那にも満たない時間の中。

 ミルシャは澄み切った心の中で理解した。

 

 スルターナ少佐が言っていた事の意味を。

 技術と合理を身に着けた剣術家の行きつく先は、数多の思考の波だ。


 相手の動きを把握し、自分の動きを考え、それを実行し、相手の反応を見ての繰り返し。

 それらを剣を振るう度に考え、さらに勝負の後の相手、自分、関係者、社会との関わりを考える。

 それらは剣を学び、強くなり、認められる度に増えていき、考えずに剣を振るえば、剣を振るう事すら出来ない立場に追いやられてしまう。


 伝説の剣聖の中に、世捨て人同然の人物がいるのも頷ける。

 人は、人の中では無心に剣を振るう事など、出来はしないのだ。


 だからこそ、強い人間は最強の一歩手前で足踏みしてしまう。

 スルターナ少佐が言った、自らの心のままに剣を振るうという事が、出来ないからだ。


 だからこそ、スルターナ少佐はこの訓練をしてくれたのだ。


 足踏みする程度に技術を身に着け、それゆえ至れない人間に、人間が容易に敵わない壁として、いくら思考しても無駄な存在として立ちふさがる。

 それによって、一歩進むことを促してくれている。


「ありがとうございます」


 自然とこぼれ出た感謝の言葉をつぶやき終わった時、ミルシャは左肩に向かって振り下ろされたスルターナ少佐の剣を、抜刀した自身の剣で弾き飛ばしていた。


 自身の動きを把握できない程の速度だった。

 驚愕と歓喜の入り混じった表情を浮かべる、スルターナ少佐に対して、ミルシャは弾き飛ばした勢いのまま、剣を振り上げる動作をした。


 当然スルターナ少佐は、素早く受け止めるべく剣を構え、腰を落とした。


 対してミルシャは、勢いよく足を踏み出していた。

 振り上げかけの剣を途中で止めた後、踏み出しと同時に肩の辺りまで下げ、体重を乗せた渾身の突きを放つ。


 普段のミルシャならば絶対にしない動きだった。

 動作を途中で止めて、それ以外の動作に切り替えるのは、相手を惑わすことが出来るため、有効な技ではある。


 しかし、そのためにはどうしても態勢に無理が生じて、威力や勢いが削がれるし、何より一定以上の使い手に対しては、動作や筋肉の動きで確実に見抜かれてしまうという問題があった。


 ミルシャも当然、正攻法ではいかないスルターナ少佐に対して、こういった方法を模索していたが、人外の存在に対して到底通用するはずは無いと、合理的に考えて用いなかったのだ。


 しかし今。

 スルターナ少佐の言う通りに、自分の心のままに剣を振るうミルシャは、アンドロイドのセンサーすら欺く自然な動きで、剣を振り上げる動作から凄まじい威力の突きへと動きを変更してのけた。


 スルターナ少佐の望みは叶った。

 今、ミルシャという少女は、この若さにして合理の先へと足を踏み出したのだ。


 ドウッ!!!


 という轟音と共に、ミルシャの突きを食らったスルターナ少佐が、数メートルほども突き飛ばされた。

 

 あまりの勢いに、スルターナ少佐は艶やかな床の上を壁際まで滑っていき、壁がへこむ程の勢いで衝突した。


 それを見たミルシャは、突きの勢いそのままに駆けていた。

 行き先はもちろん、スルターナ少佐の背後に落ちていた、爆破用のスイッチだ。


「殿下! 今、止めますから!」


 勢いよくスイッチの元に行くと、慌ててスイッチを拾い上げ、赤いボタンを押し込むミルシャ。

 音がするわけでもなく、カチッという小さな音が響くだけで、当然ボタンを押した結果も分からない。


 そんな風にミルシャが不安に苛まれていると、スルターナ少佐がのんびりと起き上がった。

 晴れやかな、落ち着いた表情をしていた。

 まるで、朝寝床から起き上がったかのようだった。

 服が破け、人工皮膚と防弾層がグズグズになった左胸を除いては。


「ミルシャ、慌てなくても大丈夫だ」


 表情と同様、穏やかな声でスルターナ少佐は言った。

 ミルシャは不安な表情で壁際を見た。


「ほ、本当ですか? で、でも万が一……」


「万が一は無いよ。なにせ、爆弾なんか仕掛けられていないのだからね」


 相変わらず、朗らかな表情と声でスルターナ少佐は言った。

 ミルシャは思わず、数十秒ほども惚けていた。


「………………は?」


「どうだ、いい訓練だったろう? これでセミックにも勝てるな」


 あまりな言葉に、ミルシャの心は、怒りや安心や感謝と言った雑念で溢れかえった。




 数時間後。

 月から満面の笑みで帰還したグーシュを、涙目のミルシャが出迎えた。

 文句の一つも言おうと思っていたグーシュだったが、ミルシャの涙を見ると慌ててミルシャを抱きしめた。


 すると、とうとうミルシャは泣き出してしまった。

 何の事か分からずオロオロするグーシュ、と少し離れた所にいるノブナガ。

 

 そんな彼女たちを遠巻きに見守るポリーナ大佐とミユキ大佐。

 そして当然だが、彼女たちはスルターナ少佐の悪癖を知っていた。


「……あの様子だと、うまくいったみたいっすね」


「よかった……スルターナは剣となると融通が利かないから……組織培養機にミルシャちゃんを押し込むのは嫌だったからね」


 組織培養機とは、人間が人体の一部を欠損し、その欠損した部分を縫合する事が不可能な際に用いられる治療装置の事だ。


 かなり大きな欠損でも再生可能な優れた医療器具だが、組織培養中は大がかりな装置から離れる事が出来ない上、培養の際に強烈な痒みや違和感が生じ、治療後もリハビリに時間が掛かるなど、欠点も多い装置だ。


 地球人の中にも、これによる治療に耐えられずに、義手や義足で対応する者がいるほどだった。


「しかし……まさか査問会前にお二人じゃなくて、こっちに問題が発生するとは……困ったっすね」


 渋い顔でミユキ大佐が呟く。

 当然、問題とは一木司令の仮想空間に行った自分達や一木当人が目覚めない事だ。


 仮想空間内で何かあったのは確実だが、困ったことに参謀達の誰も、仮想空間内にいる自分と同期はおろか通信すら出来ず、現在艦隊総出で対処中という、重大な問題と化していたのだ。


「とはいえ、査問会対策を怠るわけにはいかないわ。それに、グーシュ様達に無用の不安を抱かせても問題よ。対策と問題への対処を並行して行って、最悪一木司令とミラー大佐無しで査問会を乗り切らないと……」


 ポリーナ大佐は、艦隊ネットワーク上で目まぐるしく情報処理を行いながら、言い知れぬ不安を感じていた。


「……一体、何が起こっているの……」




「寝ているだけだ」


 同時刻。

 地球連邦首都、サンフランシスコにある内務省本部ビル。

 その一室。

 異世界局局長室の一室で、部屋の主である剃刀の様に鋭い雰囲気の男、加藤シュウ局長が言った。


 そんな加藤シュウが座るデスクの前に立ち相対するのは、はち切れんばかりの筋肉を高級スーツの下に隠した、一人の老人だった。

 三角形に整えられたアフロに、三国志の登場人物の様な長いヒゲという、狂った見た目の老人。


 アンドロイド関連部品の最大手、サガラ社技術顧問を務める、賽野目博士だ。


「それが問題だと言っている! 今の一木君はハイタとの接触を終えているのだ……計画通りならば、ハイタはすでに死期と同化し、その精神も死期と同様になっているはずだ。一木君の協力があれば、ハイタの縮退炉を地球人類にもたらすことが出来る……それはお前たちにとっても悪い話ではあるまいに! なぜその当人を仮想空間に閉じ込める!」


 激しい剣幕で巻くし立てる賽野目博士だが、剃刀の様な男、加藤局長はまるで雑談でもするようにごく普通に言い返した。

 

「落ち着け、賽野目博士。彼には、査問会まで寝ていてもらう。彼に対応されては、計画が狂う」


「計画?」


 加藤局長に計画について問おうとした賽野目博士だが、不意に背後から聞こえてきた笑い声に問いを制された。

 笑い声の主は、賽野目博士の後ろにある応接用ソファーに腰かける、大柄な黒人男性だ。


 海兵隊の制服に身を包んだその男は、こらえきれないように爆笑していた。

 思わず賽野目博士がそちらを睨みつける。


「何がおかしい!」


「ひーっひっひっひ……あー、こんなに笑ったのは久しぶりだぜ。なあ、ラフ……じゃなかった博士よお。おめえ、人間として長く暮らしてる割には、随分と的外れな事言ってんのな」


 海兵隊異世界派遣任務部隊参謀長のスルト・オーマ大佐が、獰猛な笑みで告げると賽野目博士の表情が歪んだ。

 そして、それを見た加藤局長が口を開いた。


「スルトの言う通りだ賽野目。人間は個体に拘る存在だ。好いた女ならば猶更だ。お前は一木代将に素晴らしい女型アンドロイドを提供し、それと恋愛感情を構築させることでハイタの目覚めと、先ほどの企みを狙ったのだろうが、それは致命的に矛盾している。ハイタが目覚めるほどの愛情をそのアンドロイドが抱き、抱かれたのなら、一木代将は決してハイタを好いた女の代わりにはしないだろう。お前は、もう少し人間の心理を学ぶべきだったな」


 加藤局長のやたらと早口の言葉を聞き、口を開きかけた賽野目博士は何も言えなかった。

 目の前の古い友が、こと人間の恋愛に関しては煩く、詳しい事を知っていたからだ。


「そう言うこった博士さん! ま、いいじゃねえかハイタは目覚めたんだ。これで心置きなく俺たちの計画も始められるってもんよ。……なあに、お前の目的にも悪い話じゃねえよ?」


 オーマ大佐の意地の悪い言い方に、賽野目博士のこめかみに青筋が浮かぶ。

 しかし、賽野目博士は激昂せず、深呼吸すると静かに言葉を発した。


「何を企んでいる? お前たちはあくまで、自分達が主体となり動くことを第一としていた……地球人類の強化は、その結果によるものだった筈だ。今更人間のふりをして何をする気だ?」


「簡単なことよ」


 獰猛な笑みでオーマ大佐が言う。


「お前の目的は、アンドロイドと人間の垣根を無くし融和させ、その結果地球人類の発展を促し、いずれ主とすることだ。お前が縮退炉を欲しがっていた理由も、想像はつく……だが俺たちは、お前ほど回りくどくない方法で地球人類を発展させることにした。俺たちに縮退炉は必要ない。俺たちは、シンプルに地球人類を強化する事にしたのだ」


 剃刀の様な目で、加藤局長が告げた。

 その目に込められた力に、賽野目博士は圧倒された。


「一木代将とその参謀達には、現実に戻る前に少々眠ってもらう。そうする事で、査問会は俺たちの計画の第一歩となるのだ」


 加藤局長の目の前の端末には、グーシュの画像が映し出されていた。


「ルーリアト人の女か……因果なものだな……」


 加藤局長の小さな呟きは、狼狽した賽野目博士と笑うオーマ大佐の耳には入らなかった。 

休日出勤に負けずに書き上げました!

どうか皆さん、楽しんでくだされば幸いです。


次回更新は21日の予定です。

次回もお楽しみに。

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