第23話―2 艦隊見学
数分後エレベーターの扉が開き、飛び込んで来た景色を見たグーシュは絶句した。
エレベーター前は総合管理区画になっており、艦船やシャフリヤールのブリッジに似たコンピューターやモニター、そして農場区画を一望する巨大なガラス壁が広がっている。
そのガラス壁の向こうには、緑色の巨大な植物が一面に広がっていた。
唖然とするグーシュに、すかさずポリーナ大佐が解説を行う。
「グーシュ様、ここが一層に広がるトウモロコシの栽培場です。同様の施設が四層まで広がっています」
「……これが、畑か?」
グーシュの困惑も無理は無い。
そこに広がるのは一面真っ白な壁に包まれ、天井の人工灯に照らされたおおよそ自然とは無縁の景色だ。
水耕栽培による野菜工場という概念を知らなければ、まずこの景色から農場というイメージを抱くことは無いだろう。
「そうです。水耕栽培という栽培方法で、土を用いずに水を用います」
解説されたグーシュがガラスに近づき、まじまじと栽培場を見回す。
しかし、どうみても水があるようには見えなかった。
「水……見えないが?」
「この植物栽培プラントでは、植物の根元にゼリー状にした肥料配合の水を定期的に噴霧する栽培方法をとっていますので、目に見える形で水分は存在しません。あそこのモニターをご覧ください。トウモロコシの根元に、ぶよぶよしたものが層を作っているでしょう? あの状態の水を噴射することによって、使用する水を最小限にすることが可能なのです」
このプラントは規格化された異世界派遣軍の正式装備で、施設自体は驚く程短期間で設置可能だが、栽培に使用する水や肥料は当然ながら本部や別の異世界、現地で調達する必要がある。
無論、近くの小惑星や月面で水が調達できる場合もあるが、それでも手間がかかるし、埋蔵量には上限がある。
人間の居住惑星の水が希少な場合もあるため、栽培に用いる水は極力抑える必要があった。
「このトウモロコシが、ルニで配布した食料の元なのか?」
「いえ、このトウモロコシは食料以外の加工用です。地下の加工場で、装備に使用する樹脂部品や、地上部隊の燃料である液化バッテリーに加工される艦隊戦力の要です。そこの机の上をご覧ください。生産した物の実物です」
グーシュが手にしたのは、小銃弾とガラス瓶に入った液化バッテリーだった。
液化バッテリーは、簡単に言えば液状の電池だ。
モーターに接続したタンクに入れることで、電池と同じように電力を供給し、使用するごとに少量の排ガスを排出して目減りしていく。
従来の充電池と違い、ガソリン同様に液体を注入するだけで補給が出来るため、時間面での恩恵が大きく、非可燃性物質のため安全性も高いとされているのだ。
ただし、水と触れた場合のみ注意が必要で、強烈な放電現象が発生する。
とある異世界で、輸送中の事故により湖に漏れ出し、湖の生物が全滅した事例もあるほどだ。
とはいえ、これら資源が自力生産できるのは大変な利点だ。
必要な物資はもちろんこれだけでは無いが、その恩恵は計り知れなかった。
「食べ物から、燃料や弾が作れるとは……この種をルーリアトに持って行って地上でも作れば、連邦の助けになるか?」
グーシュの言葉に、ポリーナ大佐は首を振った。
「ありがたいお申し出ですが、よした方がいいでしょう。このトウモロコシは品種改良した特別な物で、強烈な繁殖性を持っています。万が一自然界に漏れ出して環境に順応してしまえば、ルーリアトの植物を駆逐して瞬く間に在来植物を滅ぼしてしまうでしょう。しかも、加工に特化したため食用にも適しません。よって、このガラス壁の向こう側に人間が立ち入る事すら禁止されているのです」
「むぅ……そうか……」
グーシュは、残念そうに小銃の薬莢部分をペロリとなめた。
「なるほど、まずい……」
「グーシュ姉! ワシもワシも!」
べったりとグーシュにくっついていたノブナガが小銃弾を口に放り込み、飴のようになめる。
「うん! まずい!」
その様子を、ポリーナ大佐はニコニコと。
ミユキ大佐はドン引きして眺めていた。
「さて、次の場所に行きましょうか」
そうしてポリーナ大佐の案内で、グーシュ達はクレーター内の製造施設を見学していった。
このカスクレーターには、トウモロコシの栽培場に加え、下層部に液化バッテリーと有機バッテリーの精製施設、そして樹脂工場が設置されていた。
下層部で製造されたそれらの物資は、そのまま隣接するヨイクレーター(二番クレーター)にある各種工場に運ばれるのだ。
ちなみに、ポスクレータ―(三番クレーター)には大規模な食糧生産施設が設置されており、地球の作物や培養肉、そしてルーリアトの種子を用いた作物の栽培が行われており、それらの材料で保存可能なレトルト食品やフリーズドライ食品が製造されている。
今回の訪問ではカスクレーターのみの見学となり、そちらには向かう事は無い予定となっている。
それと言うのも、無論時間の関係もあるが、このカスクレーター最下層部にある製造施設こそが、グーシュに一番見せたい施設だったからだ。
「ここは……」
二時間ほどの見学を終えて、グーシュはノブナガと手を繋ぎながらエレベーターを降りた。
何度か危なくミルシャ! と呼びそうになったが、そこは我慢した。
そんなことをすれば、この甘えん坊の重巡洋艦は、どんなに悲しむだろうか。
そう思え、必死に耐えたのだ。
そんなことを考えていたグーシュの耳に、ノブナガの感慨深げな声が聞こえてきた。
「おお、懐かしい感じだ」
「どうしたミルシャ? ……あっ」
「…………い、いや別にいいんだ……やはりグーシュ姉には……ミルシャ姉が……ワシは所詮代理だからの……」
途端にプルプルと震えだすノブナガにあたふたとするグーシュ。
そんな二人を半眼で見つめるミユキ大佐。
そしてそんな彼女らをよそに、ニコニコ顔のポリーナ大佐が、気まずい空気の二人を大きな体でハグした。
「はーい、入り口でややこしいお話は無しにしましょうね? それより、この施設はぜひグーシュ様に見ていただきたかったのです!」
「むぐぐ……こ、ここがか?」
その施設は、一見すると今までの施設と似通っていた。
今までの施設と同じように、ガラス壁越しに製造ラインと思しきものが見え、それらを管制する無数のコンソールが設置されている。
それらには多数のアンドロイドが座り、様々なオペレーションを行っているのが見える。
違うのは、その製造ラインの行きつく先だ。
今までの施設の製造ラインがメインエレベーターに繋がっていて、そこから他の階層に運ばれるようになっていたのに対して、ここの完成品の向かう先は製造ラインのすぐ隣の部屋だった。
しかもそこは壁が透明になっており、中を外から見ることが出来るようになっている。
今は薄暗いせいでよく見えないが、グーシュが目を凝らすと無数の何かがもそもそと蠢いていた。
なぜか、その部屋で蠢く物を見ていると、グーシュは幼い頃のある光景を思い出した。
十歳くらいの時だった。
剣術の鍛錬で他の皇族にボコボコにされたのだ。
グーシュとしては別段暴力馬鹿の事などどうでもよかったが、何を思ったのかその皇族をルイガ皇太子が半殺しにしたのだ。
結果、なぜかグーシュと姉のシュシュまで一緒に三日間狭い居室牢に入る羽目になったのだ。
その時だ。あれを見たのは。
兄妹三人で同じ寝台で寝ていたのだが、夜目覚めると、姉のヨイティが隣で寝ていた兄と、何やらやっていたのだ。
今思い出しても身の毛もよだつ。
あれ以来どうも、兄の様な所謂男らしい男は好かないのだ……。
「……なんだあの部屋は……わらわとしては、とらうまを刺激されて、あまりいい印象の場所ではないな……」
「そ、そうですか? ノブナガ的には嫌いじゃないのですが……」
「というか、あの蠢いているのはなんなのだ?」
グーシュが疑問を呈すると、待ってましたと言わんばかりにウキウキとポリーナ大佐が説明を始めた。
「まあ、見てもらった方が早いでしょう。ライトアーップ!」
ポリーナ大佐が叫ぶと同時に、その部屋の明かりがつく。
瞬間。
「おおおおおお!」
「わわ、グーシュ姉待って!」
グーシュは一目散に走り出し、ガラス壁にへばりついていた。
「か、可愛い! ん? あれが生産ラインの先にあるという事は……そうか! この工場は……」
「そう。ここはアンドロイドの製造施設だよ」
グーシュがよだれをたらしつつ眺める先には、一糸まとわぬ姿で子犬のように寝ころぶアンドロイド達がいた。
大半がレオタードを着たような歩兵型だったが、幾人かは人間そっくりな見た目の女性型アンドロイドだった。
「眼福だなー。しかし、なぜああして寝転がっているのだ? 一木の話とかだと、アンドロイドと言うのは製造後短期間で行動可能では無かったのか?」
「ああ、そのあたりを説明するために、グーシュ様にはここに来ていただいたんです」
そう言って、ポリーナ大佐は手元に空中投影型端末の画面を映し出した。
その画面には、コアユニット→データインストール OK という表示がカラフルなアイコンや装飾で彩られて映し出されている。
「という訳で、グーシュ様にはアンドロイドの製造講座を聞いて頂きます。まずは、人格データのインストール方法についてです。通称、”ガチャ”と”クラス確定”と呼ばれる方法があります」
一木が聞いたら吹き出しそうな用語を、ポリーナ大佐は口にした。
しかし、当然ながらこの場にいる者にとっては、それはありふれた言葉と、未知の言葉であり、話はそのまま進んでいく。
「がちゃ? くらす確定?」
「はい。実のところ、SSには二種類あるのです。初期型と、新型です」
「ふむ。どう違うのだ?」
「はい。SSと一言に言いましても、その役割は大きく異なります。歩兵や、それを率いる指揮官。参謀型の様な大きな処理能力や人間とのコミュニケーション能力を必要とする者もいますし、中には戦車や艦艇の制御を担う必要がある者もいます」
”艦艇”のあたりで興奮したノブナガがグーシュに抱き着いたが、好奇心を優先するモードになったグーシュは気が付かなかった。
少ししょんぼりしたノブナガを、ミユキ大佐がグーシュから引っぺがす。
「それら役割に、理想とすれば我々アンドロイドは、必要な技能をインストールするだけで全て対応する事が求められます。実際に、やろうとすれば可能です。ですが、感情制御アンドロイドとして、人格を持っている限り、どうしてもその人格によっては技能によって向き不向きが発生します」
地球連邦軍の戦術など知らないグーシュにも、そのあたりは察する事が出来た。
例えば、隣にいるノブナガに参謀をやれと言っても難しいだろうし、参謀に向いた者に一兵卒をやらせるのは逆にもったいないだろう。
「ところが、初期型のアンドロイドはそういった人格や適性を指定した製造が、不可能だったんです。つまり、参謀型アンドロイドが欲しくても、製造したアンドロイドがそれに向いた個体だとは限らなかった。そのため、初期の異世界派遣軍には、あからさまに不向きな役職に付いたアンドロイドや、逆に高級参謀向きなのにも関わらず、戦車のSAをしている個体がいる様な有様でした」
そこまで言われると、グーシュにも”新型”について察する事が出来た。
「ああ、なるほど。つまりは新型とは、求める通りの人格や適性を持った個体を作れるようになったということなのか」
「その通りです。具体的に言うと、私たち艦隊参謀と艦SAの一部は旧型。歩兵型を始め、師団のSS達が新型です」
「ふーん……ん? ノブナガはどっちだ?」
「旧型です」
「……ノブナガは製造後間もない筈。そうなると、なぜわざわざ旧型を? もしや、旧型には新型に無い利点がある……違うか?」
「そうです。具体的に言うと、旧型のアンドロイドは、任意の製造が出来ない代わりに、その才能が合致した役職についた場合の能力が優れているのです。つまり、その個体の適性をしっかり計ってやれさえすれば、想定を超えた優秀なアンドロイドを製造可能なのです。対して、新型は短期間に必要なアンドロイドを必要な数揃えることが出来ます。カルナークの様な激戦では非常に役立つのですが、どうも安定性の代償なのか、能力が均質化され、想定範囲内の性能に留まります。この事から、昔のゲームにおけるランダム要素のある電子くじを模して、旧型アンドロイドを製造する事を”ガチャ”。同じく、安定した製造手段の代わりに、性能が抑え気味な事から、新型アンドロイドを製造するのを”クラス確定”と呼びます」
説明しながら、ポリーナ大佐は端末の画面を操作する。
いくつかのアイコンをタップすると、画面はカルナークガチャ OK というものに切り替わる。
「しかも、旧型アンドロイドはカルナーク戦で製造過多で、ボディを持たずにネットワーク上で凍結保存された人格データが、約七千万体分あるのが実状なのです。そのため、アンドロイドを現地製造する場合、もっぱらこのカルナーク戦飽和製造ガチャから、インストールする人格をランダムで選ぶことになっています。さて、グーシュ様。実際にやっていただくのが早いでしょう。このOKアイコンに指で触れてみてください」
言われたグーシュが恐る恐るアイコンをタップする。
すると、アイコンが光るエフェクトと共に、インストールが開始される。
「さあ、グーシュ様。製造ラインをご覧ください」
ポリーナ大佐が指し示した方を見ると、拳ほどの大きさの金属の塊が、製造ラインの先頭にアームで運ばれるのが見えた。
「あれがコアユニット。アンドロイドの中枢にして、先ほどグーシュ様がボタンを押したことで、人格がインストールされた物になります」
子供の様に顔を輝かせるグーシュの目の前で、コアユニットが無数のアームによって運ばれ始めた。
ちょっとここの所難産が多いですね。もっとテキパキ書きたい。
さて、工場見学話です。
アンドロイドの設定ばかりで申し訳ありませんが、今後に関わってきたり来なかったり。
次回でグーシュパートを終わりにして、その後ミルシャの方をお見せ……出来たらいいなあ。
次回更新は八日の予定です。
次回も、よろしくお願いします。
追伸 航宙艦設定を更新しました。




