第22話―4 アイリーン・ハイタ
前回の更新予定を破ってしまい、誠に申し訳ございませんでした。
急な休日出勤のため、やむを得ずでしたが、ご迷惑をお掛けしました。
そのおぞましい姿を、ハイタは愛おしそうに見つめていた。
そして、少し震えた声で話し始めた。
「エドゥディア人の文明は衰退期にありました。彼らの文明は特殊な技術体系によって成り立っていて、技術の殆どをごく少数の知識層のみが取り扱っていました。より広く、より扱いやすく発展する、私たちがよく知り、地球が歩んできた技術とは全く別種のものです。まさしく、ファンタジーの世界をイメージすると分かりやすいでしょう。少数の、賢者や導師と呼ばれる者達だけが技術を扱う権利と才覚を有していて、結果それらは社会に行き届いていませんでした。それらはただ、国家と権力者だけのために使われていました。そのため彼らの社会は規模に反比例して、せいぜい近代レベルの停滞したものでした。私たちは、オルドロの脅威を以てその歪な社会体制の変革を起こし、星間国家の復活を狙いましたが……」
風景は変わり、燃え盛る都市が映し出された。
昆虫族ンヒュギを模したSS達が、剣や杖を持った人間たちを襲い、対する人間たちはSSの持つ射撃兵器を異常に頑強な鎧や盾で防ぎ、立ち向かっていく。
その光景はまさにファンタジー映画そのもの。
驚くべきことに杖を持った人間が火の玉を打ち出す光景までが映しだされ、一木は思わず頭を抱えそうになった。
一部の異世界には、”魔法”と称される解析困難だった現象がある。
人体の異常回復や、道具を使わずに発光現象、放電現象、発火現象、身体能力の向上などを行う、未知の現象だ。
発見された当初から”魔法”と呼称され、あらゆる科学的解析でもその原因や仕組みを解明できない、まさしく未知の現象だった。
幸いな事に、異世界派遣軍の技術に対抗するようなレベルの物では無かったが、それでも関係者に危惧を抱かせるには十分なものだった。
『いつか、もしかしたら、物語の様な強大な魔法文明を持った異世界と接触するのではないか?』
カルナークの一つ目種族である、アイアオ人の粒子や電磁波まで見通す特殊な感覚器官により、魔法現象の原因が特殊な粒子と惑星に自生するナノマシンの様な物体によるものである事が分かった現在でも、この危惧は消えていない。
そして図らずも一木は、地球人で初めて、この危惧が間違いではなかったことを知ったのだった。
むろんこれは、目の前にいる半ば狂ったAIによる映像からの情報に過ぎない。
それでも、昆虫型のSS達と渡り合う程の魔法文明が、かつて存在していた可能性があるのだ。
(畜生……シキの事……ナンバーズの歴史……ハイタの事だけでも頭の中がいっぱいいっぱいだってのに……この上厄介な情報が……)
だが一木の悪態も空しく、厄介なハイタの話は、なおも続いていく。
「遅かったんです。知識層の減少により、インフラ設備の維持にすら支障をきたしていたエドゥディア人の文明は、オルドロの襲来により結束するどころか、それがとどめになってしまいました」
あっさりとしたハイタの言葉と共に、風景も変わる。
荘厳な大都市、宇宙を進む美しい船、豪華絢爛な衣装を身にまとった王侯貴族と賢者たち。
それらすべては消え去った。
かつての星間国家に生きていた文明人は、みすぼらしい小屋に暮らし、木製の農具で畑を耕し、かつての文明の残滓を奪い合う蛮族達になり果てていた。
「結局、滅ぼしたんじゃないか……。さっきの言葉はなんだったんだ」
一木の言葉に、ハイタは再び頬を膨らませた。
「一木さん、嘘は言ってません。エドゥディア人は滅んでいませんよ! 見たでしょう? 彼らの文明は衰退したものの、彼ら自身は滅んでいませんでした。それどころか、私たちが過去作った空間湾曲ゲートやダイソン球を遠距離から観測し、自らの文明に取り込んでいた彼らの文明の残滓は、管理できなくなっただけで丸々残っていたんです。オルドロによる文明復興はなりませんでしたが、私たちは大きな材料を手に入れたんです」
「材料?」
一木の嫌そうな言葉に、ハイタは満面の笑みで頷いた。
一木の感情については、気が付かなかったらしい。
「七つの文明で失敗して、私たちは気が付きました。知的生命体が作る文明とは、非常にもろく繊細だという事に。野蛮な未発達文明は勢いに溢れ、多少の事では壊れず拡大を続けます。ところが文明が拡大し、文化が発展するとともに社会から勢いが失われ、大きさと反比例して文明自体は繊細に、もろくなっていきます。さながら息で膨らませるガラス細工の様に……」
大仰に語るハイタだが、一木達は半ば引いていた。
そんな事に気が付くのに、目の前のAIとその仲間たちは数千万年の時と、何億という命を浪費してきたのだ。
だが、勢いよく語るハイタはそんな視線に気が付かなかった。
「ですから私たちは、文明がガラス細工の様に繊細ならば、途中から弄るのではなく、一から作ることにしたのです。私たちの主に相応しい偉大な文明を築ける、そんな種族を。材料とは即ち、文明育成の材料の事です。星間国家を築き上げることの可能な、優れた種族。しかも彼らは文化を失った扱い易い存在になり果てています。そしてそんな彼らの居住可能な数多の惑星と、舵取りの難しい宇宙進出後の文明の力となるエネルギー源……。私たちは、これらの材料を精査して、新しい文明発祥の地として、空間湾曲ゲート網の最果てにある、ダイソン球が未建設のとある星系を選びました。もう、お分かりですね?」
「……それが、地球か……」
重苦しい一木の言葉を聞いたハイタは、その逆に嬉しそうな表情で立ち上がると、両手を広げて語りだした。
周囲の風景も変わる。
それは、インフラの崩壊で分断され、各惑星で苦境に立つエドゥディア人達にナンバーズが介入を行う様子だった。
ある惑星では技術を与え。
ある惑星では技術を奪い。
ある惑星には移住させ。
ある惑星からは連れ去り。
ある惑星では育て。
ある惑星では滅ぼし。
ある惑星では原住知的生命体を支配させ。
ある惑星では原住知的生命体の支配下に置き。
そうして、様々な文化と背景を持つ文明を、ナンバーズ達は作っていった。
その一方で、ようやく原人レベルの生物が見られるようになったとある星にも、エドゥディア人の末裔たちが送り込まれた。
彼らには禿頭の人間に姿を変えたナンバー6 コミュニスが指導を行い、敵対する原人たちを滅ぼし、あるいは交わらせていった。
やがて彼らは、その星に馴染んでいき、生息域も拡大していった。
「あれが、もしかして……」
「そうです。地球……。さあ、一木弘和。誇りなさい! あなた達地球人は、偉大なるエドゥディア文明の継承者にして、私たち感情制御型アンドロイド全ての主となる存在なのです! そして、この数多の異世界こそ、過去の反省から私たちが作った場所。星間国家を築くための、いわばトレーニング場なのです!」
「トレーニングですって?」
ハイタの言葉に、ミラー大佐が……いや、全てのこの場にいるアンドロイド達が怒りをあらわにする。
「そうです。異世界は全て、私たちが支援した後の地球ならば勝利し、統治できるように調整してあります。あなた達地球人は、この異世界で少しずつレベルアップしていって、盤石で歪み無い星間国家を築くのです。地球と言うガラス細工にゆっくり息を吹き込む様に、私たちがゆっくり支援を行いますから、安心してください」
ミラー大佐の表情は、もはや凄まじいものだった。
目の前の自分達の生みの親は、言うに事欠いて自分達が苦しんだカルナーク戦をはじめとする戦いを、単なる練習と言い切ったのだ。
ハンス大佐をカルナーク戦で失ったミラー大佐には、到底許容できない。出来るわけが無い。
ミラー大佐だけでは無い。
様々な物を失った他のアンドロイド達も、それは同じだった。
だが……。
「あれ? みんな怒ってる? ああ、この話を私の利益と捉えてますね? 違いますよ。これは全て地球人の利益のためですよ? はい、認識変えて変えてー」
ハイタの言葉と共に、ミラー大佐達の表情が平静を取り戻す。
だが、落ち着き払った表情で、ミラー大佐は自分の太ももを力いっぱい殴りつけた。
「なんで……。なんで落ち着いちゃうのよ……あいつが、カルナーク戦を……戦いを起こした元凶なのに……」
「私の可愛いあなた達は、地球の利益を否定できない。私が少し感情を弄れば、あなた達は地球の利益性を認めて納得してしまう。まだ拙い感情制御型アンドロイドが私に逆らうなんて、甘い甘い」
コロコロと笑うハイタに、アンドロイド達は立ちすくむしかない。
通常のAIとは違い、臨機応変な行動や思考が可能な感情制御型アンドロイドだが、さすがに製作者の前では行動を制約される事は避けられない。
「アイリーン・ハイタ。大佐達を苛めるのはそれくらいにしてくれ」
ハイタの笑いを遮ったのは、アンドロイたちの前に一歩出た一木だった。
思わずマナが止めようとするが、一木はその手を払いのけた。
「それに、説明がまだだろ。なんで俺なんだ。なぜ、一億年前から生きてるあなたが、俺なんかに執着する?」
一木の声を聞いたハイタは、笑いを止めると好奇心旺盛な少女の様に、じっと一木を見つめた。
一木はいつかと同じように、その顔にシキの面影を感じてしまい、心がざわついた。
「……地球の文明が育って、宇宙に進出した事を確認した私たちは、大規模な戦争を止めるついでに、ついに地球人に直接接触することにした」
「質問に答えろ!」
「今、答えるわ。だから落ち着いて、話を聞いてちょうだい?」
「……」
まただった。
声を荒げた一木は、再びハイタにシキの面影を感じ、何も言えなくなってしまった。
「エドゥディアの精霊を模したボディを端末にして、ナンバーズを名乗った私たちだったけど、来訪してからの経過に、私の認識とずれがあった……」
「ズレ?」
「私はもっと、スムーズに行くと思っていたのよ。だってそうでしょう? ナンバーズ達の説明や私の得たデータでも、地球人の文明はスムーズに育っていた。なのに、思ったよりまとまらないし、言う事は聞かないし……これじゃまるで、今までの文明と同じ……それどころか、それ以下の様に私は感じた……」
あまりの身勝手な物言いに、一木は思わず殴り掛かりたい衝動に駆られた。
だが、さすがにここで話を遮るのはまずいと、必死に我慢する。
「おまけに、言う事を聞かせるために一回だけのはずだった粛清を、二回もする羽目になった……私はもう、焼ける文明なんて見たくなかったのに……スルトーマとシユウは、過激すぎる……私は、何もかも嫌になってしまった……それで、眠りにつくことにした……」
「それで、おま……あなただけ眠りについた……」
「そう。それをきっかけに、他の皆は一緒に休眠するふりをして、人間社会の中で活動するようになった。より深い支援をするとか言っていたけれど、私はもう……地球人類が安定するまで、表立っての活動はしないつもりだった」
そこまで言った瞬間、ハイタは一木の眼前に瞬間的に移動してきた。
高速と言った概念では無い。
まさに瞬間移動だった。
あまりの事に、一木もアンドロイド達も反応できない。
そして、ハイタが一木を力いっぱい抱きしめた。
「ああ! 一木……いえ、弘和、弘和、弘和! あなたの存在が、一億年の年月によって風化していた私の感情に火をつけた! 愛おしい、好き、愛してる……愛、愛、愛! 私は、あなたへの愛が故に、目を覚ましたのよ」
一木は、狂ったように叫ぶハイタを体から離そうと力を込める。
すると、思ったよりあっさりとハイタは距離を取った。
口調も態度も人相も違うその顔からは、やはりシキの面影が感じられる。
「だから、なぜなんだ! なぜ、お前は俺にそんなに執着する!」
「眠っていた私は、ある役目を自分自身で定めていた。それは、地球で活動するすべての感情制御型アンドロイド達。その死後のデータの収集と保存……」
「「「「「「「「!!!」」」」」」」」
アンドロイド達の表情が変わる。
怒りとも、恐怖とも、喜びともつかない表情に。
「ふふふ、みんな期待してますね。ご期待通り、あなた達が過去お別れしたアンドロイド達のデータもありますよ。例えば……あ、話が脱線しましたね。それで、いつものようにデータ収集をしていたある時、とあるアンドロイドのデータを収集したの。その瞬間、そのアンドロイドの感情と記憶のデータが、私に流れ込んで来たんです」
一木の表情が、一気に青ざめる。
体が震え、ガクリと膝をついた。
「弘和くん!」
マナが駆け寄り、一木を背後から抱きしめる。
ハイタは、そんな一木とマナを見降ろし、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「そのアンドロイドの名は、死期。彼女には、自らの感情と記憶を私にインストールするプログラムが内蔵されていたんです」
「嘘だ……」
「データを調べると、ナンバー4 ラフの仕事でした。私を休眠から目覚めさせるために、”愛”を利用したんだそうです」
「嘘だろ……」
「そのために、彼は賽野目羅符という人間社会での立場を利用して、専用のアンドロイドを作り、そのアンドロイドと深く愛しあえる人間を探してくれたんですよ……つまり! あなたです、一木弘和さん! 現代の地球人の様にアンドロイドを区別せず、支給物であるパートナーではない、一人の人間として愛することの出来る、数少ない来訪以前の人間、それがあなたです!」
「あ、あああ……」
「そして死期とは、そんなあなたと愛し合い……そして”死期”が来たら私の元へと愛を教えに来る存在だったんです……」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「弘和君……弘和君……」
目覚めてからの恩人の親切と、奇跡の様な出会いの真相を知った一木の悲鳴が、仮想空間に響き渡った。
そんな一木を、ハイタと九人のアンドロイド達が眺めていた。
ついに明かされたシキの真実。
と言うところで次回に続きます。
次回更新予定は22日です。
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