第22話―3 アイリーン・ハイタ
「ベルフは粗野な知的生命体だった……力を第一として、他者と戦う事を最も優先する……そういう種族だったわ。ただ、彼らは我が主に近い程に、完璧な生命体でもあった。無機物ですら食し、栄養源に出来る。真空を含むあらゆる環境に適応し、自身の細胞を原料にして生体機械を作る事で文明を築いていた。私は、スルトーマを介して彼らに技術と知識を与えることで、彼らの文明を進歩させることにしたの」
ハイタの言葉と共に、再び風景が一変した。
先ほどまでは荒涼とした岩ばかりだった景色が、赤黒い肉で出来た巨大な高層都市へと変貌していた。
その巨大な都市を、白いベルフ……恐らく当時のハイタと、スルトーマであろう一際大きなベルフが見降ろし、その周りにいるベルフたちの指導者であろう集団と何やら会話をしていた。
だが、その光景は一木にとってはホラーそのものでしか無かった。
肉々しい巨大都市も、人間から皮膚を剥いだような巨人たちも、何もかもが不気味だった。
そんな一木を案じたのか、マナが一木の背中に触れた。
「……ごめん、大丈夫、だ……」
一木が苦し気に礼を口にすると、不意にハイタと目が合った。
その視線は、先ほどまでの懐かしむようなものではなく、一木を案じる心配げなものだった。
どこか熱っぽいと言っても過言ではない。
一木は、その視線に居心地の悪さを感じて、視線で先を促した。
ハイタは笑みを浮かべると、再び口を開いた。
「私の目論見通り、ベルフの文明は急速に発展していった。数百年経った頃には、生体器官で宇宙空間を飛び回り、巨大な肉塊で空間施設や宇宙船を作った。私はここで彼らの文明をさらに、星間国家レベルにまで拡張することにしたの。そして彼らと共に作り出した技術が、あなた達にもお馴染みの、ダイソン球よ……」
一木達が息を呑む中、風景が変わる。
背中から触手のような物を生やし、そこから噴射されるガスで宇宙空間を飛びまわるベルフたちが、太陽のすぐそばで作業をしていた。
そこで使用しているのは肉塊ではなく、一木も見慣れた金属などを用いた部品だった。
「さすがに肉塊では耐久性に問題があってね……私が無機物を用いた技術を伝えたの。彼らの強大な生命力は、太陽の近くでの作業を物ともしなかった。そして種族一丸となっての困難な事業にも、外部への侵攻という彼らの種族特性に合致した目標によって、耐えることが出来た」
「外部への……侵攻?」
参謀の誰かが漏らした言葉に、ハイタは首を傾げた。
「? ええ。そうよ。外部への侵攻。当然でしょう? 彼らの文明を、主に相応しいまでに拡大するには、絶え間ない拡張を目指す、侵略文明こそが相応しかった。そのためにも、まずは無尽蔵のエネルギー元を確保しなくてはならなかった」
「こ、こんな連中を他の文明にけしかけようとしたのか!?」
ジーク大佐が、嫌悪感を顕わにした。
地球人類への感情を前提にした参謀達にとって、このような恐ろしい生命体を侵略文明にするという事には、耐えがたい恐怖を感じるのだろう。
だが当然、当時の自分にとって当たり前の事をしていたハイタにとっては、そんな嫌悪感は理解できるものでは無かった。
似た構造をした存在といっても、あまりにもあり方が違いすぎた。
「何が嫌なの? 彼らの文明を主の様な方向に行かせず、それでいて主に相応しくするためには、それが当然じゃない。外へ外へと、争いを求める性質を前面に押し出せば、安定した文明を作れる。当然の判断でしょう?」
「だが、下手をすれば地球人類……正確には、その祖先となる生命体にも影響が出たかもしれないんだぞ! あんたにとっては主探しに必要な事なんだろうが、俺たちにとってはとんでもない事だ!」
殺大佐が声を荒げるが、その言葉を聞くとハイタはコロコロと笑い出した。
「何が可笑しい!」
「ごめんね、私の可愛い子供達……ふふふ、この先のネタバレになるから今は言えないけど、大丈夫よ。この時のベルフたちは、当時絶対に地球を害する事は無かった。だから安心して、ね♪」
首を傾げて、人差し指を唇に当てるハイタは可愛かった。
だが、一木はその姿がどこか、不気味なものに感じられた。
「まあ、けどそうね。結論から言うと、私は失敗したの……。確かに数万年かけてダイソン球を完成させたベルフたちは、目論見通り強大な侵略文明となった。目標の星系を見つけて、そこを調査して、開発して、次の星系を見つけて……そして、そこに争う事が可能な生命がいれば、種族をあげて侵略の準備を行う。闘争本能だけに特化していたけど、このサイクルならば主に負けない強大な文明になると私は期待していた。けれど、ある日指導者たちから相談を受けたの……」
ハイタがそう言って、顔を伏せる。
同時に、また風景が変わった。
そこは、廃墟だった。
地球人類とも、異世界の人間とも異なる、見た事の無い様式の近代的な都市。
そこが、ベルフたちによって蹂躙されていた。
ダンゴムシを大きくしたような装甲車両と思しき兵器が、棒状の兵器を持ったベルフ達に破壊されるのが、遠目に見えた。
そんな場所で、白いベルフとスルトーマに平伏するベルフ達が、何やら会話をしていた。
「おめえら……今なんて言った?」
スルトーマが、怒気の籠った言葉で、平伏するベルフ達に尋ねた。
ハイタが親切に翻訳してくれたのか、言葉は日本語で聞こえた。
声は四十歳程の、いかにも武人といった感じの野太い男性の声だった。
「ですから、この星系のダイソン球建築が済んだと同時に、実験を行いたいのです。その上で、成功と同時に制圧下にある全星系の恒星で、同様の処置を行います」
ベルフ達の言葉を聞いて、ハイタが一歩後ずさり、スルトーマの体中に血管が浮き上がった。
ハイタが、踏みとどまって口を開く。
「そんな事をしたら、あなた達の拠点もすべて失われるのですよ!? 足場も無しにどうやって侵略を継続するのですか!?」
「拠点など、必要ありませんな。ハイタのくれた技術で、我らはすでに力を十分に手に入れた。肉艦があれば、星も、大地もいらない。肉艦と、それを動かすエネルギーがあればいい。そして、ダイソン球を暴走させることにより、恒星を人工的にブラックホールにする実験が成功すれば、縮退炉の製造に目途が付く。そうすれば、新しい敵の発生も防げる。一撃多殺だ。エネルギーは、我らだけのものだ」
肉艦とは、恐らくベルフ達の宇宙母船の事だろう。
だが、その後の言葉を聞いて、一木は驚きを隠せなかった。
縮退炉、という言葉だ。
一木の知識では、縮退炉とはブラックホールからエネルギーを取り出す架空のエネルギー機関の事だ。
作品などによって設定は異なるが、概ね強大なエネルギーを生成可能な機関として考察されていた筈だ。
とはいえ、ナンバーズによって科学が異常発達した現代ですら実用化出来ていない。
それどころか、ナンバーズから知らされてすらいない。筈だった。
「あなた達は、宇宙を滅ぼすつもりなのですか!? それが、正しい生命の在り方だと……」
だが、ハイタの涙交じりの声はベルフ達に届かなかった。
彼らは、牙をむき出しにしてハイタとスルトーマに向けた。
異質な笑顔にも関わらず、それは嘲笑っているのだと、はっきりと理解出来た。
「やはりハイタ、お前の本質はそれだ。臆病な他の文明と同じだ。他者の心配など、惰弱だ。我らが、我らであれば、それでいいのだ」
「てめえら!」
ベルフ達の言葉にスルトーマが怒声を発するが、ベルフ達は動じない。
「スルトーマ、お前もだ。臆病なハイタに従う、お前も臆病だ。我らはもう、臆病な文明との争いには飽きた。昔の様に、ベルフ同士で力を比べたいのだ。だから、恒星は全て消す。そして、臆病者が生きる余地も、発生する余地も消す。ベルフだけの宇宙で、ベルフだけで戦う。だからもう、お前達はいらない」
その言葉と共に、ハイタとスルトーマの周囲にベルフ達が集まりだした。
手にした棒の様な武器を二人に向けて、威嚇するように口を大きく開けている。
「お前ら……文明をここまで育ててやった恩を忘れて……肝心の縮退炉も無しに……」
「そこは謝ろう。私たちはお前たち試した。お前達賛同するなら、今まで通り勇敢な仲間だった。だが、反対した。だから、お前達は臆病者だ。すでに、縮退炉の理論は完成している。すでに、制圧した八つの星系の恒星を、縮退炉に加工中だ。これから、宇宙の全ての光を消す」
その言葉がきっかけだった。
周囲のベルフ達が一斉に、棒状の武器と、そして驚くべきことに、口からレーザーの様な光を発射した。
次の瞬間には、ハイタとスルトーマの体は粉々に砕け散った。
そして、廃墟にはベルフ達が牙を鳴らす音が響いた。
「結局、最初の接触はこのような結果に終わりました。この時破壊されたのは、私とスルトーマの端末に過ぎませんでした。出会ってから何十万年もあの体を本体として見せていたので、ある種純朴な彼らは気が付いていませんでしたが……それから、私とスルトーマは責任を取るべく、ベルフ達を滅ぼしました。出会ってから滅ぼすまで、四百万年程でしょうか? 最後に残ったのは、八つの縮退炉と、恒星の無くなった広大な領域だけでした……」
ホロホロと涙を流すハイタだが、一木とアンドロイド達は、あまりにも規模の大きい話に言葉も無かった。
だが、一木は不意に恐ろしい事に思い至った。
慌てて、口を開く。
「待ってくれ……もしかして、今地球人類が見つけたダイソン球は……」
一木の言葉に、ハイタは何事も無いように頷いた。
何をわかり切った事を聞くのだ、とでも言いたげだった。
「ええ。今のダイソン球についてはこの後説明しますが、一木さんが思っている通りでしょう。全てのダイソン球は、意図的に設置した恒星を暴走させて、ブラックホール化させた上で、縮退炉とする機能が組み込まれています。地球人類には、まだ早い技術なので教えてませんけどね」
一木はゾッとした。
便利な発電装置に過ぎないと思ったダイソン球が、使い方次第でその恒星系を滅ぼすことが可能な代物だったというその事実にだ。
だがハイタの話は、一木の思いとは関係なく、まだまだ続いていく。
「その後私は、スルトーマと一緒に再び宇宙をさまよい始めました。私は、やはり新しい主に相応しい種族を、文明を見つけたかった。育てたかった。幸い、縮退炉と言うダイソン球と同等の出力を持ち、それでいて持ち運び可能なエネルギーを手に入れた私たちは、ベルフを見つけた時より早く次の文明を見つける事が出来ました」
そしてハイタは、指折りつつ出会った種族を口にしていく。
「強固な集団性をもった昆虫型種族ンヒュギ。ベルフを超える完全生命体にして、先進星間文明を築いたルラマーウ。四つ腕の商業種族ヨスワ。統制国家を築いた森の賢者クウィワ。滅びに瀕した星間国家の覇者、エドゥディア人」
そこまで言った所で、ハイタの指は止まった。
表情が苦痛に歪む。
「でも、駄目だった。会うたびに、手を変え、品を変え……新しく作った子供達と頑張ったけど、駄目だったの。ンヒュギは、ナンバー3のシユウ主導で、地球以上のアンドロイドを用いた文明を作った。でも反発する宗教勢力との内戦で滅んだ。ルラマーウとは、協力者としての関係を作れた。ナンバー4、ラフは首脳に選ばれる程信頼を得た。でも、彼らと開発した空間湾曲ゲートの実験に失敗して、文明が崩壊した。ヨスワには、全ての素性を明かして、ナンバー5のヒダルと一緒にゆっくりと文明を育てた……星間国家規模の経済崩壊で、全てが駄目になった。クウィワは、ナンバー6のコミュニス主導で完全な統制国家を作る事で安定した国を作ろうとした。反対勢力が出て、ナンバーズ間でも対立が起きて、最後には滅んだ……」
ハイタの言葉とは裏腹に、一木は壮大な、そしてあまりに滑稽な崩壊劇にあっけに取られていた。
間違いなく、ハイタとナンバーズ達は必死だったのだ。
しかし、対象となる文明に対する手の出し方が適切では無かったのだろう。
その上、ハイタの言葉から判断するに、ナンバーズが増えるごとに彼らの内部対立まで加わり、事態はより混沌としていったのだ。
「でも、最後に出会った文明によって、私たちは希望を得たのよ」
その言葉と共に周囲の光景が変わる。
映し出されたのは、青と緑に包まれた、美しい惑星だった。
「惑星エドゥディアを中心とした広域星間国家。今までのどの文明よりも広大な領域を支配する文明。しかも彼らは、私たちの活動を遠目に観測していた。そして、そのデータを用いてダイソン球と空間湾曲ゲートを独自に実用化していた」
光景は惑星上に映る。
どこかファンタジーめいた大都市と、そこに住まう住人達が見えた。
その住人達は、地球人類と同じ見た目をしていた。
「この人たちは……」
「エドゥディア人……地球人と、あなた達が異世界人と呼ぶ全ての人間たちの、祖となる種族よ」
ハイタの言葉を聞いたシャルル大佐が飛び跳ねながらガッツポーズした。
「やっっぱり! 異世界人が地球人と同様の遺伝構造を持つのは、ナンバーズのせいだったんですね! うわあーい! 世紀の大発見ですよー!」
はしゃぐシャルル大佐だが、他の参謀や一木やそれどころでは無かった。
この後の展開に想像がついたからだ。
「で、結局この文明も滅ぼしたのか?」
一木の棘のある言い方に、さすがのハイタもムッとした表情を浮かべた。
だが、頬を膨らませたその顔に、当の一木は毒気を抜かれてしまう。
「むー! 滅ぼしたんじゃありません。どの文明も滅んだんですよ。それに、そもそもエドゥディア人は違いますよ。私たちが出会った約ニ千五百万年前には、すでに滅びかけていたんです。そこで私たちは、これまでとは違うアプローチを試みました。意図的に外敵を作り、エドゥディア人を一つにまとめ上げる事で文明を復興させようとしたんです」
ハイタがそう言った瞬間、黄ばんだボロを纏った人影が姿を現した。
「ナンバー7、オールド・ロウよ。彼には、エドゥディア人の伝承にある魔王として、文明をまとめ上げる敵となる事を命じたの」
顔を覆っていたボロがふわりと払われる。
その下にあった顔を見た一木とアンドロイド達が、思わず目を背けた。
オールド・ロウ。
やせ細った人間から、耳、鼻、唇、瞼を削いだおぞましい顔のナンバーズが、血走り、乾ききった眼球で、悲しそうに美しい都市を見降ろしていた。
※一撃他殺……一石二鳥と似た意味のことわざ。
申し訳ありません。体調不良で投稿が遅くなりました。
ハイタの昔話もいよいよ佳境になってきました。
次回、ついに地球来訪の真意が明かされる!? かも……。
次回は16日更新予定です。
忙しくて設定資料が更新できず申し訳ありません。
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