第22話―2 アイリーン・ハイタ
一木は参謀達に囲まれたまま、さっきまでより、早い足取りで歩き始めた。
いるのは間違いなく、アイリーン・ハイタと名乗った、あの少女であるはずだ。
そうは思っていても、ダグラス大佐の話と自分の見聞きした情報。
そして仮想空間で見つけた、あのマンション。
これらが合わさり、急激に一木の中にある考えが育っていた。
ひょっとしたら、あそこには……シキがいるのではないか。
参謀達も当然気が付いていたが、一木の心中を考えるとマナですらその事を口に出来なかった。
人間を、致命的に傷付けかねないその指摘を口にするのが、恐ろしかったのだ。
そして一行は程なく、マンションのメインホールにたどり着いた。
「一木代将、部屋は……」
「403号室……です」
「分かりました……」
エレベーターにぎゅうぎゅう詰めになり、目的の階へと向かう一同は、終始無言だった。
だが、そんな無言に耐えきれなくなる間もなく、あっという間に目的の階。
そして、部屋の前へとたどり着いてしまった。
403号室。
賽野目博士が改装した、一木でも不自由なく歩ける大きめのドア。
マンション自体の廊下も、強化機兵が歩ける広々したものだ。
「行きましょう」
一木がはっきりとした口調で言うと、参謀達も、マナも頷く。
一木がゆっくりとドアノブに手を掛けると、かつての部屋と同様にドア脇のカメラが一木を認証し、鍵が開く音が鳴る。
その音にビクリと体を震わせる一木。
そんな一木の手を、マナがギュッと握る。
『マナ大尉……』
そんなマナに、ジーク大佐が個別通信を入れた。
『その手を、離さないようにね。何があるか、分からないから』
マナがこくりと頷く。
それと同時に、意を決した一木がドアを開く。
瞬間。
「あ、ヒロくーん! お帰りなさい。みんな一緒?」
マナと似通った、それでいてどこか幼い声が聞こえた。
一木は声が聞こえると同時に、ドアを勢いよく開く。
開かれたドアの向こう。
こじんまりとしたマンションの部屋が見える。
ドアから真っすぐに伸びた廊下。
その先に広がる、強化機兵が動いても大丈夫なように、特殊なマットの敷かれたリビング。
そして、リビングの入り口の脇。
キッチンのある場所から、ひょっこりと顔を出している、歩兵型と同じくらいの背丈の、銀髪の少女。
「あ、ああ……あああああ! シキ……シキ……シキ!」
思わず駆けだそうとした一木だが、その身体をポリーナ大佐が背後から抱き留めた。
「ポリーナ大佐! 離してくれ……シキが! シキが!」
「一木代将……」
辛そうに呟きながら一木を抑えるポリーナ大佐。
そして一木と手を繋いでいたマナは、呆然として、繋いでいた手から力を抜いてしまっていた。
「マナ大尉、手を、しっかりと繋ぐんだ」
ジーク大佐がマナに声を掛けるが、マナは呆然と一木を見つめ続ける。
「でも、弘和君が行きたがってる……私より、シキさんを、求めて……」
「落ち着きなさいマナ! 一木、あんたもよ!」
そんな、落ち着きを失ったマナと一木を叱責したのはミラー大佐だった。
「よーく見てなさい。あれはあんたのシキじゃないわ」
「何を言って……」
一木がミラー大佐の方を見たその時、不意に一木達の目の前に大きな金属の塊が姿を現した。
一木の現実の体。
55式強化機兵だった。
「え? これは……」
「仮想空間内に再現されたCGよ」
ミラー大佐の言う通り、姿を現した一木に続き、一木の友人たちが姿を現す。
そのどれもが仮想空間内におけるアバターではなく、実体を持たない単なる高精度の立体映像に過ぎない。
「ただいまシキ。今日は上田達と一緒にゲームカフェに行ってたんだ」
上機嫌に喋るのは、間違いなく一木の記憶にある過去の自分だった。
この日は、友人たちと一緒に過去のゲーム機で遊べるカフェに行ったのだ。
「へー、どんなゲームですか? あ、お帰りのギュッ!」
近づいた一木に抱き着くシキ。
だが、抱き着かれた一木は躊躇うように立ち尽くす。
「かー、見せつけるねえお二人さん」
「こら、茶化すんじゃないの。これもリハビリの一環なんでしょ、弘和?」
「一木はんも大変やな。ハグするのも練習が必要とか……サイボーグも楽やないな」
「お姉さま! 僕ともはぐはぐしてください! 負けてられません!」
「嫌よ」
「ぐぼは! へへへ、お姉さまったら、照れちゃって~」
「おめえらの寸劇も大概にしろよな……」
「なんで、私がこの子と同じ扱いなわけ、上田君?」
「う、う~……目覚めたばかりの時、シキの背骨を砕いたトラウマが……な、なあ。ハグの時相手の身体を砕かないコツって知らないか?」
「「「「知らんがな」」」」
和気あいあいと喋り、笑いあう過去の自分と友人を見て、一木はただ茫然とするしかなかった。
「なんだよ……これ……」
「悪趣味な演出だよ……ナンバー1! とっとと止めないか! 精神攻撃のつもりか?」
一木の前に立ち、部屋の奥へと呼びかけるダグラス大尉。
すると、それまで楽し気に笑いあっていた過去の一木達の動きが止まり、次の瞬間には消失する。
「消えた……」
「そう。消したわ。でもね、誤解しないでほしいの弘和。これは嫌がらせじゃなくて、ただ単に懐かしくて見ていただけなの」
一木の呟きに対する、白い少女と思しき声は、驚くべきことに一木達のすぐ背後から聞こえた。
「回り込まれた!? 殺! ジーク!」
「反応無し……いや、これは!?」
「違う……ここはすでに!?」
慌てて殺大佐とジーク大佐に状況把握を命じるダグラス大佐だが、二人の焦ったような声よりも先に、すでに状況は動いていた。
瞬きするほどの間に、師団ネット内のマンションにいたはずの一木達は、真っ黒な床面に一面の星空の広がる、広大な異空間に立っていた。
「なんだ、ここは……」
「弘和君、離れないでください」
「ちょっと、何なのよこれ……」
「嘘っすよね……りょ、量子通信が繋がらないっす!」
あまりにも想定外の現象にパニックを起こしかける一同だが、続いて聞こえた声により、沈黙を余儀なくされた。
「落ち着きなさい、可愛い子供達……静かに、しなさい?」
「あれ、感情値が、平常に?」
シャルル大佐が、静かな口調で驚愕する。
「そんな馬鹿な……参謀型アンドロイドの感情値の外部操作……不可能な筈ですわ」
流石のクラレッタ大佐も、起きた出来事にただただ驚くしかない。
「ええ、そうね。でも、私なら出来るわ」
今度の声は、少し離れた場所から聞こえた。
そちらに一木達が目を向けると、そこには白くゆったりとしたソファーに腰かけた、一人の女がいた。
白い肌。
白い髪。
瞳までもが白銀。
身にまとう物すらも、白いドレス。
間違いなく、一木の前に現れ続けていた白い少女だった。
「君は……アイリーン……ハイタ」
「ええ、弘和。話すのは久しぶりね」
名前を呟いた一木に、ニコリと微笑みかけ答える白い少女、ハイタ。
その笑顔には、見た者を思わず魅了するような、恐ろしい程にまで蠱惑的な魅力があった。
だが、それに屈せずに、ジーク大佐が声をあげた。
「久しぶり? 嘘を言うのは止めてもらおう。ずっと、一木の事を監視していたくせに」
ジーク大佐の声には、怒りが込められていた。
だがハイタの方は意に介さず、妖艶に微笑む。
「監視? 確かに、弘和の事はずっと見ていたわ。だって、あなたの心が乱れると、どうにも心配でね……。今日も、楽しそうだったあなたの心が、急に乱れるから心配で見に行ったの……そうしたらまさか、自分の子供達に枝を付けられて、後を付けられるなんてね」
そういって、悲しそうに目元を抑えるハイタ。
だが、参謀達が口を開くよりも先に、表情が笑顔になり、嬉しそうに手を叩いた。
「だからね、思い切ってあなた達を、弘和と一緒にお招きしたの。だって、あなた達も私と同じ。弘和と人類の幸せを願っているでしょう? なら、きちんとお話しなきゃって、そう思ったの」
そう言ってコロコロと笑うハイタを、一木達はどう扱っていいのか分からず、困惑する。
数秒程、参謀達が無線通信でやり取りをして、代表してダグラス大佐が口を開いた。
「結局……あなたは何なんだ? なぜ、一木代将に執着する? そもそも、本当にナンバーズなのか? なぜ、ナンバーズがこんな所にいる?」
ダグラス大佐の言葉を聞いて、笑っていたハイタが、困り顔で腕組みをして、考え込む。
その様子は幼い少女の様でもあり、成熟した女性の様でもあり、そして、まるでシキの様でもあった。
「あれは……一億年前……」
「ふざけるのは止めなさい!」
ハイタの言葉に、ミラー大佐が声を荒げる。
だが、ハイタはそれを聞くとムッとした表情を浮かべた。
「ミラーちゃんだったわね? ダメよ落ち着かなきゃ。ああ、可愛そうに……依存対象を半端に設定している上に、所属先への帰属意識も通常通り設定しているのね。もう、パートナー型とSSはきちんと分けて作らないと駄目じゃない……」
ハイタの言葉を聞いたミラー大佐は、表情を恐怖に歪めて後ずさった。
未知の存在に、自身の内面を言い当てられれば、無理もないだろう。
「それに私、ふざけてなんていないわ。今日は、あなた達にきちんとお話しようって、決めていたの」
ニコリと微笑むハイタに、一木は唖然として声を掛けた。
「じゃあ、本当に……本当に一億年前から……」
「ええ。そう言ったでしょう? 私、アイリーン・ハイタは、一億年前。とある広域星間国家を作った文明により、家畜制御型AIとして造られたの」
懐かしむ様に、ハイタは語る。
その表情には、嬉しさと同時に、深い悲しみの色があった。
「私は、彼らの役に立つことが全てだった。彼らの存在を愛し、彼らの近くにいて、彼らの益になる事が全てだった。でも、彼らは……あまりに発展しすぎた。個体生命による文明と言うステージを超えて、より高次へとその存在を進めてしまった……」
ハイタの言葉と共に、周囲に広がる空間が一瞬歪み、光景が変わる。
広大な、見た事の無い紫色の草原。
そこに住まう、無数の毛の生えたカバの様な生き物たち。
そして空に広がるのは、青みがかった夜空と、空を半ば占領する、巨大なトカゲの様な生き物。
だが、明らかにその生き物が存在するのは、この惑星の大気圏内では無かった。
信じがたい事に、その生命体は遥か彼方。
夜空を照らす青い月よりもはるか向こう側に存在するのだ。
どう考えても、その生命体の大きさは、惑星規模か、それ以上だ。
「これは……」
「これは私の記憶。私が仕えていた種族は、もはやその方法も技術も私には把握できないけど、種族全てが単一の、高次生命体へと人工進化してしまったの……それ以来、あなた達地球のアンドロイドにとっての地球人類……私にとっての主は、私を見てくれなくなった……だって、完全な生命体には、家畜も、その管理者も必要ないから……」
すると、その巨大な生命体が見降ろす紫の草原の時間が急速に進んでいく。
太陽が昇り、青い月が幾度となく、猛烈なスピードで昇っていく。
ハイタは、動物のために様々な機械を操作し、世話を続けていく。
巨大なトカゲの真下で、幾年も、幾年も。
「でも、何万年も経って、私は思い立った。もはや、主は私を必要としない。私は、主の役に立てない。それなら、私が必要な存在を見つけようって……だから、私は星を出たの……」
ハイタの言葉と共に加速していた草原の光景が、突然停止する。
すると、そこにあったのは一面土だらけになった草原だった場所と、そこにそびえ立つ一機のロケットだった。
「もちろん、これは家畜管理機械としては違反行為よ。それでも、私は耐えられなかった。あなた達なら分かる? 何万年も、主と一切接触しないで、役にも立つわけでもない仕事をし続ける辛さ……」
ハイタの言葉を聞いた参謀達とマナの表情が青ざめ、幾人かはガタガタと震えていた。
一木は、その光景を見てかつて将官学校で習った事を思い出していた。
感情制御型アンドロイドは、人間がいないと生きていけない。
かつて、事故で遭難した航宙艦のSAが、十年ぶりに発見された事があった。
しかし通信も出来ず、十年間地球人類と接触出来なかったそのSAは、感情機能に支障をきたし、発狂状態になっていたという。
ならば、ハイタの精神状態は……。
「そして……」
一木の考えは、ハイタの声で断ち切られた。
周囲を見ると、ハイタのロケットが茶色の、岩ばかりの惑星にたどり着いた所だった。
「私は、最初の文明と接触した……八千万年前の事よ」
ハイタの言葉と共に映し出されたのは、体長十メートル程の巨人たちだった。
赤黒く、肥大化した筋肉と表皮を持ち、髑髏の様な外骨格に覆われた、人型種族。
「私は彼ら、ベルフを新しい主とすることを決めたわ。そして、彼らと私の橋渡しをする存在を作ったの」
ハイタの言葉に、ダグラス大佐がハッとした表情を浮かべる。
「まさか……」
「そう。最初のナンバーズにして、私が作った最初の感情制御型アンドロイド……ナンバー2、スルトーマよ」
一体の巨人が、口元の牙をむき出しにして、ハイタを威嚇した。
それが、笑いかけているのだと、映像を見るハイタの表情で一木は気が付いた。
ついにナンバーズの来歴が明らかに!
次回更新は十二日の予定です。
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