第21話―1 告白
一木渾身のツッコミの後も、参謀達のどんちゃん騒ぎは続いていた。
それどころか、こっちへ来い来いという招き(という名の強制)のままに部屋に入った事で一木達もあっという間にその騒ぎの一員になってしまっていた。
「まあまあ、一木代将。お疲れ様だ。ほらほら、一杯飲め」
そう言ってお酌してくるダグラス首席参謀に言われるままに、シャルル大佐が用意した部屋に備えられていたコップのデータにビールのデータを注がれる。
恵比須様の絵柄の、生身の頃から好きだった銘柄だ。
「はぁ、どうも……」
もはや、ここがどこなのかというツッコミをする気力もなくなった一木は、不承不承と言った様子でビールを飲んだのだが、口にした瞬間違和感を覚えた。
「ん? ……あれ、これって……」
「どうしました、弘和君?」
一木の様子に気が付いたマナが、ジーク大佐との一木の隣争いを一時中断して心配そうに言った。
ちなみに戦況は、力ではジーク大佐が。体格差による抑え込みではマナが優勢の様だった。
「いや、これ……酔っているような感覚が……」
「あ、気が付きましたー? 一木さん、仮想空間での酩酊状態の解除してなかったんで、やっておきましてよ」
「え、シャルル大佐。あれって解除できたのか!?」
一木が驚くのも無理は無い。
仮想空間では、基本的にありとあらゆる感覚……見る、嗅ぐ、聞く、触れる、そして食べる感覚を楽しむことが出来るようになっている。
一木はシキから注意されていたため、自分が体験した以外の感覚を外部からダウンロードすることを止めてはいたが、基本的な感覚は行えるように設定してはいた。
だが、仮想空間のソフトウェアで禁止されていた薬物やアルコールによる酩酊感覚だけは、味わう事が出来ずにいたのだ。
そのため一木は、目覚めて以降、酔うという感覚からは遠ざかっていた。
それが、唐突に味わえた事で、驚きを隠せない。
「出来ますよー。サイボーグ用の仮想空間管理ソフトなんて、参謀型SSに掛かれば楽勝ですって。あ、一木さん、他に呑みたいお酒あります? ドイツビールとか、日本酒の獺祭とか越乃寒梅とかのデータダウンロードします?」
ニコニコとした顔でシャルル大佐が提案してくれる。
思わず頼もうとしたが、懐かしいシキの言葉が思い出された。
「いや、部屋のアーカイブにある銘柄の日本酒を頼むよ」
一木の言葉に、シャルル大佐は少し不満げに口を尖らせた。
「えー、いいじゃないですかー! この部屋の銘柄、庶民的なのばっかりじゃないですか。もっと仮想空間の利点を生かして、高級な銘柄とか行きましょうよー。熊の手と獺祭の組み合わせは中々ですよー」
「いや、シキに言われてるから。仮想空間で味覚や他の感覚がマヒしないように、自分が体験した以外のデータはダウンロードしないようにしてるんだ」
「ええええー! 満漢全席! 高級フレンチ! キビアック! 五百年熟成泡盛! ロマネコンティ!」
一木の言葉にシャルル大佐は不満そうだったが、他の面々は頷いていた。
「シャルルうるさい。そうだな一木代将、シキさんの言っている事は正しい。人間が躊躇い無しに快楽情報をダウンロードして体験していては、あっという間に中毒と飽きがきて廃人になってしまう。いい、パートナーだね」
そう言って、寝そべっていたポリーナ大佐が一木の頭を撫でてくれた。
その圧倒的な包容力に思わずうっとりしていると、一木のコップに故郷の地酒が注がれた。
「ささ、弘和。どうぞ一献」
見ると、隣争いから撤退したジーク大佐が地酒の瓶を傾けていた。
マナはどうしたのかと見ると、他の参謀達に酒を飲まされて、一木に構っているどころでは無いようだ。
「ありがとう……」
一木はコップの中身を一息に飲み干した。
果物の様な甘い香りが鼻から抜けていく。
その後に口に広がるピリッとしたアルコール感の後、後味にじんわりとコメのうま味と甘みが広がっていく。
ここまでは以前と同じだ。
だが、ここからが違った。
口から食道を通る日本酒が体を熱くさせる。
同時に、その火照りが体の中心から、頭にまで伝わっていく。
そして、ほんのりとした心地いい、眩暈にも似た感覚を覚える。
懐かしい、酔いの感覚だ。
また、味わいたくなり、空になったコップをジーク大佐に差し出してしまう。
「ジーク、もう一杯頼む」
「はい、どうぞ」
そうして一木は、久しぶりの酒を楽しんだ。
楽しみすぎてしまった……。
「うう……酔っっっった……そうだよ、俺、酒弱かったんだ……仮想空間でもそうなのかよ……」
「そりゃそうですよ。そこら辺の設定は、個人の記憶に準じて構成されるんですから」
床に倒れ伏す一木を、参謀達が囲んで撫でたり突っつく中、一木はそれどころでは無い酔いの感覚に悩まされていた。
一方のマナも、酩酊状態の禁止を強制解除された上で酒を飲まされ、ポリーナ大佐に腕枕され、すっかり寝込んでいた。
やはり、情報処理能力において参謀型と単なるパートナー仕様のSSでは雲泥の差があるようだ。
「ちょっと、あなた達……私たちが今日、なんでここに集まったか忘れましたの? 一木代将に話を聞くためでしょう」
「何だっけ?」
「サーレハに言われた例の事っすよ」
「猫も呼べばよかった」
一木の頬をペシペシと叩きながら、クラレッタ大佐が怒ったように言うと、まるで反省した様子の無い声が聞こえたが、続いて七発の何かを殴ったような音がすると、真摯な謝罪の声が聞こえてきた。
「一木代将。蓄積した感覚のリセット要件はなんですの?」
仮想空間には、過度な満腹等の行き過ぎた感覚による弊害をリセットし、健常な状態へと戻す一定のアクションが設定可能だった。
通常は単純なスイッチの様なものをセットするらしいが、一木の場合はシキの方針で努めて人間らしい、そして現実に即したアクションを必要としていた。
「ね、寝るか……風呂に入れば……」
「寝るのは時間がかかりますわね。じゃあ、お風呂ですわね? それなら、同性の私が手伝いますわ。あなた達は、少しリビングを整理して、マナ大尉を起こしなさいまし!」
「「「「「「「は~い」」」」」」」
そうして一木はクラレッタ大佐に抱えられ、部屋の奥の風呂場へと向かっていく。
扉が閉まる音がした後、参謀達は思い思いに片づけを始めた。
「この部屋って仮想空間なのに、状況のリセット機能も設定してないのかよ……」
「猫も呼べばよかった」
「マナ大尉……起きなさいよ……酩酊状態の解除ってどうやるんだっけ?」
「猫も呼べばよかった」
「どうも、シキってアンドロイドはこの部屋を一木代将のリハビリ場所と捉えていたようだな……」
「猫も呼べばよかった」
「仮想空間に溺れて身を持ち崩すサイボーグは多いからね」
「猫も呼べば……」
「殺煩いっす……」
「シャルルの彼氏がサイボーグだったら、あっという間に中毒になるわね」
「チッチッチ……甘いですね。私の料理は、こんな仮想空間なんかに負けませんよ。すぐに現実に引き戻す逸品を作りますよ!」
「君は本当に料理馬鹿だな……」
「お? お? 料理を馬鹿にしましたか? 強襲猟兵馬鹿のジーク君? 表出る?」
「…………やるかい?」
「ちょっとやめてくださいっす!……人間の脳内っすよ」
「ちょっと待って!」
ひとしきり騒ぎ、風呂場からシャワーの音が聞こえてきた頃。
マナ大尉と一緒に部屋の隅で寝ていたミラー大佐が叫んだ。
「何かね? 掃除を完全にさぼっているミラー大佐?」
ダグラス大佐が嫌みっぽく言うが、勢いよく起きたミラー大佐はそれを無視した。
「誰か……一木にクラレッタ兄が男性型アンドロイドだって説明した?」
「「「「「「……………あっ…………」」」」」」
「うわあああああああああああああああああああああああ! ひ、膝まであるうううううううううう!」
一木の悲鳴が聞こえてきたのは、参謀達が揃って声を発した瞬間だった。
第18話―3 休暇 の最後の部分でクラレッタ大佐が抜けていたので修正しました。
今回はまったりとした回でした。
次回はいよいよ、参謀達の目的が明らかに。
更新予定は27日の予定です。
追伸 アルファポリスにて、本作の微修正版の公開を始めました。
文章や記述、描写のおかしい部分や矛盾した部分を手直ししたものになりますので、よろしければご覧になってみてください。
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