第20話―2 歓迎
サーレハ司令に促され、屋根の無い、艦内移動用の小型自動車の後部座席に乗り込んだグーシュとミルシャは、運転席に乗り込んだ黒ずくめの女、スルターナ少佐と助手席に乗ったサーレハ司令と共に、アンドロイド達に見送られて一路応接室へと向かった。
その際、肩に乗っていたミラー大佐はダグラス首席参謀たちと一緒に、この場に残りグーシュとミルシャを見送った。
「ミラー大佐達は? 一緒に来ないのですか」
見慣れない男とアンドロイドしかいない事に不安を覚えたのか、ミルシャがサーレハ司令に問いかけた。
いざ襲撃を受けるとあんなにも勇敢に剣を振るえるというのに、それ以外の場ではミルシャは小鳥の様に臆病になる事があった。
だが、グーシュは知っていた。
この臆病さと敵を前にした時の蛮勇を両立させる事こそが、お付き騎士の必須能力だという事を。
それに、少し臆病な方が、女は可愛いものだ。
益体も無いことを考えていると、サーレハ司令が相変わらずの取り繕ったような明るい声で答えた。
「ミラー大佐にも仕事がありますからな。ダグラス首席参謀たちとの仕事が終わり次第、お二人の所に戻すように伝えておきますよ。しかし、あの気難しいミラー大佐に随分と懐かれたようですな」
「なんの事は無い、こちらが心を開いて接してやれば、アンドロイド達は皆いい者達だ。むしろ……」
ここでグーシュは、今まで努めて感情を表に出さないようにしていたのをあえて止めた。
一言、サーレハ司令に言ってやりたかった事があったからだ。
「一木以外の地球人達の接し方に、問題があるような気がしてならないがな。ノブナガの事もそうだ。初めて会った時、わらわは孤児院にいる子供かと思ったぞ。話を聞けば納得した。何の事は無い、人間との接触に飢えていたのだ」
咎めるような口調でサーレハ司令に語り掛けるグーシュに、ミルシャがオロオロとしていた。
だが、当のサーレハ司令はなおも感情を表さない。
いっそ不快な表情でもしてくれた方が、動きやすいというのに。
一瞬ムッとしたグーシュは、探りを入れるつもりでサーレハ司令への非難めいた言葉を続けた。
「サーレハ司令、あなたも分かっていたのではないか? あなたが一言、ノブナガに「ご苦労様」とでも言ってやれば、何の問題も無かったのだ。アンドロイド達に親身に接してやる。過去から来て不慣れな筈の一木に出来て、なぜあなたに出来ない?」
言いたいことを一通り言ったグーシュは、慎重にサーレハ司令の顔を見据えた。
すると少しだけだが、彼の感情が見て取れた。
しかしそれは期待したものでは無かった。
どこか嬉しそうな、期待通り事が運んだ愉悦がにじみ出たようなその感情に、グーシュは心がざわつくのを感じた。
「いやあ、さすがのご慧眼ですな、グーシュ様。ミユキ艦務参謀達には、あえて不満をためる事で実戦での活躍を狙ったと言っていましたが……実のところ、そんな物は建前に過ぎない。目的は、ノブナガをあなたに依存させる事だったのです」
ここでグーシュの心のざわつきは最高潮になった。
自分がサーレハ司令の罠に飛び込んだような気がしたからだ。
ましてや、なぜ地球の指揮官が、艦隊の最高戦力を現地協力者に過ぎない自分と結び付けようとしていたのかが、全くわからなかった。
「ミラー大佐の例から、SSやSLでも最初に依存した人間に対しては、別格の感情を抱くことが分かっていました。通常の人格構築工程ではこうはなりませんが、育成段階である種の飢餓感を与えてやる事で、この効果を狙って作り出すことが出来る……」
さすがのグーシュにも、サーレハ司令の言っている事の意味は分からなかった。
しかし、この男が妙な意図を持って一連の行為を行っていた事は理解できていた。
「サーレハ司令……あなたは、一体……」
グーシュが呻き、思わずミルシャが腰元の剣に手を掛けたその時、自動車が止まった。
広大な格納庫の壁際に到着したのだ。
「どうですグーシュ様? 少し歩きながら話しませんか?」
愉悦を隠しもせず、サーレハ司令が言った。
「話……?」
「ええ。我々が用いるアンドロイドに関して、あなたにきちんと説明しておきましょう」
スルターナ少佐が先導し、壁際の扉を開く。
そこには、宮殿もかくやという豪奢な通路が広がっていた。
「VIP向けの専用通路ですが、皇族であるグーシュ様にはみすぼらしい装飾でしょう。とはいえこれが我々の精一杯でして……さあ、どうぞこちらへ」
グーシュは、河鰐の巣に踏み込むような嫌な感触を感じながら、サーレハ司令に続いて通路に歩みを進めた。
「我々地球人類は、現在アンドロイドに依存した社会体制を築いています……」
歩きながら、サーレハは饒舌に語る。
「労働のほぼ全てを担うServant Labor、通称SL。警察、軍事を担うServant Soldier、通称SS。そして、全人類の心に安寧をもたらす存在、パートナーアンドロイド……」
「それは一木に聞いて、知っている」
「だが、これらの違いについてまで具体的にご存じですかな?」
「違い? それぞれ、役割が違う……のではないのか?」
グーシュの言葉を聞くと、サーレハ司令の表情に僅かながら、憐憫の様なものが混じった。
だが、さすがのグーシュでも、誰に対してのものかまではわからなかった。
「この三種類が異なるのは、役割ではない……。アンドロイド達は全て、自らの感情によって人類への反抗を防ぎ、絶対的なコントロール下に置かれているのです。すなわち人類に対して、人間並みの人格と感情を備えさせたうえで、好意、執着、依存心を持たせる。これが彼らを感情制御型アンドロイドと呼ぶ由縁なのです……」
そこまで言うと、サーレハ司令はグーシュとミルシャの顔をチラリと一瞥した。
警戒しつつも、内容をしっかりと把握するグーシュと、話題に付いていけていないミルシャを見比べているようだった。
「さすがにグーシュ様だ。さぞ、いい教師が付いていたのでしょう」
教師、と聞いてグーシュが思い浮かぶのは三人の顔だった。
自分が生きる方向性を決めてくれた母親と、未知を手に入れる方法を授けてくれた老教授。
そして老教授の教え子であり、説話作家として様々な話を聞かせ、グーシュの好奇心を形作り、満たしてくれたアイムコだ。
だが、このサーレハという男に触れられるとどことなく不快になり、グーシュは棘のある言葉でこの話題を打ち切った。
「世辞はいい。言いたいことがあるなら、早く言うがよい」
「ふむ、それでは。具体的に言いますと、三種は優先順位が異なるのです。SLは自らの職務に。SSは自らの所属する組織へ。そしてパートナーアンドロイドは自らの主に対して、より強い感情を抱く。無論、これらより上位の優先対象としてナンバーズや地球人類、連邦政府といった対象が存在するものの、それ以下の優先対象はアンドロイドの種類によって異なる」
「この話は資料で見た。こんな、地球ではありふれた話をして何が言いたいのだ? 現地人を馬鹿にして悦に浸ろうなどと……」
「わかりませんか? つまり、SSであるミラー大佐やノブナガにとって、個人への感情は優先順位の低いものに過ぎないということです。より正確に言うならば、対象の設定されていない、非常に脆くはかないものだ、という事です」
「なんだと?」
今度のサーレハ司令の言葉ばかりは聞き逃す事は出来ず、思わずグーシュは聞き返してしまった。
「マナ大尉やスルターナの様なパートナーアンドロイドにとって、主という個人は自らの感情制御システムに刻み込まれた絶対的な存在だ。容易に変わる事はない……ですが、SSやSLにとっての個人というものは、あくまでも地球人類という優先対象の内の一つに過ぎない。アンドロイド個人がどんなに個人に好意を抱いても、人間の側がアンドロイドに好意を抱けば、それは同格の優先対象からのアプローチとなり、容易に感情は上書きされてしまう」
ここまで言われて、ようやくグーシュはノブナガに対して自らがしたことの意味を悟った。
ノブナガは人間との接触に飢えていた。
地球人類への好意、執着、依存心を持つSAとしてはごく自然な感情だ。
だから、地球人類より優先対象が低いものの、感情を抱く対象である人間のグーシュが親身になった事で、容易にグーシュに好意を抱いた。いや、抱いてしまった。
グーシュとしてはノブナガを不憫に思っての事だったが、今聞いた特性を考えれば、軽率な行動では無かっただろうか。
ましてや先ほどサーレハ司令が言った事を考えれば、グーシュはノブナガにとって特別な存在になってしまったという事だ。
「ふふふ……」
グーシュが罪悪感に囚われていると、サーレハ司令の愉悦のにじみ出た笑いが聞こえてきた。
「そんなに、現地人が失敗したことが面白いか?」
「いやいや、失礼いたしました。別に馬鹿にしたわけでは無いのですよ。先ほども言ったでしょう? 私としては、そもそもノブナガをあなたと強く結びつける事が目的だった。豪放磊落な皇女殿下という評判の割には、意外と繊細な所もあるのだな、と……」
この髭男に対して、グーシュはいよいよ強い不信感を抱いていた。
そんなグーシュの気持ちを察してか、サーレハ司令は言い訳めいた事を口にした。
「いやいや、失礼。艦隊のアンドロイド達のためを思っての仕草や言動でしたが、すっかり癖になってしまいましてね」
「アンドロイド達のため?」
「ええ。下手に親身になっては、彼女らの感情を悪戯に刺激してしまう。こんな髭面男相手に恋愛など、申し訳ない。グーシュ様にもおすすめしますよ。コツは、対応や物腰は丁寧にしつつ、行動や言動で微妙に不信感を抱かせることです。彼女たちの組織防衛意識を刺激して、好意を抱くのを防ぐことが出来る」
「……そのコツは一木に教えてやるべきでは無かったのか? あいつは参謀や師団の娘っ子たちに随分と好かれてるぞ?」
「彼はあれでいいのですよ。部下に好かれて悪いことはありませんし、街のSLに好かれて痛い目を見るのは、地球人にとっては思春期頃に体験する通過儀礼みたいなもの。彼も地球人として、そういう道を通るべきでしょう」
そこまで話した所で、スルターナが足を止めた。
応接室に付いたのだ。
「こんな事を話したのは、グーシュ様に今後の事をしっかりと考えて貰いたいからです」
「今後の事などと……査問会で帝国側へ引き渡すことになるかもしれない、一現地人に対して……」
「査問会の結果は、すでに決まっています」
「一体、何を……」
サーレハ司令の言葉に戸惑ったグーシュだったが、それに対する返答は無かった。
しばしの沈黙。
その後、スルターナ少佐が先導する一同は、目当ての応接室へとたどり着いた。
「まあ、グーシュ様。立ち話もなんです……食事でもしながら、どうですか?」
サーレハ司令が、再び感情を見せない物腰で応接室の扉を開いた。
そこには豪奢な装飾の施された部屋と、食卓に並ぶ見事な御馳走が広がっていた。
以前、シャルル大佐が作ったものと似ているようで、全く異質な料理の数々だった。
「シャルル大佐には劣りますが、本艦の福利課が作ったフランス料理のフルコースです。ささ、どうぞ」
グーシュは警戒しながら、ミルシャを引き連れて入室した。
料理はどれも素晴らしく、給仕のアンドロイド達も美男美女揃いだった。
しかし、査問会の日程以外の情報をはぐらかす髭男と、場の流れで着たままだった甲冑のせいで、結局グーシュは料理を楽しむことが出来なかった。
「ではグーシュ様、今日はもうお休みください」
サーレハ司令の言葉で、ようやくグーシュ達は解放された。
苦痛に満ちた食事は二時間ほどで終わり、ようやく解放されたグーシュとミルシャは給仕の一人に案内され、あてがわれた自室へと向かっていた。
「しかし、殿下。結局最初の胡散臭いアンドロイドの話と、査問会の基本的な情報以外何もわかりませんでしたね」
ミルシャが疲れ切った表情で言った。
結局、サーレハ司令は部屋にたどり着くまでのアンドロイドに関する話と、査問会の結果は決まっているという真意不明の謎の言葉以外、碌な情報を渡さなかった。
わかったのは三日後に行われ、地球の首都にある国会議事堂の一室とシャフリヤールをリアルタイム通信で繋ぎ、面談形式で行われるということ。
相手は最大野党の連邦民主党と、その連立相手のリベラル融和党の議員。
議員へのヒアリング担当として内務省異世界局局長の官僚が一人と、海兵隊異世界派遣部隊の幹部が一人。
ヒアリング担当は質問相手と言うよりは、議員とグーシュ双方の疑問に答えるために同席する存在のため、敵でも味方でもない。
事前の質問告知は無く、ぶっつけ本番で行われ、主にグーシュの立場とルーリアト帝国の政体、そしてグーシュの正当性が問われるという。
「あの男は結局何がしたいのだ……ノブナガをわらわと親しくして、アンドロイドの特性や接し方の助言? ダメだ、わからん……奴の言った通り、癖で胡散臭く見られているとしたら、あれはほとんど病気だぞ……」
「全くです……」
そうして息も絶え絶えの二人はやっと自室にたどり着くと、なだれ込む様に素早く部屋に飛び込んだ。
「「あ~、疲れた……」」
きれいにハモル二人の声。
だが室内には、そんな二人を待っていた、小さな人影が居た。
「遅かったわね」
「おお、ミラー大佐!」
「ミラーちゃん!」
グーシュが鎧を乱暴に床に脱ぎ捨てながら叫ぶと、同時にミルシャがベットにぺたりと座っていたミラー大佐に思い切り飛び込んだ。
「むぎゅ!」
「聞いてよミラーちゃん、サーレハって人がね……」
「そういえば、ミラー大佐。わらわも聞きたいことが……」
一斉に口を開くグーシュとミルシャだったが、ミルシャに抱き着かれたミラー大佐は、ミルシャの胸から這い出すと慌てて二人を遮った。
風邪気味、胃炎と最悪のコンディションでしたが、何とかお届け出来ました。
しかしサーレハ酷いやつだな……。
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