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第18話―2 休暇

「では弘和君。先に部屋に戻っていてください。私は最後の仕上げをしてから戻りますから」


「そうか。あとは頼むよ」


 マナにそう言われた一木は、ゆっくりと立ち上がり自室へと戻っていった。

 それを見送ったマナと事務員達は、一木が部屋から離れた事を確認すると、素早く集まり、円陣を組んだ。


「さあ、マナ大尉。いよいよですよ」


()()の出番ですよ」


 そういって事務員の一人が取り出したのは、一本のプラスチック製のアンプルだった。

 アンドロイド用の、体臭剤と呼ばれるものだ。


 アンドロイドの匂い。

 地球連邦においてアンドロイドが普及し、中でもとりわけパートナーアンドロイドが搭乗して以降、ことさら重要視されるようになった要素だ。


 サガラ社によって、高精度の皮膚再現シリコン素材や、生体材料を用いた人工皮膚が実用化されて以降、見た目に関しては隅々まで人体と見分けがつかなくなったアンドロイドだったが、そこで問題となったのが匂いだった。


 例えば、並んで歩くとき。

 一緒に眠るとき。

 抱きしめたとき。


 金属や樹脂、シリコンや代謝の無い人工皮膚で構成されたアンドロイドから香る匂いというのは、非常に味気ない、人工的な無機物の匂いだった。


 外で店員として働くSLや、軍で作戦に従事するSSならば問題なかったその匂いが、パートナーアンドロイドとして生活を供にするようになって以降、アンドロイド賛成派否定派、揚げ句には政治家までをも巻き込んだ一大問題へと発展したのだ。


 だが、それに素早く対応したのはまたもやサガラ社だった。


 サガラ社は、口腔摂取することで体から匂いを発する新機構を組み込んだ新型アンドロイドボディを開発。

 さらに、機構に対応した様々なフレーバーの体臭剤と呼ばれる薬剤を大々的に発売したのだ。


 これにより、人々は好みの香りや体臭を自らのパートナーアンドロイドから香らせることが出来るようになった。

 反対派の「シリコン臭い家族はいらない!」というネガティブキャンペーンは鳴りを潜め、以後この機構は順次パートナーアンドロイドに搭載されていった。


 そして現在。

 この機構はSLにも標準的に搭載されるようになり、SSにも歩兵型以外の指揮官型や参謀型を中心に搭載される、一般的な機構になっていた。


 今事務員達とマナが楽しそうに会話するように、意中の人間にアピールするため、いろいろな体臭剤を試す光景も珍しいくは無いのだ。


「これですよ! アンドロイド用体臭22-2、ミルクの香り!」

 

 アンプルを手に、マナが少し興奮した様子でアンプルを明かりにかざした。


「探すのに苦労しましたけど、重巡のシャーニナが昔使ったのを持ってたので、送ってもらいました」


 自慢げに胸を張る事務員の手を、マナがしっかりと両手で握った。


「ありがとうございます。この恩は、いずれ必ず」


「いえいえ、気にしないでください。一木師団長にはみんなお世話になっています。どうか、大尉が支えてあげてください」


「ええ。これがあれば、弘和君は……」


 悲し気な声で、目を閉じて何かを思い返すマナ。

 それを見て、事務員達も胸を痛めた。


「確か、異世界人ミルシャさんと、マナ大尉の匂いを比べていたんですよね?」


「はい。ミルシャさんが、訓練をして汗だくの時でした。弘和君は、彼女の匂いを嗅いだ後、なぜか彼女を避けるように顔を背けたのです。その後、私がそのことを聞くと、誤魔化すように私の匂いを褒めたのです。その時は、嬉しくてついそのままにしてしまったのですが……」


「人間の男性は、女性の甘い匂いが好き……それが、一木師団長が生身の頃の常識だったと……」


 事務員の問いに、マナは目を見開いた。


「そうです。弘和君の仮想空間を整理していた時、娯楽アーカイブにあるコミックを読んだのですが……そこに答えがあったのです。どうも、昔の地球の女性からは甘い匂いがしたようなのです……弘和君はそれを懐かしんでいたのです。それを知らずに一般的な”4-6、二十代女性型”を使っていた自分が情けない……」


「いいえ、マナ大尉。過ちは正せばいいのです。今からでも、師団長に甘い香りを届けて上げてください」

 

 事務員達が、マナの頭や肩を撫でて慰める。


「しかし、相談しておいてなんですが……なぜミルクの香りなんですか? 他のフレーバーも……」


「何を言ってるんですかマナ大尉。人間は哺乳動物ですよ? ミルクの香りがいいに決まっているじゃないですか」


「そ、そうか! その事を失念してました! 蜂蜜やバニラより、その方がいいに決まってます!」


 ベテラン事務員の言葉に、衝撃を受けたマナが叫ぶ。


「さあ、大尉。アンプルを含んで、師団長の所に行ってあげてください」


「はい。ありがとう、みんな……本当にありがとう!」


 そうして、アンプルを一気に口に流し込んだマナは、一路一木の部屋へと向かっていったのだった。


 


 一木が自室で椅子に座りゆっくりとしていると、作業を終えたマナが戻ってきた。

 なぜか、頬を赤らめて感情が高ぶっているようだった。


「ど、どうしたマナ? 何かあったか?」

 

 困惑した一木が尋ねるが、マナは答えずに、つかつかと一木に近づいてきた。

 そして、座ったままの一木の頭を、自身の胸元に抱き寄せた。


「マ、マナ? どうし……うん?」


「弘和君……私、あの時あなたの気持ちに気が付いてあげられませんでした……だから、だから……」


 感極まったようなマナの言葉が、部屋に響き渡る。

 だが、そんなマナの言葉を遮り、一木は勢いよくマナの体を自分から引き離した。


「ちょちょちょちょっと待て! マナ、お前大丈夫か!?」


「え? 弘和君、いったい何を……女の子の、あ、甘い匂いを、ですね」


「? マナこそ、何を言ってるんだ? なんだ……故障か? 早く見て貰わないと……お前……」


 そして、一木はマナにとって衝撃的な言葉を発した。


「こぼした牛乳を拭いた後の雑巾の匂いがするぞ!」




 ~数分前~


「いっちぎしっれーい!」


 勢いよく事務員達が作業する部屋にやってきたのは、シャルル大佐だった。

 手には、一見すると鰻のかば焼きに見える物体の乗った皿を持っていた。

 いつもの、試食のようだ。


「ああ、大佐。師団長なら、今日はもうお部屋で休まれていますよ」


 そんな見慣れた光景に動じず、事務員達は作業を続けたままシャルル大佐に、一木が自室にいることを伝えた。


「ありがとうね♪ このシュナ君二世は下ごしらえを工夫した新型ですから、早く試食してもらわないと♪ ……て、あれ?」


 ノリノリで一木の部屋に向かおうとしたシャルル大佐が見つけたのは、先ほどマナが飲み干したあと、置いて行った体臭剤のアンプルだった。

 

 そして、それを見たシャルル大佐の顔がみるみる曇っていく。


「22-2、ミルクの香りじゃないですか……まさか、誰かこれ使いました?」


 シャルル大佐の言葉に、事務員達が顔を見合わせる。

 ただならぬシャルル大佐の気配に、慌てたようにベテランの事務員が答えた。


「ええ、マナ大尉が……あの、何か問題が?」


「いやー……このミルクの香りって、普通の人間の体臭を再現したタイプを使った直後に使うと、牛乳を拭いた後の雑巾みたいな匂いがするんですよ……」


 シャルル大佐の言葉に、事務員達の表情が青ざめた。


「製造したての子が良くやるんですよねー。特に女性型の子。人間の男性は甘い匂いがする女性が好きだとかー」


「うぐ……」


「人間は哺乳類だから、ミルクの香りが好きに違いないとかー」


「ああ……」


「ぶっちゃけ、蜂蜜とかチョコとかの変なフレーバーってあんまり人気ないんですよね。やっぱり人間の皆さんは、自然な香りが好きなんですよ。逆にちょっと臭いくらいの方が受けが良かったり……」


 シャルル大佐の言葉を聞く者は誰もいなかった。

 事務員たちは、マナの無事を祈るしかなかった。

今回は、本来なら短編として投稿予定だった、アンドロイドの匂いに関する話を加えた話となります。


作中では否定してましたが、もちろんチョコや蜂蜜の匂いが好きな人間もいますし、ベーコンや焼き肉の匂いが好きという変わり種もいます。当然、加齢臭やら汗臭い匂いが好きと言うマニアックな連中も……。


ただし、艦内であまり妙な匂いをさせると迷惑極まりないので、軍内ではそこらへんはある程度規制されております。


地球ではそこらへんが緩く、街を歩いているとトンデモない匂いのアンドロイドが歩いていたりします。


また、ほのぼの話に見せかけて、アンドロイドの危うさが見える話でもあります。

感想でもご指摘いただきましたが、あの子達自己判断で行動するので、危なっかしい存在でもあります。


そこらへんベテランのアンドロイドや、サーレハの様な上司がまとめるのが本来なのですが、人手不足と昼行灯上司+過去の人間である一木という、最悪の組み合わせにより、ややタガが緩んでいるのが現在の049艦隊です。


ちょっと長く語りましたが、今回はここらへんで。


次回更新は25日の予定です。

話が本筋に戻りますので、お楽しみに。

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