第18話―1 休暇
グーシュとミルシャが、ルニの街から盛大な見送りで旅立っているその時。
一木は、師団の事務方達と夜通しでとある申請書を作成していた。
それは、グーシュとミルシャの亡命申請のための書類である。
査問会の結果がもし最悪なものであった場合、グーシュとミルシャの身柄を帝国に引き渡すよう連邦政府から命令される可能性があった。
なにせ、異世界活動監視委員会に属する官僚や政治家は、火星支持派や穏健派が大半を占める。
異世界への関与を出来るだけ抑え、ナンバーズからの脱却を図ろうと画策する彼らにとって、一木やグーシュのやろうとしている現在の活動は、是が非でも阻止したい筈だ。
大方、難癖をつけてグーシュの作戦案を停止に追い込み、その上で現在のルーリアト帝国との交渉を命じてくるつもりだろう。
そうなれば、ミラー大佐が言った通り、グーシュ達の立場は不安定になり、最悪の事態が考えられる。
グーシュ達はあくまでも、現地協力者という立場だからこそ、今の様に連邦の施設にいられるのであり、それが単なる事故で遭難した現地人になってしまえば、立ち位置が宙に浮いてしまう。
その状況で国務省に介入されて、帝国との交渉材料に引き渡しを命じられれば、助けられなくなる。
だからこそ、亡命者という別の立ち位置を確保する必要があったのだ。
「師団長。アフリカ地域への亡命申請書の原案が完成しました」
膨大な申請書。
それも、わざわざ印刷したものに目を通していた一木に、師団の事務員が声を掛けた。
「ありがとう。それも印刷して、マナに渡してくれ。マナ。それをチェックしたら、他の事務のみんなと一緒に、封をする作業に入ってくれ」
印刷した書類に印刷ミス等が無いか確認してたマナが、少し顔を上げた。
「わかりました、弘和君」
量子通信まで用いるこの時代にわざわざ紙に印刷しているのは、この方が亡命申請先の印象がいいからだ。
通常、地球連邦への異世界人の亡命申請は、まず受け入れられることは無い。
それは地球連邦政府に火星支持派の官僚が多いことや、かつての地球内での移民問題のトラウマを持っている人間が未だに多数いることによるものだ。
それでも、何事も例外というものはある。
「しかし師団長。こんな方法があったとは……事務方として製造されて長いですが、恥ずかしながら存じ上げませんでした」
一木に、事務員のSLが感心したように声を掛けた。
見た目は十代の少女だが、製造後三十年以上のベテランのSLだ。
「俺も、以前世話になった異世界人を亡命させようとしたときに、先輩から聞いたんだよ。紙で申請書出すと受けがいいとか、全部その人の受け売りだよ」
そんな彼女でも知らない、亡命申請を通す方法。
それは地球連邦政府ではなく、連邦に加入する各国政府個別に亡命申請を出すことだった。
かつて、ギニラスという異世界で世話になった異世界人の少年と少女が、現地で立場が悪くなり、その身に危険が迫った時。
何とか助けようと奔走する一木に、一木の師団長実習の受け入れ先指揮官。
第1独立旅団”ザンスカール”の指揮官である黒乃准将が教えてくれたのが、この方法だった。
連邦の姿勢は一貫しているが、その加入国政府となると話は別だ。
火星寄り、保守的、宗教優先、官僚主義、リベラル、右派、左派、原理主義……。
一木が生きていた時同様の、様々な主義思想が、細々としたものではあるが息づいている。
そのため、異世界の特異な人間を受け入れることに、前向きになる政府がいる可能性もあるのだ。
しかも、この方法の利点はそれだけではない。
アンドロイドにより事務処理の速度が大幅に増した現代だが、ことに政治的案件となると、その業務速度は途端に遅くなる。
なぜならば、政治に関する案件には未だに人間が関与する部分が多く含まれるからだ。
そのため、二百近い国々に送られた亡命申請の処理と結論が出るまでには、多くの時間を要する。
つまりは、それまでグーシュとミルシャの立場を、宙に浮かせ続けることが出来るのだ。
浮いた立場を、国務省の介入で交渉材料や単なる現地人へと固定されるのが問題であって、それを浮かせ続けることが出来るなら、次の手を打つまでのモラトリアムを得ることが出来る。
ベテランの黒乃准将が教えてくれたこの方法のおかげで、一木はギニラスの少年と少女を助けることが出来た。
今彼らは、日本自治政府受け入れの下、惑星エデンのドーム型都市で暮らしている。
そう、メールを貰った。
もっとも、その時には一木は、シキを失った件でそれどころでは無く、返信のタイミングを逃したメールへの返信も、未だに滞ったままだが……。
そんな事を頭の片隅で考えながら、申請書に目を通していく。
やがて、最後の申請書に目を通した一木は、徹夜仕事がようやく終わった事に、安堵した。
「ふぅ。やっと終わったか……あとは艦隊に頼んで、地球にこの申請書を送らないとな……政府への郵送関係はミユキ参謀に……あれ、ダグラス参謀だっけか?」
体を伸ばす代わりに、モノアイをクルクルと回しながら次の作業内容を考えていた一木だったが、それを先ほどのベテラン事務員が遮った。
「師団長。後の作業は私たちでも出来ますから、マナ大尉と一緒に休まれてはどうですか?」
大丈夫だ、と言おうとした一木だったが、ニコニコとした顔の事務員達と、何かを期待するような顔で一木の方をジッと見ているマナに気が付き、声を抑えた。
徹夜した一木を心配するマナに、事務員達が気を使ったのだろう。
艦隊への輸送申請などは、確かに一木がいちいち指示や確認するような必要性も無い。
グーシュもミルシャもおらず、査問会終了までやれる他の業務も無い。
たまには、マナとゆっくりするのもいいだろう。
一木はそう考えなおした。
「そう、だな。では言葉に甘えさせてもらおう。マナ、今日は仕事を上がって、ゆっくりしようか?」
「はい! 弘和君!」
勢いよく立ち上がったマナと、その背後でキャッキャと嬉しそうに笑う事務員たちを見た一木は、部下に恵まれた事を感謝した。
まあ、嫌な性格のアンドロイドなど、そうそういないものだが……。




