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第17話-5 宇宙へ

 艦務参謀のミユキ大佐の怒声に、思わずノブナガは身をすくませた。


 グーシュがノブナガの顔を見ると、その目には怯えの色が取って見れた。

 そのことに気が付いたグーシュは、無重力下にしては器用な動きでノブナガを背後に庇った。


 無重力で勢いよく飛び出してきたミユキ大佐の方も、目の前に自分が迎えるはずだったグーシュがいることに気が付いたようだ。


 途端に怒りに染まっていた表情は平静を取り戻し、そこには少し野暮ったい見た目の、眼鏡をかけた平凡な参謀型SSがいた。


「あ、あ~失礼しましたっす! まさかグーシュ様がこんな所にいるとは……」


 先ほどまでの強面は何処へやら。

 背中を丸め、揉み手でペコペコと頭を下げる姿は、上司に媚びる官吏を思わせた。


 そんなミユキ大佐を、背後から抱き留めた人影がいた。

 褐色の肌、すらりとした逆三角形の見事な肉体に、二メートル近い長身。

 短く揃えられた黒髪の、絵画から抜け出て来たような美丈夫だった。


「大佐殿、無重力で飛び出されては……」


「ああ、メフメト……悪いっすね」


 メフメトと呼ばれた男が足の裏から空気を噴射させて停止すると、ミユキ大佐と男はグーシュに対して敬礼した。


「申し遅れましたっす。私は第049機動艦隊艦務参謀を務めております。ミユキ大佐っす。グーシュ様を旗艦シャフリヤールまでご案内するために参りましたっす」


「シャフリヤールまでの送迎のため参りました。2605強襲戦隊旗艦のメフメト二世であります。グーシュ様、同僚のオダ・ノブナガがご迷惑をおかけしていませんでしたでしょうか?」


 端正な顔立ちのメフメト二世が、甘いボイスでグーシュに問いかける。

 普通の女性なら顔を赤らめるくらいはするだろうが、当然グーシュはさして動揺も照れもしなかった。


「うむ。出迎えに感謝する。わらわがグーシュリャリャポスティである。メフメト二世殿、気になさらずに。ノブナガはわらわをよく出迎えてくれた。美しい女性に出迎えられて、わらわも満足である」


「いえいえいえいえ! そのような寛大なお言葉もったいないっす! むしろノブナガの勝手な行動のせいでご迷惑を……」


 再びぺこぺこと頭を下げるミユキ大佐だが、グーシュはどこ吹く風だ。

 ニコリと笑うと、ミユキ大佐とメフメト二世に見せつけるように、背後にいるノブナガに肩を回し、手を握った。


「ミユキ大佐、寛大とはどういう意味かな? わらわはノブナガの見事な操艦を見せて貰い感激していたところだ。それに、先ほど言ったようにノブナガはわらわ好みの美しい者だ。何の不満も無いが……」


 そこまで言った所で、グーシュは表情を一瞬真顔に戻した。


「もしや、先ほどノブナガを怒鳴っていたが……何かわらわの気が付かぬうちに、粗相でもあったのかな?」


 そのグーシュの言葉に、笑みを浮かべたままのミユキ大佐は一瞬動きを止めてしまった。

 そのまま焦ったように二秒ほど動きを止めていたが、メフメト二世が小さく頷くと、口を開いた。


「いえいえいえいえいえいえいえいえ! 何も問題などございませんっす! ノブナガがお気に入りなら、それはもう私どもとしては嬉しい限りっす」


 そうして再びペコペコと頭を下げるミユキ大佐。

 

「あんたら、格納庫のど真ん中でなにやってんの?」


 そこに、ようやくミルシャを捕まえたミラー大佐がやってきた。

 



 ようやく合流した一同は、当初の予定を変更して、メフメト二世ではなくオダ・ノブナガに乗り込んだ。

 

 メフメト二世は先に小型艇で自分の艦に戻り、先に外で待っている2605強襲戦隊のもう一隻の重巡洋艦であるセテワヨと合流していた。


 ノブナガに案内され、艦の中心部にあるメインブリッジにたどり着いたグーシュとミルシャはノブナガの説明を聞いて楽しそうに笑っている。

 重巡のスペックなど聞いてどこが楽しいのか、二人とも楽しそうだ。

 その様子を少し後ろで見ていたミラー大佐とミユキ大佐は、その様子を無線通信で会話しながら、じっと見ていた。


『ミユキ、あんた疲れてない? あのノブナガに手を焼いてるんじゃないの?』


『わかるっすか? その姿になって可愛くなったら、鋭くなったんじゃないっすか?』


 からかうようなミユキ大佐の口調に、思わずぎろりと睨みつけるミラー大佐。


『悪いのは私だけど、それでもその言い方は止めて。結構不便なのよ……というか、話をはぐらかさないで』


『ごめんっす。まあ、正直そうっすね。サーレハ司令の方針で、ノブナガには人間との交流を極力絶たせるような育成をしたらしいっすから……ちょうど、一木師団長の副官と同じような状態にあるっすね』


 ミユキ大佐の話を聞いて、ミラー大佐の表情が曇る。

 マナ大尉と同じ。

 つまりは、アンドロイドが自身の役割に自信を持てずに、情緒不安定になっている状態だという事だ。


 生半可な事では暴走など起こすことは無い感情制御型アンドロイドとはいえ、あまりに負荷をかけるような事は通常、好ましいことではない。


『て、ちょっと待って。あのヒゲ、プトレマイオス工廠に顔が利くの? 航宙艦SAの育成に口が出せるなんて……』


『私が聞いたら、欲求不満の方が好戦的になって重巡洋艦としては好ましくなるから……だそうっす』


 ミユキ大佐の言葉に、いよいよミラー大佐の表情は険しさを増す。


『あのヒゲ、この星系で航宙戦闘が起きると思ってるの?』


 異世界派遣軍の航宙戦闘への備えとは、宇宙生物対策を除けば、ほとんどの場合万が一に備えるための予防的行動に過ぎない。


 確かに、火星には独自の航宙戦力が存在するが、空間湾曲ゲートを持たない火星には異世界に兵力を派遣することは不可能、と言うのが政府の公式見解だ。


 それでも、一木が惑星ギニラスで出会ったテロリストを例にあげるまでも無く、火星が何らかの方法で異世界に介入している事は公然の秘密だった。


 そのため、いずれ異世界で本格的な航宙戦闘が勃発するという想定自体は現場レベルでは行われていた。


 とはいえ、当然の如くこの星系でそれが発生する可能性は非常に低いものだ。

 サーレハ司令がわざわざ重巡洋艦一隻の精神状態を悪化させてまでそれに備えているというのは、異常な事だった。


『反物質魚雷の貯蔵、配備の命令も受けてるっす。どうにも、本気みたいっすね』


 反物質魚雷。

 艦務参謀が管理する兵器の中で最大の威力を誇る、異世界派遣軍の決戦兵器の一つだ。

 名の如く反物質が装填された全環境対応の大型ミサイルであり、命中すると搭載されたミサイル本体及び命中対象と対消滅を起こし、激烈な威力を発揮する。


 ただし、あまりに破壊力が大きく、さらに反物質の管理が難しいため、通常の状態では入れ物であるミサイルだけが配備され、反物質の搭載された弾頭は旗艦の専用施設で厳重に管理されている。


 それが配備されるというのは、実戦配備に等しい状態だという事だ。


『ちょっと待って……ノブナガの配備は、エデン星系で補給中に決まった話よね? ましてや、建造後の育成方針ともなるともっと前のはず……ヒゲはそんなに前からこの星系で航宙戦闘が行われる事を知ってたのに、打撃艦隊無しでここに来ることを了承した…そういう事になるわよね?』


 心なしか、青ざめた顔で言ったミラー大佐の言葉に、ミユキ大佐は頷いた。


『その通りっす。この事から考えられるのはただ一つっす……それは、』


『誰かをおびき寄せようとしてる?』


『それは言わせて欲しかったっす……』


 シュンとするミユキ大佐。

 しかしミラー大佐はそれを無視して、深刻な表情で考え込んでいた。

 今までも、胡散臭い。怪しい。意味不明な行動が多いと、何かと悩ませれてきた艦隊司令だったが、ここまであからさまな行動はさすがに目につく。


 その上、参謀長のアセナ大佐に至っては、活動場所が機密扱いのままで極秘任務中となっている。


『それに関してなんっすが、ダグ姉がサーレハ司令に直談判したっす。そうしたら、全部は明かせないけど、自分の立場の一端を一木師団長に明かしたから、一木師団長からそれを聞いてくれって言われたらしいっす』


 ミユキ大佐の言葉を聞いて、ミラー大佐は表情を引きつらせた。

 ダグ姉。

 つまりはダグラス首席参謀が、サーレハ司令に直接疑問をぶつけたのだ。

 あまりにも怪しいサーレハ司令の事を調べていたのは知っていたが、まさか直接聞くとは思っていなかった。


 それだけ、サーレハ司令の行動の不信さと、調査の行き詰まりが深刻だったのだろうと、ミラー大佐は察した。


『自分の秘密を教えるけど、自分は言わない。けど部下には話してあるからそいつから聞いてくれ? 何考えてるのあのヒゲ……』


『なんでも、自分から話してはいけない縛りがあるらしいっす……』


『縛り……って誰から?』


『さあ? それで、今夜師団長の仮想空間で艦隊参謀全員集合だってダグ姉が言ってたっす』


『はぁ……』


 ため息をつくミラー大佐。

 すると、辛気臭い艦隊参謀二人に、地球の女子高生のようにグーシュ、ミルシャと楽し気に話していたノブナガが、話しかけてきた。


「さっきから何辛気臭い顔で話しておるのじゃ? ミユキ大佐、ジブリールからの発進完了。いつでもいけるぞ!」


 満面の笑みでミユキ大佐に話しかける重巡ノブナガは、ミユキ大佐の知っているイライラと反抗心の固まりでは無かった。


 両側をグーシュとミルシャに挟まれ、手をつないで自慢げに操艦するその姿は、ごく普通の航宙艦SAだった。


「私が三か月かかっても出来ない事を、人間なら……異世界人でも三十分でやってくれるっす。もっとみんな、アンドロイに優しくしてほしいっすねぇ」


「…………」


 思わず黙ってしまったミラー大佐だが、ミユキ大佐はそれを流した。

 ミラー大佐にとっては失言だった事に、気が付いたのかもしれない。


「了解っす。重巡オダ・ノブナガ、メインエンジン始動! メフメト二世を前衛、セテワヨを後衛にした単縦陣にて、月面軌道の旗艦シャフリヤールに向けて発信せよっす!」


「了解。2605強襲戦隊データリンク開始。機関始動、ヨーソロー!」


 そうして、ゆっくりと滑るようにメフメト二世が発進するのをきっかけに、オダ・ノブナガも進みだした。


 メインモニターを見ると、背後に段々と小さくなるジブリールと、惑星ワーヒドが見えていた。


「さあ、グーシュ姉、ミルシャ姉。ここからは早いぞ。約一日でシャフリヤールにつく!」


「凄いですね殿下! まさか、僕が月の近くまで行くなんて……信じられません」


 感慨深げに呟くミルシャに、ノブナガが手元に空中投影式モニターを展開させて、グーシュとミルシャに見せる。


「ミルシャ姉、これを見ろ。今現在の月面にある我が艦隊の施設だ! ここも見学の予定先にあったから、近くだけじゃない、実際に行けるぞ」


「おおおお! 凄いなミルシャ。わらわ達が、初めて月に立ったルーリアト人になるぞ!」


 はしゃぐ三人の声が響く中、青く輝くワーヒドが三隻を見送っていた。


 グーシュの葬儀まで、後十三日。

宇宙へ 最終話となります。

次回はその頃の一木達の様子をはさみまして、その後はいよいよグーシュが旗艦に到着です!


次回更新は二十日の予定となりますが、何とか時間を見つけて番外編くらいは投稿したいですね……。

更新頻度の低下が著しいですが、どうか本作をよろしくお願いします。

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