第17話-4 宇宙へ
ジブリールの格納庫に突撃してきた全長四百メートルの重巡洋艦『オダ・ノブナガ』は、重力制御と艦の各種スラスターを駆使した見事な操艦で、格納庫内に一切触れず、突き破った力場をも自身で瞬時に張り直してみせた。
そのため、半ば事故同然の強引な突撃にも関わらず、まるで宇宙港に入港したような絶妙な位置関係で停止していた。
もっとも、いきなり突撃されたグーシュ達にとってはたまったものでは無かった。
オダ・ノブナガの艦首の真下。
巨大な艦首粒子ビーム砲を見上げる場所で、デフォルメミラー大佐に抱き着いたまま身をすくませるグーシュとミルシャの二人は、喋る余裕すら無くしてただひたすらに巨大な艦影を見上げていた。
一方のミラー大佐は、まさに怒り心頭といった様子で通信先に怒鳴り続けていた。
「おいコラミユキ! あんたの部下がやらかしてんだけど! あ? ジブリールの近くで停泊して待っているように言ったら突っ込んだ?……ふざけんな! もしグーシュ達に何かあったら……あ? あんたは何処にいるの? ええ……」
ミユキ艦務参謀と通信中のミラー大佐をよそに、グーシュ達はなおも呆然としていたが、不意にグーシュは、重巡洋艦の船体から飛び出した人影を見つけた。
それは、年の頃はグーシュ達と同じ十代後半程。
セーラー服に似た軍服に、戦闘用航宙艦SAが着る灰色のロングコートを羽織った、一人の少女だった。
「おお、美しい!」
「わ! 凄い殿下好みな……」
遠目にも艶やかな長い黒髪が目立つ、勝気で活発な印象を纏うその姿に、グーシュは目を奪われた。
艦首のすぐ先をフワフワと漂うその人影に対し、グーシュは無重力をいいことに勢いよく飛び出していった。
「ああ、殿下!」
「ミルシャ、ミラー大佐! わらわはちょっとあの娘に会ってくる」
「あんのお転婆皇女……ミユキ、ちょっと切るわよ。あんたは早くこっちに来なさい」
「で、殿下。僕もお供します!」
そういってグーシュの後を追おうとしたミルシャだったが、踏み切る際に一瞬躊躇したのが悪かったのか、明後日の方向へと、それも格納庫の入り口へと飛び出してしまった。
「なんであんたまで変な所に飛んでいくのよ!」
「そんな事言われったって~」
ミラー大佐はやむを得ず、入り口の方向へ流れていくミルシャを追いかける。
「ジブリール、あんたはグーシュの方をお願い!」
ミラー大佐はすぐ近くにいたはずのジブリールへと声を掛けるが、なぜか反応が無い。
いぶかしんたミラー大佐があたりを見渡すと、少し離れたところをフワフワと漂流するジブリールの端末ボディを見つけた。
それを見たミラー大佐が、ジブリールの中枢へと通信をつなげる。
『あんた、どこにいんのよ!? こっちは頼みたいことが……』
『すいませんが、無理です。このデカブツが突っ込んできたせいでバランス取るのが難しいので、操艦に集中します』
にべもないジブリールからの返信に、ミラー大佐はミルシャを早く助け出し、グーシュの方へと向かうべく、背中のスラスターの出力を上げるのだった。
いつも口うるさい艦務参謀を出しぬいた事に気をよくした航宙重巡洋艦ノブナガは、異世界の皇女に会うべく端末を一人艦外へと飛び出させた。
製造後まもなく、現場に配備されたばかりの彼女にとって、旧型艦の癖に先輩面する同僚の航宙艦SA達も、小さく非力な癖に偉そうな艦務参謀も疎ましかった。
もともと、航宙艦のSAは気位の高い、面倒な性格をした者達が多い。
中でも、最前線で超高速戦闘や複雑な火器管制、危険なナンバーズ由来の超技術を用いる戦闘用航宙艦SAは、旗艦や輸送艦とは違い他種からの転用の無い、完全専用の感情制御型アンドロイドが充てられるエリート達だ。
その中でも、最新鋭の項羽級重巡洋艦の三番艦として月面プトレマイオス工廠で建造されたオダ・ノブナガは、第049艦隊でも最強の艦であるという自負が強かった。
エデン工廠で建造され、旧型艦からSAのみ乗せ換えられた同僚たちとは、同型艦でも違うという自信があったのだ。
もっとも、だからこそ艦務参謀であるミユキは彼女を持て余していた。
今回のグーシュの迎えという任務に際しても、近くに停泊して小型艇を出すという通常手段をまどろっこしいと感じてこのような手段に出てしまったのだ。
そして彼女は、今も自分の行動が正しいと思っていた。
「やはりワシの言う通り、こうした方が早い。メフメト二世もセテワヨもまだあんなに遠くではないか」
彼女には粗っぽい事をしたという反省は無かった。
むしろ、同じ戦隊に所属する二隻の同僚よりも、素早く任務をこなしたことを誇っていた。
そうして、彼女は端末の手足から姿勢制御用の空気を噴射させ、空中で停止した。
予定ならすでに、ルーリアトという異世界からの客人が来ているはずなのだ。
異世界人とはいえ、相手は人間だ。
第049艦隊最新鋭の自分こそが、一番に出迎えるのが筋である。
航宙艦ともなると、艦隊司令や師団長といった人間と接する機会は少ない。
一番に出迎えれば、もしかしたら褒めてもらえるかもしれない。
手をつなげるかもしれない。
頭をなでてもらえるかも……いや、それは難しいか。
そんな事を考えつつ、辺りを見回していると、不意に足下から声が聞こえてきた。
「ああああああああああああああああああああ! 止めてくれえええええええ!」
ノブナガが驚いて下を見ると、見事な金属甲冑に身を包んだ人間が、勢いよくこちらに突っ込んできていた。
第049艦隊に、あのような格好のSSや人間がいるわけはない。
となれば、あれがグーシュリャリャポスティか、ミルシャなのだろう。
そう思ったノブナガは、突っ込んできた人影を抱きしめるように受け止め、反動を手足の姿勢制御スラスターで相殺した。
それでも、余程の勢いだったのだろう。
衝撃を受け止めきれず、ノブナガの被っていた灰色のベレー帽が頭から飛んで行ってしまった。
当然、金属甲冑を受け止めたノブナガにはベレー帽を捕まえる余裕はない。
しかし、抱き留めていた金属甲冑が、素早くベレー帽を掴み取った。
「おお、すまないな。美しい娘が見えたので、つい飛び出して来てしまった」
美しい。
金属甲冑が言った言葉に、ノブナガは驚きを感じた。
SAとして製造されて以来、無縁の言葉だったからだ。
強そう。
ノブナガっぽくない。
ノブナガっぽい。
生意気そう。
華奢。
ゴツイ。
概ねそんな事ばかり言われて、製造後数か月を過ごしてきた。
艦隊に配備されてからは、それに”言うことを聞け”、”勝手な事をするな”が加わった。
そんな中で掛けられた美しいという言葉に、ノブナガの感情は揺れ動いた。
「助けてもらった上に、帽子まで無くしては申し訳ない。ほら」
そう言って金属甲冑は、乱れた髪を軽く手で押さえ、ベレー帽をやんわりとかぶせてくれた。
今、頭に振れた手は人間の手だ。
そう思うと、思わず感情が高ぶり、端末の口元が緩み、笑みが浮かんでくる。
全ての感情制御型アンドロイドと同じく、ノブナガにとっても自身の存在意義とは、人間の役に立つことだった。
”敵”を見事に航宙戦闘で撃破して、地球人類と異世界の住民を幸せにして、人間の役に立つ。
そのことを夢見ていたノブナガにとって、建造されてからの日々は苦痛に満ちたものだった。
工廠を見学に来た要人も、サーレハ司令も、一木師団長も、みな遠目にしか見た事が無く、来る日も来る日も訓練と定期巡回に明け暮れた。
本当に、自分は人間の役に立っているのか。
そんな漠然とした不安に駆られる日々。
だから、異世界の要人を出迎える今回の任務には、今までとは違う意気込みを持っていた。
それなのに、最初に出迎えるSAに、軌道上を漂うだけの軌道空母が就くことに耐えられなかった。
だから、近くで停泊するなどと言うまだるっこしい手段ではなく、技量のある自分ならではのこの方法を取ったのだ。
そして、それは正しかったのだ。
「ワ、ワシは第049機動艦隊、2605強襲戦隊所属。重巡洋艦オダ・ノブナガだ…です」
思わず、いつもの史実の織田信長らしいロールプレイを忘れてしまうノブナガ。
数ある航宙艦の艦種でも、重巡洋艦は地球の歴史上の軍人や英雄の名が付けられる。
そのため、その当該人物の口調やイメージを意識したふるまいをするSAは多い。
オダ・ノブナガもその一人だった。
もっとも、彼女の場合そのイメージは、数ある二次創作に毒されていたが……。
そんなノブナガの自己紹介を聞いた金属甲冑……グーシュは、甲冑のバイザーを上げると、ルーリアトで数多の女性を落としてきた悪名高い笑みを浮かべた。
「ノブナガか……可憐な名だ。わらわはグーシュリャリャポスティ。ルーリアト帝国第三皇女であるが、今は敬称はいらない。グーシュ、と呼んでくれればいい」
そう言って、手をノブナガの頬に触れさせるグーシュ。
人間が、自分の名前を褒めて、自分に触れている。
そのことに、ノブナガの感情は高ぶり、混乱していた。
辛うじて、返事だけは返すことが出来た。
「ぐ、グ、グーシュ様……お迎えに上がりました……」
「うん。ありがとう……ノブナガ……」
そうして二人でしばし見つめあっていた二人だったが、そんな奇妙な時間は長くは続かなかった。
ジブリールの格納庫の入り口から、小型艇が一隻入ってきたからだ。
それを見たノブナガの表情が曇る。
その小型艇は、2605強襲戦隊の同僚でもあるメフメト二世搭載の小型艇であり、そしてその中に乗っているのは当然……。
「おい、ノブナガ! ふざけちょるのか! 勝手な事をしんさんな! ぶっ殺すでぇ!」
小型艇から飛び出してきた、ミユキ艦務参謀の怒声が格納庫に響き渡った。
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