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第17話-1 宇宙へ

「グーシュリャリャポスティ様、バンザーイ!」


「「「「「バンザーイ!!!」」」」」


 グーシュが査問会を告げられた翌日の正午。

 かつてグーシュが演説を行った子爵邸前の広場。


 そこでグーシュは、宿営地で製作された、川底に沈んでしまった愛用の甲冑のコピーを着込み、同じく宿営地で再製造されたお付き騎士の正装を来たミルシャと共に、ルニの街の住人から盛大な見送りを受けていた。


 先ほど万歳の掛け声を掛けたのは、すっかり親衛隊の職務に慣れつつある騎士のクーロニだ。

 職務だけではなく、今では異世界派遣軍の制服にベレー帽がすっかり板についている。


 その背後にはルニ子爵の騎士団が整列し、多少のズレを見せつつも見事な地球式の敬礼を見せた。

 皮鎧姿から、防刃ジャケットに鉄兜、ライフル銃を構えたその姿は、もはや騎士と衛兵ではなく、ニ十世紀初頭の地球の兵士そのものだ。


 彼らの先頭にいるのは、今では騎士隊長と呼ばれる一番年かさだった騎士で、くたびれた見た目は何処へやら。すっかり威厳のある姿になっている。


 グーシュ派として、地球の支援の下見違えた彼らとは対照的なのが、ほぼ完全に地球連邦に実権を奪われた子爵領の幹部たちだ。


 力の差と状況を思い知った彼らは、もはや質問を投げかけることもせずに、今回のグーシュを見送るための式典開催を認め、無感動な目でグーシュを見ていた。


 そんな中でも、現状をほぼ諦めた家宰や、授かった子供に集中することのできている子爵本人と違い、権限をほぼ奪われた騎士団長の姿は一層哀れだった。

 心労からか顔はやつれ、落ちくぼんだ眼は虚ろだ。


 そして、そんな騎士団長を参謀達が放っておくわけもなく、殺大佐がこれ幸いとハニートラップ要員を派遣する準備を進めている。


 そんな中、当の見送られる本人であるグーシュは、子爵達の状況よりも、そして査問会への不安よりも、別の何かを気にしていた。


 余程気になるのか、時折そわそわと落ち着かないそぶりをしていて、そのたびにミルシャに注意を受けていた。

 

 そうして、落ち着かないグーシュを見送る式典は本人を半ば置き去りにしたまま進み、やがて終了の時を迎えた。

 広場にいる領民達に騎士団から強風への注意喚起が行われる中、広場へ一機の巨大な機影が舞い降りた。


 カタクラフト汎用攻撃機の、要人輸送仕様だ。

 後部のテールターレットが外され、代わりに機動力と装甲、そして内装にキャパシティーを割り振った機体で、今日のグーシュのために輸送型を改装したものだ。


 ちょっとした球場ほどもある子爵邸前の広場だが、全長三十メートルの大型機には手狭だ。

 ましてや、広場には群衆が集っている。


 重装甲でバランスの悪いカタクラフトにとっては困難な着陸場所だが、SAの操縦は見事なもので、僅かなブレもなく、見事な着陸を見せた。


 そして、機体のエンジンから吹き出すジェットの噴流と、それによって巻き起こる砂ぼこりに悲鳴を上げる群衆をよそに、グーシュは降ろされたタラップから機体へと乗り込む。


 乗り込む寸前、群衆と子爵達の方を見たグーシュが手を振るのを見て、群衆たちから歓声が巻き起こる。


 そうして、子爵領全体から見送られ、グーシュは機体へと乗り込んでいった。




「……あー、マジか……」


「どうしたんですか殿下? せっかく領民の皆さんが見送ってくれているのに……」


 ハッチが閉じると、グーシュはファーストクラス並みの見事な内装には目もくれず、ドサリとリクライニングシートに腰を下ろした。


「ああ、見事な椅子にそんな格好で……甲冑を脱ぎませんと、椅子も痛みますし、疲れますよ」


 見とがめたミルシャが注意するが、グーシュは兜のバイザーをあげて、嘆息した。


「椅子は兎も角、わらわは大丈夫だ……この甲冑なんなんだ……軽いし、通気性がいいし……関節に加工がしてあって、動きやすい。慣れてない者ならともかく、皇族なら一日これですごせるぞ……正直今一番地球連邦の技術を実感した」


「それなら、なぜそんなに落ち込んでいるのですか? いつも甲冑の着心地に文句を言っていた殿下が?」


「いや、空しくなってな。初めて甲冑を着てから八年……この八年の苦しみは何だったのかとな……もっと地球連邦が早く来てくれれば、汗疹、水分不足、着脱の苦行、夏の暑さ、冬の寒さ、厠を我慢する苦しさ、漏らした屈辱……全部無かったのに……」


「殿下……落ち込まないでください。あの苦しい日々の事は、僕も覚えています。ですがあの苦しみと屈辱があったからこそ、僕と殿下は主従としてより親密になれた、そうは思いませんか?」


 二人の間に、様々な思い出がよぎる。

 金属の甲冑のせいで汗でかぶれ、ところどころ擦れたグーシュの肌に軟膏をすり込むミルシャ。


 長い式典で幼かったグーシュが漏らしてしまい、それを誤魔化すためミルシャが水をこぼしたふりをした時。


「殿下……」


「ミルシャ……」


 長く、見つめあう二人。

 だが、そんな二人の空気に耐えかねた存在が、ミルシャの持っていたカバンから飛び出した。


「くだらない会話してるんじゃないわよ!」


 ぴょこんと飛び出したのは、デフォルメミラー大佐だった。

 今回の二人の艦隊訪問に、彼女も同行していたのだ。


「あんたらもっと危機感を持ちなさいよ!」


 ミラー大佐の最もな指摘だが、グーシュは不満げにミラー大佐を抱き上げた。


「そんなこと言ってもな。この鎧の軽さと言ったら……」


「強化セラミック製だからね」


「しかも涼しいし……」


「要所に小型空調ファンが付いてるから」


「しかも動きやすい」


「関節に特殊コーティングされてるからね。くだらないことで騒ぐな」


 にべもないミラー大佐に、グーシュは不満げそうだ。

 ミルシャはそれをまあまあとなだめると、隣の席に座ってグーシュと一緒にミラー大佐を撫で始めた。


「あんたら……私を愛玩動物か何かと勘違いしてない?」


 どすの利いた声で怒りをあらわにするミラー大佐だが、二人はきょとんとしている。


「あいがん?」


「動物……ですか? そんな動物が地球にはいるんですか?」


「あ、いや……悪かったわ。そういえばこの星の生き物って、基本ああいう見た目だったわね」


 ミラー大佐の言う通り、ルーリアトには基本的に動物をかわいがるという文化が無い。

 手紙鳥と言われる、用途があり飼育される動物や、森豚のような食用の家畜はいても、そのあまりにも生理的嫌悪感を刺激する見た目から、余程の物好き以外は愛玩目的での飼育をしようなどとは、まず考えないのだ。


 概念が無いので、可愛い動物の動画を見ても二人の反応は鈍い。

 可愛いではなく、嫌悪感の無い生き物という視点でしか見れないのだ。


「話を戻すわね。確かに急で悪いけど、これは観光じゃないのよ。あくまで、査問会への出席のためと、その対策、準備のための艦隊訪問なの。そこのところをきちんと自覚しなさい」


「ふむ……わらわもそれは分かっておる。正直話を聞いて肝も冷えたしな。だがな、ミラー大佐。そもそもその査問会とやらでは、わらわは何を聞かれるのだ?」


「僕も気になります。なんで、地球本国の人がわざわざ殿下に話を?」


 二人の尤もな質問に、ミラー大佐は腕組みをしようとして、短い手のために失敗した後、答えた。


「わからないわ」


「「えっ」」


「査問会なんて私が配備された部隊では開かれたことないし、その都度内容も違うし……詳細はサーレハ司令に聞きなさい。私は、あんたたちの案内をするだけよ」


「ミラ~!」


 グーシュが口を尖らせながら、ミラー大佐のお腹をムニムニと揉みしだく。


「うみゃあああ!」


 やがてそれにミルシャまで参戦し、三人はわちゃわちゃと機内でしばらく騒いでいた。

 だが、それもほんの数分だった。

 三人へ、機体のSAから放送が入ったからだ。


『ご搭乗の皆さま、当機のSA、アウンと申します。当機は現在高度80キロに到達しました。熱核エンジンの酸素燃焼を停止し、水素による燃焼を開始いたします』


「……どういう意味でしょうか?」


 放送内容に理解の色を浮かべたのはグーシュだけで、ミルシャにはまったく伝わっていなかった。

 そんなミルシャに、グーシュは少し自慢げに説明した。


「つまりな、今この飛行機は高度80キロ。1ミローが1.5キロだから……約53ミローの高さを飛んでいるという事だ。この高さだと空気が薄いから、低い場所では空気を使うエンジンで、別の燃料を使うという事だ」


「はー、なるほどー」


「あんた、絶対に分かってないでしょ……」


 棒読みで答えるミルシャに、ミラー大佐が冷徹なツッコミを入れるが、ミルシャにとってはあまり興味惹かれることではないようだった。


 むしろ、彼女の興味は窓から見える景色にあった。


「あ、殿下! ミラーちゃん! も、もしかしてあれがルーリアトじゃないですか!」


 ミルシャが叫ぶと、大慌てでグーシュが窓にへばりついた。

 グーシュの胸と窓ガラスに挟まれて、ミラー大佐が苦しそうに呻いた。


「むぎゅううううううう……落ち着きなさいよ。そうよ、あれがルーリアト大陸。この惑星で唯一の陸地よ」


 ミラー大佐の説明に、ミルシャも窓にへばりついた。

 三人で、顔を寄せ合って必死に地上を眺める。


「凄いな……本当に大地は丸いのか……」


「青い、大地は青いんだ。凄い! あ、ルーリアトは緑が多いですね。帝都はどのあたりだろう……」


「ミルシャ見ろ! あの真ん中の茶色いのは中央山脈じゃないのか!」


「えええ! じゃあ、あの山脈の向こうの緑一色の場所が……!」


「ああ。魔獣巣食う魔の東部……伝説の場所だ。ああ、まさかこの目で見られるとはな」


 興奮気味にルーリアトを眺める二人の顔を、ミラー大佐はジッと眺めた。


(あんたら……この程度で驚いていたら……)


 不意に、窓にへばりついた三人に影が差し、地上の景色が遮られた。

 窓の外。カタクラフトのすぐ隣に、鋭く尖った銀色の機影が表れたからだ。


「な!?」


「大きい……!」


『皆さん、SAのアウンです。現在当機は軌道空母ジブリールの管制に従い、軌道戦闘機メビウスのウィンダム03による護衛を受けています。美しい景色を遮ってしまう事をお許しください』


(身が持たないわよ?)


 不敵な言葉を、カッコつけて心中で呟いたミラー大佐は、次の瞬間興奮したグーシュによって、つぶれた饅頭の様に窓ガラスへと押し付けられた。

遅くなり申し訳ありません。

グーシュ、ついに宇宙へ!

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