第16話-6 謀略
「気が付いたな? そう。わらわの葬儀だ。条文でわざわざ開催期日が定められて、イツシズが狙って行わせることが出来る行事は、わらわの葬儀しかない。死亡後一週間、行方知れずなら半年。それが皇女の葬儀に関する決まりだ。わらわを殺して、兄上の所にコレクとかいう女を送り込んでセミックをけん制。父上に何かを吹き込んで葬儀期日を早めて、帝都全域を近衛騎士団の勢力下に置く。ここまで手の込んだ事をしてやることは一つだ。イツシズの総力を挙げた、邪魔者の大粛清。それしかない」
「一応、疑いを持つ理由にはなるな。だが、さすがにこれだけでさっき言った通りの作戦を準備するのは、厳しいものがあるぞ」
「なあに、簡単だ。イツシズとセミックに噂を流せばいい」
あくまで慎重な一木に、グーシュはある提案をした。
帝都の二大派閥に、グーシュ生存の噂を流すのだという。
噂の内容はほぼ真実。
つまり、ルーリアト帝国の人々にとっては荒唐無稽な内容を広める。
この噂が耳に入った場合、セミックは派閥の崩壊を恐れて皇帝に葬儀の早期開催を進言する。
一方で、イツシズは警戒しつつも、帝都西部一体に潜ませた情報網を使って、噂の確認を行うとグーシュは予想した。
「イツシズは考えは合わんが、自分の欲に正直に動く。だから、昔からやつの行動は読みやすいのだ」
グーシュはそう言って笑った。
考えが理解できないと恐れていた相手が、帝国で一番自身の行動を理解していると知ったら、あのイツシズという男はどういう顔をするのだろうか。
一木は少しだけ、イツシズという男に憐れみを感じた。
イツシズが調査を開始したら、続いてその情報網にルーリアト帝国の人間が聞いて現実的な情報を流す。
グーシュによると、イツシズはそうすることで、噂にグーシュが関わっている可能性を少なく見積もるという事だ。
「例えば川下でおぼれた女が助けられていた、とかだな。そうすれば、あいつの頭の中で一応の流れが出来て、噂が流れた過程を勝手に想像してくれるはずだ。嘘くさい噂はわらわを支持する人間の妄想で、その出どころは溺れただけの女に過ぎないとな。そうすれば後は簡単だ。イツシズは噂とセミックの動きを、葬儀の日程変更の理由付けにするはずだ。そうなればあいつのことだ、すぐに動く」
そう言ってグーシュは、画面の向こう側にいる猫少佐の方を見た。
「後は猫少佐の仕事だ。イツシズから、粛清計画に関する情報。特に粛清の一覧表を入手してほしい」
「猫少佐、出来るか?」
一木の問いに、少し考え込んだ猫少佐は、小さくため息をついた。
「原本は難しいですが、撮影したものやコピーならば。しかし、もしそんな粛清計画が本当にあれば、また忙しくなりますね……」
猫少佐がげんなりした様子で呟いた。
諜報課のオーバーワークの原因を作った当事者である一木としては、気まずかった。
……これが会議でグーシュが語った内容だった。
会議の最中慎重に、疑いを持ってグーシュの話を聞いていた一木としては、気まずく感じるほどグーシュの語った内容は的を得ていた。
そして、何より驚いたのが……。
「グーシュ……君には負けたよ。ほら、これを見ろ」
そう言って一木は、とあるデータが表示された端末をグーシュに手渡した。
渡された端末の画面を、グーシュとミラー大佐がジッと見る。
「カギュ・ダダン……ミース・ギャナ……これ……名前ね? まさか……」
ミラー大佐の呟きに、リストを眺めていたグーシュがニンマリとした笑みを浮かべた。
まるで菓子を見た幼女のような、満面の笑みだ。
「カギュ・ダダンは帝国騎士団団長を何人も輩出したダダン家の当主だ。熱心な中央集権派……いわゆる守旧派だな。ミース・ギャナは属国併合派の連中の後援者だ。若作りだが中々の美人だ……はは、イツシズの奴、目の付け所がいいな。守旧派の急所をきちんと掴んでいる」
グーシュが言った通り、猫少佐から送られてきたデータにあったこのリストは、帝都在住のイツシズの敵対者達だった。
イツシズの部下がこのリストを持ち出したのを昆虫型ドローンで発見。
光学迷彩装備の諜報課職員がスキャンしてきたのだという。
「よーし。すぐにこの一覧表に目を通して、仕分けをするからな。一木は前言った通り、イツシズの粛清計画当日に、帝都で活動する部隊を手配してくれ」
ウキウキとリストに目を通すグーシュ。
グーシュの言った、イツシズの計画の利用とはつまりはこうだ。
このリストには、当然ながらグーシュとイツシズ共通の敵対者である守旧派だけではなく、グーシュの支持者や後援者。
またはそうでなくても、グーシュにとって粛清対象として適当ではない存在も多く混じっている。
そのためグーシュはこの粛清を利用して、グーシュにとっても都合の悪い人間はそのままイツシズに粛清してもらい、その上でグーシュ派の人間や都合のいい人間は保護。
さらに、イツシズ派の人間やリストに無い都合の悪い人間をイツシズの粛清に乗じて消してしまおうというのだ。
確かにグーシュの言う通りにすれば、グーシュが帝都に帰還した後の政治活動や改革は、非常にスムーズに行くはずだ。
しかし、そのためにはこの膨大なリストにある人間を監視し、ある者は守り、ある者はイツシズの手の者が失敗した後、きちんと殺害しなければならない。
そうなれば、とてもではないが諜報課では手が足りず、しかも専門性の高い作戦故、一般部隊や憲兵では荷が重いのが実状だ。
そのため一木は各参謀部にある、特務課と呼ばれる現地での実働部隊を総動員することを思いついた。
彼らは専門性の高い、現地での活動に特化した精鋭SS達で、このような任務にも耐えうると考えたのだ。
ところが、ある面倒な事態が持ち上がってしまった。
「グーシュ。その、計画の実働部隊なんだがな。手配する予定だった特務課の動員に、難色を示す人たちがいて……」
一木の言葉に、グーシュの笑みが固まった。
ギリギリと軋む様な動きで、一木の顔をジッと見る。
「な、なぜ!?」
「特務課を単一の作戦に総動員ってのが、異世界活動監視委員会っていう人たちの目についたらしい……作戦を発案した現地オブザーバーからの聞き取りを求めてる」
一木の言葉を聞いたグーシュは首を傾げ、そしてミラー大佐は絶望的な表情を浮かべた。
「つまりは……どういう事だ?」
「グーシュ……君には、艦隊旗艦シャフリヤールに行ってもらいたい。そこで、地球連邦本国政府の役人と政治家主導の査問会に出てもらう……」
ミラー大佐が絶望的な顔で右往左往する中、グーシュはベットの上に立ち上がって歓声を上げた。
「やったああああああああああああああああああ! 宇宙だ! やったあああ!」
全く意味が分かっていなかったらしい。
その様子を見て、ミラー大佐がぴょんぴょん飛び跳ねながら声を荒げた。
「あんた何悠長に喜んでるのよ! 作戦中止どころか、下手したらあんたはオブザーバーを解任……ルーリアト全体の作戦が中止になって、あんたは帝国に引き渡しになるかもしれないのよ!」
ミラー大佐が悲痛な表情で叫ぶと、グーシュの動きがピタリと止まった。
「ほ、本当なのか一木!?」
「そう、だ。異世界活動監視委員会は、異世界派遣軍の活動を監査するための議会直轄の組織で、目についた事案に対して、時折介入してくる……」
さすがのグーシュも、表情が硬くなる。
「い、一木も一緒に、その査問会の場所には出てくれるのだろう?」
年相応の不安そうな表情を浮かべるグーシュに驚きを感じつつ、一木は絶望的な一言を放った。
「……俺は留守番だ……地上から、人間の指揮官が居なくなるわけにはいかない……」
グーシュの顔色が、川で溺れかけた時並みに悪くなった。
グーシュの葬儀まで、あと二週間……。
次回更新は24日の予定です。
次回、グーシュついに宇宙へ!
ようやく宇宙艦隊が出てきますよ。




