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第16話-4 謀略

会議でグーシュが提案した作戦の決行が決まり、宿営地はその準備へと奔走していた。


まずクラレッタ大佐がルニ子爵と交渉し、騎士団への物資供給を認めさせた。

地球連邦軍のような装備ではない。型落ちの古い装備。

ボロボロで古い、衛兵に行きわたらない分を充足させるための供給。


クラレッタ大佐のその言葉と、治安騎士たちの「大した装備ではない」と言う助言もあって、子爵達は物資供給を了承した。


そして、数日後。

宿営地近くに造成した訓練場で行われる訓練を見た子爵達は驚愕した。


そこにいたのは、剣で切れない布の鎧に身を包み、高品質な鉄兜を被り、そして連射可能な鉄弓を装備した見事な軍勢だった。


地球でいうところの、火縄銃やマスケット銃に相当する薬式鉄弓しか銃器を持たないルーリアト帝国において、装弾数五発のボルトアクション式ライフル銃は革命的な武器だ。


訓練開始間もない衛兵たちの練度は評価するようなレベルにすら達していない。

ルーリアト本来の薬式鉄弓隊同様、隊列を組んで指揮官の号令と共に一斉射撃するのが関の山だ。


 だがそれでも、治安騎士達の号令の下、多少ぎこちないながらも敵の突撃を許さない射撃速度を実現する騎士団に、子爵領幹部たちは声を失い、自分達が望まない程の力を手にしてしまった事を実感した。


 その中でも騎士団長は部下の治安騎士達に対し、声を荒げた。

 当然だろう。

 彼らの報告では、これほど強力な装備が供給されるなどという情報は無かったからだ。


 だが、治安騎士たちの返答は冷めたものだった。


「団長殿、あなたはこんなものが強力な武器とおっしゃるのですか? 失礼ですが、少々認識不足と言わざるを得ませんな」


「き、貴様ら! 子爵様へのご恩を……」


「我らは! 子爵領の騎士である前に、帝国の騎士。ひいてはグーシュ様の騎士だ」


「な!?」


「大体嘘は言っていません。引き金を一度引けば何十も弾の出る自動銃。地を駆ける戦車。空を飛び、地上を薙ぎ払う戦闘機。強大な空飛ぶ戦船。それらに比べ、このライフル銃のなんと貧相な事か」


 治安騎士のこの言葉に、子爵達は黙るしかなかった。

 彼らは知っていたはずなのだ。

 地球連邦軍の強大な力が、到底かなわない恐るべきものだと。

 だが、あまりに隔絶した力ゆえ、彼らは想像力が働かなかった。


 その力が、実感可能なボルトアクション式ライフルという形で、自分達の衛兵が用いるまで”あの力が自分達に降り掛かったら”という視点が欠けていたのだ。


 自分達の手駒が用いた姿と言う尺度を得て、今ようやく彼らは実感した。

 海向こうの国の恐ろしさを。


 こうして、ルニ子爵達は自分達がもはやグーシュ全面支持と言う立場から後戻りできないことを悟った。


 かつてルニ子爵は自分達の状況を、「心を覗かれ、両腕を失っている」と称した。

 しかし、もはや自分の体全てがどうにもならないことに、気が付いたのだ。


 こうしてあっさりと、ルニ子爵領が実質的に地球連邦の傘下に入った事で動きは加速した。

 騎士クーロニを直接グーシュに仕える形で子爵領から引き抜き、ルキ少尉を中心に憲兵隊から選抜した百人ほどの親衛隊を創設。


 さらに、騎士団を拡張するべく、子爵領の領民から義勇兵をさらに募った。

 これにより百人足らずの子爵領治安騎士団は、ライフル銃を装備した三百人ほどの義勇軍へと姿を変えた。


 もっとも、付け焼き刃以下の訓練しか行っていない案山子のような存在だ。

 しかし、直接戦うのはSS中心の親衛隊である以上、彼らには臣民が自発的に付き従っているというポーズが取れれば十分なのだ。


 そのため、彼らにはとりあえず最低限の行進と射撃、歩兵戦闘車への搭乗訓練が行わる事となった。


 こうした体制作りが行われる一方で、グーシュとミルシャが何をしていたかと言うと……。


 「凄いな一木! これがインターネットか……このSNSと言うのに書き込んだ言葉や動画が、すぐに連邦中に伝わるのか!」


「そうだよ。まあ、ここは空間湾曲ゲートが多いから時差があるし、作戦行動中で異世界派遣軍の検閲が行われるけど……」


「よし! ミルシャの動画を乗せて”いいね”をたらふく貰おう!」


「??? よ、よく分かりませんが僕でよければ……」


「……やめてあげような……」


「あの人今ミルシャさんの服脱がせようとしましたよ」


 ネットの使い方や、各種コンピューターや機材の扱い方の研修。




「お二人は、ある一点を除いて健康そのものです」


 むっつりとした顔でニャル中佐が言った。

 医務室で椅子に座ったグーシュとミルシャが、どことなく不安な表情でそれを聞いている。


「ある一点?」


「で、殿下と僕に何の問題が?」


 互いの手をギュッと手を握り、今にも泣きそうな顔で聞く二人に、ニャル中佐は告げた。


お腹(ぽんぽん)に寄生虫がいます」


「「寄生虫!?」」


「ええ、お腹(ぽんぽん)に。こういう文化レベルの異世界では珍しくないです。まあ、化学肥料が実用化されるまでは地球でも珍しくなかったので、恥じることはありません。虫下しを処方しますので、飲んでください」


 各種健康診断。

 ……余談だが、診断の翌日トイレから悲鳴が聞こえた事は、言うまでもない。




「という訳でー。こうしてワイマール憲法下のドイツ民主制は実質的に崩壊し、ヒトラー内閣の……」


「くかー……すぴー……」


「あのー、グーシュ様?」


 会議室で空中投影式のモニターに手書きの文言を書き込みながら、歴史の授業を行っていたシャルル大佐は不満げな表情で生徒であるグーシュの名を呼んだ。


「ん? どうした?」


「いやいや、わかりますよね? さっきからミルシャさん寝てばっかりじゃないですか」


「まあな。自慢では無いが、こいつは剣術やお付き騎士の業務外の事はいつもこうだ」


「あー、勉強ダメな子かー。どしよかなー」


「まあ、昨夜一晩中寝かさなかったのも悪いと思うがな……」


「え……それって性的な意味で?」


「? 勿論性的な意味でだ」


「なんで悪びれてない上に、ご自分はしゃっきりしてるんでしょうか」


 地球の歴史や、社会的情報に関する授業。

 こういった地球の常識や、宿営地で暮らすにあたって必要な事をこなしていた。


 最初こそ慣れない習慣や生活に戸惑っていた二人……いや一人だが、シャルルの食事や参謀はじめ宿営地スタッフのサポートもあり、今ではすっかり慣れ、地球風の生活を満喫していた。


 そんな中、帝都から知らせが届いた。

 

 イツシズとセミック双方からの申し立てにより、グーシュの葬儀日程が早まり、その日程が決定されたのだ。

 情報を聞いた一木は、マナを連れてグーシュの下へと向かった


「いやああああああああああああああ!」


「よっと」


 そうしてグーシュの部屋に行く途中、トレーニングルームの近くを通り過ぎると、防具に身を包み、殺大佐と剣術の訓練をしているミルシャの掛け声が聞こえてきた。


 一木はあまり詳しくはなかったが、ミルシャの構えはいわゆる示現流の様に剣を頭の横に高く掲げ、勢いよく振り下ろすものだった。


 その剣速はすさまじく、硬質ゴム製の訓練刀が一木のモノアイでも等速だと追えない程だ。


 そのすさまじい速度の訓練刀を、殺大佐は気軽な掛け声とともに訓練刀で受け止める。

 だが、ミルシャの動きは止まらない。


 弾かれた反動を利用して、訓練刀を勢いよく振り上げると、怒涛の連撃を殺大佐に叩き込む。

 SSの能力だからこそ、傍目から見ると素人のガムシャラな攻撃を軽く受け流しているように見えるが、ミルシャの膂力と剣術の腕はかなりのものだ。


 並みの人間では勢いに負けて、受け止めた訓練刀ごと自分の頭を打たれていることだろう。


「ミルシャさん!」


 そんな訓練中のミルシャに対して、一木は声を掛けた。

 一瞬殺気のこもった視線を一木に向けた後、ミルシャは素早くバックステップで殺大佐から距離を取った。


 そして、殺大佐が訓練刀を下げたのを確認すると、殺気を消していつもの穏やかな表情で一木の方を見た。


「一木殿、どうしましたか?」


 頭部の防具を外して、ミルシャは訊ねた。

 来てから数日はゆっくりとしていたミルシャだったが、グーシュの立案した計画が決定されてからは、それに備えて訓練に明け暮れていた。


 会議から一週間ほどだが、地球の食事とトレーニング方法が優れているせいか、体は絞られ、体の筋肉は鋭さを増している。


 一木は生身の頃ジムに通ってもついぞ割れることのなかった過去の自分の腹筋と、トレーニング中にチラリと見えたバキバキに割れたミルシャの腹筋を比較し、得も言われぬ気持ちになった。


「一木殿?」


 気が付くと、近づいてきたミルシャがすぐ近くで一木の顔を見上げていた。

 優秀な強化機兵のセンサーが、汗の匂いを検知する。


「……いや、調子はどうかな……とね。あと、グーシュは部屋かな?」


「はい! ここの設備は素晴らしいです! 訓練を付けてくれる皆さんの腕前もすごいですし、自分でも腕前と筋肉がどんどんついていくのが分かります! ぷろていんというのは本当に凄いですね! びーしーえーえーが配合されたものを飲むと、疲れも溜まらないので一日中でも訓練を……」


 ウキウキとした様子で話し続けるミルシャに、ややドン引きしながら一木は殺大佐の方へ視線を向けた。


「やっぱりこういう世界の騎士だの戦士だのは凄いな。タンパク質食わせて訓練するだけで、筋肉と技量がモリモリ増えていきやがる。この調子なら、そのうち俺なんかより強くなるよ」


「いえ、シャー殿の技量には遠く及びません。地球の技を、もっと身に着けて殿下のお役に立てるようになりたいです!」


「ああ、それは良かった。……えーと、それでグーシュは?」


「あ、すいません。殿下ならお部屋でミラー大佐と一緒にお勉強中です。地球の歴史の勉強だとか……」


「ありがとう。……ミルシャさんはそういうのには興味ないの?」


 一木の言葉に、ミルシャは顔を赤らめた。


「いやあ、ああいうの見てるとすぐに寝ちゃうんですよね。殿下も大体は許してくれるんですけど、ここの資料みたいに殿下の興味を強く引くものであんまり寝てばかりだと、機嫌悪くなるんですよ」


 そう言ったミルシャの口からは、かすれるような声で「そうすると夜の責めが……」という呟きが漏れた。


「まあ、そういうことはほどほどにね。じゃあ、訓練頑張って」


 一木は殺大佐とミルシャに軽く会釈すると、トレーニングルームを後にする。


「はい! 本番でセミック先輩とイツシズを討てるよう、精進します!」


 一木の背中に、ミルシャの威勢のいい声が掛けられた。


 本番。


 二週間後に来る、グーシュの計画した作戦の、本番。

 その日、尊敬する先輩を殺すというのに、ミルシャに悲壮感は全くなかった。


 お付き騎士ならば、本望なのだそうだ。


 主の命令で、尊敬する騎士と殺しあう。

 主のために、帝国のために傷を負い、手足を失い、命を落とす。


 それは騎士としての誉れなのだそうだ。


 一木には理解しがたい感覚。

 かつて創作物で見た記憶のある、中世的価値観。


 威勢よく刀を振るう少女の声を聞きながら、一木はもう一人の少女の元へと向かう。


「弘和君、さっきミルシャさんの汗の匂い嗅いでましたよね?」


 マナの指摘に、思わず足が止まった。


「…………」


 ここで返答を誤ると、今夜が面倒だ。

 思考が、ミルシャと同レベルなことに、一木は気が付かなかった。


「いや、そのだな、あれだよ。そう、うん。マナの匂いの方がいい匂いだな、って思ってたんだよ」


「…………えへへ」


 にへら、と笑うマナを見て、胸をなでおろした一木は歩みを再開した。

 アンドロイド用体臭4-6、二十代女性型。

 シキが愛用していた体臭リキッドと同じ香りを感じながら。


次回更新は明後日の予定ですが、仕事の都合により最大で20日まで遅れます。

ご了承ください。

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