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第16話-3 謀略

 ある種皮肉な事に、セミックとイツシズが皇帝の執務室を訪ねたのは同時だった。


 そしてこの偶然に対し、宰相は和解の機会と捉え、両者と皇太子を同時に執務室へと入れた。

 分の悪い賭けと言えたが、宰相はこの機会に賭けた。


 こうして入室した三人だったが、皇帝の表情は硬い。

 無理もない。

 この一週間ほどで、多くの命が失われた。

 

 皇帝も今は心が弱っているものの、決して無能ではない。

 一連の抗争と、その遠因であるグーシュの行方不明とそれに伴うガイス大橋の崩落。


 それらが、今目の前にいる三人の男女によってもたらされた事に、すでに気が付いていた。


 当然ながら、三人を見る目つきは厳しいものになる。


 そんな皇帝の視線を正面から受け止めつつ、互いに視線を交差させるセミックとイツシズ。

 両者の間に立ち、皇帝の視線から目をそらし、セミックとイツシズをチラチラと見やる皇太子。


 この奇妙な沈黙はしばらく続き、そして皇帝の言葉によって終わりを告げた。


「……ルイガ、突然何の用か? 」


 視線を泳がせていた皇太子は、ビクリと体を震わせた。

 慌てたように皇帝へと視線を向け、そして考え込む様に黙り込んでしまう。


 皇帝はその様子を見て、心の中でため息をついた。

 ルイガはこういう男だった。

 勉学や剣術などは一流で、決められた事、やれと事前に言われた事ならばきちんとこなせる。


 しかし、不意を突いた出来事や、心が弱っていると途端に、その行動には粗が多くなっていく。


 そしてその事を知っていて、ある種皇帝以上に皇太子の事を案じているセミックとイツシズが、きれいに重なった声を発した。


「「皇太子殿下」」


 その言葉にハッとする皇太子と、声を発した当人であるセミックとイツシズ。

 二人は互いに睨みあい、皇帝の前で剣呑な空気が流れ始める。


 皇太子が慌てて時節の挨拶をする中、皇帝はこの光景に一筋の希望を見ていた。


(やはり、セミックはもちろんだが、イツシズにもルイガへの忠誠心はあるな。例えそれが、ルイガ個人ではなく皇帝の権威相手で、動機が自己権益のためだろうとも、こやつにも忠誠心がある……)


 皇太子の時節の挨拶を聞き流しながら、しばし皇帝は黙考する。

 これからの、帝国の事を。


(今ならば……すべてを守れるか……)


「……まさに帝国の栄光大海の如し。そんな時節、本日は陛下に対し、申し上げたき事があり、我が騎士セミックと共に参上いたしました……あの、……陛下?」


 目を閉じたまま黙っている皇帝に対し、皇太子がおずおずと尋ねると、皇帝は目を開いた。

 その視線には、決意が籠っていた。


「そうか。それではセミック。まずはお前の口から用を聞こうか。いかなる用で今日は参った?」


 皇帝の言葉に、意を決した様相でセミックが口を開いた。


「ハッ、皇帝陛下。本日は、ポスティ殿下の葬儀日程を早めるよう、申し上げに参りました」


 予想通りの言葉に、皇帝は満足げに頷いた。

 グーシュ生存の噂が入り、皇帝が最初に考えたのは、この情報を得たセミックとイツシズ両派閥の行動だった。


 セミックは間違いなく、グーシュの皇族の権利を停止するべく、葬儀日程を早めるための行動に出ると読んでいた。


 お付き騎士の掟に倣えば、グーシュ生存が確定した段階で、セミックの使える権限は事実上失われることになる。

 

 皇位継承権を持つルイガと、敵対するグーシュがいる場合、お付き騎士達は日常での付き合い以上の関係を制限されることになる。


「実のところ陛下。只今帝都には、不穏な噂が」


「もうよい。セミック、お主の言葉、受け取ったぞ」


 よって、この情報を得た段階で素早くこの動きに出ることは、皇帝にとって予想通りだった。

 それゆえ、皇帝はこの後続くであろう、この提言を行いに来たセミックの、言い訳めいた理由説明を遮った。

 言葉を遮られたセミックの顔には、深い焦りの色が浮かんでいた。


 言おうとしていた言葉には想像がついた。

 ルニ子爵領でグーシュが決起した噂を口実に、内乱の影にざわつく臣民を安心させるため。

 理由付けはこの辺りだろう。


 皇帝は、自分でつけた火に水を掛けるような言い訳など、聞きたくは無かった。

 

 そして皇帝は、部屋にいるもう一方の男。

 イツシズに尋ねた。


「イツシズ。そなたはどうしたのだ? 」


「…………皇帝陛下。もう、お分かりなのでしょう……」


 イツシズの言葉に、皇帝とセミックは驚きを隠せなかった。

 特にセミックは、先ほど皇帝から言葉を遮られた衝撃から立ち直っておらず、身じろぎした際に、普段は音も立てない剣帯が音を立てた。


「分かる……はて、イツシズどういう意味だ?」


「私の要件もセミック殿と同様。ポスティ殿下の葬儀日程を早める事……そして、私が分かっておいでだと申し上げた事とは……ポスティ殿下を橋ごと落としたのが、ここにいる三人だという事です。分かっておいでなのでしょう、陛下」


 イツシズの言葉を聞いて、皇太子の顔色が真っ青になった。

 対して、セミックの表情には奇妙な安堵の色が広がっていた。


 皇帝も同じだった。

 皇帝の予想通りなら、イツシズはセミックとの抗争を終わらせるつもりなのだ。

 セミックもそのことを察したのだろう。


「……無論だ。むしろ、そのことに思い至らぬような愚か者がいるなど、まさか本気で考えていたわけではあるまいな?」


 ジロリと皇帝が目の前の三人を睨むと、皇太子が床に座り込みそうになり、慌てたセミックに支えられていた。

 イツシズは、全く物おじせずに言葉を続ける。


「そのような事はありませぬ。ポスティ殿下と、皇太子殿下を支えるべく集った我らの派閥が、長く対立していた事はこの帝国で知らぬ者はいない事実。そしてその果てに、我らが皇族を手に掛ける大罪を犯し、揚げ句にその後の主導権を巡り、セミック殿と我ら近衛に別れ抗争を繰り広げている事……これ全てが事実でございます」


 公然の秘密と言うべき、グーシュ暗殺とお付き騎士との抗争をあっさりと認めたイツシズ。

 その表情はひょうひょうとしたもので、表向きの冷静沈着な策士の印象そのままの姿だった。


「許されざる大罪を犯した我らなれど、このまま争いを続けては、初代帝の”民衆が(まつりごと)を行う国家”という、帝国の国是に反対する守旧派共が利を得ることになりかねません。()()()()殿()()同じ気持ちであると存じますが、ここは抗争を止め、国是を果たす礎になるべく、此度のポスティ殿下の噂をきっかけとし、抗争を止めるために、陛下におきましてはポスティ殿下の国葬の早期開催への同意を頂きたく、此度は参りました」


 一息に言うと、イツシズは鞘ごと剣を床に置き、両手を差し出した。

 手を切断されても構わないという姿勢だ。

 その様子を見てセミックと、セミックに促された皇太子も同様の姿勢をとった。


「父上……イツシズばかりのせいでは無い……許可を出したのは、私です……」


「陛下。殿下をお諫めせず、眺めるばかりだったわたくしにも責任があります。当然、現在の抗争についての責任もです」


 並んだまま、両手を差し出す三人の男女の姿を、皇帝はジッと眺めていた。

 皇帝の中の父親は、愛する娘を殺した三人を許すな。姿勢通り、両手を斬り落とせ!

 そう叫んでいた。


 だが、二十年以上演じ続けてきた皇帝としての自分は、安堵と喜びを感じていた。


 イツシズの、自身の必要性を自覚し、そして皇帝自身もそれをわかっているという自信。

 だからこそ、グーシュ殺害とお付き騎士との抗争を認めるという判断を下し、全てを委ねる姿勢を見せた事実。


 父親としては腹立たしいこの判断が、皇帝としては嬉しくてしょうがなかった。

 例え演技だろうと、ここにいるイツシズは冷静な男であり、その結果導き出した判断に基づき、皇帝に全てを委ねたのだ。


 認めないという選択肢は、無かった。

 昨日までの様に、無様に狼狽える、贅沢な時間は終わりを告げたのだ。


「……グーシュには……可哀そうな事をしたな」


 皇帝の呟きに、三人はジッと、ただ耐えていた。


「あの子も、目指す方向はお前たちと同じだったはずだ……それを……」


 皇太子の、荒い息遣いだけが聞こえた。


「イツシズ……お前は、帝国騎士としてあり得ざる大罪を犯した……皇族を手に掛けるなど……」


 イツシズは、音もたてずに佇んでいた。


「セミック……お前はグーシュだけでなく、後輩のミルシャも手に掛けたのだぞ……ああ、可哀そうに……あんなにお前を慕っていたのに」


 セミックが、かすかに息を吐いた。


「ルイガ……お前は……子供の頃グーシュを嫁にしたいと言っていたな……グーシュもお前が大好きだった……兄妹で、なぜ……」


 皇太子は、ガタガタと震えていた。


 ひとしきり、父親としてのささやかな復讐を果たすと、皇帝は最後に一つだけ、最後の贅沢を得るべく、言葉を発した。


「帝国のため、葬儀の早期開催に同意しよう。ただし、条件がある」


 皇帝の言葉に、初めてイツシズの表情にも緊張感が表れた。


「葬儀終了後……もしも、噂通りグーシュが生きていた場合、身の安全を保障することだ」


 皇帝の言葉に、三人はしばし黙り込んだ。

 そしてその後、イツシズとセミックは、抗争以来初めて、敵意の無い状態で顔を見合わせる。

 最後には皇太子も視線を合わせると、全員が頷いた。


「葬儀が終われば、もはやポスティ殿下だったお方に害を与える必要などありませぬ」


 イツシズが恭しく頭を下げる。

 その後、セミックが無言で同じように頭を下げた。 

 皇太子だけが、少し迷った後頭を下げずに口を開いた。


「父上……もし、グーシュが生きていたら……どうするおつもりなのですか?」


 少しだけ頼り無いものの、演技が出来ていた頃の、皇太子らしい顔での問いだった。

 兄としての顔で無いことに、皇帝は少しだけ落胆を覚えながら、答えた。


「ガズルの隠し子という事にして、非皇族としての地位を与える。その後は、おとなしく暮らさせるつもりだ……望むなら……」


「……望むなら?」


「いや、何でもない」


「…………では陛下。私も同意いたします」


 そう言って、皇太子も頭を下げた事で、この場の話はまとまった。

 皇族が行方知れずになった場合の、通常の規定である半年を待たず、一週間後にグーシュの死を発表し、海向こうの国の来訪を理由にしてさらに一週間後。

 つまりは二週間後に国葬を行う事となった。


 基本的な準備は()()に則って宰相府が行う事となり、三人は静かに部屋を出て行った。


 


 部屋から三人が退出した後、宰相が部屋に入ると、そこでは皇帝が静かに泣いていた。

 その光景に、宰相は何も言えなかった。


「……余は、愚かな男だ」


「陛下……」


「娘を殺した男が、どうせ自分を殺せまいと高をくくっている姿を見て、余は安堵し、喜んだのだ……余は世界一の愚か者だ……ああ、グーシュ……」


 ボロボロと涙を流す皇帝を見て、長く仕えてきた宰相もまた、いつしか涙を流していた。


「だが、余は一つだけ得たぞ。もし噂が本当であれば、グーシュとミルシャを属国のどこか……過ごしやすい場所に家を建てて住まわせてやるのだ」


 皇帝は泣き笑いの表情で、夢を語る。

 自分すら騙せない、糸よりも細い可能性に縋り、夢を語る。


「あいつの好きな説話を山ほど運び込んでやる。学者も、アイムコの奴も送って、学びたいことを何でも学ばせてやる。落ち着いたらルイガとシュシュの奴も呼んでな、余も一緒に……家族で……食事を……」


「はい、はい……陛下。私もお供します! その時は、皆で楽しく過ごしましょう……」


 こうして皇帝は、夢に逃げる最後の贅沢な夜を過ごした。

 翌日からは皇帝として、娘を殺した忠臣と、妹を殺した息子と、娘を殺した息子の恋人と接しなければならないのだ。


 だが、皇帝は大きな見落としをしていた。

 イツシズという男の、性根を見誤っていたのだ。




 部屋を退出したイツシズは、急ぎ近衛騎士団本部へと戻った。

 護衛の騎士たちは、イツシズらしからぬ慌てた様子に、皇帝との謁見が失敗したのではないかと動揺を隠せなかった。


 しかし、違った。

 イツシズは必死に耐えていたのだ。


 全てが自分の思い通りにいった事に。

 皇帝という役割を演じることしか出来ない老人も。

 愚かな操り人形でしかない情けない若者も。

 操り人形を慕う馬鹿な女も。


 その全てを出しぬき、自分が全てを得る下準備がすべてうまくいった。

 その歓喜を人目がある場所で爆発させることを、必死に耐えていたのだ。


 そうして足早に近衛騎士団本部にたどりついたイツシズは、会議室でむっつりとした顔で待つ幹部たちの所に行くと、感情を爆発させた。


「やったぞ!!!!! やった! 我らの勝ちだ!」


 イツシズの叫びに、部屋にいた全員が笑みを浮かべる。

 そして、いつものようにイツシズの望む問いを口にしていく。


「では陛下は?」


「同意した! 愚かな男だ。娘を殺したワシを、あっさりと許しおった。皇帝という役割に縛られた愚か者らしい……まあ、だからこそうまくいったのだがな」


「セミック達はどうでしたか?」


「何も気が付いておらん。それどころか、ワシが抗争の終わりを口にしたらホッとしておったわ。馬鹿な女だ。所詮は剣を振る事と皇族に股を開くだけの奴らよ」


「殿下は?」


「いつも通りだ。本当にあの皇太子は理想の皇族だ。担いでやるにはちょうどいい。忠義を尽くすなら、ああいう男で無くてはな」


 上機嫌なイツシズへ、幹部の一人が酒の注がれた杯を渡した。

 穀物を蒸留した甘ったるく渋い酒で、ルーリアトでは一般的な酒だった。

 少し濁った黄色い液体の入った、陶器の杯が幹部全員にいきわたると、イツシズは笑顔で杯を掲げた。


 ルーリアトでも、祝いの場では酒を飲む。

 そしてこの日、彼らにとってはまさに、祝うべき時だった。


「諸君! ついに、守旧派、セミック派、グーシュ支持者、細かな反逆者……これらすべての厄介者、帝国を澱ませるドブを片付ける算段がついた! 二週間後の国葬の日、この日こそが! ルーリアトの新たな夜明けとなるであろう!」


 そう言ってイツシズは、手元の杯を掲げた。


「帝国と、我ら忠臣に栄光あれ! 今ここに、ドブさらい計画の発動を宣言する!」


 蒸し暑い石造りの部屋で、騎士たちは濁った液体を掲げ、飲み干した。

 こうして、ルーリアトの歴史は、動き出していく。

次回更新は……すいません、未定です。

一応15日が休日なのですが、会社の勉強会などという、くそ厄介なイベントが入ってしまいましてorz

何とか平日に執筆して、早めの更新を目指しますので、ご了承ください。


そんな疲れた作者に、よろしければ感想をお聞かせください。

執筆の原動力や、展開の参考などにさせていただきます。

運が良ければ補足のインタールードが読めるかも?

という訳でよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] イツシズの目的って何? 権力を握るってのは分かるけどその先が見えない 腐敗を掃除するのは分かるけど腐敗の元凶が 掃除する!と言ってるように見える [一言] 物語に展開に余裕がない為、想…
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