第16話-2 謀略
一方のセミック達も、グーシュ生存の噂を聞きつけていた。
しかし、危機感の度合いで言えば、イツシズ達とは比較にならなかった。
それと言うのも、お付き騎士の掟に従えば、グーシュが生存している場合、お付き騎士達は皇太子のお付き騎士であるセミックとの交流を一時的に絶たねばならないのだ。
跡目争いの激化を防ぎ、皇族間の争いを防ぐための掟ではあったが、皮肉な事に皇太子によるグーシュ暗殺計画を防ぐことが出来ず、逆に皇族を守るお付き騎士達の存続を阻みかねないものとなっていた。
現在、お付き騎士達が近衛騎士団と言う組織と戦えているのは、ひとえにセミックの指揮により、構成員の持つ力と繋がりを効率よく動員できているからに他ならない。
それだけに、グーシュ生存がこの後証明されれば、全力でお付き騎士達を排除しようと暗躍するイツシズ達を目の前にして、お付き騎士達の組織は一瞬で瓦解。
なぶり殺しにされかねないのだ。
「殿下、状況は非常にまずいと言わざるを得ません」
皇太子の執務室で、焦ったように部屋をうろつくルイガ皇太子にセミックは告げた。
「わかっている……グーシュが生きている事は……この際後回しにするしかないが、その情報が万が一証明されれば、セミック達は……イツシズに殺される……」
「そうです……すでに噂を聞いたお付き騎士達から、問い合わせが来ております。大半の者は実際にポスティ殿下が帝都に来るまでは協力すると言ってくれてはいますが、主の命令でもうすでに協力は出来ないと言っている者たちもいます……」
この事は、ある種仕方の無いことと言えた。
今回の抗争では、お付き騎士達の戦意は高く、犠牲や怪我を厭わずに戦いに赴いてくれる者達ばかりだった。
しかし、当然ながらそれを快く思わない者達もいた。
お付き騎士達の主である皇族達だ。
彼らは親友であり、恋人であり、妹や姉であり、母であり、側近でもあるお付き騎士達が、手や足や視力、時には命を失う事を、当たり前の事ながら不満に思っていた。
それでも、お付き騎士達の掟という、長年の風習に裏打ちされた守らなければならない決まりだからこそ、自分達のお付き騎士が抗争に赴くことを了承していたのだ。
だから、当然ながらその掟によって、セミックとの交流が禁じられたと解釈可能な現在の状況において、抗争への参加を拒否する者が出るのは当然だった。
ましてやこの後、グーシュ生存に関するより詳細な情報が出てくれば、瞬く間にセミックの持つ政治的、組織的な力は失われる。
そうなれば後に待つのは、セミックの死とイツシズの天下だ。
「あああああ! グーシュが生きている事は嬉しいが……セミック! お前が死ぬことなど耐えられん!」
髪の毛をかきむしると、皇太子はセミックを背後から抱きしめた。
「殿下……」
「セミック……お前がいないと俺はダメだ……俺は良き兄にも、優秀な政治家にもなり切れなかった愚か者だ……そんな俺が、皇太子としてやってこれたのはお前のおかげなんだ……頼む……何とか、生きてくれ……セミック、セミック、セミック、セミック……」
名前を連呼しながら、腰に手を回し、胸を揉む皇太子の手を、セミックはやんわりと握った。
「殿下、ご安心ください。手はあります」
「はんは?」
セミックの耳を甘噛みしながら、皇太子は聞いた。
「皇室基本法の規定によって、皇族は正式な行事としての葬儀を行った場合、例え法的な死亡認定が誤りだったとしても、以後は皇族としては死亡したものとして扱い、皇族としての権限を喪失すると定められています」
この葬儀を行うと皇族の権利を失うという規定は、本来ならば皇位継承争いの際、戦いに参加する気が無いのに担がれそうになった者や、あるいは途中で辞退することを選んだ者が、その脱落を、公にすることが可能な様に定められたものだった。
実際帝国建国前のルーリアト王国時代はもとより、建国後のリュリュ帝とサールティ二世が即位する際には、多くの皇族が皇位継承権を意図的に放棄するために、一時的に死亡を偽装。
葬儀を行い、公に皇位継承権の放棄を行った。
今回は、グーシュの生存が噂の段階で葬儀を行い、グーシュの皇族としての権利を停止。
こうすることで、お付き騎士の掟によるセミック派の崩壊を防ぐのだ。
「……その規定は知っているが、父上が許すか? 父上はグーシュが生きている事をまだ信じておられる……失踪から葬儀を行う規定である、半年が経つ前に葬儀を行う事を許すだろうか?」
「そこは……私が交渉で何とかしましょう。そうですね、葬儀後のポスティ殿下の安全を保障することで何とかご了承いただきましょう。実際、イツシズも皇位継承権を失ったポスティ殿下ならば、手出しを控える……はずです」
最後に少し、セミックは言い淀んだ。
イツシズの動きを見誤った事を、気にしているのだ。
「大丈夫だセミック。お前は凄い女だ、俺が保障する。頼む、何とか頑張ってくれ。お前がいれば、俺は何とか皇太子をやっていけるはずだ……」
懇願する皇太子の手を、セミックは強く握った。
(そうだ。私はこんな所で負けるわけにはいかない……このお方を、絶対に聖君にするのだ……この優しくて、弱くて、誰よりも帝国を思う私の殿下を……例えどんな犠牲を払っても!)
そう強く決心すると、セミックは鎧の隙間から股座に伸びていた皇太子の手を掴んだ。
「殿下、以前からご注意しましたが、こういった事は昼間はダメです。それに私は、これから皇帝陛下の下に行かなくてはなりません」
名残惜しそうにする皇太子から一歩離れ、乱れた服装を正しながらセミックは言った。
それに対し、皇太子はすこし考え込んだ後、いかにも名案を考え付いたような表情を浮かべた。
「それならば俺も行こう! 父上に葬儀の件を呑ませるなら、息子の俺が行った方がいいはずだ」
そう断言する皇太子だが、妹殺しを疑われた兄に対し、子煩悩の父親がそれほど好意的な反応を示すだろうかと、セミックは一瞬不安に駆られた。
しかし、子煩悩な父親の、息子なのだ。
説得の力になるかもしれない。
セミックはそう判断すると、皇太子に同行を頼んだ。
「では殿下、お願いいたします。」
「任せろ。しかしだ。イツシズの奴も、この事を知っているんじゃないのか?」
皇太子の言葉はもっともだったが、もはやこの段階では取れる手段は無い。
下手をすれば皇帝の面前で鉢合わせとなる可能性もあるが、躊躇っている余裕は無かった。
「あの御仁の行動を下手に予想するのは止めておきましょう。では殿下、何かあればご加勢お願いいたします」
「任せろ! 皇室甲冑剣法の免許皆伝の腕前を見せてやる!」
こんな時に剣術の腕前を誇る皇太子に、幼子を見るような保護欲と不安を感じながら、セミックは皇帝への面会手続きを始めた。
次回更新は9日の予定です。
残業を4、5時間すると執筆は難しいですね。
少し間が空きますが、よろしくお願いします。




