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第16話-1 謀略

 グーシュ生存。


 その噂はお付き騎士と近衛騎士団の抗争によって不安に駆られる帝都に、急速に広まっていた。


 出どころは帝都西部にある子爵領や男爵領。

 つまりはルニ子爵領の南北にある、初代皇帝ゆかりの小貴族達の領地、だと言われていた。


 それら帝都西部から来た商人や、出稼ぎ労働者から聞いたと称する噂曰く。


 ポスティ殿下は橋の崩落に巻き込まれた後、海向こうの国、または通りすがりの騎士に助けられた。


 ポスティ殿下はその後、海向こうの国の宿営地、もしくはルニ子爵領等の小貴族領に保護された。


 傷をいやしたポスティ殿下は、自らを殺そうとしたイツシズ、または兄である皇太子を糾弾する演説を保護された場所で行った。


 そしてそれに賛同した領民や騎士を率いて、帝都に戻るべく準備をしている。

 こういった内容だった。


 連日の血生臭い抗争により疲弊していた帝都の臣民たちはこの噂に飛びついた。


 というのも、確かにセミックの策によりグーシュ殺害を企てたのはイツシズであり、皇太子は関与していなかったという認識が広がってはいた。


 しかし元からの規制強化等の政策と、自らの派閥トップとお付き騎士の抗争を止めることが出来ない皇太子への評価は、下降気味だったのだ。


 そこに来て、元来庶民からの人気の高いグーシュ生存の噂は、グーシュ待望論とでも言うべき空気を帝都にもたらしていた。


 この事に最も危機感を抱いていたのは、言うまでもなく抗争中の両者だった。



 帝城に隣接する近衛騎士団本部。

 その会議室では、この噂に関する会議が緊急で招集されていた。


 そしてその会議室では、団長をはじめとする幹部が緊張した面持ちで立ち並び、一人席に着く人事官であるイツシズを取り囲んでいた。


 イツシズ当人は額に汗を浮かばせながら、瞬きも碌にせず、分厚く頑丈な豚皮紙(とんひし)に書きなぐられた報告書を読んでいた。


「イツシズ様、帝都西方の諜報員からはなんと?」


 長い沈黙に耐えかねたのか、イツシズを取り巻く近衛騎士団幹部の一人が尋ねた。

 

 無理もない。

 彼ら幹部たちは、会議と言われやって来てから、諜報員から届いた手紙鳥による報告書を読みふけるイツシズを取り囲むだけで、この一時間身じろぎもせずに立ち尽くすだけだったのだ。


 もう、我慢の限界だった。


 だが当のイツシズはその言葉に反応せず、さらに一分ほど報告書を読みふけった後、ようやく顔を上げた。


 その表情には焦りとも、そして笑みとも言えない独特の表情が浮かんでいた。


「……グーシュが生きている可能性は無いとは言えんな……」


 イツシズの言葉に、幹部たちは衝撃を受けた。

 実行犯を全員失うほどの犠牲と、露見すれば全てを失う危険の中行ったグーシュ暗殺計画が、失敗に終わっていたのだ。


 その上、今では暗殺が成功した前提で、味方だったセミックとも抗争をはじめている。


 万が一グーシュが帝都に帰還し、皇太子やセミックと手を組めば、近衛騎士団は抗争の敗北どころか、皇族暗殺の容疑で全員が反逆者になりかねない。


 その事実に幹部たちの顔が青ざめる。

 イツシズはそんな彼らをチラリと見て舌打ちすると、静かに報告書の内容を話し始めた。


「西方小貴族領に広がる噂も、帝都同様に曖昧かつ荒唐無稽だそうだ……お前たち、顔色が悪いが、まさか本当に噂が本当だと思っていたのか?」


 イツシズの言葉に、幹部たちが顔を見合わせる。

 そして彼らは、しばしの沈黙の後、一番若い者がおずおずと口を開いた。

 イツシズに怯える彼ら特有の、場にいる一番下っ端に発言を押し付ける行動だった。


「イツシズ様、先ほど噂は本当だと……」


「違う。ワシが言ったのは、噂ではなく()()()()()()の可能性だ」


「は、はい」


 今一つ理解していない様子で若い幹部は頷いた。

 そして、叱責が飛ばないうちに先ほどの問いに答える。


「わ、私は少々おかしいと思っておりました。ガイス大橋の崩落に巻き込まれ生きている点もそうですが、特に小貴族領がポスティ殿下に付き従うかと言われると、疑問を抱いておりました。う、海向こうの使者に関しては分かりませんが……」


 その発言を聞いたイツシズは満足そうに頷いた。

 そんなイツシズを見て、幹部たちはホッと胸をなでおろした。


 余談だが、イツシズ当人は部下を育てているつもりのこの行為は、イツシズの意に沿わない事を話した者への理不尽な左遷が原因で、まったく目論見通りに機能していなかった。

 皇帝の危惧していた人材難の理由の一端だった。


 そして、イツシズは話を続ける。


「そうだ。噂はあまりにもグーシュに……いや、グーシュを支持する連中にとって都合が良すぎた。海向こうの連中が助けるだとか、演説一つで小貴族領が味方になるとか……そこで、諜報員には噂の出どころと、帝都西方で活動する商人への聞き取りを中心に命じたのだ。すると、面白い報告が来た」


 もったいぶった様子のイツシズに、幹部たちがわざとらしく唾を飲み込み、続きを促すような言葉を掛ける。


「ふふふ、そう急くな。まずな、噂を広めているのは庶民、それも貧しい者たちだ。つまり、グーシュの支持層だな。この事から、帝都で広まった噂はグーシュ支持層にとっての希望、つまりは願望に近い内容である可能性が高い」


「ですが、それだけでは噂の否定には……」


 幹部の一人が呟いた合いの手に対し、イツシズは満足そうに頷いた。

 それを見た、呟いた中年の幹部も満足そうな顔だ。

 近衛騎士団幹部は、イツシズが好きな反応や相槌が上手い者達で構成されていた。


「その通りだ。そしてそもそも、こういった願望が発生するにも、元となる話が必要だ。先ほど言ったように、庶民のようなグーシュ支持層ではなく、行商人等の、実際に情報を流動させる者達に聞き取りを行った所、興味深い情報を得たそうだ。いいか、()()()()()()()()()。なんでも川下で若い女が地元の者に助けられ、意識不明のまま臥せっているという情報だ」


「若い女……川下……詳しい時期などは?」


 幹部の一人が興味深げに聞く。

 ガイス大橋が掛けられたルニ川の下流には、確かに流れの緩やかな部分がある。

 落下の衝撃や、橋の破片に大橋直下の激流と岩石を無事に通り過ぎれば、生き延びる可能性は無くもない。


「詳細は分からず、おぼろげにガイス大橋の崩落後……らしいという事しかわからんようだな。ただ一つ、若い女が川下のどこかで助けられたというのは本当らしい」


 イツシズの言葉に、さすがに察しの悪い幹部たちも理解したようだ。


 つまりは、グーシュ生存の噂は、この川下で詳細不明ながらも助けられた若い女という曖昧な情報を基にした、グーシュ支持層による願望と希望の入り混じったものである可能性が高いという事だ。


 無論、これだけで噂を完全に否定することは出来ない。

 しかし、グーシュがガイス大橋の崩落に巻き込まれ激流に巻き込まれた後救出され、ろくな怪我もせず、イツシズ達の情報網にも引っかからず、現地勢力を糾合しているなどという荒唐無稽な噂が真実である可能性はぐっと低くなった。


 少なくとも、イツシズと近衛騎士団幹部たちはそう判断した。

 

 そして、会議招集まもなくとは打って変わり、どこか吹っ切れた様な表情のイツシズは、幹部たちを見回しながら言った。


「西方の諜報員には、引き続きの情報収集と若い女の捜索を命じる」


「では、我々はこのままお付き共との戦いを?」


 その幹部の言葉に、イツシズは首を横に振った。

 当の幹部は、びくりと身を震わせた。

 自分が失言したと思ったのだ。


 だが、そうでは無かった。


「何をびくついておる……抗争は一旦終わりだ。グーシュ生存の情報が出たのだ。面倒を避けるべく、陛下にグーシュの葬儀を早めるよう奏上せねばならん」


 葬儀を早める。

 この言葉が出た瞬間、幹部たちの表情が一気に緊迫したものに変わった。


「理由は……抗争を終結させるための口実が欲しいとでも言うか……あの子煩悩を説得するのは骨が折れるが、抗争停止を持ち出せば問題あるまい。さて、お前たち。この後することは分かるな?」


「「「はっ! 理解しております!」」」


 イツシズの言葉に、先ほどまでとは比較にならない、緊張感を持った大声が響き渡った。


 さらに、幹部それぞれが自らの担当する業務を口にしていく。


「近衛騎士団内規第17条の適用及び申請準備、至急掛かります」


「招集可能な部外戦闘要員の招集及び移動に関する準備、至急掛かります」


「ドブさらい一覧表の再確認及び、個別のドブの状況確認、至急掛かります」


 それらの業務報告をひとしきり聞いたイツシズは満足げに立ち上がった。


「よし、そのまま進めろ。計画通りな」


 威厳たっぷりにそう言うと、イツシズは帝城に向けて歩き出した。

次回更新は5日の予定です。


次回更新もお楽しみに!

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